愛を乞う人~北海道八雲町・酪農家女性殺害事件~

平成18年3月23日

北海道函館地方裁判所。
「主文。被告人を懲役5年以上10年以下に処する。」
園原敏彦裁判長は、被告人席にたたずむ少女に判決を言い渡した。
少女は17歳、東京八王子の家庭裁判所において検察官送致の決定を受け、事件を起こした北海道の地で刑事裁判を受けた。

「言いたくない。自分でもわからない。」

少女は公判の間もずっと、心を閉ざし続けていた。

少女が犯した罪は殺人。それも、親身に世話を焼いてくれた母のような存在の人を殺した。

17歳のそれまでとこれから。

事件

平成17年4月27日、北海道二海郡八雲町の病院で一人の女性が死亡した。
女性は5日前に、腹部を刺されるという事件に巻き込まれて搬送され入院していたのだが、治療もむなしくこの日亡くなってしまった。
死亡したのは、酪農業を営んでいた河原千鶴子さん(当時50歳)。

事件は4月22日の早朝に起きた。
いつものように5時過ぎに牧場の仕事のため牛舎へ向かおうとしていた千鶴子さんは、突然刃物で腹部を刺された。
犯人は階段下の物陰に身を潜めていたとみられ、千鶴子さんは身を庇う隙もなかった。
思わず階段に座り込んだ千鶴子さんに対して、犯人は前方に回り込むと、持っていた刃物を逆手に持ち替えて千鶴子さんの太ももを刺した。
さらに、這いつくばって逃げようとする千鶴子さんの右肩を掴んで頭も切り付け、立ち上がろうとした千鶴子さんの左腹部も刺した。

傷はいずれも深く、一撃目の傷は深さ11センチ、腹腔内から肝臓に達しており、太ももは深さ7.5センチと4センチの創傷、頭部は5か所の弁状切創、左腹部の傷も腹壁を貫通して腸間膜まで貫通していた。

千鶴子さんはその場で倒れたが、その後様子を見に来た長男(当時23歳)によって発見され、119番通報。
直ちに病院へ運ばれたが、この時点では命に別状はないという報道だった。

しかしその後容体が悪化、千鶴子さんは5日後に腹部刺創に起因する腹膜炎で死亡した。

千鶴子さんを襲ったのは誰か。

千鶴子さん夫婦が経営する牧場には、「事情のある少年少女」らが住み込みで働いていた。
千鶴子さんを刺したのは、その中の少女で、当時17歳だった。

現行犯逮捕されたのは、山科有希子(仮名/当時17歳)で、調べに対し「なんで殺そうとしたのかわからない」と、あいまいな話に終始していた。
そして、そのあいまいな態度は、その後の裁判の間も一貫して変わらなかった。

ある事情

少年犯罪ということもあって、詳しい報道はさほど多くなかった。また、有希子がその動機を語ろうとしなかったこともあって、報道は被害者が死亡したこと、加害者が17歳の少女であること、少女は牧場で住み込みで働いていたことだけで構成されていた。

ネット上では、牧場に17歳の少女が住み込みで働いているという状況が特殊であるとして、やりがい搾取、毒親の存在、被害者の千鶴子さんとの確執があったのではないのかなどなど、好き勝手な憶測が乱れ飛んだ。

しかし、千鶴子さん夫婦が経営する牧場がその地域でも歴史も実績もある牧場だったことや、千鶴子さんが有希子に好意的な態度で接していたことなどが判明する。

有希子と千鶴子さんの間でここまでのことになるような動機は一切見えてこなかった。

函館地検は、「刑事処分相当」の意見書を付けて函館家裁に送致、函館家裁は2週間の観護措置を決定して有希子を函館少年鑑別所に収容した。その後有希子はおそらく住所地の管轄である東京家裁八王子支部へ送られたが、八王子支部は有希子を刑事処分相当と判断し、函館地検へ逆送した。

有希子はその動機のほとんどを「わからない」「言いたくない」としていたが、捜査段階において、千鶴子さんの長男との関係について話をしていた。
実は有希子は、千鶴子さんの長男と性的な関係を持っていたという。
しかし、その関係がうまくいかないことを知り、自分の気持ちに決着をつけるため千鶴子さんを傷つければいいのではないか、と考えたというのだ。

にわかに理解しがたい理屈ではあったが、実際のところ有希子にとってはそれが事実だった。

鑑別所での調査によれば、有希子は「言いたくない」のではなく、おそらく自分の感情をうまく言語化できないと判断されていた。
さらに生育歴において、被害感情が強く、思い通りにならないとその鬱憤を爆発させやすい、という面も見られた。
言葉で言い表せず伝えられない分、持ち合わせていた攻撃性が増すという、そういった状況になっていたというのだ。
わかりやすく言うと、言葉で伝えられない2~3歳児がその苛立ちを伝えるために噛みついたりする、それに近い感覚と言える。

しかし長男との関係性にけりをつけるために、なぜ母親の千鶴子さんに攻撃の矛先を向けてしまったのか。
それには、有希子の複雑な生い立ちが関係していた。

渇望する愛

有希子は昭和63年に生まれたが、幼い頃に実父母と別れ、以降養父によって育てられた。
養父は厳しい人だったと言い、時には体罰も加えられることもあり、有希子にとっては怖い存在だったという。
また、有希子が養父と暮らす年月の中で、養父は何度も付き合う女性を変えたという。
それは結婚離婚にも及び、有希子にとっては「義母」の存在がころころ変わるという非常に安定しない中で成長せざるを得なかった。

精神的に落ち着けない中で、成長とともに有希子は養父に対して恐怖心だけでなく、反発心も抱くようになる。
強硬に力でねじ伏せようとする養父に対し、常々言いたいことも言えないような環境で育った有希子は、その苛立ちや反発心を外に向け始める。
小学校高学年からは万引きを繰り返し、中学になるとシンナーなどの吸引のみならず、覚せい剤にまで手を出した。
さらに、時代背景もあったが援助交際も繰り返し、中3の時にはなんと親族が経営するパチンコ景品交換所から79万円を持ち出し、そのまま姿を消したこともあった。

その時、所持金が尽きて無銭飲食で保護されたことから平成15年1月に東京家庭裁判所から保護観察処分を受けていた。
しかし生活態度は改まらず、くわえて家ではそりの合わない義母とぶつかり、家出を繰り返しては違法ドラッグなどを使用するなどの問題行動は止まなかった。

ここまで見れば、有希子が自分の苛立ちや不満を言語化できないのも無理からぬことのようにも思えるし、数々の「ぐ犯行為」も、その幼さから考えればいなくなった両親のみならず、ずっとそばにいた養父に対する声なき叫びのようにも思える。

裁判所も、有希子は愛情欲求が非常に強く、愛着対象に対して依存し、過度の期待を寄せるといった傾向がみられるという結果を出していた。
さらに、その過大な期待に相手が堪えられないとわかると、途端に被害感情に囚われ、それを解消するために他人には理解できないレベルの短絡的な行動に出てしまうのだという。
小学校からの数々の非行も、そういったことの表れだった。

今回の事件でも、長男との関係に行き詰まり、それを解消するために取った行動が、母親である千鶴子さんを殺害するというものだったわけだが、有希子の精いっぱいの説明によれば、
「好意を寄せていた長男との関係が発展する見込みがないならば、それを終わらせるために、長男が大事に思っている母親を傷つけることで、長男を自分から離れさせ、自分の長男に対する気持ちも吹っ切ろうと思った。」
ということだった。自分が決められないから、相手に決定的に嫌われることをして、相手に去ってもらうという手法はたまにやる人がいるが、それにしてもだからって殺すか??と思わざるを得ない。
1万歩譲って「相手に嫌われることで離れる」というその心理は理解できるとして、相手に嫌われたいならば、たとえばわざと牛を逃がすとか、牧場経営に支障をきたすようなことをやって強制的に追い出されるように仕向けるとか、なにも母親を殺さなくてもいくらでも方法があるように思えるが、有希子にはこれがベストの判断だったのだろう。

というより、有希子の中で千鶴子さん、いや母親、女性に対する無意識の「敵意」があったのだ。

義母との「三角関係」

有希子はこれまで義母の立場にあたる人物が複数回変わっていることは先にも述べた。
が、中でも事件当時にいた義母との関係は最悪だったという。
具体的な事情は明かされていないが、どうやらそこには養父をめぐる女の対立があったとみえる。

誤解のないように言うと、有希子と養父の間に性的虐待や合意の上での性的関係などは存在していない。
確かに義父は厳しく、有希子を服従させるような教育をしていたようだが、少なくとも有希子にとっては「依存の対象」だった。
義母との確執の根本は、実はここにあった。

有希子にとって義母は、自分と養父との関係を邪魔する存在でしかなく、有希子の中でそれは養父を奪い合う女同士の闘いと言えた。まさに義母との三角関係に陥っていた。
おそらく義母も、そんな有希子に対して「女」を意識していたのだろう。

有希子にとって、男性はあくまでも依存対象であり、不満があっても男性に攻撃の矛先がむくことはない。
しかし女性は、自分を捨てた実母であり、養父との仲を引き裂こうとする義母そのもの。
そしてその敵意、憎しみは自分が女であるということさえも、受け容れ難いものとなっていった。

制御不能の攻撃衝動

事件が起こる数日前、有希子は長男に対して恋心の告白をしていた。しかし、それに対する長男の返答は、有希子の思いとは程遠い軽いものだったという。
もちろんこれは、先にも述べた通り有希子の性格上、依存対象に過度の期待を寄せる傾向があることを考えれば、有希子が期待した返答の1mm違いでもおそらく、有希子にとっては耐え難い屈辱的なものだったろう。

いつもならば、相手と対峙することなく家出したり、どうしようもない攻撃性も、薬物や援助交際など自暴自棄な行動をすることで逃避することもできた。
しかしここは北海道、周りには牛しかいない。薬もなければ逃げ出そうにも本州は遠い。

千鶴子さんは、女性というだけで有希子にしてみれば憎しみの象徴だった。
元々男性である長男は攻撃対象になり得ない。無意識に蓄積された長男への失望と捨てきれない愛情、そしてその愛情が手に入らないものだとわかった時有希子は、爆発した。

牧場主であった千鶴子さんの夫は、当時難病を患い闘病していたという。牧場の経営は千鶴子さんが担い、二男一女を育てる傍ら、有希子のような非行歴のある少年少女らの受け皿ともなっていた。
有希子に対しても家族のように接し、心配し、気を配っていたであろう千鶴子さんは、しかしその存在だけですでに有希子にとっては攻撃の対象だったのだ。

裁判では有希子の生い立ちなど相当に考慮したと思われるが、あまりに利己的な動機と結果の重大性、そして公判を通じて貫かれた有希子の頑なな態度は、保護処分が許容されるとは言えないとされた。

愛に飢え、その割に愛し方も愛され方も知らなかった少女は、自分の心もなにもかも、破壊しつくした。

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参考文献
函館新聞社 平成17年4月23日
北海道新聞社 平成17年4月27日夕刊、5月13日朝刊、6月18日朝刊
朝日新聞社 平成17年5月13日北海道朝刊

平成17年6月8日/東京家庭裁判所八王子支部/決定
平成17年(少)1013号
平成18年3月23日/函館地裁/判決 平成17(わ)137号

家庭裁判月報58巻8号94頁
D1-Law 第一法規法情報総合データベース

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