おもいあがり~愛媛・高知同居男性傷害致死死体遺棄事件⑥

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ふたりの証人

検察は、野田さんと光洋の関係を知る証人を男女二人用意していた。
ひとりは、Tさん宅での様子をよく知る久保田さん(仮名/60歳くらい)。建設関係の仕事をしており、その関係でTさんとはかねてよりの知り合いだという。もうひとりは、野田さん宅の近くにあるローソンの店員で、野田さんと光洋を知る岡村さん(仮名/40歳くらい)という女性である。

証言台に立った久保田さんを、光洋はしっかり見ようとしていないように思えた。そのせいか、光洋にとって久保田さんは苦手な人なのだろうという印象を抱く。
光洋と久保田さんとの直接的な接触は、光洋から持ちかけられた除染の仕事だったという。
儲けになるからという話だったため、当初は話に耳を傾けていた久保田さんだったが、一向に話がすすまなかったという。
その後も別の話を持ちかけてくることはあったが、どれも実現には至らなかったため、「言うだけの男」としか見ていなかった。

久保田さんは自営業者で、Tさん宅には久保田さんのところで働く従業員を住まわせてもらっていたという。
そこで野田さんの存在を知ることになる。痩せて色黒の、ぼろぼろの服を着ている野田さんが、光洋に暴力を振るわれているのも何度も見て、何度も注意してきたという。先述の、真っ裸で居間で縛られている野田さんを見たと証言したのも、この久保田さんだ。

拳で野田さんの胸や肩をどつく光洋が、いったい何を理由に怒っているのかもわからなかったという。野田さん自身に、その理由を尋ねても野田さんは光洋を悪く言うことはなかった。

検察は主に、野田さんに対する光洋の接し方に重点を置いて質問していたが、続く弁護人の質問は、この久保田さんを含めた、Tさん方に出入りしていた光洋以外の人間の言動に焦点をあてていた。

弁護人は、6月に野田さんがTさん宅を脱走した際の様子を質問し、その時に久保田さんが光洋に送ったLINEの内容を問いただした。
「野田さんがまたいなくなった、という被告人からの連絡に対し、あなたはなんと返しましたか?」
実はこの時、久保田さんは光洋に対し、「死刑、無期」というLINEを送っていたのだ。もちろんこれは、深い意味があったわけでもなく、完全にふざけた返信だったのだが、弁護人はさらに、久保田さんら他の人も野田さんのことをうっとおしく思っていたのではないか、というようなことを聞いた。
「野田さんは『こすい』というか、ふてぶてしいというか、勝手に人のタバコを吸ったりしていた」
そう証言した久保田さんに対し、
「あなたは暴力を振るったことはありませんか?」
と意味ありげに質問した。
久保田さんは一瞬言葉に詰まったように見えた。が、野田さんに助け舟を出したにもかかわらず、野田さんが応じなかった事に苛立ち、おでこを小突いたことはある、と話した。
しかしその直後、弁護人の意図に気付いたからなのか、久保田さんが「何が言いたいんだ!(実際は西条弁)」と感情的になる場面も見られた。

ただ久保田さんはこの後、野田さんもたいがいだった、という話をし始める。光洋が「野田さんとおったら頭がおかしくなりそう」と言っていたことや、野田さん自身が光洋を「利用」している面もあったと話すなど、久保田さん自身にも野田さんに対する潜在的な苛立ちがあったことをうかがわせた。

「利用している、というのは具体的にどういったこと?」
弁護人が問う。
「(光洋と一緒にいれば)少なくとも飯食えとるからね」
久保田さんは野田さんが光洋と行動を共にすることで、多少のメリットはあったはずだと証言した。

ただし、野田さんの税金や生活用品を購入する費用を立て替えているという話は、光洋から聞いただけで証拠があるわけではない、とも話した。

弁護人の思惑どおりかどうかは別にして、この久保田さんをはじめTさん方で野田さんと光洋を見ていた人々は、どちらかというと光洋側の人間だったことが感じられた。
彼らはこれまでの人生において、暴力が身近にあった人たちだった。
ただ、暴力が身近にあったからこそ、光洋の野田さんへの暴力が理不尽で異様なものだったことを見抜いていたともいえる。
久保田さんは光洋に対し、「死ぬぞ」と警告していた。そしてそれは、現実のものとなってしまったのだった。

ラーメン事件


ふたりめの証人は、ローソンの従業員の女性、岡村さんだった。
野田さんにはお気に入りの場所がいくつかあって、この国道11号線沿いにあるローソンもそのひとつだった。
岡村さんがこのローソンに勤務し始めて2か月ほどたったころ、野田さんを見かけるようになったという。
野田さんはいつもボロボロの格好をしていて、浮浪者そのものといった風貌だった。そして、店に来ても買い物をするわけでもなく、持参したカップラーメンにお湯を入れに来るだけだったという。

通常、こんな客は客とは呼べず、店側としても「他のお客様の迷惑になりますので」的な出禁にしてもよさそうなものだったが、野田さんはなんとそれを許されていた。
岡村さんら店員レベルが黙認していたのではなく、本部のマネージャーらも野田さんのそういった行動を許していたのだという。
それは野田さんがおとなしく、他の客や店に迷惑をかけるわけでもないこと、また土地柄もあったのかもしれないが、店員らは野田さんのことは「ラーメンおじさん」「野田ちゃん」と親しみを込めて呼んでおり、他に顔見知りの客らもいたようだった。

光洋が現れたのは平成29年の6月ごろだった。
レジに立っていた岡村さんに、自分の携帯番号をメモした紙を渡して、「野田さんが来たら連絡してほしい」と告げた。
特に不審に思ったわけではないが、ある時店内で野田さんが顔見知りの客と深刻な顔で話をしている場面を見たという。
野田さんは、「神野さんに家や土地を売られそうになっている」と言っており、しょんぼりした様子だった。

そして平成29年の8月。事件が起きた。
いつものようにラーメンを手に来店した野田さんが、お湯を注いで待っていた時のことだ。
野田さんは待つ間、雑誌を立ち読みするなどして過ごしていたというが、その時に光洋が店内に入ってきたのだ。
野田さんに気付かずレジに来た際、岡村さんが「(野田さん)来てますよ」と告げたところ、光洋は踵を返したかと思うと雑誌コーナーにいた野田さんの首根っこを捕まえた。
そして、店内に響き渡る大声で
「お前なにしよんぞ!」
と叫んだのだ。完全に委縮している野田さんを引っ張って店外に出たあと、店の外からドンッ!!!という大きな振動が店内に伝わったという。
岡村さんはじめ、店の中にいた客らも、何事かと顔を見合わせたほどだったというが、再び光洋が店内に入ってきたかと思うと、野田さんが作っていたラーメンを持ち出した。

しばらくして岡村さんが外に出てみると、すでに二人の姿はなかったが、駐車場には野田さんのラーメンがぶちまけられていた。

その後野田さんを見たのは一か月後の9月に入ってからのことだった。
野田さんは明らかに顔を殴られたような痣を作っていた。岡村さんは8月のことを思い出し、光洋がやったんだなと思ったという。
野田さんはそれからもほぼ毎日、時には1日に5回来店することもあったという。
西条祭りが行われる10月の中旬頃は、野田さんの痣や生傷がかなり酷かったと岡村さんは証言した。
一度、岡村さんは店外でも野田さんを見かけていた。
ローソンと同じ国道11号線沿いにあるスーパーマルナカの駐車場で、野田さんがうずくまっていたという。
すでに寒くなり始めた折、痩せた体を抱え込む様にうずくまる野田さんは痛々しかったという。
同時に岡村さんは、「家に帰りたくないんかな…」と思っていた。

岡村さんは一貫して野田さんに同情的かつ、証言の内容も信憑性があった。野田さんの顔の傷についても岡村さんは自身が介護職に就いていた時の経験をあげ、野田さんの傷が自傷や偶然の痣や傷ではないことはわかると話すなど、非常にわかりやすいうえにリアルだった。

そこで弁護人は、その岡村さんの具体的な表現を崩そうと試みた。
まず、光洋が野田さんの首根っこをつかんで連れ出すのを見たということについて、店内の陳列棚の位置などを確認した上で、
「本当に見えたんですか?」
と聞き始めた。
岡村さんがいたのは奥のレジでありそこから雑誌コーナーは見えないのではないかと言いたいようだったが、実はこのローソンは、レジ前のスペースが他の店舗より若干広かったのだ。
私自身、実は裁判後このローソンへ行って確認してみたが、確かに広めのスペースであり、背伸びをしたり少し立ち位置を変えると雑誌コーナーは見渡せた。
しかも光洋は180センチを超えており、棚越しであっても優に視認可能であったろう。
弁護人は3人のうちの女性弁護士だったが、要領を得ない質問を続けるため主任検察官が「それは論理の飛躍では?」と苦笑しながら異議を唱える場面も見られた。

岡村さんには、裁判員と裁判長からも質問がなされた。
裁判員の若い男性(柄本佑似)は、
「なぜラーメンを被告がぶちまけた、と思ったのですか。落とした可能性もあったのでは?」
と聞いたが、岡村さんは即座に、
「食べた形跡がなかった。そして、落ちたというより、広範囲にぶわーっとばらまかれていたので、ぶちまけたという表現は間違っていない」
と答え、さらに、
「そのラーメンは私が後に片づけました」
と話した。これには裁判長も深く頷いていた。

弁護人は、先の証人であった久保田さんが「一応世話はしていた」と話したことを踏まえ、岡村さんにも、
「ローソンでの出来事は、被告が野田さんの身の回りを世話をしているから、ある意味保護者的な立場でのことだったとは思わなかったか」
と質問したが、岡村さんはきっぱりと否定した。

「面倒を見ていたとは思えません。面倒を見ていたというならなぜ、野田さんは汚れて痩せていたのですか。」

これにはおそらく傍聴席も含め誰もが異論をはさむ余地なしと思ったであろう。男性、女性の視点の違いともいえるが、岡村さんの証言は全てにおいて聞いているものを納得させる力があった。