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朝、起きて朝食を摂り、歯を磨き身支度を整える。
なんてことない、いつもと同じ朝。学校へ行く人、仕事へ行く人、徒歩で出かける人、車に乗る人、電車に乗る人。
いつものスーパーへ買い物へ行く、病院へ行く、会社帰りになじみの店で同僚らと一杯やる、恋人とデートをする、塾へ行く、家族を迎えに行く、どれも誰でもが営む日常の一コマである。
あなたはそんな、なんの変哲もない普通の朝に起きた時、その服を着た時、家を出るとき、二度と帰って来られないと思うだろうか。夫が、妻が子どもが、無言の帰宅をすると思うだろうか。
一方で、同じような朝を迎え、同じようにいつもと同じ善良な市民としての営みをしながら、この数時間後に数分後に、自分が人に怪我をさせる、あるいは死なせるなんて思うだろうか。
なんの接点もなかった人々が、その日そのタイミングで出会って被害者と加害者になってしまった事件。
板橋区の交通トラブル
平成14年6月13日午後8時ごろ、板橋区赤塚8丁目に暮らす予備校生(当時18歳)は、不意に耳に飛び込んできた怒声に驚き、外を見た。
場所は首都高速高島平の降り口からほど近く、いわゆる抜け道となっている場所。それまでにも狭い道ゆえに交通トラブルから口論になっている人々を見かけることがあった。
窓から道路を覗くと、案の定、2台の車がすれ違う格好で停車しており、野球帽をかぶった男が相手のワゴン車を覗き込むようにして怒鳴っていたという。
「もっと寄れるじゃねぇか!」
その声に、ワゴン車の運転手らしき男性が運転席から降りてきて、怒鳴っている男にぺこぺこと頭を下げるのが見えた。と、次の瞬間、若い男はいきなり相手の男性を殴り倒した。一瞬のことで、男性は防御の姿勢も受け身も取れずそのまま仰向けに倒れたという。
予備校生はその場に駆け付けたが、殴った男はすでに逃げた後だった。
倒れ込んだ男性は唇がどす黒く変色し、しかもいびきをかいていたため、すぐに119番、110番通報を行った。
救急搬送されたのは練馬区北町在住の会社役員、田中正男さん(当時56歳)。田中さんは一命を取り留めたものの、意識不明の重体となっていた。
警察は予備校生の証言から交通トラブルが発端とみて逃げた車と男の行方を追った。
事件から2カ月。警察はヘリを使って目撃情報などがないか呼びかけたが、有力な情報は得られていなかった。
田中さんは注文住宅などを手掛ける会社の役員で、自身も棟梁として20年以上の経験を持っていた。利益よりもその家に住む家族の幸せに思いを馳せるような人で、妻も絶対に言い争うような人ではないと話した。事実、予備校生も田中さんが反論もせずに頭を下げている様子、しかも車から降りて詫びている様子を目撃していた。
そんな、まったくの無抵抗で丁寧な対応をした田中さんを、男は殴り倒した。
「行ってくるよ」
いつもと同じ朝6時、田中さんは妻にそういって家を出た。
その後、犯人逮捕の報道はない。もしかすると、男は罪を償うことなく今も何食わぬ顔で生活しているかもしれない。そして田中さんの意識が戻ったのかも、わからない。
摂津のひったくり事件
平成14年5月7日午後7時半。大阪府摂津市鳥飼本町を通行中のトラック運転手は、路上に倒れた自転車を発見した。徐行すると、その自転車のそばに女性が倒れているのを見つけ、慌ててトラックを停めた。
駆け寄ったものの、女性はすでに意識がない状態だったという。
女性に特に目立つケガは見当たらず、当時路面が雨で濡れていたことなどから女性が自転車の運転を誤り転倒したのか、とも思われた。
意識不明で病院へ運ばれたのは、現場近くに暮らす江川美弥子さん(当時57歳)と判明。美弥子さんは何も身元が分かるものを持っていなかったため、自転車の防犯登録から身元が分かったのだが、家族によれば美弥子さんは直前までカラオケを楽しんでいたといい、財布などが入ったバッグを持っていたはずだったという。
そのバッグは、現場の何処にも落ちていなかった。
警察は美弥子さんがひったくりにあった可能性があるとして捜査を開始、そして美弥子さんの事件の2日前にも、同じ鳥飼本町の路上で78歳の女性が背後から近づいた若い男に手提げバッグをひったくられけがをさせられる事件が起きていたことに注目。
その際、目撃情報があり、その数時間後に近くの団地内の防犯カメラが犯人と思われる若い男と同じTシャツを着ていた「少年」をとらえていたことが判明。さらには78歳の女性の財布や、美弥子さんのバッグと財布がその団地内に捨てられているのが発見された。
容疑者として浮上したのは、この団地に出入りしていた無職の少年A(15歳)と東淀川区のアルバイト少年B(16歳)。この少年二人から事情を聞いたところ、78歳の女性に対するひったくりを認めたことで逮捕となった。
少年らは78歳の女性の事件で家裁送致となり、観護措置の決定を受け大阪少年鑑別所に入っていたが、警察は美弥子さんの事件についても任意で事情を聴取、6月に入って美弥子さんの事件も自分たちがやったと認めたことから、強盗致傷容疑で逮捕した。
美弥子さんは意識不明で病院に搬送されていたが、その1週間後に死亡していた。
少年らは、美弥子さんが左手にかけていたハンドバッグをひったくろうとした際、驚いた美弥子さんが奪われまいと力を込めたため、そのバッグのハンドル部分を引きちぎる勢いで奪った。その衝撃で、美弥子さんは自転車ごと引き倒され地面に頭から叩きつけられたのだ。
少年らは美弥子さんが死亡したことをニュースで知っていたという。少年Bは、近所の人から「あんたと違うんか」と聞かれたというが、違うと笑ってごまかした。少年Aも、美弥子さんが死亡したことを知っても「自分たちが捕まってしまう」ことしか考えず、死亡したことについては何も思わなかったと話した。
さらに、大阪府警特捜隊と摂津署は、この少年らを脅し犯行を唆し、さらには金を脅し取っていたとして大阪市東淀川在住の塗装工の17歳の少年Cを恐喝容疑で逮捕した。
発端は4月、少年Cが少年Aに原付を貸したところそれを警察に押収されてしまったという。それに怒った少年Cが、迷惑料を払えと12万円を要求し、金がないという少年Aに対し、「ひったくりでもなんでも(用立てる方法は)あるやんけ」と詰め寄った。
少年Aは78歳の女性と美弥子さんから奪った合計7万数千のうち、5万4千円を少年Cに脅し取られていた。
78歳の女性は、夫婦仲よく散歩するのが楽しみだったが、事件後は恐怖で外に出られなくなった。事件当時、女性は杖をつきながら夫の少し後ろを歩いていた。背後からひったくられたはずみで顔から地面に叩きつけられ、入院を余儀なくされた。
美弥子さんの夫は美弥子さんが死亡してから毎日泣き暮らしたという。家の中には今も美弥子さんの気配が残る。
少年の一人は、自身の審判前に手紙をよこしたものの、出所したら謝罪に行きたいという反省しているのか何なのかよくわからないものだった。少年らの保護者は、一度も手を合わせにすら来ていなかった。
食品加工を営み、静かに穏やかに暮らしていた夫婦の暮らしは、「未来ある」少年らによって破壊された。それでも美弥子さんの夫は自分たちが暮らす街を安全にしたいという思いから、自治会でパトロールなどを行っているという。
大阪市営地下鉄・千日前線日本橋駅
突然の出来事だった。
平成17年4月19日、大阪市営地下鉄千日前線日本橋駅の上りホームで、ホームにいた高齢男性が突然線路に転がり落ちたのだ。
ホームには南巽発の野田阪神行の電車が間もなく入ってこようとしている。
幸い、ホームにいた乗客3人が協力して男性を線路から押し上げ、別の乗客が非常ボタンを押していたこともあって電車は男性の250m手前で緊急停止し、男性は頭の骨を折る重傷を負ったものの、一命はとりとめた。
男性は奈良県在住の78歳。妻と電車に乗るためにホームにいたというが、妻や目撃者らの証言から男性は誤ってホームから転落したのではなく、第三者に突き落とされていたことが判明した。
話によれば、当時男性は持っていた荷物を足元に置いていたところ通りがかった30代から40代くらいの男に「そこには荷物置いたらあかん」と言われていたという。
一旦は荷物を避けた男性だったが、男が立ち去ったあと再び荷物を戻した。それを見た男が戻ってきて「落したろうか!」と言いながら男性を突き落とした。警察は殺人未遂容疑で捜査するとともに、駅構内にある防犯カメラ映像から、事件後反対側のホームを逃げる男の映像を公開した。
すると翌日の20日夜に大阪府警西署に出頭してきた男が、男性を線路に突き落としたのは自分だと認めたことから殺人未遂容疑で逮捕した。
逮捕されたのは大阪西区の自称プログラマー・内藤晋(仮名/当時37歳)。夕方のニュースで自分のことが流れていたのを見て逃げ切れないと思い父親に相談し、付き添われて出頭したという。
男性との間に何が起きていたのか。
内藤の供述によれば、あの日、ホームにいた男性の荷物の置き方にそう注意をしたのだという。しかし男性が荷物をどけたふりをしてまた元に戻したのを見て、無視されたと激高。「線路に落ちれば死ぬかもしれない」と認識したうえで突き落としたと述べた。
実は、男性が荷物を置いていた場所というのは「点字ブロック」の上だった。
一旦は死ぬかもしれないとわかっていたと言いながら、内藤は裁判で殺意を否認。大阪地裁は独善的な動機による悪質な犯行とし、男性がケガで済んだのも周りの乗客の助けによるもので、死亡していた恐れも十分あったとして懲役4年6月の実刑判決を言い渡した。
大阪市営地下鉄・御堂筋線動物園前駅
「妻の帰りが遅いのですが……」
東淀川区のパチンコ店に、そこで事務員をしている女性の夫から電話が入ったのは平成6年7月2日の夜のこと。
いつもなら夕方5時に勤務を終え、買い物などがなければ6時半ころまでには我孫子東の自宅に帰っていたようだが、その夜は7時を過ぎても帰宅していなかった。
妻は東淀川の勤務先から御堂筋線を利用して動物園前駅で乗り換えて自宅に戻る、というルートだったと思われるが、実はこの日の夕方、御堂筋線動物園前駅では人身事故が起きていた。
その影響で後続の上下35本に10分以上の遅れが出ており、また天王寺動物園帰りの乗客も多い時間帯ということもあって、妻もその影響を受けていたのかもしれなかった。
しかし夫はその後、最悪の知らせを受けることになる。その人身事故の被害者こそが、妻だったのだ。
しかも、警察の話によれば妻は他人に突き落とされたということだった。
妻は病院に運ばれたものの、脳幹断裂という状態で死亡が確認された。
死亡したのは我孫子東在住の北条初枝さん(当時65歳)。
初枝さんは子供たちを育てあげ、現在は夫と二人静かな日々を送る朗らかな女性だった。
この日もいつも通りに勤務を終え、皆に挨拶をして退社していた。
いつもと同じ、見慣れた町の風景。電車の窓から見えるのもいつもと同じ風景。歩きなれた駅構内を進み、ホームの中央付近まで来た時、不意に背中を突かれた。あっ、と思ったが二、三歩初枝さんはふらつき、そのまま線路へ転落してしまった。数百人いたというホームには乗客の悲鳴、「助けなあかん!」そう叫ぶ声も上がった。
しかしすでに中津発我孫子行き電車がホームに滑り込んできていた。運転手も転がり落ちた初枝さんに気づいていたが、ブレーキは間に合わなかった。
当時ちょうど勤務交代の時間だったといい、たまたま駅員がそのホームにはいなかったが、乗客らがひとりの男を取り囲み、抑え込んでいたところへ駅員が到着し、そのまま駆け付けた大阪府警西成署員へ引き渡した。
男は、初枝さんの背中を押したのを何人もの乗客に目撃されていた。
男は「もうしない、もうしない」と繰り返していたといい、その後の調べで豊中市の18歳の少年だとわかった。その少年は、知的障害一級の認定を受けていた。この日は大阪市内の祖母宅へ行くと言って自宅を出ていたのだという。
目撃者らによれば、初枝さんを突き飛ばす前にも、この少年が周囲の人らに絡んでいる様子が目撃されていた。最初は若い男性に対して突然胸ぐらをつかんだという。驚いた男性が振り払うと、今度は別の中年男性につかみかかったが、その男性も振り払って立ち去った。
初枝さんの背中を押したのは、その直後だった。
少年は大阪市交通局が発行する介護人を必要とする障碍者向け地下鉄無料乗車券と、北大阪急行きの定期券を持っていたというが、無料乗車券については4か月前に期限が切れていた。
少年には当然ながら親もしくは保護者の立場の人がいたと思われるが、期限切れの乗車券を持っていたことから、もしかするときちんと監督保護してくれる大人がいる生活ではなかったのかもしれない。
初枝さんは職場でも挨拶を欠かさない非常に明るい女性だった。その少し前には四国へ旅行したといい、その様子を嬉しそうに話す姿が職場の人の心に残っていた。
日々、都会の片隅でつつましくも幸せな夫婦2人の生活を送っていた初枝さん。いつもと同じ、何も変わらないその日その時だった。
少年はその後家庭裁判所へ送られた。
西武新宿線・入曽駅
ホームの事務室内にいた駅の職員は、鳴り響く警笛であぁこれは、と察し、急いでホームヘ駆けつけた。ホームでは乗客が、「あの人がやった」と、震える声で一人の女を指さしていた。
通報により駆け付けた狭山署員に殺人の現行犯で逮捕されたその女は、座り込んだまま泣きじゃくっていた。
事件が起きたのは平成17年9月5日の午後。埼玉県狭山市南入曽の西武新宿線入曽駅でのことだった。本川越発西武新宿遺棄急行電車がホームに進入してきたその時、線路に男性が転落したのだ。しかし、他の乗客らは一人の女がその男性を突き飛ばしたのを見ていた。一瞬のことだった。
男性は進入してきた電車に轢かれ即死。死亡したのは狭山市の無職、景山条一郎さん(当時71歳)と判明した。
景山さんは入院している妻の見舞いを毎日欠かさなかったといい、普段は自転車で通っていたが、この日は雨だったこともあって電車を利用したものとみられた。
一方の、景山さんを突き落とした女は狭山市の無職、作田宏枝(仮名/当時46歳)。宏枝は会社員の夫との二人暮らしだったが、一ヶ月ほど前から通院中であり、最近不眠の症状に悩んでいたという。
取り調べで宏枝は自殺するためにこの駅に来たものの、実際に電車が近づくと恐怖で自殺できなかったと話した。ところがなぜか、頭が真っ白になり、目の前にたまたま立っていた景山さんの背中を思わず突き飛ばしてしまったのだという。
検察は宏枝を鑑定留置したうえで責任能力を問えると判断、殺人罪で起訴した。
裁判では、当時うつ状態であった宏枝に責任能力はなかったとし、弁護側は無罪を主張。対する検察は事件当時のことを明確に記憶していることやうつの程度が軽度~中度にとどまると主張していた。
さいたま地裁は検察の懲役15年の求刑に対し、懲役12年の判決を言い渡した。
景山さんは模範的な住民で、近隣住民らとの関係は良好、性格的にもい穏やかで紳士的だった。妻との仲もよく、ゴミ出しや家事も積極的に取り組み、地域の活動にもきちんと参加していたという。
入院していた妻は、どんな思いで悲しい知らせを受け止めたのだろう。見ず知らずの女に突然奪われた静かな日々。不起訴にならなかったことはせめてもの救いかもしれないが、その後の妻の人生がどうか地域の人々とともにあたたかなものであったと思いたい。
名古屋市北区のローソン
平成16年10月17日。名古屋市北区新沼町のコンビニエンスストア駐車場で、男性が血を流して倒れているのを一緒に来ていた家族が発見。男性は胸や腹など3か所を刃物で刺されており、その後死亡した。
死亡したのは愛知県豊山町の土木作業員、小島正行さん(当時35歳)。小島さんは妻子とともにコンビニに来ていた。
通報を受けた愛知県警北署員が周辺を捜索したところ、近くの公園にいた若い男が犯行を認めたため緊急逮捕した。
逮捕されたのは同じく豊山町の無職・加藤裕次郎(仮名/当時22歳)。調べによると加藤と小島さんの間に面識はなく、その日たまたまコンビニで居合わせたのだという。
加藤は友達と4人でコンビに来ていたが、雑誌コーナーで通路をふさぐような格好で立ち読みをしていた。そこへ通りがかった小島さんから、邪魔だといった注意をされたという。
一旦は店の外に出た加藤だったが、店を出てきた小島さんに、再度注意されたことから激高。隠し持っていたサバイバルナイフ(刃渡り13センチ)で刺した。
加藤と一緒にいた友人らは犯行時に店の中におり、加藤が小島さんを刺した現場を誰も見ていなかった。また、アルバイト従業員らも、店内で小島さんが加藤に注意した場面は気づかなかったという。
裁判では殺意を否認した加藤だったが、名古屋地裁は小島さんの左胸などを狙って刺していることから殺意を認定、短絡的で悪質だとして加藤に懲役10年を言い渡した。
取手市のポイ捨て
平成25年12月21日午前。茨城県取手市内の病院に高齢男性が搬送されてきた。転倒して頭を打ったといい、搬送時に意識はあったものの、入院した後に意識不明となった。
同じ頃、取手市西口の路上では警察官がひとりの男から話を聞いていた。この男は、病院に搬送された男性とトラブルになっていたといい、男性を手で押したところ、男性がよろけて道路の段差を踏み外して転倒したのだという。
ただ、搬送された際に男性は押し倒されたという話はしていなかった。
そして年が明けた平成26年1月10日、男性は脳挫傷からの敗血症性ショックで死亡した。
警察は男性の死亡を受け、任意で話を聞いていた男を傷害致死の疑いで逮捕した。死亡したのは取手市双葉の無職、藤原勝美さん(当時72歳)。逮捕されたのは取手市取手の無職、木原義武(仮名/当時64歳)。
トラブルの発端は、木原がタバコのポイ捨てをしたことだった。
取手市には「まちをきれいにする条例」があり、屋外でタバコを吸う際には携帯灰皿を所持することが求められており、ポイ捨ては禁止されている。
あの日、木原がタバコをポイ捨てした場面をたまたま通りがかった藤原さんが見咎めた。曲がったことが大嫌いだったという藤原さんは、当然、木原に対してポイ捨てしないように注意したという。木原は苛立ち、口論となった。一歩も引かない藤原さんと木原はそのうち揉みあいのようになってしまう。
そして、おもわず藤原さんの胸の辺りを押してしまった。
裁判は裁判員裁判となった。検察は懲役5年を求刑したが、水戸地裁は木原に対し、懲役3年保護観察付執行猶予4年を言い渡した。
理由として、木原が当初からありのままを警察に話しており、藤原さんが暴力をふるわれたと話していない時点で、自分が藤原さんを押したことを認めていた。さらに、我に返った木原が、倒れた藤原さんを抱き起こしていたことや、そもそも藤原さんを突き飛ばしたとか、そういった強いものではなかったこと、藤原さんが高齢だったことやたまたま藤原さんの足元に段差があったことなど、いわゆる「不幸な偶然」を考慮した。
ただ、全く落ち度がない藤原さんに対して苛立ちから手を出したことは短絡的であるとしている。
藤原さんは普段はおとなしく紳士的な人だった。が、正義感は強く、相手が誰であろうと間違っているものは間違っていると言える人だった。
多くの人が見てみぬふりをするような些細なことも、毅然と注意する強さを持っていた。
それが仇になった、とは言いたくない。
それは誰のそばにも
無差別の犯罪であるケースも含めているが、コンビニの事件も路上の事件も、数秒前まで全く見ず知らずの間がであるだけでなく、被害者も加害者も「普通の人」だった(普通の人はサバイバルナイフを持ち歩かないというツッコミは置いといて)。
出会わなければ、すれ違わなければ、言葉を発しなければ、何ごとも起きずに行き過ぎただろう。
ときに正義感が事件を起こすこともあるし、なんてことない、しかし一方では不用意な言動が引き金になることもある。点字ブロックをふさいだ人を注意した人と、ポイ捨てを注意した人との違いは何だったろう。ふたりとも根底には正義感があったが、結果として加害者と被害者に分かれた。
マナー違反や法律違反を指摘できない人は弱き人かもしれない。しかし見てみぬふりをすることで、被害者にも加害者にもならずに済んでいる可能性はある。
ただ、それでいいんだと割り切れる人ばかりだったら世の中はしっちゃかめっちゃかになるだろう。少なくとも、社会生活において特に日本では多くの人が規範意識を持っているから、そしてそれを守らない人を良しとしない世の中だからこそ、日々の生活が守られているのだ。
もちろん、注意の仕方、ものの言い方には気を配らなければならないが、残念なことにどんなに丁寧な言葉を選んでお願いに近いような注意の仕方をしたとしても、他人から注意されたこと自体が気に入らない、許せない人もいる。
同じく、注意を聞き入れてもらえないことに固執し、あたかも自分自身を馬鹿にされたかのように思い込む人もいる。絶対的に自分が正しいのだ、公衆の面前であろうとも間違ったことをしている相手に注意することの何が悪い、言い方がどうとかは関係ない、間違っている相手が悪いのだ……そう思う人もいる。
SNSではそのようなやりとりが公表され、時に発信者の意図しない大炎上になってしまうこともある。たとえば、煽られたと公開した証拠になるはずの動画が、実はその人自身の運転マナーに問題があったとか、トラブルの被害者であるはずの人が実はひどい言動を先にしていたとか、そういったものは山ほどある。
もちろん、正義感から注意したというケースでも「そんな言い方はよくない」と反感を食らってしまうことも少なくない。
なんてことのない普段と変わらない日常でも、誰のそばにもそれはある。
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参考文献
読売新聞社 平成14年5月6日、7月2日、10日、11月3日、12月7日大阪朝刊、平成17年4月20日大阪朝刊、9月6日、7日東京朝刊、平成18年3月3日、9月6日、11月17日東京朝刊、平成26年1月31日西部夕刊
朝日新聞社 平成6年7月3日大阪朝刊、平成14年6月14日東京朝刊、平成17年4月21日大阪夕刊、平成26年2月1日東京地方版/茨城
毎日新聞社 平成6年7月3日大阪朝刊、平成17年4月21日大阪朝刊、17年6月10日中部夕刊
NHKニュース 平成18年2月22日
産経新聞社 平成16年10月18日東京朝刊
茨城新聞社 平成26年2月1日、10月31日朝刊