FUNNY MONEY~あるふたつの家族の結末~

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家庭の悩み事のほとんどは現預金が解決してくれる、とは真理で、多くの問題は解決されると私は思っている。
すべてではないにしろ、とにかく一家心中みたいなことは避けられるんじゃないかと思うのだ。
現預金さえあれば生まれなかった悲劇は山のようにあって、格差社会や貧困問題が事件につながることは少なくない。

が、同じ金がない、でも、登場人物に問題があって、さらにはそれを解決する手段を講じない、現実を見ないという場合もある。

ある二つの家族がたどった破滅への軌跡。

小浜の家族

「妻と二人で、息子を殺しました」

福井県警小浜署に現れた若い男は、そう言ってうなだれた。
男の供述に基づいて自宅アパートへ急行した警察官の目に飛び込んだのは、部屋の中で首を吊っている女性の姿だった。

さらに、その妻の足元には布団が敷かれ、そこに幼い子供が寝ていた。

布団をめっくた警察官は言葉をなくした。

その幼い子供は、すでに腐敗が始まっていたのだ。

父と母、息子

福井県警小浜署は、平成15年8月31日、妻と共に息子を殺害したとして出頭してきた小浜市水取在住の男を、殺人の疑いで逮捕した。

逮捕されたのは、上野知憲(仮名/当時29歳)。
自宅アパートの布団で死亡していたのは知憲の長男、水江陸ちゃん(当時5歳)。そして、同じ部屋で首を吊った状態で死亡していたのは、知憲の元妻で陸ちゃんの母親の水江紘子さん(仮名/当時29歳)と判明した。

陸ちゃんは市内の保育園に通っていて、25日までは元気な姿が確認されていたが、26日以降は無断欠席していて、27日に保育園の職員が自宅に電話した際には、誰も出なかったという。
一方、知憲は警察の取り調べに対して「息子を殺害した後、今日まで妻と自宅で生活していた」と話していて、紘子さんが死亡したのは8月31日のことだと推測された。

そして、紘子さんはその状況から自殺の可能性が強いとされていたが、その後、紘子さんと知憲が陸ちゃんを殺害したことを告白した遺書も見つかったことで、陸ちゃんは両親に殺害されたと断定。
紘子さんも自殺と断定された。

知憲は紘子さんが自殺したことで自分も自殺しようとしたものの死にきれず、その日出頭してきたというわけだった。

29歳の男女と5歳の男の子。
名字が違うことからも、知憲と紘子さんが事件当時離婚していたことはわかっていたが、ではなぜ、この3人はこのアパートで同居していたのか。
そして、なぜ夫婦は陸ちゃんを殺害しようとしたのか。

そこに至る経緯がわかるにつれ、関係者らは唖然とするしかなかった。

ダメな男

家族の歴史は平成9年から始まる。
当時23歳だった知憲は、両親の反対を押し切り紘子さんと結婚。この時、知憲は紘子さんの姓を名乗って、紘子さんの実家で生活していた。

ギャンブルにハマった知憲はあっという間に300万円の借金を作ったという。

平成10年、陸くんが誕生。
しかし知憲のギャンブル狂いはとどまることを知らず、家族が増えたというのに父親の自覚もないのか、それまで勤務していた会社を辞め起業するなどと周囲に話していた。
起業するための資金を紘子さんの母親にせびり、合計で500万円を借り、さらには友人らからも借金をしたという。紘子さんもサラ金から150万円を用立てた。

ところが知憲は起業に必要な準備をする様子もなく、結局借りた金のほとんどをパチンコで溶かしてしまったという。
借金の返済のためにさらなる借金をし、平成12年ころには知憲の借金総額は2600万円を超えた。

どうにもならなくなった知憲はようやくここで紘子さんの母親に金を返せないと告白し、その流れで紘子さんとは離婚となってしまう。
実家に戻った知憲だったが、その一か月後、離婚したはずの紘子さんが陸ちゃんを連れて知憲のもとを訪ねてきた。
紘子さんはギャンブル狂いでどうしようもない知憲のことを、それでも好きだったのだ。

実家で細々と借金を返していこうとしていた知憲だったが、紘子さんの気持ちを知り、今度こそ家族3人でやっていこうと、籍を入れないままだがアパートで家族3人の暮らしをスタートさせた。
しかし知憲のその決意は再スタート早々に失速する。
この頃、知憲の月額の返済額は20万円。働きながらちまちまと借金返済するには、多すぎた。
それならいっそ、パチンコで返済資金を稼いだ方が手っ取り早いと考えた知憲は、そのための軍資金をまた借金で用立てるという信じられない行動に出た。
当然、職に就くこともしなかった。
時代によって、パチンコやスロットで稼ぐ人はゼロではなかったが、そもそも知憲はそれまでにもパチンコにのめりこんで大借金こさえたほどのセンスゼロだったのだ。
返済計画がうまくいくはずもなく、1年後には毎月の返済額は50万円に達してしまう。

そして、もう借りられる場所も人も、なくなってしまった。

知憲と紘子さんは今後について話し合ったという。そして出した結論が、一家心中だった。

ふたりは九州へ向かい、それぞれの両親にあてた遺書を郵送。しかし思い切ることができずに知憲は自宅アパートへ、そして紘子さんと陸ちゃんは紘子さんの実家へと戻った。

ダメな女

幼子を抱えた上に夫はギャンブル狂、しかもセンスゼロと来ればもういい加減愛想が尽きてもよさそうなものだが、紘子さんはそれでも知憲と離れようとしなかった。
とりあえず陸ちゃんを連れ実家の母の元へ戻ったものの、知憲とは連絡をずっと取りあっていた。
病院に勤務していたという情報はあるが、おそらく看護師ではなく事務、あるいは助手だったと思われる。

一家心中を企てたものの行動に移せず実家に戻ってから半年後、紘子さんは陸ちゃんを連れまたもや知憲の元へ行くと言い出した。
知憲と紘子さんを信じて500万円以上を用立てたにもかかわらず、不誠実な対応をとられたままの紘子さんの母親がそれを許すはずもなかったが、それでも弘子さんの意志は固かったという。
結局、陸ちゃんを連れていくことだけは許さないと母親も譲らなかったため、紘子さんは陸ちゃんを母に預けてひとり、知憲の元へ戻った。

ちなみに、確定ではないが紘子さんの実家は知憲のアパートの隣町にあったようだ。事件後、近隣の人々が「あの一家は隣町から越してきた」という話をしているからだ。
また、知憲の元へ戻った紘子さんは、それまで勤めていた病院にそのまま勤務していることからも、もともと近い場所にいたのは間違いない。

紘子さんと知憲は再び同居を開始したが、一家の生活が楽になることはなかった。
実は知憲は実家へ戻った時、借金が1870万円残っていた。それを、父親の助けで750万円を返済、残りの1120万円については、6年の分割払いで返済する予定になっていたという。月額にするとおよそ15万円。一般的に考えてもまだ厳しい額に思えるが、まじめに働いて生活態度を改めれば、不可能ではない額だ。

しかし知憲は先にも述べたとおり、真面目にコツコツやる、ということが恐ろしくできない人間だった。
汗水たらして働いてもせいぜい30万円くらいにしかならない。一方、パチンコで大勝ちすれば、いや、一撃何十万は無理でも2~3万勝てば十分返済できる……
常識的な読者の方にはもうお分かりだろうが、こういう人間は勝った時のことしか頭にないのだ。その何倍も負けているのに、勝った時の興奮のほうがどうしても記憶に残ってしまう。
毎日通えば、と思うかもしれないが、勝つためには投資した額を上回らなければ勝ちとは言えないわけで、しかもスロットではなくパチンコとなるとかなり厳しい。
今より規制が緩かったとはいえ、この時代でもそう勝てるものではなくなっていた。

そんな知憲を、それでも好きだった紘子さんは病院に勤務しながら、平成14年10月にはなんと陸ちゃんを引き取ってしまう。
この直後の平成15年1月、紘子さんは父親の遺産700万円を相続しているので、おそらく実家の母親も夫を亡くし一人で陸ちゃんを見ることが難しかったのかもしれない。
紘子さんは700万円という大金を得たが、知憲の借金返済にそれを使ってしまう。正確には全額ではなく300万円だが、この時点で二人は夫婦でもないわけで、そもそも紘子さんには一切の義務などなかった。しかも自分名義の借金もあったにもかかわらず、知憲名義の借金返済を優先させた。

そして平成15年3月、父が遺した700万円はたった2か月で底をついた。

なんでそうなる

非常に理解しがたいのが、この状況に陥っても知憲が一切仕事をしようとか、とにかく日銭を確実に稼ぐことすらしていない点だ。
そしてもう一転、二人のそれぞれの実家との関係性だ。

知憲は借金について一度は父親の助けで清算するきっかけを得ている。
50代後半か60代、もしくはそれ以上と思われるが、どうしようもないバカ息子のために750万円もだしてくれたのだ。
こういった無為徒食な人間の家庭というのは、言い方は悪いが貧困家庭でそもそも親に頼ることなどできず、しっかり生きるということ術を知らないというケースが多い。
当然、借金が出来ても親が助けてくれることなど有り得ない。

ところが知憲も紘子さんにも、金銭的な面で相談できる親がいたのは事実だ。

紘子さんも、実母から500万円以上、さらには父親が遺した700万円があった。少なくとも、この両親を見れば日々堕落したような人生を送っていたようには見えない。
二人の結婚についてもおそらくその当時の年齢や生活状況から、結婚など無理だという常識的な判断から反対していたと思われ、そういった面でもごくごく常識的な人々に思える。
紘子さんの母親は、その後も紘子さんに金の無心をされ続けていた。
それに応じたのもひとえに、紘子さんが窮すればたちまちそれは幼い陸ちゃんに影響してしまう、そんな気持ちがあったことは想像に難くない。

そして、それを紘子さんは利用していた。

しかし平成15年7月、知憲と紘子さんの手持ちの現金は、2万円を切っていた。

8月25日。
ふたりはここへきてようやく、今後についてどうするかを話し合った。おそらくもう借金できる相手もいなくなっていたのだろう。
月末、すでに迫る数々の支払いが二人を向き合わせたのかもしれないが、そこで出た結論は、今度こその一家心中だった。

なんで。なんでそうなった。

昨日今日、こうなったわけでも、誰かの借金を背負わされたわけでもない。もとはと言えば知憲の想像を絶する自堕落でなめきった生活が招いたものだ。
借りた金を返そうともせず、あげく行き詰ったら死んでしまおうなど、一銭にもならないどころかさらなる迷惑をかけるわけで、紘子さんにしてみればなんで一家心中という結論に巻き込まれなければならないのかと思うのではないか。しかも二人には陸ちゃんというかけがえのない存在があるはず。

この知憲という男は、自分でケリをつけることすらできず、一人で死ぬこともできず、自分にほれ込んでいる紘子さんをも巻き添えにしようとしたのか。

いや、事実は違っていた。
家族心中を提案したのは、紘子さんだった。

主導した妻

裁判では当然のことながら、信じられないほど堕落した生活の末の一家心中であるとして知憲は厳しく批難された。
そして、何の落ち度もない幼い陸ちゃんを巻き込み、その輝かしい未来を突然に奪い去ったということ、さらにはその陸ちゃんの遺体を弔うこともせずそのまま真夏に放置したことで、陸ちゃんの体は無残にも腐敗してしまった。
「長男は、殺害された後も両親にその尊厳を踏みにじられたというべき」
福井地方裁判所の松永眞明裁判長は、判決文の中でそう断じた。

一方で、この家族心中を提案し推し進めたのは知憲というよりむしろ紘子さんであると認定。知憲は、その紘子さんを止めきれなかった側面があるとした。
また、陸ちゃんを巻き込んだのも、紘子さんが実母が止めるのも聞かずにつれてきたのであり、陸ちゃん殺害は知憲と紘子さんの共同正犯だとした。
その事情に照らし、親の責任を怠ったとして知憲「だけ」を非難することは出来ない、とした。

福井地方裁判所は、知憲に対して懲役7年の判決を言い渡した。求刑自体が懲役8年だったことで、さほど情状を酌量されたわけではないが、幼い陸ちゃんの人生を奪った代償にしては納得がいくものではなかった。

紘子さんが知憲にほれ込んでいたのは事実だとして、そうであってもあまりに短絡的な、いや、むしろ破滅的な考えに思える。
まるで、こうなることを望んでいたとは言わないが、知憲を失うくらいならばいっそ、というような。
支え、助けようとしてくれた実家があり、陸ちゃんの生活だけは保障してくれる家族がいたにもかかわらず、破滅待ったなしの状況で陸ちゃんをその中に連れ込んだ。

紘子さんは何がしたかったのか。

25日、陸ちゃんを保育園に連れて行った後、紘子さんは家族で死ぬことを提案した。
それしかない、譲らない紘子さんに建設的な意見を言えるほど、知憲は正しい行いをしていなかった。
陸ちゃんがいない間に、ふたりは遺書をしたためた。
夜中になって、ふたりは寝息を立てる陸ちゃんの顔にバスタオルをかぶせ、首を絞めた。首を絞めたのは紘子さんだった。
この時も知憲は紘子さんを止めることも陸ちゃんだけはと助けることもせず、苦しさから首を左右に振る陸ちゃんの顔に掛けられたバスタオルを押さえるしかできなかった。

法廷でも知憲はこのような事態を回避する努力をしなかったことや、陸ちゃんを助けなかったことを問われても終始不誠実な言葉しか発さなかったという。

死人に口なし、とも思えたが、遺書の中身がある程度知憲の供述を裏付けたのかもしれない。
陸ちゃんを殺害して以降、ふたりは死ぬためにいろいろ試していたようだ。しかしうまくいかず、結局、紘子さんは31日の朝、ひとり首を吊った。
その6日間に、知憲と紘子さんの間でどんな会話がなされたのか。
時間がかかった理由は明らかにされていないが、どうもそこには「二人一緒に死ぬ」ことにこだわったような印象がある。
片方が片方を殺した後で自殺する、というより、ふたりで同時に死ぬ。
しかし結果として、紘子さんは知憲を置いて陸ちゃんのあとを追った。

知憲は紘子さんに先立たれ、途方に暮れたという。そしてどうしていいかわからなくなって、出頭したのだ。
どこまでいっても、自分一人で、いや、紘子さんなしでは何もできない男だった。

ただ、知憲を暴走させこの結末に追いやったのは、紘子さんであるとも言える。
いや、もうこのどうしようもない知憲に残された道がないことをわかっていた紘子さんが、けじめのつけ方を示そうとしていたのかもしれない。

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一宮の主婦殺し

その朝、主婦はいつも通り朝食の準備や家事に追われていた。マンションの5階のこの部屋は南向きで、周囲に高い建物がないため見晴らしも良い。
気持ちの良い朝、今日も一日いい日になりますように。

ふと、玄関先で何か音がした気がした。

続いてインターフォンが鳴った。こんな朝に誰だろう?インターフォンのモニターには何も映っていない。
「はい…」

「おばちゃん、お母さんが冷たくなってるの」

悪夢

平成4年6月12日午前6時半、一宮市のマンションから人が倒れているという通報が入った。
通報してきたのは同じマンションの主婦で、その日の朝、同じマンションに住む知り合いの子供たちが助けを求めてきたという。驚いて部屋へ向かうと、その子供たちの母親が倒れていたが、その後死亡が確認された。

死亡していたのは、浜口美津子さん(当時38歳)。美津子さんは会社員の夫と娘二人で暮らしており、その前夜、夫は夜勤のために会社へ行っていた。
子供たちの話によれば、その夜、怖い夢を見たのだという。
それは、男の人に首を絞められるという夢だった。長女によれば、目が覚めると首が痛かったため鏡で見てみたところ、首には赤い筋がついていた。
妹も長女も、目が赤く充血して吐き気を催すなど、明らかにそれは「怖い夢」ではなかった。
怖くなって母親を捜したところ、母親が玄関先で倒れていたという。かわいそうに、恐怖でいっぱいだったはずの長女だったが、「夜中に助けを求めるのは迷惑だから」と思って、朝になるのを待っていたのだ。

そして、明るくなってから、日ごろから親しくしているお家へ行き、ようやく助けを求めることができたのだった。

光子さんはパジャマ姿で、玄関で倒れていた。首には長女同様、ひもで絞められたような赤い筋。服装の乱れはなかった。
室内はというと、玄関は行って左奥の夫婦の寝室とみられる部屋の箪笥が無造作に開けられ、荒らされた形跡があった。
家中、というわけではなかったことから、金目のものがありそうな場所に目をつけ短時間で犯行に及んだ強盗なのか。
しかし、起きだした美津子さんに顔を見られて殺害したのは分かるにしても、熟睡していた子供たちまでわざわざ手をかける必要も危険性もなかったはずだ。
また、深夜の犯行だというのに、玄関をこじ開けた形跡がなかった。ということは、美津子さんが閉め忘れたか、ドアを開けたかになる。顔見知りの犯行なのか?

逮捕

愛知県警捜査一課と一宮署は、強盗殺人容疑で捜査本部を設けた。警察は夜勤に出ていた夫からも話を聞いた。
夫は小牧市の電気工事会社に勤務していて、月に4~5回夜勤があったという。この日も、深夜零時半頃にパジャマ姿の美津子さんに見送られて出勤していた。
夫は12日の午前6時過ぎに現場から小牧市内の会社へと戻っていて、出勤時の様子もこう話していた。

「12日の午前零時過ぎ、目覚まし時計が鳴って起きた。妻はリビングのソファで、子どもはベッドで寝ており、妻の肩を叩いて起こすと妻は『もう行くの?』とパジャマ姿で送り出してくれた」

会社の同僚らは、「浜口さんは昨年四月に、一宮の営業所から転勤してきて家族仲よさそうだった」と、突然の悲劇に肩を落としていた。
第一発見者の主婦も、美津子さんとはパート仲間でもあり、普段から仲良くしていたという。
近所の評判も悪いものはなく、子供たちにピアノやそろばんを習わせ、家の中もいつもきちんと片付いていて、また、子供らの誕生日には友達を招いてくれたり、人付き合いも良かった。美津子さんは人から恨まれるような人ではない、と口をそろえた。

おそらく警察は早い段階でこの夫に目をつけていた。
そして、この夫名義で多額の借金があることを突き止め、その点を追及したところ、夜になって夫が美津子さんを殺害したことを自供。
殺人の容疑で逮捕となった。

逮捕されたのは美津子さんの夫で、姉妹の父親である浜口俊介(仮名/当時38歳)。俊介は事件当時消費者金融5社におよそ300万円の借金があった。
追及された俊介は、
「あの夜、妻と借金のことで口論になって、これでは身の破滅だと思って殺害してしまった」
と、涙ながらに告白した。

俊介は以前にも借金を作ったことがあり、その際、美津子さんの両親に返済を立て替えてもらったという。
そういった経緯もあり、再び借金していたことがバレてしまうと思って発作的に首を絞めた、それが俊介の語った動機だった。

さすがに、娘を殺害することまでは出来なかった。

小遣い2万円(昼食込み)

美津子さんと俊介は約10年前に結婚。平成元年1月には現場となった一宮市の新築マンションを二千数百万円で購入した。
子供も二人、ある程度家族計画のめどもついたうえでのマンション購入に思えるし、俊介もきちんとした会社で働いていて経済的にも特に問題はなさそうだった。

マンションのローンは月額5万円。民間の賃貸物件でも、この程度払っている家庭は山ほどいるし、当時美津子さんもパートながら仕事をしており、一家の月収は32~3万円あったという。
職場の同僚らも、俊介は酒もたばこもやらないと口をそろえた。時折、パチンコをする姿はあったというが、息抜き程度の常識的なものだったという。

一方の美津子さんも、特に浪費家という話はなく、派手な印象も持たれていない。そもそもこのマンションも庶民離れしているようなものでもないし、一家の家計を管理する主婦として子供たちのために貯蓄できる余裕もあった。

それなのに、なぜ俊介は消費者金融で借金を重ねたのか。

そこには歪な、と言ってしまうが、夫婦のパワーバランスがあったと思われる。

推測にはなるが、俊介が過去に借金の返済を美津子さんの両親に建て替えてもらったことがあるというのは先に述べた。
おそらく、美津子さんの実家は堅実で、消費者金融に手を出すなどもってのほか、という考えだったと思われる。俊介は借金を清算してもらった際、
「今度借金したら離婚させる」
とはっきり言われてしまった。

その思いは美津子さんも同じだったのか、以降、家計は美津子さんの管理となった。
俊介は給料をすべて美津子さんに渡し、その中から小遣いをもらうという生活をしていた。
それだけならどこの家庭でも似たり寄ったりだが、問題はその額だった。
俊介は38歳、会社ではおそらく部下もいたと思われる。
そんな俊介の小遣いは、月額2万円(昼食込み)だった。
単純に考えて、昼食を500円に抑えても月に1万円以上かかる。金のかかる趣味はなかったようだが、これでは部下にコーヒーをごちそうすることも躊躇せざるをえなかったろう。
実質1万円以下の小遣いなど、高校生でもあるまいしいくらなんでも、という気がする。

一方、美津子さんは子供たちの習い事には熱心だった。
ピアノ、英会話、そろばん……。ピアノも購入し、電化製品も新しいものを揃えていた。マンションのローンも、ボーナス時には30万円が加算されており、俊介のボーナスがどれほどだったかはわからないが、この時代、そんなにもらえていたかどうか。
もしかすると、ボーナス全額が住宅ローンに充てられていたかもしれない。
そうなると、月の赤字をボーナスで補填するわけにもいかなかったろうし、俊介は足りない分を消費者金融から借りては返すを繰り返し、自転車操業に陥っていた。

あの日、俊介は借金の返済のために美津子さんの口座から無断で7万円を引き出していた。そして俊介の財布の中にキャッシュカードが入っているのを美津子さんに見咎められ、口論になってしまった。
取り乱す美津子さんと言いあううちに、俊介の中で何かが切れた。

気がつけば美津子さんは息をしていなかった。俊介はもうこうなったら強盗に見せかけるしかないと、寝室の引き出しをひっかきまわすと、何食わぬ顔で仕事に向かった。
その途中、凶器のひもと、美津子さんのちぎれたネックレスを雑木林に捨てたという。

裁判では、「自己の欲望のままに借金を重ねた挙句の犯行で、しかも強盗の仕業に偽装するなど身勝手」とされ、懲役14年(求刑懲役18年)の判決が言い渡された。

噛み合わなかった歯車

家族を含めたあらゆる集合体はそれを構成する人間ひとりひとりがいわば歯車で、それぞれがぞれぞれのために動いている。

この家族は、どこで歯車が嚙み合わなくなっていたのか。

元をたどれば、俊介の借金であろう。一度ならずも二度までも、借金をした。これは褒められたことではない。
しかし、そのさらに原因を探ったとき、この家族の一番大きな歯車には、油をさしていなかったのかという思いもよぎる。
いつしか歯車は軋み始め、それを誤魔化すために歯車は加速し、そのまま木っ端微塵に砕け散った。

いくら借金をしたからとはいえ、一家の大黒柱である俊介に小遣い2万円(昼食込み)というのはやりすぎ感が否めない。
美津子さんは貯蓄もしていたし、すべては家族のためにと家計を管理していたのはよくわかる。しかし、その貯蓄が出来たのも、子供たちに数々の習い事をさせられたのも、そこには俊介の稼ぎが大きく関係していたはずで、そこを全く無視したような「締め方」は最善の策だったのだろうか。

俊介は取り調べにおいて、「このままだと身の破滅」と話した。
美津子さん殺害に至ったのは、揉みあっているうちにとか、取り乱した美津子さんを黙らせるためにとか、そういったことではなかった。
俊介は、泣いて臥せっている美津子さんのその背後から、首を絞めたのだ。殺す気満々だった。

俊介が言う身の破滅、とは、どういう意味だったのか。

そもそもマンションやピアノ、高価な家電製品の購入、そこに俊介の意思はあったのか。
もう、嫌になっていたのか。この見てくれだけの豊かな生活が。この女と一緒にいることが。

“It’s so funny
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参考文献

朝日新聞社 平成4年6月12日名古屋夕刊、平成16年2月27日大阪地方版/福井
中日新聞社 平成4年6月12日、13日朝刊、夕刊、平成5年3月24日夕刊
読売新聞社 平成4年6月14日中部朝刊、平成15年9月2日、10月24日、平成16年1月16日大阪朝刊
NHKニュース 平成15年8月31日
産経新聞 平成15年9月1日大阪朝刊
沖縄タイムス 平成15年9月1日朝刊

平成15(わ)214  殺人被告/福井地方裁判所

“FUNNY MONEY”  PERSONZ/JILL