まばゆすぎた隣の芝生~浦和市・社宅乳児殺害事件②~

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嫉妬

検察は、恵子を殺人未遂で起訴した。
当初、「死んでもいいと思って落とした」と話していた恵子だったが、ここへきて「傷害目的で、殺意はなかった」と殺意については否認していた。

検察官の取り調べに対し、恵子は美保ちゃんに行った加害行為について、
①右腕をひっ掻き、両太ももを数回つねった
②サッシ窓のアルミ枠に、美保ちゃんの左側側頭部をうちつけた
③真理子さんからミルクを手渡され、美保ちゃんにミルクを飲ませようとしたが飲まなかったため、哺乳瓶の乳首を無理やり美保ちゃんの口に押し込み、口の中に傷を負わせた
④恵子宅に真理子さん母娘を呼んだ際、真理子さんが席を立った隙に、高い高いをする要領で美保ちゃんを頭上にかかげ、そのまま回転するように170センチほどの高さから厚さ4センチのベビーマットに放り投げた
このように供述した。

両太ももに痣をつけたのは、自分がやったという痕跡を残すためだったという。
一方で、真理子さんがその傷に気付いても、何食わぬ顔で美保ちゃんが自分でつけたのでは、などと嘯いていた。
美保ちゃんを放り投げた後、美保ちゃんの容態がぐったりしていることに気付いていながら、そのことを真理子さんには黙っていた。

なぜこのようなことをしたのか、については、捜査段階では前述のとおり、真理子さんに対する妬みと不満によるものと供述していた。

恵子は、越してきてから早い段階ですでに真理子さんに対し、苛立ちや不満を抱いていた。
越してきた直後、真上に位置する酒井家の生活音が気になり、それは次第にベランダ越しに聞こえる真理子さんの話声が、自分への嫌がらせではないのかと思うほどだったという。
また、平成10年から11年にかけて、真理子さんから夫婦で海外旅行に行くとか、あれを買った、これを買ったなど聞かされるうち、同じ職場、同じ社宅に住んでいながら経済的な格差があるように思えていたようだ。
また、恵子の夫に比べて、真理子さんの夫の陽介さんは、家事や家族サービスに積極的だったという。それも恵子の心をざわつかせた。

さらにそれは、真理子さんが女児を生んだことでますます募ることになる。
恵子は、女の子が欲しかった。しかし、年子で生んだのはいずれも男児で、年齢や自身の持病(血小板に関する病気で、出産は命がけだった)、そして経済的な理由から、3人目に挑戦することは出来ない状況だったという。
ただでさえうらやましいと思っていた真理子さんが、またもや自分が手に入れられないものを手に入れてしまった、そういった歪んだ妬みの気持ちを恵子は抑えることが出来なくなっていた。

悪魔のささやき

捜査段階では上記のように、美保ちゃんへの加害は酒井家、特に真理子さんへの妬みや不満を、真理子さんの分身である美保ちゃんを傷つけることで解消しようとしていたと話していた恵子だったが、公判ではその理由について、「理由はない。気まぐれでやった。」とし、真理子さんへの妬みや不満が原因ではないとしていた。

さらに、当初から危害を加える目的で美保ちゃんを抱き上げたのでもなく、ぐずる美保ちゃんをあやすために「たかいたかーい」をして、数回ぐるぐると回ったところ、目が回ってしまい、美保ちゃんを取り落としそうになった。
その時、頭の中で「今やるしかないのよ」という声が聞こえたというのだ。
その声を聞いたため、美保ちゃんをそのまま放り投げてしまった、これが法廷での恵子の言い分だった。

恵子はその声を「悪魔の声」と表現した。

また、捜査段階での供述は、自分の意に反して作成されたものだとも言いだした。
なぜこんなことをしたんだ、と聞かれ、理由付けで作り話をした、と言うのだ。

法廷での恵子の言動は、理由もわからないまま突然に娘を意識不明の重体にさせられた酒井夫婦をさらに打ちのめした。
ただでさえ自身による虐待を疑われ、信頼していた友人による犯行と知らされた酒井夫婦の心痛は想像を絶するものだ。
真実を知りたい、なぜこんなことをしたのか知りたい、それがたとえ夫婦にとって、真理子さんにとって苦いものであったとしても、「あぁ、それが原因だったのか」と思えたならば救われもしただろう。

しかし、恵子は「理由は特にない、気まぐれでやった」とのたまったのだ。

重体となっていた美保ちゃんは、1月8日、死亡した。美保ちゃんは事件の数日後には、すでに脳死状態だったという。
気まぐれで娘は命を奪われたのか。それが全てであるとは、酒井夫婦は思いたくなかった。

訴因は殺人に変更され、検察は恵子に対し、懲役13年を求刑した。
そして、冒頭の通り、さいたま地裁は懲役12年の判決をくだし、その後確定した。

たいしたタマ

事件が起こった頃は、あの音羽の事件の翌年であり、親しいママ友がその友達の娘を殺す、という点でも似ており、否が応でも加害者の心理や動機に共通点を見出そうとする動きがあった。
いずれも、「他人を偏差値的に、あるいは階級的に優劣で判断しており、その劣等感は攻撃で代償されがちである、そしてそのターゲットは弱者、ようは子供に向けられる」とは、犯罪心理学の権威として有名な故・小田晋教授の弁である。

音羽事件の加害者も、その殺害動機について「被害者と母親が同一に見えた」という部分があり、恵子もまた、美保ちゃんを真理子さんの「分身」であるとしていた。

ただ、音羽事件の加害者が特筆すべき内向的な性格、かつ、強迫観念に苛まれるなどの要因があり、加えて本人も周囲の軽口に苦痛を覚えながらも迎合しており、その劣等感は他人を妬むとか、そういったものとは違っている。
しかし、恵子の場合は、明らかに真理子さんへの妬みが大きな割合を占めていると思わざるを得ない。

恵子は社宅に越す前に住んでいたアパートでは、明るく気さく、というほかに、「ちょっと変わった人」という評価もあった。
そのアパートを引っ越す際、
「社宅に移るのは嫌なんだけど、家賃浮かせて家を買うの」
と、社宅に入るのはあくまでも先を見据えてのことなのだと強調したという。
さらに、そのアパートにも真理子さんのように仲良くしていた主婦がいたというが、ある時その主婦に対し、「お宅のご主人、独身の頃は女をとっかえひっかえ連れ込んでたわよw」
とみんなの前で言い放ったという。

恵子は本人が気づいているかどうかは別として、本来誰も気に留めないような些細なことでも、先回りして良く見せようとしたり、親しい人間が半歩でも先を行くと、すかさず攻撃に転じているように思う。
そしておそらくだが、付き合う相手を選んでいた。
社宅では真理子さんとは本当に仲が良かったと周囲は言うが、一方で真理子さん以外の主婦との付き合いは皆無だったという。
恵子にとって、真理子さんと親しくなったのは、真理子さんを選んだのは、おそらくその当時子供がいなかったからではないのか。
もっと言うと、自分が欲しくて諦めた、女の子がいなかったから、だから真理子さんを友達に選んだのではないだろうか。

真理子さん夫婦は、近々社宅を出て一戸建てを購入する予定もあったという。
それも妬みの一つだったとは思われるが、やはり美保ちゃんの誕生によって、恵子の心の闇が決壊したように思えてならない。
家は金を貯めれば買えるが、子供は、そういうわけにはいかない。もう叶わない、妬みというより優劣になってしまったのではないか。

音羽の事件でも、検察は殺害の動機として
「母親にとってかけがえのない娘を殺すことで、生涯にわたって耐えがたい苦痛を与えようとする、悪魔的な動機」
という主張がなされた(本人も裁判所も否定)が、恵子の場合はまさにそうなのではないだろうか。

遺族として、裁判で意見を述べた陽介さんに対し、看守を振り切って土下座してみせた恵子は、一方で遺族感情を一切省みないような、「気まぐれでやった」という主張をしてもいる。
真実を知りたいと願う酒井夫妻が最後まで縋った恵子の家族も、結局誠意のある応対をしてはくれなかったという。

隣の芝生はとはよく言ったものだが、どの家の庭でも、害虫はいるし水やりを忘れ手入れを怠ることはあるのだ。
しかしそれはあまり他人には見えない。見えないところでみな努力し、汗を流し時に悩みながらも、美しい芝生を保とうと努力しているから、結果として他人からは青々とまばゆい芝生に「見える」のだ。優劣などつけられようはずがないのだ。

本人が述べた、悪魔のささやき。
それは幻聴でもなんでもなく、恵子が気づかなかった自分自身の声である。

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参考文献
週刊朝日 平成12年9月22日 主婦の心の闇 浦和で「第二の春菜ちゃん事件」社宅内嫉妬
朝日新聞社 平成12年9月6日、平成13年3月23日、7月25日東京朝刊、大阪朝刊、11月6日、平成13年6月6日東京夕刊
読売新聞社 平成12年9月6日東京朝刊、11月7日東京朝刊、平成13年2月2日東京朝刊
毎日新聞社 平成12年9月6日東京朝刊
中日新聞社 平成12年11月6日夕刊

「まばゆすぎた隣の芝生~浦和市・社宅乳児殺害事件②~」への3件のフィードバック

  1. 他人は他人、と思えない人も多いのではないでしょうかね。
    誰かといちいち比べる人は多いですから。それなりに。
    統計とったわけじゃないけど・・・。

    私が一時期仲良くしてた家族は
    私からすれば「いかにも」な家族で当時4歳の女の子が一人。
    お母さんは比較的おとなし目で優しくて穏やかな話し方をする人。
    お父さんは頼りがいがあって子煩悩。

    今まで私が交流をできるだけ避けてきたようなタイプのご夫婦で(笑)
    少しうらやましさもあったものです。
    私の元旦那は暴力振るうし借金あるし何度も転職して落ち着かないし
    仮定は火の車だったので子供を持つことなど考えもできなかった、という状況がありましたから。

    ところがどっこい。

    この夫婦のご主人は、会社の部下に当たる女の子と
    不倫してたんですな。
    それがばれてからの修羅場はもう・・・・。
    地 獄 で あ る 。
    「誰かが血を見るかも・・・」と思うほどドロドロで
    いつしか「うらやましさ」は消えていました。

    「わからないだけ」でどの家庭にも何かしらあるのかもしれない、と気づいて以降
    いちいち誰かと比べるのはやめました。ばかばかしい。
    生きるのが下手かもしれないし、主の嫌いな「嫌なことは後回し」にしがちであっても(笑)
    自分は自分ですからね。
    ※夏の電気代は恐怖でしかないので請求書のメール通知を
    開くのを後回しにすることが多いです。

  2. 殺すほど嫌なのに付き合って、仲良く見せてるのが理解出来ないです。
    私なら徹底的に避けて見ないようにするから。
    なんなら引越して社宅出ます。

    しかし、殺された赤ちゃんがかわいそう過ぎますね。
    こんなの避けようが無い。

    音羽の事件もだけど、ママ付き合いってろくなこと無いなと思います。
    仲良い人は良いだろうけど。

    1. ちい さま
      コメントありがとうございます。
      嫌なら付き合わなければ良い、私もそうです。なのでいわゆる「ママ友」は一人もいないんですよ。
      でも、なかなか出来ないって人も少なくないんでしょうね、子供同士にも影響することありますし。
      音羽の事件では、加害者は夫にかなり相談してたみたいですが、わかってもらえなかった
      この浦和の事件の場合は、詳細は不明ですが夫が早い段階で妻がやったのではと思ってたようなので、夫婦にしか分からない妻の変化があったのかもしれませんね

      亡くなった赤ちゃんは、夫婦にとって3年目で授かったお子さんだったようです。
      ただただかわいそうですね

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