🔓被害者の事情、加害者の事情

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令和6年5月、新宿のマンションエントランスにて20代の女性が店の客だった50代の男性にメッタ刺しにされて殺害される事件が起きた。

2人の関係が明らかになるにつれ、被害者の属性や生前の発言などから、どちらが被害者なのかわからないといった声が多く聞かれた。

たしかに、加害男性はFacebookなどをみるといたって普通の男性で、車やバイクを趣味としている人物、一方被害女性は勤務する飲食店で男性から多額の支払いを受けていた事実はあった。
それだけでも風向きは被害女性に対して冷たかったのが、加害男性が大切にしていた車を売り払ってまで金を工面していたという話が出ると被害女性に対するバッシングが加速した。

個人的にはどんな事情があってもだからって殺すかよ、なので、加害男性に同情はしないが、事件を起こす以外にないと加害者が思い込む過程、背景については、たとえ被害者にとって不利なことでもそれらも踏まえて考えなければならないと考えている。

裁判では一定限度を超えるケースについては加害者に有利に判断されることも少なくないし、それを踏まえたとしても情状酌量の余地はないとする判決もあるが、報道ではなかなか被害者の落ち度的なものは伝わりにくい。

ましてや、直接の被害者以外の人間の言動が根本だとしたら、伝わることは少ない。

3つの事件が起こったその背景について。

新潟のたてこもり放火未遂

平成15年4月7日。
新潟市学校通りのとある法律事務所では、周囲を取り囲む警察官と中にいる男との間で膠着状態が続いていた。
「はやく出てきなさい」
説得を続ける警察に対し、男は突入すれば火をつけると脅した。

すでに男が籠城して2時間が経過。

当初人質となっていた事務員は解放されていたが、それでも警察は踏み込めずにいた。

男は、灯油をかぶっていたのだ。

緊迫の弁護士事務所

その男が弁護士事務所を訪ねてきたのは4月7日の午後1時過ぎ。
ちょうど女性弁護士と女性事務員の計3人が昼休憩をとっていたところへ、そのおとこはやってきた。
手には赤いポリタンクと、刃渡り約17センチの包丁。
男はこの事務所の男性弁護士を出せと要求、しかしその男性弁護士は出張中で不在だった。
男の不穏な様子に、事務員が110番通報を試みたが、それを察知した男はおもむろに包丁を突き付け、
「子どもと女房に会わせろ!」
と叫ぶや、入り口のドアを施錠し、包丁を向けて弁護士と事務員を事務所内に足止めした。
そして、ポリタンクから灯油を撒き散らし始めた。

とっさに、女性弁護士と事務員の一人が窓から飛び降りて脱出。男は逃げ遅れた一人の手を掴んでその手首を縛り上げ、椅子に座らせてガムテープで縛った。

110番通報で駆け付けた警察は、あの平成13年に青森で起きた放火事件を思い起こさずにいられなかった。
武富士の放火殺人事件である。
警察は男を過度に刺激せぬよう、慎重に説得を続けた。

男の要求は、妻と子どもに会わせろというもの。そして現場は弁護士の事務所。
不在だった男性弁護士が、どうもこの男の妻の代理人であるようだった。

懸命の説得の末、人質の事務員も脱出し、男も落ち着いてきたことから警察が突入。男はライターを着火しようとしたが幸いにも火がつかなかったことで取り押さえられた。

逮捕されたのは、新潟県両津市の漁業、渡辺吾郎(仮名/当時48歳)。
吾郎は妻が生後間もない子供を連れて家出したため、その行方を捜していたという。そこで、弁護士ならばその居場所を知っていると思い、脅迫してでも妻子の居場所を聞き出そうとしたのだという。

放火予備、監禁致傷、銃刀法違反などで起訴された吾郎は、平成15年10月14日、新潟地裁から懲役4年の判決を受けた。
被害者らは武富士事件のような結末を嫌でも想像させられ、死の恐怖に直面し、さらには脱出の際に4mほどの高さから飛び降りることを余儀なくされ重軽傷を負った。
現場は複数のテナントが入っていて、もしも放火するに至っていればそれこそ無関係の人を巻き込んでの大惨事になっていた可能性が高い。

にもかかわらず、結構軽い……

報道ではDV野郎だった吾郎から逃れようとした妻子の居場所を聞くために弁護士を逆恨みしたといったものだったが、実際の吾郎とその妻との関係、事件にいたるまでの経緯は、吾郎の立場に立って考えると少々複雑な気分にさせられるものだった。

恐怖の中国人妻

吾郎は新潟市内の中学校を卒業後、高校に進学するも2年で中退。その後は東京で炒めの見習いをしたり、陸上自衛隊に入るなどしたもののある時期に新潟の実家に戻って漁業で生計を立てていた。

平成13年6月、結婚相談所を介して中国人女性と結婚。実家の佐渡島で結婚生活を始めた。
慣れない日本の、しかも島での暮らしは大変だろうと、吾郎の母親は家事を一手に担い、中国から来た吾郎の妻にたいそう気を遣っていたという。
平成14年4月、妻が妊娠したことを知った吾郎は感激し、漁の合間には病院へ付き添うなどして妻を気遣っていたが、直後妻が姿を消す。
何が起きたのかわからないまま、親戚中で妻の行方を捜したところ、妻は吾郎が知らない男性と一緒に新潟へ逃げていた。
吾郎はこの時、身重の妻を気遣い、一緒にいた男の素性やなぜこんなことをしたのかといったことは聞かず、戻ってくれたならそれでいいとしていた。

ところが、吾郎や家族がまるで腫れ物に触るように妻に接したことで、妻は次第に本性を現し始めた。
草刈りをしていた吾郎の母が、誤って草刈り機の刃を妻の足に当ててしまうという事故が起きた。かなりケガをしたようだったが、これを妻は「姑にわざとやられた」などと吹聴した。
また、中国にいる実母の容態が思わしくないといって、2月と5月の二度、中国へ帰ったという。当然、旅費も見舞金も吾郎が出した。
身重の妻に付き添った吾郎だったが、5月に中国へ行った際、妻には前夫との間に子供がいたということを初めて知らされた。
しかも帰国する際、空港に着いていながら「パスポートを忘れた」などと言っては吾郎と一緒に日本に帰ろうとしない妻に対して、吾郎もだんだんと腹が立つようになっていた。

ついに、もうお腹の子どもも中絶してよいと言い、離婚を前提に吾郎は妻を置いて一人日本へと戻る羽目になってしまった。

ところがいざ離れると、中国の妻から「日本へ戻りたい」などと何度も泣きが入ったという。
吾郎とて嫌いになったわけではなかったし、なによりおなかには自分の子どもがいる。散々迷ったあげく、妻を許すこととし、7月の初めには妻を日本へ迎え入れ、もう一度再構築する道を選んだ。

10月になり、妻のビザの更新の時期が来た。
そんな折、両親が神妙な顔で吾郎に対し、「もうビザの更新はしなくていいのではないか。やはり離婚したほうがいいと思う」と言いだした。
妻は日本に戻っても態度は変わらず、忙しい時期でも家業を手伝おうともせず、いくら身重とはいえ高齢の姑にすべてを押し付けて知らん顔をしていることがあったため、吾郎はそういったことで両親が妻に良い印象を持てなくなったのだと考えた。
しかしおなかの子のこともあるため、吾郎は両親を説得してビザを更新。さらには中国にいる妻の長男を日本に引き取るための手続きも始めていた。

ある時、風呂上がりの父親を偶然目にした吾郎は驚愕する。
父親の体に不自然なアザがあったのだ。
嫌な予感がしたのか、吾郎が両親にそのアザについて尋ねると、両親は言いにくそうに吾郎の妻から暴力をふるわれていると明かしたのだ。
離婚したほうが良いと言ったのも、この暴力が理由だった。
こればかりは無視できず、吾郎は妻に両親に対して暴力を働いたのかと確認したという。
しかし妻は、吾郎と結婚したけれど両親は無関係だなどと反抗したため、感情的になった吾郎も妻の足などを叩いたという。

ただその直後に妻が出産し、吾郎にとっての長男が誕生したため、それまでのことはいったん保留としてとりあえずは喜んでいた。

ところが妻はそうは思っていなかった。

理不尽

冬ということもあって、吾郎は妻に対して子供の体調管理をすることを特に言い含めていた。
ところが子供が生まれて2週間ほどしか経っていないにもかかわらず、妻が特に必要もないのに子どもを外に連れ出したことがあった。しかもその日はみぞれの降る寒い日だった。
その時、吾郎の母親が咎めたというが、妻は立腹し、吾郎の母親を突き飛ばすといった暴力をふるっていた。

なにも変わろうとしない妻に対し怒りを覚えた吾郎は、妻にもう子供を置いて中国へ帰れと怒鳴ってしまう。その際、妻の頭をはたいた。

1月27日、漁に出ていた吾郎の携帯に母親から妻が子どもを連れて出ていったという連絡が入った。
漁を中断して引き返した吾郎だったが、すでに島の中に妻子の姿はなかった。
捜索願を出す一方で、自分も車で新潟へ渡り、妻の知り合いの中国人女性のもとを訪ねるなど妻子の行方を必死に探していた。

しばらく探していると、妻子が新潟県の福祉課に保護されていることを知る。
さらに、2月25日には群馬県内の消印がついた手紙が届き、弁護士から連絡がいくという内容が記されてあったという。
吾郎はなんとか妻子を捜し出したいと、漁を休んで新潟市内や思い当たる場所、警察や市役所などを車中泊をしながら捜し歩いた。
3月になり、やむを得ず佐渡へと戻った吾郎のもとに、妻から弁護士を立てた、さらには離婚調停を申し立てたという手紙が届く。
散々妻のために金も労力も使ったのに、子どもを取り上げられこのまま離婚となれば借金だけが残る。高齢の両親にも辛い思いをさせてしまった。
この頃から、吾郎は漠然とこのまま妻子に会えないのならば自殺しようか、そういう思いに囚われていった。

一方、吾郎の姉はそんな弟を心配していたが、何とか力になれるならと離婚調停の期日に吾郎と共に裁判所に付き添った。ところが妻は吾郎に会うのを嫌がり、調停に出席しないということを聞いた吾郎は、妻に会って話をするのが目的なのにそれが出来ないのならば調停の意味もないと思い込み、今後も調停には出頭しないと言い放って裁判所を出た。
自暴自棄に見える弟を心配した姉が、こちらも弁護士を立ててきちんと話し合うよう説得したが、吾郎の自暴自棄な思いは変わらなかった。

姉は単独で弁護士に依頼。なんとか吾郎に連絡をつけて4月2日に弁護士に相談することとなった。
ところがその弁護士は、依頼人である吾郎に対し、「子どもの親権者になれる可能性はほとんどない」などと伝えたという。
あの、秋田の大仙市の事件でも、家族に暴力をふるい耐えかねた夫が自殺未遂するまでに追い込んだ女との離婚に際し、何とか子供の親権をと訴えた夫に、弁護士は同じように親権を取れる可能性はないと言い、また埼玉で両親と子どもを焼き殺した女の調停の際にも、夫に対して子供の親権は取れない、男親は種馬みたいなものといった信じられない対応を調停委員がしたという。

時代もあるのだろうが、この、母親無双みたいな対応は手抜きではないのかと個人的には思う。丁寧に背景をみれば、母親に託してはいけないケースは山ほどあり、悲しい結末を迎えることも少なくない。

話を戻すが、弁護士からも突き放された吾郎は絶望的になる。
が、この面談の際に妻の弁護士を知ったという。それが、後にたてこもることになるあの法律事務所の弁護士だった。

とにかく妻の弁護士に会い、妻子の居場所を確認して妻と会ってちゃんと理由を聞きたい、子どもの無事を確かめたい、そう思った吾郎は、妻の弁護士のもとを訪ねることを決意。
その際、弁護士がその要求を無碍にするならば、事務所に火を放って弁護士を道連れに自殺することも決めた。

求刑懲役5年、判決懲役4年

吾郎は放火予備、建造物侵入、監禁致傷、銃刀法違反で起訴された。
一歩間違えれば大惨事となった可能性が高かったものの、結果として放火には至っていなかったこともあり、検察は懲役5年を求刑。
新潟地裁の榊五十雄裁判長は、事前の計画性が認められること、姉から法律に則って対応するように何度も言われたにもかかわらず、自己の要求のみを突き通そうとした動機に酌量の余地はないと厳しく批難した。
しかもたまたま事務所に居合わせただけの女性らを脅し、警察が突入したあとも灯油にライターで火をつけようとするなど悪質であると指摘。
法による解決をするためにすでに調停などが開かれているにもかかわらずこれを無視した暴力による吾郎の言動は司法による解決を真っ向否定するものであって刑事責任は非常に重いとした。

が、事件が起きたその背景についてもよく見るべきとし、45歳を過ぎて結婚した吾郎が、その妻に対して気を遣い、国際結婚で生じる問題を根気よく解決しながら妻との生活を維持しようと努力していたにもかかわらず、生まれたばかりの我が子を連れて突然妻が行方をくらまし、何の説明もないままいきなり弁護士だの離婚調停だのと次から次へことが起こったことで絶望的な気持ちになったことが要因としてあることは酌量すべきとした。

そもそもこのケースでの求刑懲役5年と言うのが素人的にはなんか軽い(被害者と示談が成立していることも関係している。)……と思ってしまうが、未遂だったけれど放火殺人に近いと考えてしまうからだろうか。

この数年前には先にも述べたが武富士放火事件が起きている。あちらは強盗目的でもあったことや、灯油ではなくガソリンだったこと、その死傷者数が多かったことで結果として吾郎のケースとは違うとはいえ、途中までは一緒だった。
しかも、勝手すぎる妻や無能な自分の弁護士を恨むならまだしも、たまたま妻に依頼されただけで職務を遂行していただけの相手方弁護士(の事務所にいた正直無関係の人たち)を巻き添えになど、正気の沙汰ではない。

ただ離婚問題などの場合、当事者ではなくその間に入った第三者が犠牲になるケースはちらほら見受けられる。
横浜の元妻の両親らを殺害した古沢友幸元死刑囚も、願いはただ一つ、元妻と二人きりで会って話がしたいそれだけだった。ただいつも元妻の両親が間に入ってくることでそれもままならなかった。
さらには元妻の弁護士からどんどん通告がなされることから状況についていけず、理不尽な思いを募らせたと私は思っている(言うまでもないがその理不尽な思いは甘受すべきもので、暴力に訴えていいわけがない)。

トラブルを法律だけでサクサクと片づけて良いものかと言われれば、現実的にはそうせざるを得ない。

が、そのやり方、進め方、ものの言い方などで事態は大きく変わることも事実。

人には良い意味でも悪い意味でも、心がある。

【有料部分 目次】

大分の強盗殺人
無期懲役からの懲役15年
先物取引
追証の嵐
貪り喰われる男
逆襲
こいつはまったくわかってない
決済完了、残金14万円
量刑の理由
板橋のDV逆恨み殺人
メッタ刺し
それまで
その日
不可解な被害者
「なんで」の意味