花嫁は嬰児遺体を連れて〜横浜・YCATゴミ箱嬰児遺体遺棄事件〜

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昭和562月、横浜の伊勢山皇大神宮の結婚式場では若々しいカップルの結婚披露宴が執り行われていた。
花嫁は色打掛から爽やかなブルーの振袖へとお色直しをし、恰幅の良い新郎も紋付袴がよく似合っている。
招待客は80名ほど。新郎新婦の父親が勤務するのはいずれも東京電力、新郎自身も川崎の電動機器メーカーの営業、新婦も大手銀行に勤務していたことで、招待された人々も皆、社会的立場のしっかりした人々だった。

専修大学を卒業した花嫁は、長身で目元の涼し気な、今で言うと女優の木村多江似の美人。二人は披露宴の後横浜のホテルに宿泊し、アメリカへ新婚旅行へ行く予定だという。

式場スタッフもそんな晴れやかなカップルを目を細めて見守っていたが、気になることがあった。

着付けを手伝う女性スタッフの間で、妙な噂が流れていたのだ。
1月に行われた結納の着付の際、確かに花嫁様は妊娠してらっしゃいました。お腹の膨らみがわかるほどになっていましたから。ところが、2月の披露宴の時はそのお腹がぺっちゃんこになっていた。なのに、二人の間に赤ちゃんが生まれたという話もない。事情を知るスタッフの間では、どういうこと??と噂になっていました。」

新郎新婦に変わった様子もなく、披露宴で花嫁はとにかく明るかったという。

しかしその2ヶ月後、式場のスタッフは警察の聞き込みを受けることになる。

ターミナルのゴミ箱

横浜シティ・エアターミナル(YCAT)の女子トイレのゴミ箱にそれはあった。
清掃をしていた人が、ふと重みのあるゴミが捨てられていることに気づく。大きめの袋に入れられたそれは、赤黒く、異臭を放っていた。
嫌な予感を押し殺して袋を確認すると、中には小さな小さな、赤ちゃんの遺体があった。

すぐさま警察に届け、死体遺棄容疑で捜査が始まったが、日に何百人もの人が利用するターミナルということもあり、捜査は難航するかに思えた。
捨てられていた嬰児は出産直後に死亡、あるいは殺害されたとみられ、性別は男児だった。ゴミ箱が女子トイレの中のものだったことから、トイレで産み捨てた可能性もあったが、ゴミはその日に何度も回収されることや、遺体の状況から数週間前に死亡していることから、別の場所で産んだ赤ん坊を持ち込んで捨てた、という可能性が高かった。

警察は、赤ん坊が入れられていたビニール袋を調べたところ、どの店でもそうであるように店の名前と、「顧客番号」につながるものを発見、該当するクリーニング店に確認したところ、横須賀市在住の女に繋がった。

428日、警察が女から事情を聞いたところ赤ん坊を捨てたことを認めたため、死体遺棄容疑で女を逮捕した。後に、その赤ん坊は死産ではなく出産直後に女が殺害していたことが判明。殺人の容疑も追加された。

女は2月にあの結婚式場で「噂」になっていた女だった。

女のそれまで

女の名は田中ゆきみ(仮名/当時25歳)。専修大学商学部を卒業後、大手銀行の横須賀支店に勤務していた。
大手銀行とは言っても横須賀支店となると当時は「田舎支店」扱いだったようで、そこへ大卒の女性が配属されることはめったになかったという。
実家が横須賀だったことから、ゆきみの希望もあったのかもしれないが、そこでの勤務態度や人間関係はすこぶる良好なものだった。

女子行員の多くは高卒者で、年齢も比較的若かったことから、ゆきみは同僚や先輩にあたる年下の行員らから「お姉さん」のように慕われていた。
長身で、切れ長の瞳にセミロングのヘアスタイル、なにより専修大学卒の才女というのも高卒の女子行員らからは羨望のまなざしだった。

2年ほど勤務した昭和55年の秋頃、上司はゆきみから結婚の話を聞いた。この時代、多くは25歳くらいで結婚していたし、平成のトレンディドラマのタイトルが29歳のクリスマスであることからも分かるように、つい最近まで30までに結婚しなければそれは結婚しない女ではなく、「結婚できない女」扱いだった。

ただこの結婚は親が持ち込んだ「見合い」だった。

ゆきみの父親は東京電力に勤務しており、その直属の上司の息子との縁談が持ち上がっていたのだ。
定年間近だったという父親は、縁談がまとまることで定年後も東電の関連会社への再就職が決まっていたという。

この時代には、家柄がある程度良いとこのように親の持ち込んだ縁談というのは少なくなかった。恋愛と結婚は別、そんな、どこか打算的な考えも今よりこの時代のほうがあったのかもしれない。

ゆきみも特に嫌がることもなく、話は順調にまとまった。相手の男性は高専卒ということで、「お前にあんな美人で大卒の嫁さんじゃ釣り合わない」とやっかみを投げられるほど、ゆきみの評判は高かった。

結納が交わされ、挙式披露宴は2月の半ば。仲人は新郎の勤務先の部長が務めることも決まっていた。

披露宴は盛大のうちに終了、新郎新婦はそのまま新婚旅行へと旅立ち、帰国した際にはゆきみが祖母にお土産を持ってあいさつに行っていた。
その際の様子も、特に何もおかしなところはなかったと祖母が週刊文春の取材に答えている。
今ならばネットニュースやSNSなどで情報も入るだろうが、おそらくゆきみが新婚旅行から戻ったころには新聞報道もなされていなかったのかもしれない。
こういうとあれだが、人々の関心としてもそう高くはなかったのかもしれない。

しかし警察はしっかり捜査を続けていた。

血塗られた花嫁

クリーニング店からゆきみにたどり着くまでさほど時間はかからなかった。
428日、自宅を訪れた捜査員に対し、ゆきみは素直に犯行を認めた。
27日の朝に自宅で男児を出産したゆきみは、赤ん坊の首を絞めて殺害。いったんは自宅の押し入れに隠していたという。
結婚式の前日、新婚旅行に備えて宿泊予定だった横浜駅東口のホテルにチェックインしたゆきみは、その嬰児の遺体も持ち込んでいた。
挙式後、ゆきみはその部屋で新婚初夜を迎えると、翌日その嬰児の遺体をたずさえて夫ともにアメリカへ向かった。その途中、YCATの女子トイレのゴミ箱に、嬰児の遺体を遺棄したのだった。

冬とはいえ、すでに腐敗も始まっていたであろう我が子の遺体。
それを隠した部屋での新婚初夜はどんなもんだったのか。想像せずにいられない。

ただ、ゆきみの口から語られたのは、YCATに遺棄したあの赤ちゃんのことだけではなかった。

ゆきみはそれより前にも、自宅出産した赤ん坊を殺害し、遺棄していたことが判明したのだ。

昭和54年の元旦、やはり横須賀の実家で産気づいたゆきみはトイレで出産、そして処置に困ってそのまま首を絞めて殺害したというのだ。
遺体はどこに?
捜査員の質問に、ゆきみは「子供の父親である交際相手に頼んで捨ててもらった」とこともなげに話した。

しかも、である。
今回、YCATに遺棄した男児の父親は、新婚の夫ではなかった。昭和54年に殺害遺棄した赤ん坊の父親と同じ男の子供だったのだ。

子供の父親

ゆきみの衝撃の供述によって、昭和54年の死体遺棄を手伝ったとして男が逮捕された。
男は専修大学でゆきみと同級生だった、秀野和彦(仮名/当時25歳)。和彦は12日になってゆきみから呼び出され、事の次第を告げられた。
元々、妊娠していたことは承知だったという。しかしゆきみから「死産した」と聞かされたという和彦は、言われるがままビニール袋にいれられタオルケットでくるまれたその我が子の遺体を預かると、1か月後に川崎市内の民家に隣接する山中に遺棄した。

そもそもこのふたりはどういう関係だったのか。

二人を知る人々や、本人らの供述によれば、出会いは専修大学。和彦の実家は年商70億円の不動産会社経営で、いわゆるお坊ちゃまだったようだが、その人間性はだらしない面が多かったという。
同級生の話によれば、せっかく入ったゼミでも女子学生といちゃつくなどその姿勢が問題視されたり、時間にもルーズだった。
女性関係も同じで、ゆきみを含めた複数の女子学生といろいろな噂があったという。

この和彦の性格については、実の父親も週刊文春の取材に応じており、もはや嘆くしかないという口ぶり。というか、週刊誌でも何でもいいからこの父の不甲斐ない思いを吐き出したい!!みたいな感情が見え隠れするほど、父親からしてもこの和彦という男はだらしない男だった。

この父親は、事件発覚直後にゆきみの実家に和彦を連れて謝罪に訪れている。この日は和彦が逮捕される前日。父親とすれば、逮捕前に直接息子を連れて直々に謝罪に赴いたのだが、ゆきみの実家に到着すると和彦が

「ここからは俺一人で謝るよ。お父さんと一緒じゃ強制的に連れてこられたみたいだから」(引用元/週刊文春)

と言い出したという。
お前ひとりで謝って済むほど軽い話ではないんだ!と息子を一喝した父だったが、その心情を思うと気の毒すぎる。

ゆきみの両親との面会を許された父親と和彦に対し、ゆきみの両親は「こちらにも問題がある話だから」と話し、特に和彦や父を責め立てることはなかった。
それよりもむしろ、無関係の新郎とその実家に対して申し訳ないと嘆いていたという。だって上司だもんね……
もちろん、和彦の父親にしてみれば「すべて和彦がだらしないせい」と思っていたといい、週刊文春の取材にも一貫して息子である和彦が悪い、という風だった。
ゆきみに対する恨み言もなく、むしろゆきみに対しては「しっかりしたお嬢さん」という印象が強く、だらしのない息子と一緒になってくれたら息子のためにもいいのではないかとすら思っていたという。
実際、和彦の母親が話をまとめようとゆきみとその実家に連絡を入れたことがあったという。が、どこかゆきみとその両親からは和彦の家を避けているような印象があったことから、その話はまとまらなかった。

和彦は在学中からゆきみの実家に出入りしていたといい、最初は良かったものの次第に度を越すようになり、ゆきみの実家からは疎まれていたのではないか、と父親は推察していた。

狂った計画

ゆきみもゆきみで、和彦に対し両親が反対しているということを気にしていた節があった。昭和54年に妊娠が発覚した時、和彦は中絶を迫ったという。
しかしゆきみは、「子供の顔を見れば両親だって反対しないわ!」と頑として中絶を受け入れなかった。
大学を2年も留年し、ようやく勤めた会社も長続きしない和彦の何処がよかったのかさっぱりだが、中絶をしなかったのにはゆきみと和彦なりの理由、計画があったようなのだ。

実は二人の間にはこれより前にも子供が出来ていた。しかしその時は中絶している。金に困って、とか、相談できる相手がいなくて、知識がなくて、という理由は、新生児遺棄によくみられるいいわけではあるが、この2人にとってはそれらは全く当てはまらない。
その経験を踏まえての、今回は覚悟の妊娠継続だったはずだった。

しかし、結果は2度の新生児殺しと遺棄だった。

もっとも、1回目と2回目では事情も異なる。1度目は、警察に対しては「首を絞めて殺した」と話すゆきみだったが、当時和彦には「死産だった」と告げている。
当時の情報がないため、これがどっちだったのかはつかめていないが、生むことにこだわったのはゆきみであり、生まれてわざわざ殺害する理由がわからない。気が変わったとでもいうのだろうか。

一方で、警察に対して自身の罪を重くするような嘘をつく必要もよくわからない。

ただ、留置されているゆきみは、ただただぼうっとしているだけで、弁解したり感情を高ぶらせたり、そういったことはなかった。

2度目の殺害遺棄に至っては、時期から考えても理解に苦しむ。見合いから結納という段取りを考えても、23か月で事が進むわけではない。秋ごろにゆきみは周囲に結婚する話をしていることを考えても、夏ごろからは話が進んでいたと思われる。
妊娠の周期を考えると、その結婚の話が出た夏ころに妊娠したと考えられるわけだが、なぜ中絶をしなかったのか。

これについてじゃ和彦の父親も理解できないと話す。無教養の女性ならばいざ知らず、ゆきみはそういった女性ではなかったからだ。しかも、中絶をした経験もあった。
ただここでもう一つ大きな疑問も残る。
その、無教養で周囲に頼れる人もいないような女性ならいざ知らず、ゆきみは実家暮らしで銀行勤め、まわりにはたくさんの目があった。事実、1月の結納の時には、式場スタッフらはゆきみが妊娠していることに気づいていた。

なのに、なぜ実家の人間も職場の人間も、ゆきみの妊娠に気づかなかったのか。

和歌山の嬰児殺しの母親は、いわゆるずんぐりむっくりの体系だったという。それで周囲が気づきにくかったというのは分からなくもないが、ゆきみの場合はどちらかというとスレンダーな方で、妊娠していればわかりそうなものだ。

しかも1度目の出産は元旦の自宅のトイレである。
おそらく両親は在宅だったろうし、トイレだって使ったはず。なんでわからなかったのか……
ましてや、見合いを持ち込んで以降は娘の身辺に気を配ることくらいは、ゆきみの家庭環境から言えばありそうなものだが。しかもゆきみには和彦という「厄介者」の存在が両親からすればあったのだから。

気の毒すぎる新郎は、当然ながらすぐに離婚を申し入れた。ゆきみの両親はそれを受け入れたというが、結局は当人の問題になるためその後どうなったかはわからない。
ゆきみの父親の再就職は白紙、仲人を請け負った新郎の上司はショック過ぎて寝込んだという。

大卒の才色兼備な花嫁が起こしたスキャンダラスで悍ましい事件。

和彦の父親は、最後にこう語った。

「もし和彦がわたしの本当の子なら、とっくにわたしは籍を抜いていたでしょうね。でも、和彦は、なくなった先妻との間に子供がなかったので、もらい受けた子なんです。わたしがめんどうを見なければ誰が見る。今は、たとえ地獄まででもトコトンめんどうを見ようと思っています」(引用元/週刊文春)

父親の愛情は深いが、もしかするとその思いが和彦をダメにしてしまったのかも、というのは酷な話か。

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参考文献

週刊文春 美人女子学生が死体持参花嫁になるまでの「見事な青春」 1981.5.14/ p147151