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7月16日の修羅場
2007年7月16日。再三にわたって絵里子さんから実家を出ろと言われていた咲は、職場で絵里子さんに「どうしてそんなことをいうの」と涙ながらに問い詰めた。
そこで絵里子さんから出た言葉は、「お前はなんで結婚式教えてくれねぇんだ?」というものであった。
実は咲夫婦は結婚式を挙げておらず、後に子連れの結婚式を計画していた。詳細は不明だが、その結婚式の話をどうやら咲夫婦は絵里子さんにしていなかったようだ。
義母を通じてか、絵里子さんがそれを知り、自分がのけ者にされたと感じたのかもしれない。
結婚式の話を皮切りに、絵里子さんはこうも続けた。
「子どもは自分で面倒みろ、母親に迷惑かけんな」
当時義母も仕事を持っており、おそらく五味家の中でも稼ぎ頭であり、多忙を極めていた。そのうえで、咲夫婦の娘の世話もしていたのは絵里子さんが戻る以前からの話であり、義母がそれを「迷惑」に思っていたという話は出ていない。
しかし、絵里子さんの目から見れば、いい年をした夫婦が自分の母親に娘の世話を押し付けていると映っていたのかもしれない。
職場での話し合いは埒が明かず、結局自宅へ戻り義母を交えて再び話し合いの席が持たれた。
そこでも絵里子さんは結婚式の件を持ち出し、さらに母親に甘えるな、子どものしつけをちゃんとしろなどと捲し立てた。
義母がどのような対応をしていたのかは不明だが、裁判でもこの時の絵里子さんが言ったとされる言葉を否定していないため、その点は事実であったと言える。
そして、咲夫婦はその日のうちにまだガスも来ていないアパートに引っ越すこととなった。
母親であるが故の妄想
ある時、娘が絵里子さんの部屋でタバコを口に入れたことがあった。幸い、飲み込んではおらず大事にはならなかったが、幼い娘のことで咲は肝を冷やした。同時に、子供の手の届くところにタバコを置くのはやめてほしいと義母に訴えた。
しかし、絵里子さんからの返答は「他人にとやかく言う前に、人の部屋に勝手に入る子どもをしつけたらどうだ」というようなものであった。
また、娘が突然泣き出した時、服をめくってみると腹部が赤く腫れていたことがあったという。その時娘のそばには絵里子さんがおり、そのことで咲は「絵里子さんが娘に危害を加えたのではないか」と思いこむ。
これは咲が勝手に推測したことであり、事実がどうであったかはわかっていないし、当然だが絵里子さんは否定している。
この出来事の後、咲は絵里子さんがいつか娘を殺すのではないかとまで思うようになっている。保育園には夫か自分以外の人間には絶対に引き渡すなと念を押しており、防犯カメラなども設置しようとしていた。義母が娘を連れて出掛けた際は、たまたま絵里子さんが同行していたことを知って狼狽する。また、友人らに、絵里子さんを訴える準備をしているなどともメールしていた。
さらに、絵里子さんから7月16日の話し合いの席上、「お前の一番大事なものを奪ってやる」と言われたことで、絵里子さんが娘を殺すのではないかと思い、絵里子さんを殺すしかないと思うようになったと供述している。
外されたネームプレート
さまざまなトラブルの末、2007年7月に実家を出た咲夫婦だったが、実は咲自身ひんぱんに義母が暮らす富士見町落合の実家へ通っていたという証言がある。
これは確かなようで、合いカギも持っており義母の家には比較的自由に出入りしていたとみられる。
殺害に至った直接の動機として、10月1日に実家へ戻った際に玄関のネームプレートの中から咲の名前だけが外されていたことが挙げられている。
夫も娘も同じようにこの家を出たのに、自分の名前だけが外されていることを、咲は絵里子さんによる嫌がらせであると受け止めた。
10月の終わり、咲は絵里子さん殺害を意識し始め、ホームセンターで金づちを購入する。殴って殺せなかった場合のことを考え、職場で作った紙ひもも合わせて車のトランクに隠していたという。
同時に、それまで絵里子さんに疑いをかけられていた絵里子さんの私物の紛失が、絵里子さんによる自作自演ではないかと思い、その証拠も集めたてやろうと考え11月7日午前、義母宅を訪れる。
合いカギを使用して義母宅に入り、絵里子さんの部屋を探っていると、タンスから咲のネームプレートが出てきた。この時点で、咲の中で絵里子さんを殺害するという決意が固まったとされる。
絵里子さんさえいなくなれば、幸せだったあの頃にまた戻れる。咲はもはやそのことしか頭になかった。
咲は発見したネームプレートを財布にしまい、決意を胸に富士見町の実家を後にする。
「あぁ、全然死なない。お願い、早く死んでよ」
2007年11月7日。
義母宅からいったん自宅アパートへ戻った咲は、茅野市内のスーパーへ出向き、エリンギなどの食材を購入していた。その後、再び自宅へ戻り、悶々とした時間を過ごす。
夕刻、4時を過ぎたころに意を決して富士見町の実家へと車を走らせる。この時点でトランクには金づちと紙ひも、そしてスーパーで購入した食材の袋が入れられていた。
しかし、車で移動する途中、夫から連絡が入った。動揺を隠しながら、咲は夫と落ち合い、買い物をしている。咲が犯行を思いとどまる最後の砦であったが、咲はその後、「ガソリンを入れてから帰る」と夫に告げ、夫と別れた。
そのまま、富士見町の実家へと車を走らせた。実家に絵里子さんの軽四が止まっているのを確認し、自分は町役場の駐車場に車を停めた。そして、徒歩で実家へ向かい、玄関に手をかける。
家族が在宅している時には施錠していないこともあったという富士見町の実家の玄関は、この日もカギはかかっていなかった。洗濯物を取り入れるためにいったん帰宅していた絵里子さんがいたためであろう。
咲は、玄関で金づちを取り出すも、なかなか家の中に入っていけなかった。高ぶる気持ちを抑え、息を整えて、居間へと足を向けた。
どのような状況で絵里子さんと対峙したかは不明で、その場で言葉のやりとりがあったのかも不明だが、咲は絵里子さんに対して金づちを振り下ろした。
2~3回殴れば死ぬと思っていたと言うが、絵里子さんは絶命どころか、気絶もしなかった。必死で抵抗し、咲から逃れようと暴れる絵里子さんを見て、咲は怖かったという。
そこで、紙ひもを思い出して玄関へ戻り、バッグから紙ひもを取り出した。その際、玄関のうち鍵を閉めたため、うち鍵には絵里子さんの血がついていた。
ふたたび絵里子さんの元へ駆け寄った咲は、紙ひもを首に巻き、締めあげた。しかし、すでに力を使い果たしていた咲は絵里子さんを絶命させられず、台所の包丁を持ち出し絵里子さんの首や顔を複数回刺した。
絵里子さんはそこで死亡した。
ひとり歩きし始めた被害者像
犯行直前まで、咲は自殺を考えていたという。そのためか、犯行直前に偶然出くわした職場の同僚に対し、慌てもせずに会釈をしている。
この後、絵里子さんを殺害して自分も死のうと思っていたという咲。
義妹のいじめに耐えかねた末の悲しい凶行、というのがその後の報道などの論調であった。それは、報道に使用されたふたりの写真も要因のひとつであろう。被害者の絵里子さんは、どちらかというとお茶目な笑顔が印象的で、明るく積極的なタイプに見える一方で、咲は伏し目がちで表情の乏しい、おとなしそうな印象の写真であった。
ワイドショーなどでもことさら絵里子さんの言動を取り上げ、咲に同情的な方向性での展開を見せた。
さらに、咲に同情が集まった理由として、夫の存在が大きかったと言える。
絵里子さんの兄でもある咲の夫、Hさんは、法廷で一貫して妻を擁護するだけでなく、妹への嫌悪感をあらわにしたのだ。
義妹については夫のみならず、近隣の住民などの証言でも「素行の悪い男と付き合っていた」というものがいくつか紹介された。職場においても、絵里子さんの突飛な言動から「(絵里子さんは)おかしな人である」という認識が広まったと裁判でも弁護側が述べている。
事件の詳細がわかるにつれ、事件の要因は絵里子さんによる咲への熾烈ないじめにあった、そういう構図が出来上がっていってしまった。
しかし一方で、絵里子さんと接する施設の利用者(主に高齢者)によれば、必ずしも評判は悪くない。
明るく、いつも笑顔で接してくれたというものや、施設関係者の中でも「資格を取るために頑張っていた」という評価も聞こえてくる。
また、絵里子さんの悪い評判の中には、絵里子さん自身のことではなく交際していた男性のことであるものが多く、兄が裁判で証言した内容も、絵里子さんというより交際男性についてのことが述べられていた。
義母にしても、実娘である点を差っ引いて考えても、食事の内容を気にかけてくれたり、なにより夫を亡くしふさぎ込んだ時期にそばで支えてくれた娘であり、手に負えない不良娘とは到底言えなかったであろうし、実際そういうことではなかった。
咲に対する暴言やいじめといったことも、一つ一つをみれば「どっちにもとれる」ものも多く含まれている。
ひとり彼と別れて実家へ戻った時、絵里子さんは部屋がなかった。自分が使っていた部屋は、兄夫婦が占領していた。もちろん、義母が認めている以上、娘であっても異論は挟めないし、兄夫婦がひとり暮らしの母親を心配して同居していることは何ら非難されることではない。
ここには、絵里子さんの寂しさや兄夫婦への嫉妬、唯一の味方である義母までも、兄夫婦に盗られるのではないかという不安があったとみられる。それが、子供じみた嫌がらせに発展したと考えるのが妥当であろう。
咲はそんな絵里子さんの言動に心を痛めながら、殺害するその日まで絵里子さんの影に怯えながら生活していたと、耐え忍ぶことしか知らなかったか弱き女性がついに爆発してしまった、そんな印象を誰もが抱く結果となった。
しかし、咲は耐え忍ぶだけの女ではなかった。
女の本性
咲は一緒に暮らす夫や義母にも、絵里子さんから受けた仕打ちをはっきりとは伝えていなかった。
溜まってからどうにもならなくなって初めて口を開くといった風で、見ようによっては控えめで自己主張しないタイプの女性にも見える。
しかし、実際の咲は、一概にそういえない部分も持ち合わせていた。
義母や夫、絵里子さん本人にはなかなか言い出せない咲であったが、実家の母や友達には事あるごとに愚痴をこぼしていた。
それは実母をして「不満ばかりを口にするな」と言わしめたというから、かなり頻繁に口にしていたと推察できる。
友人に対するメールでも、自己憐憫に終始し、時には実際にされたことよりも被害を大きくみせて伝えたりもしていた。
そこまでしなければ、絵里子さんに太刀打ちできないと思ったのだろうが、この、「私が我慢してさえいればいいの」と言いながら被害を強調する咲のやり方は非常に気持ち悪いと思うと同時に、狡猾である。
実際、裁判でも咲はか弱い女性でありつづけた。
うつむき、体を前後に揺らしながら過呼吸のような動作を繰り返し、弁護士や検察官の質問には蚊の鳴くような声で答えた。
その声はマイクでも拾えないほどで、裁判官から注意されるほど。這う這うの体で絞り出した答えも、「はい」というか黙ってしまうかの繰り返し。
ようは、都合の悪いことには黙る、の繰り返しだった。
その姿は、あの恵庭OL殺人事件の大越美奈子を思い起こさせた。彼女もまた、伊東秀子弁護士をして「震える姿は小鳥のよう、絶対にやっていない!(なんでやねん)」と言わしめたほど、か弱き悲劇の冤罪女性を演じ続けた。裁判でも都合の悪いことは忘れ、あげく弁護人や裁判官から「私は馬鹿だからとかそういうことじゃなくて!」と声を荒らげられる始末。
大越美奈子が冤罪を訴え続けたのに対し、咲は罪は認めていた。しかし、その「私が全部悪い」「母親の資格などない」「絵里子さん、夫と義母、娘に申し訳ない」と涙する姿すら、どこか悲劇のヒロインを演じているようで、うすら寒い感じがどうも否めない。
それはすべて、罪を認めながらもどこか同情を買おうとする態度が見て取れるからだ。悪いのは私と言いながら、推測の域を出ない絵里子さんの嫌がらせをまるで事実であるかのようにいい、私は悪いのは事実、でも、そうなってしまった理由があるの、追い詰められた挙句のことなの!咲は全身でそれをアピールしていた。
さらに、咲はネームプレートの件でそれまでの鬱憤が爆発していわばとっさに犯行に及んだと主張していたわけだが、実は咲の意外な一面が明らかになっている。
7月16日の話し合いの際、突然咲は絵里子さんに対し「表に出ろ」と言う。馬鹿にしたようにそれを拒む絵里子さんに対し、なんと咲は拳で絵里子さんの顔面を数発殴ったという。平手ではなく、拳というところがまた興味深い。
この、「表に出ろ」というセリフも笑ってしまうようなセリフではあるが、相手と口論になって、どれだけの怒りが溜まったとしても、暴力に訴えない人は絶対に手を出さない。
咲は確かに、耐え難い仕打ちをされてはいただろうが、少なくともなにかのきっかけで「キレる」女であったことは間違いない。
これが、耐えに耐え抜いた末の暴挙であればまだ理解できる。しかし、咲は実際、「耐えに耐え抜いた」とは言えない女でもあった。
件のひじき事件の際、咲は絵里子さんに対し3日連続でひじきの煮物を出したという。これは嫌がらせ以外のなにものでもない。いやむしろ、怒りの表れともいえるだろう。
気の小さい人であれば、二度とひじきの煮物など出さないし、ひじきを見るのも嫌になるのが普通だ。それを、これでもかといわんばかりにひじきを出し続ける咲は、決して泣いてばかりいる女には到底思えない。ていうか怖い。
さらに、絵里子さんの嫌がらせとも取れる言動に対し、咲は絵里子さんの車に傷をつけるということも行っている。
ただでさえ、絵里子さんの私物が無くなったことを自分のせいにされているのに、車に傷などつけたらまさに自分が疑われると思わなかったのだろうか。
しかし、とうの絵里子さんが車の傷をあまり気にしなかったため、咲の気持ちは全く晴らされることはなかったというオチまでついている。
このように、咲には激昂する一面、言葉ではなく態度で怒りを表す性質、そして、それら自分がやった仕返しは人には言わず、自身が受けた仕打ちのみを涙ながらに周囲に語るという性癖があることがわかる。
別居した際に、どうしてもっと遠くに離れなかったのかというもっともな問いかけにも、咲は呆けたような顔で「義母が娘をかわいがってくれていて、遠く離れると会えなくなるから」と言い、傍聴席の親族らは嗚咽を漏らしたという。私からすればはぁ?だ。なに人のせいにしてんの、離れたって会わせようと思えばいくらでも会えるだろうよ!!みんな騙されるな!wwとまで思った。
そんな咲の性格を、夫はどう見ていたのか。結果からいえば、夫はさらに上を行く「ずるい人」であった。