嘘八百男に振り出し続けた愛の約束手形~臼杵市・交際女性殺害事件②~

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13通の偽造手形

由香さんに対して、絶対に銀行に回ることはないから安心しろなどと言っていた冨田は、その手形を受け取ったその日のうちに、手形割引業者に裏書譲渡した。
由香さんが勤務していた会社は特に経営に問題がなかったため、割引業者らも冨田からの依頼であっても拒否する理由がなかった。
もちろん、ここで偽造されたものではないのか、という疑いを持たれれば拒否される可能性はあったが、この時点ではその疑いを持つ余地はなく、また、冨田の「嘘」を全員が見抜けなかった。
この時冨田が得た現金は、4625741円だった。

急場をしのいだ冨田は、いとも簡単に事が運んだことに味を占めたのか、その10日後、再び由香さんに対して
「取引先が、こないだの手形の額じゃまだ足りないと言ってきた。」
などと申し向け、さらなる手形偽造を依頼した。
冨田を信用し切っていた由香さんは、897000円、100万円、150万円の約束手形をそれぞれ満了日を平成124月末日、5月末日、6月末日にわけて偽造した。

さらに平成13124日、由香さんに対して「また保証が足りないと言われて困っている、追加で手形を偽造してほしい」と頼み込み、この時は合計7通、1500万円分の手形を偽造させた。
満了日はいずれも6月以降となっていたため、ここでも由香さんは「なんとかなるはず」と思っていたし、同じように犯罪に手を染めている意識も薄かった。
そもそも、銀行に手形がまわりさえしなければ、冨田が見せ手形として持っているだけなら、なんの被害も出るはずがなかったし、冨田がまさか自分を利用して裏切るなど、考えつきもしなかった。

しかし、3月に入った頃、由香さんは自分のしたことの重大さを身をもって知ることとなった。

4月2日

由香さんは気が気ではなかった。今になって、とんでもないことをやらかしたと感じていた。
本来なら、相手方を信用させればその偽造した約束手形は由香さんの手元に戻ってくるはずだった。しかし、3月の半ばを過ぎても、3月末が満了日になっているあの手形が、冨田から由香さんに戻されることはなかった。
ただ、冨田は「大丈夫、大丈夫」と言っているから、それにすがりたい、信じたい気持ちの方が大きかった。

気が気でないのは実は冨田も同じだった。
最初に偽造させた分については、その日のうちに割り引いてもらっているため、手形が銀行に回ることはもう避けられない事態だった。
それでも銀行に回った手形が決済されればまだマシだった。
決済できなければ、もしも由香さんの会社の当座に200万円がなければ、大変なことになる。偽造した由香さんだけの責任では終わらないのは明白だった。

そこで冨田は、由香さんに対してある「作り話」を用意した。

この年、満了日である331日は土曜日であったため、決済は翌営業日の42日だった。
「大丈夫だけど、万が一のために俺が200万円渡しておく。もしも銀行から連絡があったら、この200万円を当座に入れておいて。それなら不渡りになることはないし、会社にも由香にも迷惑は絶対にかからないから」
あらかじめ由香さんにそう説明し、200万円を現金で由香さんに手渡した。
ちなみにこの200万円は、由香さんに偽造させた手形を割り引いて現金化したうちの一部である。

先に述べたとおり、とにかく不渡りさえ出なければとりあえずは損失が出るわけではないため、たとえ発覚してもまだマシだった。
42日、由香さんは銀行から200万円の手形が決済に回っているという連絡を受けて仰天する。
急いで冨田に確認の電話を入れると、冨田は「弁護士に連絡するから一旦切るけど、その間に当座にこないだ渡した200万円を入れておいて!」と言った。
由香さんはたちまち200万円を当座に入金し、冨田からの連絡を待った。

しばらくして冨田から連絡を受けた由香さんは、こう説明を受けた。

「いやぁ、取引先の支店の人とは話が出来ていたんだけど、何にも知らない本社の勘違いで銀行に回ってたらしい。弁護士にストップかけてもらったけど、間に合わなかったみたいなんだ。」

由香さんは訝りながらも、会社にも自分にも今の時点で実害がないことで納得してしまった。
むしろ、身銭を切った(ふりをした)冨田を案じていたという。
この時はこれで話が済んだに思えたが、由香さんの心は落ち着かなかった。すでに偽造して振り出した手形は13通、残りは12通である。総額は考えたくなかった。
次の満了日は1か月後にやってきて、その後も一か月おきに満了日はやってくる。手形はいったい今どうなっているのか。

不安に駆られた由香さんは、2回目の満了日が近づいた4月末ごろ、ホテルで冨田と会った際、冨田の携帯を手に取り、発着信履歴の中からどれが弁護士の番号なのかを聞いてきたという。
なぜ知りたいのか、と聞いた冨田に対し、由香さんは、「自分でも事情を知っておきたい」と言ったため、冨田は由香さんが自分を疑い出したのでは、と感じた。
そこで更なる嘘をついた。
「弁護士の番号は事務所にあるからここではわからない」

しかし由香さんはひかなかった。事務所にあるなら事務所へ行く、そう冨田に告げた。
冨田は何食わぬ顔で由香さんを事務所へ連れて行くと、さんざん事務所を探した後で、
「嫁が捨てたのかも。困ったなぁ、明日弁護士紹介してくれた友達にもう一回聞いておかなきゃ」
などと話した。

もう、クソである。このように、涼しい顔をして次から次へとその場しのぎの嘘を吐く人間は残念ながらいる。特に、色恋が介在している関係ではいっっっぱいいる。
騙されている方も、薄々感づいているのだが、それでも信用しない自分がひどいように思ってしまったり、わずかな真実に縋ってしまうのだ。嘘であってほしくない以上、信じる以外にない。

由香さんもおそらくそうだった。

5月1日

手形2通、合計3897000円の満了日である430日は振替休日であった。
その日、手形はどうなっているのか、銀行には回ってないのかと執拗に問い詰める由香さんに対し、冨田は、
「最悪のケースに備えて、由香の会社の普通預金口座から当座にお金を移動させておいて」
と指示する。パニック状態の由香さんは、それでも手形の不渡りさえ出なければという思いでその指示に従った。
手形が決済に回っているかどうかは、冨田が弁護士に確認するフリをしてごまかし続けていたが、結局、51日、銀行からの連絡で2通の手形が決済に回っていることを由香さんは知った。

この数日、由香さんは冨田の指示で会社の金を移動させた後、その穴埋めをするために自身の母親に泣きついて400万円を借りていた。
前回のこともあり、また、今回は母親にも迷惑をかけたことで動揺していた由香さんは、もはや冨田が宥めすかしても手に負えない状態になっていた。
すると冨田は、とんでもないことを言い出した。

「パニックになるのはわかるけど、うちも今離婚問題で大変なんだよ。そもそも、由香が焦ってうちに電話なんかかけてくるからこんなことになってる。こっちの身にもなってくれよ。」

実は由香さんは、4月末ごろ思い余って冨田の自宅に電話を掛けていた。もちろんそれは、携帯で連絡がつかないことに不安を覚え、時間もない中とにかくどうなっているのかを知りたい一心でしたことで、冨田の妻に怪しまれるとか、不倫がどうとかそんなことはどうでもいい話だった。
しかし汚いこの男は、それを逆手にとって由香さんに罪悪感を植え付けた。

それでも由香さんは、4月末の手形の決済は言われたとおりにしてしのいだこと、その穴埋めとして母親に金を借りた事、加えて冨田のことは一切他言していないことを冨田に話した。
しかし、手形の件はこのままにはできないし、発覚すれば自分は会社にいられなくなるばかりか、冨田のことも隠し通せない、そうなったらもう生きていられないと言って泣いた。

冨田はそんな由香さんに対し、弁護士を信じるしかないんだ、離婚問題が片付くまで待ってほしいなどとここでも嘘に嘘を重ねた。
由香さんは涙ながらに自身の犯した過ちを悔いていたが、一方でそれでも冨田を信じていた。

GWが明けたころ、見るも無残にやつれた由香さんを心配し、経営者の妻が由香さんに事情を聞いた。
最初は笑ってごまかしていた由香さんだったが、身内同然で接してくれる経営者の妻とその息子の前で、とうとう堪え切れなくなった。

そして、手形を偽造したこと、冨田に言われてやったことなどを白状した。もちろん、冨田との関係についても、である。
事情を知った経営者の妻と息子は、泣きじゃくる由香さんを責めるよりも「騙されていたんだ、すぐ別れなさい」と説得したが、由香さんは冨田を必死に庇い続けたという。
そこへ、偶然冨田から由香さんの携帯に電話がかかってきた。
怒り心頭の経営者の妻が電話をひったくり、「由香ちゃんがあんたのことで困り果てている。あんたの話も聞いてあげるから、今すぐ事務所に来なさい!!」と告げたが、なんとクソ男冨田は「今遠くにいるんで」と言ってサッサと電話を切ってしまった。

呆れ果てた経営者の妻とその息子は、由香さんに対してとにかく冨田と縁を切るよう説得を試みたが、由香さんは聞く耳を持てる状態ではなかった。
そして、由香さんはすべてを白状したわけでもなかったのだ。