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平成11年8月12日
「すみません、ちょっとお願いしてもいいですか?」
広島県福山市。通行人の男性は突然そう声をかけられた。
振り向くと、そこには大柄な体格の若い男の姿があり、謝礼を払うので銀行のATMから現金を引き出してきてほしい、というのだ。
男性は訝ったものの、男が示した謝礼は「10万円」だった。
男性がATMで教えられた暗証番号を打ち込むと、残高が309万円と表示された。その全額を降ろして男に渡すと、男は約束通り10万円を手渡してきた。
「変な人もいるもんだな」
男性はそう思っていたが、数日後、警察から事情を聞かれる羽目になる。
男性が金を引き出した口座の主の妻が、行方不明になっていたのだ。
事件概要
平成15年8月14日、広島県警は10日から行方不明になっていた女性の遺体を遺棄した容疑で、呉市の自称警備員、牛房高志(当時27歳)を死体遺棄容疑で逮捕した。
行方不明になっているのは、広島市南区の波元香里さん(仮名/当時36歳)。香里さんは10日の夜から帰宅しておらず、夫が捜索願を出していた。
警察では、香里さんの行方が分からなくなって以降、3回にわたって香里さんの母らに香里さんの携帯から金銭を要求するメールが送られていることを把握、その内容から、香里さん以外の人間がかかわっていると断定して捜査。
その結果、香里さんの知人である牛房に行きついた。
8月14日、山口県下関市内にいた牛房を捜査員が発見、任意で事情を聞いたところ、香里さんの遺体を遺棄したことを自供した。
遺体は広島県熊野町の山の中に捨てたと話し、供述通りの場所から変わり果てた香里さんの遺体が発見されたことで、牛房は逮捕となった。
牛房はその後、香里さん殺害も自供。
さらには通行人に謝礼を支払って香里さんの夫の口座から現金300万円を引き出したことも判明しており、強盗殺人の可能性も視野に、県警は取り調べを続けた。
香里さんは発見時、顔をビニールテープでぐるぐる巻きにされ、黒いビニール袋に押し込まれる形で発見された。司法解剖の結果、首を絞められたことによる窒息死と判明。
牛房の自供から、行方不明になったその日のうちに、香里さんは殺害されていたことも分かった。
家族に届いたメールは、すべて牛房が送ったものだったのだ。
格差な二人
香里さんの夫は、広島県内の病院に勤務する外科医だった。香里さん自身も、県立呉三津田高校から慶応義塾大学法学部へ進学した才媛である。
165センチのすらりとしたスタイル、大きな瞳に丸顔の、非常に愛くるしい女性だった。
大学卒業後、広島に戻った後はマツダで勤務、医師の夫と結婚した後数年間アメリカでの生活も送っていた。
帰国後も家に閉じこもる専業主婦にはならず、子供が小学校に上がると自分のために派遣で企業に勤めるなど、はつらつとした女性だった。
一方、牛房はというと、香里さんの生活とは全く縁のないような生活を送っていた。
海上自衛隊員の父と保険外交員の母という立派な家庭で育てられてはいたが、呉工業高校を卒業した後、トヨタ系列の自動車整備専門学校を出て自動車整備工として働いていた。
しかし、生活態度が悪く、遅刻や無断欠勤などが続き懲戒解雇寸前まで行ってしまい、牛房は自ら退職した。
その後は警備員、GSの店員などをしていたようだが、職は長続きしなかった。
さらに牛房は金銭にもルーズな一面があった。
自堕落な生活から事故を起こし、免停中にも追突事故を起こしてしまう。
保険が使えないことや、免停中ということで相手の言いなりに慰謝料を支払うこととなり、借金は増えていく一方だったという。
一旦は父親が清算したというが、これがまずかった。
その時は殊勝な態度に出る牛房だったが、のど元過ぎれば再び借金を重ね、そのたびに世間体を重んじる父親がケツを拭いた。
両親はまじめな人々だったが、それが裏目に出た。
息子の言うがまま、「仕事に必要だから」と買い与えた車はなぜかアウディだった。
その後も牛房の生活態度は改まることはなく、すでに退職していた父親もようやくこれではいけないと息子を叱咤したが、遅すぎた。
出ていけ!と一喝された息子は、謝りもせず父の退職金を返しもせずに実家を出ていったという。
そんな生活力ゼロの牛房を支えたのは、「女」だった。
不思議な関係
ノンフィクション・ライターの村山望氏が、この事件について詳しく取材をしている。
その取材によると、この牛房という男はなぜかモテたという。人の好みは様々なので一概には言えないが、少なくとも村山氏からみた牛房は、「ゴリラを連想させる」とある。
私も牛房の顔写真を見たが、田舎のヤンキーにあこがれてなり切れなかった、どこにでもいそうな感じの男である。
しかしこの牛房は確かに女性には不自由しなかったようだ。
村山氏の取材によれば、事件があった当時少なくとも香里さんを含め3人の女性と交際していたという。
父親の逆鱗に触れて家を追い出されたのち、そのうちの一人の家に居候させてもらっていた。
香里さんとは、この時点で2年半ほどの付き合いだったというが、実際に会った回数は10回に満たないほど。
体の関係はたったの一度しかなかった。それでも切れなかったということは、香里さんとの関係は牛房にとってほかの二人と明らかに違っていたようだ。
電話やメールはあっても、実際に会えるのは香里さんの都合が良いときだけだったという。
医師の妻ではあったが、香里さんが牛房に金銭的な援助をしていた節もない。体の関係もない8つも年上の子持ちの女性と会うことは、牛房にとって何だったのか。
もちろん、牛房が香里さんだけに入れあげていたのならば話は別だったろう。ただ、牛房には香里さん以外に、それぞれタイプの違う女性がいたのだ。
香里さんはどうだったのか。
村山氏の取材と考察によると、香里さんがテレクラに電話したのはふとした気まぐれ、のようなものだったのではないか、という。
そもそも、香里さんは先にも述べたとおり、かなりの美人である。しかも、医師の妻という立場、子を持つ母という立場で考えれば、おいそれと危ない遊びは出来なかったはず。
しかし、香里さんと牛房の出会いは紛れもなく、テレクラだった。
香里さんと牛房は、その少ない逢瀬の中で色々な話をしたという。
人目を避ける意味合いがあったのか、デート場所は幹線道路の高架下が多かった。そこに車を停め、ふたりで後部座席に座って他愛もない話をする。それが、牛房と香里さんのデートだった。
デートの日や時間を決めるのは、香里さんだった。
その日も、前もって午後は都合が悪いと聞いていたため、牛房は午後1時からは別の女性と会う約束をしていたという。
しかしその日、お昼近くになっても香里さんは帰るそぶりを見せなかった。
あとの予定が迫る牛房は、香里さんが帰らないことに焦りを覚えた。かといって、めったに会えない香里さんに早く帰ってくれなどと言って機嫌を損ねることもしたくなかった。
ふたりの会話は、牛房の仕事の話になった。牛房はその頃、将来的に起業しようと持っていたようで、そのビジョンを香里さんに話して聞かせた。
見るからに世間知らずでお嬢様な香里さんに、少しでも頼もしいところを見せたい、そんな思いもあったのかもしれないが、香里さんの反応は予想と違っていた。
すごい!頑張って、牛房君ならできるよ!そんな言葉を期待していたのかどうかはわからないが、香里さんの口から出たのは、
「このままじゃ、世間の底辺じゃない」
だった。
お前に言われたくない
「今考えても、どうしてその『世間の底辺』という言葉にそれだけ怒ったのか自分でもわからない。」
被告人質問で牛房は、その時の感情をいまだに持て余しているようだったという。
牛房はあの日、香里さんに将来の話を聞かせたあと、「このままじゃ世間の底辺じゃない」と言われ激高、香里さんにその真意をただすことなく、そのまま香里さんの首を絞めたのだった。
香里さんは、その大きな瞳をカッと見開き、口から泡を吹いた。気絶した香里さんを見て、一旦は我に返ったというが、香里さんが許してくれるとも思えず、牛房はもう一度、今度ははっきりとした殺意を持って香里さんの首を絞めた。
香里さんの顔を見ることができなかった牛房は、その顔にガムテープを巻き付けて首を絞めている。なんでこんなことになってしまったのか。
裁判でも香里さんに憎しみなど抱いたことはない、そう話す牛房だったが、相手が香里さんだったことが、牛房にとっては許し難いことだったような気がする。
牛房は「他人からバカにされる」ことに対して極端な反応を見せることがあったという。しかし、牛房本人は、
「これまでも他人に「定職にもつかず大丈夫?」と言われたことはあったが、別に憤慨したことなどない」と話していた。
そりゃそうだろう、「大丈夫なの?」は心配の言葉であり、「世間の底辺」という言葉とは雲泥の差である。
もっと言うと、美人で慶応から見合いで医者と結婚して人生イージーモード(に見える)の香里さんにだけは、言われたくなかったのではないか。牛房の怒りには、「お前なんかに何が分かる」というセリフが思い浮かぶ。
香里さんに憎しみを抱いたことはない、というが、その後の牛房のとった行動は、まるで人生イージーモードの香里さんをぶち壊すというか、わざと貶め傷つけているようにすら思える。
香里さん殺害後、アウディのトランクに香里さんの遺体を積んだまま、約束していた女性とデートを楽しんだ。その後、香里さんを熊野町の山林に遺棄し、私物をリサイクルショップで換金、当然財布の現金も抜いた。
そして、香里さんの母親に現金要求のメールを送り、冒頭の通りまんまと口座から金を引き出したのだ。
逮捕時、牛房は下関市内で交際相手の女性と花火大会を楽しんでいた。香里さんから奪った金で、リゾートホテルに滞在し、豪華なデートを楽しんでいたのだ。
これまでずっと優先させてきた香里さんを、これでもかというほどコケにしている。
SEXもさせず、きれいな顔で微笑みかけるだけの香里さん。最初はそれだけでも、牛房にしてみれば良かったのかもしれない。
しかし、悪意のない香里さんのド天然な天真爛漫さは、牛房の心の地雷を知らず知らずのうちに踏んだのかもしれない。
その後、牛房には懲役18年が言い渡された。
傷ついた人々
香里さんは紛れもない被害者であるが、同時に彼女は多くの人を傷つけてしまう結果を残してしまった。
行方不明になった当初、警察は「事件」として捜査することを躊躇したという。
早い段階で、香里さんにはそれが牛房であるかどうかは別にして、男性の存在が浮かんでいたという。また、通話履歴などからも、香里さんの行動がある程度判明していたのだろう。
警察は、香里さん了解の上での狂言ではないのか、とすら考えたという。
それを聞かされた夫や実家の両親らはどれほど驚いただろうか。
しかし結果として香里さんは無残な遺体となって発見され、さらには犯人の男と知り合いだった。しかもその「知り合い」の程度は、世間でいえば不倫関係以外のなにものでもなく、また香里さんがグラビアタレントに似ていたことから、意味ありげな報道もあった。
被害者でありながら、また、被害者遺族でありながら、その悲しみに世間の目は同情と憐れみ以外の目も向けた。
それは夫側の家族の香里さんの扱いにも表れた。
村山氏によれば、香里さんの葬儀に婚家の名前を掲げることは許されなかったという。
そして、その遺骨も、香里さんの実家に突き返されたとのことだ。
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参考文献
30代専業主婦「魔の刻」殺人ファイル 村山 望
新潮45 2004.7 p.92~96新潮社
産経新聞社2003/8/15 大阪朝刊 大阪夕刊8/17 大阪朝刊
読売新聞社2003/8/16 大阪朝刊
妙に引っかかる事件です。
メロドラマにもならない陳腐な話にも思えるのになぜかモヤモヤする…
あまり公にできない内容がかなりあるのかも、などと要らぬ想像をしてしまいました。
失礼ながらどこか管理人様の文章にもいつものキレが無いような気がしましたが私の思い過ごしでしょうか(笑
jupiter70 さま
コメントありがとうございます。キレがなくてすみませんw
うーん、実はおっしゃる通りなんです。言えないこと、というほどでは本来ないのかもしれません。
参考文献にある村山望氏のルポなど、もっと結構あけすけに書いてあるので、書いていいのだと思うのですが、わたしなりに色々思うところがありまして、被害者名も仮名にしました。
ただ、古い事件であるため、資料自体が少なかったというのも理由の一つです。
新聞報道もそんなになかった、のは、なぜなのか。
記事の最後の文が、ある意味関係しているとだけお話しておきます。
ホントに、期待していただいたのにすみません、でも、貴重なご意見ありがとうございます!