「餓死日記」とその不可解〜寝屋川・主婦餓死事件〜

寝屋川の文化住宅

昭和525月。大阪府寝屋川市の萱島にある文化住宅ではいつものように主婦たちが朝餉の準備に追われ、子供達は次々と学校へ走り、家々からは仕事に向かう男たちが駅へと急ぐ姿が見られた。

文化住宅は薄いベニヤの壁の向こうに隣の部屋があるという作りのため、隣の話し声はまる聞こえだった。

その長屋の一室で暮らす主婦は、朝の家事仕事の合間に聞こえる隣家の子供の泣き声が気になった。あの声は一番上のマー君やろか。隣は5人目が生まれたばかり、お兄ちゃんがかまってもらえず泣いてるんやろか。

最初はそう思っていたが、隣家の子供はいつまで経っても泣き止まなかった。

午前7時半。さすがに不審に思った主婦は、隣の玄関へ回ると泣いている子供に呼びかけた。
「マー君、どないしたんそんな泣いてからに・・・」
その家の9歳になる長男に玄関の鍵を開けさせ中に入った主婦は、絶句した。

その家の主婦が、布団の中で冷たくなっていたのだ。その傍らには、3ヶ月前に生まれたばかりの赤ん坊がすやすやと眠っていた。 続きを読む 「餓死日記」とその不可解〜寝屋川・主婦餓死事件〜

🔓殲滅の焔~陸前高田・一家心中事件~

一本の電話

平成18年6月27日、陸前高田市役所に電話があった。
匿名のその電話は女性で、「家庭内にトラブルがある。相談できないだろうか。」という内容だった。
市役所の職員は人権擁護委員を紹介し、実際にその委員が匿名の電話の主と面談。内容は違法性があるものだったようで、大船渡署に伝えられた。

「何かあったら連絡します。」

大船渡署から確認の電話を受けた相談者は、詳しい内容は話さずにそう言って電話を切った。大船渡署も現時点で相談者が介入を望んでいない以上やれるべきことがないと判断し、経過を見守ることで対応を終了した。

その2日後の6月29日未明。
陸前高田の住宅から火の手が上がった。

4人死亡の住宅火災

平成18年6月29日未明、陸前高田市気仙町の住宅から出火、約3時間後に鎮火したものの、木造平屋建ての住宅126平方メートルが全焼。
焼け跡からは3人の遺体が発見された。

火が出たのは、左官業を営む熊野正博さん(仮名/当時56歳)方。正博さんは仕事で関東にいたため難を逃れたが、この家には当時正博さんの妻・瑞穂さん(仮名/当時49歳)、長男・邦彦さん(仮名/当時26歳)、二男・友信さん(仮名/当時23歳)、三男・誠さん(仮名/当時19歳)、長女・泉さん(仮名/当時13歳)、正博さんの母親(当時84歳)の計6人がいた。

邦彦さんは逃げ出して軽いやけどで済み、年老いた正博さんの母親は別棟にいて無事だった。誠さんも救出されたが大やけどを負って意識不明となった。
邦彦さんは調べに対し、「家族間でトラブルがあって、みんなで死のうと、三男の誠が油をまいて火をつけた」と話していた。
搬送時に意識があった誠さんも、救急隊員の「火をつけたのか」という質問に対し、頷いていたという。

誠さんはその後、病院で死亡した。

焼け跡から発見された3人の遺体は、和室にあった。長男の話から、遺体は瑞穂さん、友信さん、泉さんの3人と見られ、その後断定された。

近隣の人らは衝撃を受けていた。3世代の大家族で、子供たちも両親も皆仲が良さそうに見えていたからだ。歳の離れた妹の泉さんも、学校では野球の試合のアナウンスを担当するなど充実した生活を送っていた。

ただ、気になる話はあるにはあった。

火を放ったとされる三男の誠さんは、高校を卒業後一旦は木材工場などで勤務していたというが、4ヶ月ほどで退職。その後は仕事を探してはいるようだったが、無職の状態だった。
無職であっても、庭の草刈りをしたり、特に何か問題を抱えているという様子はなかったと近所の人らは口を揃えた。
母親の瑞穂さんも、道で会えば明るく気さくに話をする人柄で、近所で孤立しているとか、夫婦仲が悪いと言った話もなかった。
市内の別の場所で暮らす実母を気遣い、よく世話をしに通っていたといい、その実母も家族仲が悪いという話はなかったと話した。
ただ、誠さんを含む子供たちの就職のことで悩んでいるといった話はあったようだ。

あの夜、一体何があったのか。

唯一助かった邦彦さんによれば、和室で家族会議をしていた際、誰からともなく「もう、死のう」という話になったのだという。
そして、三男の誠さんが灯油のポリタンクを持ち込み、灯油を自らかぶり床にも撒き散らした後、火を放ったのだと証言した。
火は瞬く間に和室に燃え広がり、誠さんと友信さんと瑞穂さん、そして泉さんを飲み込んだ。邦彦さんも当初は一緒に死ぬつもりだったというが、咄嗟に恐怖心で窓を割って外へ出て助かったのだ。

現場で遺体となって発見された友信さん、瑞穂さん、泉さんには目立った外傷はなかったが、それぞれの体からも灯油の成分が出ていたこと、邦彦さんの証言などから、警察では高齢の祖母と出稼ぎ中の父親を除く家族5人が一家心中を試みたとした。

しかしこの一家を心中に駆り立てたのは一体なんだったのか。

【有料部分 目次】
 玄関先の遺書
 長男の事情
 取り立て
 裁判
 焔の正体

ある少年の死~明石市・日本刀重過失致死事件~

ある夜の夫婦喧嘩

明石市内の団地のとある一室。そこで暮らす夫婦が囲んでいた夕餉は、冷え切っていた。
妻は前々日に夫が出かけたゴルフに、女性が参加していたことを知って不機嫌だった。夫も、酒を飲んでいい気分で帰宅したのに、妻はふくれっ面のうえ、食べている途中でしょうが状態のおかずを下げられたことでイラついていた。

「言いたいことでもあるんなら言えや」

二人は口論となり、酔いも手伝ってか夫は「ぶっ殺してやる!」と椅子を蹴った。妻も怯まず、台所から文化包丁を持ち出し、その刃先を夫に向けた。 続きを読む ある少年の死~明石市・日本刀重過失致死事件~

ボクは知らない〜巣鴨・子供置き去り事件〜

令和3年8月、滋賀県内で6歳の女児がジャングルジムから落ちて死亡するという痛ましい事故が起きた。
しかしその後、女児の体に100箇所に及ぶ殴打痕があったこと、事故直前の未明にその女児が少年に連れられてコンビニにいたことで通報されていた事実が判明。
調べた結果、女児は事故死ではなく、その少年に暴行されたことで死亡したと判明した。

その少年は、女児の17歳になる兄だった。

この事件が報じられると、その生育歴や母親の状況などから、今から30年ほど前に起きたとある事件と重なる、そんな声も聞かれた。

その事件は、昭和63年に発覚した。 続きを読む ボクは知らない〜巣鴨・子供置き去り事件〜

母の涙が問うもの~宇和島・6歳双子金網監禁事件~

法廷にて

「私、前に自分一人で解決しないといけないと思い込んでしまって、失敗したことがあるんです。だから今度は、ちゃんと相談しようと思っていました。」

松山地方裁判所宇和島支部第一号法廷。
証言台に座る女の無造作に束ねた髪には、その年齢にそぐわない白髪がのぞいていた。
被告人席には、夫の姿。両脇を屈強な刑務官が固める。その傍らに、女性職員の姿。
この事件の被告は、夫婦だった。

女は時折涙をぬぐい、自己の罪をかみしめるように、言葉を紡いだ。
「最後に何か言いたいことはありますか。」
促された夫は、
「そうですね、こんな事件起こしてしまって、Aくん、Bくんはじめ上の子3人、会社や周囲に大変な迷惑をかけてしまって申し訳ありませんでした。」
と少し早口に証言を終えた。
続いて、妻の番。しかし、妻は顔を上げ前を向いてこう言った。

「特に、ないです。」 続きを読む 母の涙が問うもの~宇和島・6歳双子金網監禁事件~