それでも気になるダイヤルQ2~苫小牧・主婦殺害事件~

平成8年2月27日

北海道苫小牧市の店舗兼住宅。
その日、女性はいつものように午後8時ころ、夫と2階の寝室で床に就いていた。
日付が変わったころ、ふと目を覚ました女性はなにやら階下の店舗のあたりで物音を聞いたような気がした。
実は10日ほど前にも、夜中に何者かが侵入し、雑誌などを荒らして持ち去るという事件が起きていた。

女性はそっと1階へ降り、茶の間の灯りをつけた。

茶の間の隣の店舗で、何か人影のようなものが動くのが見えた。それは隣接する車庫の方向へ逃げたようだが、そこに出口はない。

「こら待て!泥棒!」

女性は箒を手に、車庫へ向かった。

事件

事件が発覚したのはその2時間ほど後だった。
午前2時過ぎ、目を覚ました女性の夫が、妻がいないことに気付いた。
不審に思った夫が家じゅうを探し回り、店舗に隣接した車庫で妻が倒れているのを発見、119番通報した。

しかし妻は頭部から激しく出血しており、転んで頭を打ったとかそういった状況ではないことは明らかで、警察も殺人事件として捜査を開始した。

殺害されていたのは、この家で夫と暮らす盛 伸恵さん(当時69歳)。夫と二人、書店を経営していた。

伸恵さんは固いもので頭を複数回殴られたような痕跡があり、死因は頭蓋内損傷だった。
警察ではその10日ほど前に起きていたという雑誌の窃盗事件との関連も視野に入れ、夫から事情を聞くなどしていたが、事件から一週間後の3月3日、以前この書店を利用したことがある市内の中学3年生の男子生徒が捜査線上に浮上、事情を聞いたところ犯行を認めたため殺人の容疑で逮捕した。

少年の供述によれば、10日前の盗みも自身の犯行だという。
27日に忍び込み、物色していた際に伸恵さんに見つかり、逃げようとしたところ
「顔を見たよ!学校に言うよ、家にも言うよ」
と言われたことで逃げ場を失い、一旦は許しを請おうとしたものの、伸恵さんから箒の柄で背中を小突かれ、それがしつこかったことでカッとなり、たまたま置いてあった漬物石を手に取り伸恵さんに投げつけたという。

ひるんだ伸恵さんに、重さ約14キロの漬物石を持ち上げるとその額のあたりに思いきり打ち付けた。
前のめりに転倒した伸恵さんの頭部めがけ、少年はその漬物石を何度も何度も投げつけた。

伸恵さんが動かなかくなると、少年はある行動に出た。
書店内へ戻ると、雑誌となぜか電話の子機を奪って逃走したのだった。

少年

少年は、知能的にも性格的にも大きな問題を持っているわけではなかったが、中学生になったころから気に入らない、面白くないことが起こるとふらりと家を出てしまうことがあった。
しかもそれは決まって夜で、街を徘徊したり時には無人の建物に入ることもあり、1度は好奇心から学校の校舎内に侵入して補導されたことがある。

高校進学に対してはあまり意欲的ではなかったものの、周囲の勧めもあって12月の時点で高校受験することを決めていた。

しかし勉強は得意ではなかったので、受験勉強にとたんに嫌気がさしてしまう。
気晴らしに、夜街を彷徨ってみるとこれが言い知れぬ解放感やスリルが少年の身体を包み込んだ。以降、ストレスがたまると夜の街を放浪してその解放感を味わっていた。

一方で少年の家族構成については明らかになっていないが、弟と父親と同居していることはわかっている。
母親の存在もあるにはあるのだが、少年にとってはこの父親の存在こそが「よりどころ」だったという。
何か決断しなければならないことがあると、少年は父の教えに従っていたようだ。

そんな少年がいつものように夜中街を徘徊していた時、ふと、よからぬ考えが頭をよぎった。
誰もが寝静まっているこの時に、こっそり家に入り込めば小遣い銭くらい見つかるのではないか。
そこで目を付けたのが、以前客として訪れたことのある老夫婦が経営するあの書店だった。
少年は軍手をしてペンチを持ち出すと、ガラス戸がはめられた出入口の施錠部分に近いところを割り、書店内に侵入した。
そこでレジを開けてみると、1500円ほどあったという。少年は手早くそれをポケットにねじ込むと、ついでに成人向け雑誌も手に取った。

ダイヤルQ2

自宅に戻り、とりあえずのそ成人雑誌をぱらぱらとみていると、ある記事に目が留まった。
それは、ダイヤルQ2の楽しみ方、といった記事だった。
ダイヤルQ2とはなんぞや、という方のために説明しておこう。
元々は、電話をかけて情報を得、その情報料はかけた電話番号へ請求される、というもので、仕組み的には今でいうキャリア決済に近い。
ネットがさほど一般的でなかった時代、情報を提供する業者が音声番組を製作し、利用者が0990から始まるその番号にかければ音声で情報を得られる、というものだ。

NTTとしては当初、料理のレシピや人生相談、暮らしの情報などに活用されればと思っていたようだが、実際ダイヤルQ2に多かったのはアダルト業者だった。
電話すれば男女の卑猥な音声や、ポルノ小説(?)を朗読するものなどさまざまあった。が、その中には当然悪質な業者がいて、電話番号にかけると別の電話番号を知らせ、延々ダイヤルQ2をたらいまわされた挙句、高額な料金が請求されるというものもあった。
この事件が起こった平成8年ころは、すでにそのようなアダルト業者の存在は知られ、ダイヤルQ2=いかがわしい、といったイメージが定着していた。

一方少年は、その雑誌に書かれた番号に電話したくてたまらなくなっていた。しかし、家の電話を使えば料金明細からダイヤルQ2を利用したことがバレてしまう。
そこで少年は、あの書店にもう一度夜侵入し、店の電話で思いきりかければよいと思いついた。

いてもたってもいられなくなった少年は、25日の深夜再び伸恵さんの書店に侵入。そこからダイヤルQ2へ電話してみた。が、繫がりはしたものの、やはり別の電話番号へ誘導されたことから少年はあきらめ、とりあえずその番号を店の雑誌に書き込み、その雑誌を棚に戻して隠した。
その日も2冊、成人向け雑誌を盗んで帰宅した。

そして27日の夜、やはりダイヤルQ2のことが頭から離れず、少年は伸恵さんの書店へまた忍び込むことを決意。
レジから金を盗むと、今度は伸恵さん方の居間へ上がり込んでその電話からダイヤルQ2へかけてみた。
が、やはり前回同様、うまくつながらなかったという。

苛立ちからか、少年は居間の茶箪笥などを開けて金目の物を物色したが、特にこれといったものも見つからなかった。
不満を抱えたまま、書店に戻った少年が成人向け雑誌を読もうとしていたところに、突然、居間の灯りがついて驚いた。

伸恵さんが降りてきたのだ。

理解不能なその後

少年は慌てた。絶対に捕まるわけにはいかなかった。
すぐさま書店の隣にある車庫に通じる扉を開け車庫に逃げ込み、車の陰で息を殺した。
しかし、伸恵さんは車庫の灯りをつけると、冒頭のように箒を手に持ち、「こら待て泥棒」と言って車庫の中に入ってきた。
少年はとりあえず伸恵さんが通報するにしても一旦車庫から出ていってさえくれれば、逃げられると思ってそれを願っていたが、伸恵さんは出ていかずに少年が潜むほうへ近づいてきた。
少年は咄嗟に、自動車の屋根に上って反対側へ行けば逃げられると考え、手で顔を隠して自動車の屋根へ飛び乗って反対側へ降りた。

しかし、伸恵さんに顔を見た、学校と家に言う、と叫ばれたことで少年は愕然とする。

その後の展開はすでに述べたとおりだが、少年はどの時点で殺意を持ったのか。
裁判では、伸恵さんに顔を見た、と言われた時に一瞬殺してでも逃げなければ、と思ったというが、許しを請えばなんとかなるかもしれない、とも思ったという。

しかし、その後の伸恵さんの態度からそれが無理だとわかって、カッとなってたまたまそこにあった漬物石で殺害した、というのが少年の主張だった。

少年は、一撃を食らってすでに戦意喪失していた伸恵さんが、「許してくれ」と命乞いするのを見た。
しかし、少年は伸恵さんを許さなかったのだ。
伸恵さんの態度がしつこく頭にきた、それが殺害の動機だというが、おそらくそれ以外にもう一つあったろう。

少年が成人向け雑誌を盗んだこと、そしてダイヤルQ2へ電話したことがバレるのが、少年には耐えがたいことだった。

実際、少年は「(親や学校に言われたら)親に迷惑がかかる、エッチな本を読んだことがバレたらこの町に住めなくなる。」と供述している。

誰もが抱く性への関心、しかしそれは同時に絶対に知られたくないものでもある。
しかし少年の衝動は、理解しがたい行動として現れた。
少年は、頭をたたき割られた状態で、血まみれで絶命している伸恵さんを横目に、再び書店内へ戻ると、そこにあった電話の子機と、成人向け雑誌を掴むとそれを持ち帰ったのだ。

少年は、殺人を犯した直後でもダイヤルQ2のことで頭がいっぱいだったのだという。

おそらくだが、電話の子機があれば電話がつながると思ったのだろう。自宅に戻った後、親の目を盗んで電話をすればいいと思ったのだ。

中等少年院送致と帰住先への勧告

少年は中等少年院送致となった。
主だった非行歴はなく、今回の事件も計画的なものとも言えず、殺害自体偶発的なものではあった。
しかし、盗みを見咎められたから殺す、という考えに即至っていること、被害者が命乞いをしても耳を貸さず殺害行為を実行したことなど、それらは確信的と言ってよいほどの徹底した攻撃性と冷酷さが見てとれる、とした。

さらに、血を流して絶命している被害者のそばで性的衝動に駆られるというその罪障感の乏しさを勘案すれば、少年が持つ犯罪的危険性は相当重大であるとした。

少年のこのような人格形成の要因はどこにあったのか。

裁判所は、少年と父親の関係性に着目していた。
少年は反社会的な側面は顕著でないものの、その行動傾向においては年齢よりも幼く、殻に閉じこもろうとする側面があった。
また、自分のキャパを超える出来事が起こると途端に対処不能となり、父親らの言いなりになったり場に流される傾向が強かった。そのため、自分で物事の善し悪しについて考えたり、他人を思いやる、他人の立場で考えるということができなくなっていった。

しかし何から何まで父親の指示で行動するなど無理な話で、高校への進学についても、自分で判断しなけらばならないという少年にとっては非常にストレスのかかる状況になっていた。
加えて、少年の15歳という年齢が問題をさらに深刻にした。
誰もが性への欲求を持ち、それに困惑しつつも受け止めながら大人になっていくわけだが、少年にはその対処の術がなかった。これまで自分で考えることもせず、他人に決めてもらって生きてきたためだ。
しかしこの、性についての悩みなど、おいそれと父親に言えるはずもなかった。よりどころの父が、途端に「絶対に知られたくない相手」になっていったのだ。

裁判所は、事件後も現実を受け止めようとしない父親らに少年の監督は難しいと判断。弁護人は社会内で対応していくべき、という意見だったが、それについても不適当と判断した。

おそらく、だが、被害者の伸恵さん宅と少年の家はちかかったのではないだろうか。同じ町内であるのは間違いないと思うが、その中でも近かったのではないかと思う。
というのも、先ほどの電話の子機の話が気にかかるのだ。
この当時、コードレスフォンは普通の家庭で使用されていたし、その仕組みも中学生であれば理解していると思われる。親機から一定距離離れれば、使用することは出来ないわけだが、もしかすると、その子機が使えるかもしれないと思うほど、近いところに住んでいたのかもしれない。

もちろんただ仕組みを知らなかっただけだとは思うが、いずれにしても、事件で大騒ぎになっている家の電話を使おうなどと思うこと自体、本当にどうかしている。

裁判所も決定分の中でこう釘をさしている。
「少年は今だ自らの問題性や非行の重大性に対する認識が乏しく、また、保護者においても、少年の問題性を正しく認識しているとは言い難い上に、両者ともこの事件に対する遺族や地域感情がどれだけ厳しいものかをよく理解していないところが見受けられ、それだけに少年の帰住先の調整に相当の時間を要するものと認められる」

少年事件ということで、当時の新聞報道も限られ、おそらく遺族もその怒りのやり場は失われただろう。
裁判所も苦言を呈すほどだから、両親ら保護者からの慰謝がどうだったのかも疑わしい。

補導された経験があったにもかかわらず、少年は住居侵入をやめられなかった、というより、あまり悪いと思ってなさそうな面がみえる。
少年院で少年は何を学んだだろうか。

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参考文献

産経新聞社 平成8年3月4日
NHKニュース 平成8年3月4日

平成8年4月16日/札幌家庭裁判所苫小牧支部/
平成8年(少)34号

家庭裁判月報48巻11号95頁

D1-Law 第一法規法情報総合データベース

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