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高知城の北、山のふもとを切り拓いた住宅街にその家はあった。
期末試験を控えたその夜、高校1年の姉と中学1年の妹は、それぞれの試験に向けた勉強を深夜まで続けていた。
深夜2時、仮眠を取っていた妹は姉に起こされ、交代するように今度は姉が仮眠をとった。
午前6時、妹は英語の文法について聞くために父親に声をかけた。しかし寝ぼけまなこの父親から「後にしてほしい」と言われたために、自室へと戻った。
その1時間後、寝ていた姉は妹の叫び声で目を覚ました。
「何をするの!」
寝室の隣のコタツで勉強していた妹のもとへ姉が走ると、そこでは黒い服を着た男が妹を刃物で刺している場面に遭遇した。
とっさに姉は男の右腕を掴んだが、それを振り切って男は逃げ出した。
「お父さん!」
姉の叫び声で目を覚ました父親が二階へ駆けあがったところ、コタツの付近で血まみれの妹を姉が抱きかかえていたという。父親に妹を託すと、姉は一目散に隣の家に助けを求めに走った。
その姿は、抱きかかえた妹の血に染まっていた。
妹は救急搬送されたが、搬送先の病院で死亡が確認された。
犯人
死亡したのは、高知市立愛宕中学の1年生、宮野紗枝さん(仮名/当時13歳)。
宮野家は父親が県教育委員会の職員、母親が病院勤務の薬剤師で、紗枝さんの姉も高知の有名進学校である土佐女子高校に通う非常に教育熱心な家だった。
閑静な住宅街で起きた、なんの不自由もトラブルもなさそうな教育一家を襲った悲劇。犯人は逃走しており、近隣住民らも気が気ではなかった。
近所の人らによると、家族で家の前の道路でバトミントンをしたり、共働きの両親に代わって姉妹が協力して家事を行うなど、評判も良い家族だったという。
警察は、唯一の目撃者である姉から事情を聞いていた。姉によれば犯人は男、黒づくめの服装に目出し帽を被っていたという。身長は約180センチくらいあったというが、現場に凶器の包丁を残していた。
警察の調べで、その包丁は宮野家の台所にあったものだと判明。また、男が押し入ったという割に、家の何処にも無理やり押し入った形跡はなかった。
物盗りならばまずは一階の台所などを漁ってもよさそうだが、犯人はまるでそこが狙いであるかのように妹がいる部屋にきており、目的は二階にいた姉妹だったようにも思えた。
事件発生の日の深夜、高知県警本部において犯人逮捕の記者会見が開かれた。
刑事部参事官兼捜査一課長が発表文を読み上げる。
「被疑者は、高知市内の16歳……」
16歳の犯行ということで驚きが広がるかに思われた会見場だったが、報道陣から先に声が飛んだ。
「被害者の姉ですよね?」
参事官は無言でうなずいた。
逮捕されたのは紗枝さんの姉、美保(仮名)だった。
次女が無残に自宅で殺害され、その犯人がまさかの長女だったことを知った両親の動揺は激しく、別の部屋で事情を聞かれていた母親はあまりのことに精神を保てず、病院へ搬送された。
同様に、県内外の教育関係者らにも衝撃が走った。
姉妹の父親が県教育委員会の幹部だったこともあったが、なによりも姉妹間で殺人が起きるという事実は少年事件の中でも容易に受け入れることが難しかった。
姉妹間の殺人はなぜ起こったのか。
見えない闇
姉が妹を殺害するというショッキングなニュースに、有識者や教育関係者らからは戸惑いも聞かれた。
グリコ・森永事件で「劇場型犯罪」という言葉を使用した、文芸・社会評論家の赤塚行雄氏をもってしても、「兄弟間の事件はあったが、姉妹間というのは初めてではないか」と言わしめるほど、姉妹間での殺人というのは確かにそれまで聞かれなかった。
美保は調べに対し、当初から紗枝さんに対する妬みがあったと話していた。
それを受け、姉妹の間で激烈なライバル意識が近親憎悪に繋がったのでは、とする見方が大勢を占めていた。
しかし、姉妹や一家をよく知る人からは疑問の声も上がった。
ライバル意識が根底にあったというなら、むしろ妬みや嫉妬心を抱くのは殺害された妹の紗枝さんのほうではないか、というのだ。
教育一家の宮野家において、美保はお手本のような「長女」だった。
勉強に励み、親の言いつけもよく守った。三つ下の妹・紗枝さんのことも、姉として幼いころから気にかけてきた。
両親はそんな美保を信頼し、妹も美保のようになってほしいと思っていたろう。
美保は県内トップの私立女子中、高へと進学。県教育委員会の幹部の娘として、自慢してもしたらない出来の良い娘。
当然、妹の紗枝さんも姉の背中を追い、土佐女子中の受験に臨んだ。
が、結果は不合格。紗枝さんは公立の中学へと進んだ。
報道では美保が性格の違いだけでなく、容姿についても妹への妬みがあったと話しているとされていたが、近所の人によれば「お姉ちゃんのほうがどちらかと言えば美人」という声もあった。
ここまでを見れば、姉のようになれない妹の方が僻んだりしそうなものだが、そこは性格の違いなのか、紗枝さんは気持ちを切り替え、中学校生活を楽しんでいた。
一方の美保は、土佐女子に通っているとはいえ、その成績は「中の上」だったという。
どんなにすごい進学校であっても、トップもいればビリもいる。別の中学では上位の成績でも、別の中学に当てはめれば途端に下の方になってしまうというのはよくある話だが、美保も進学校の中に置いてはさほど注目される位置にはいなかった。
性格もおとなしく、いい意味でも悪い意味でも、彼女は「中の上」だった。
土佐女子には入れなかった紗枝さんだが、公立中学ではおそらく上位にいたと思われる。そして陽気ではっきりものをいう反面、妹特有の甘え上手な性格も、同級生や教師の間では目立っていた。
そしてその二人の違いは、学校だけでなく家庭内でも微妙な波風を立て始めていた。
ふたりっこ
紗枝さんが受験に失敗したことは、おそらく両親、特に父親にとっては小さなことではなかったろう。
教育者でなくとも、受験に失敗した娘がその後どう自分と向き合うのかは気になることだろうし、親としての接し方も慎重にしなければと思ったかもしれない。
結果から言うと、盛大に間違えてしまった。
両親は紗枝さんに対し、とにかく受験失敗という経験がマイナスにならないようにと考え、それまで以上に愛情を注いだ。
どうやらそれが、行き過ぎてしまった感があった。
美保は後に、妹に対する妬みの感情以外に、両親からの扱いに差別的なものを感じた、とも話していた。
姉妹は共働きの両親を支えるために、自分たちの部屋の掃除は当たり前として、洗濯物を取り込んだり、時には夕食の準備もしていたという。
二階部分は3部屋あり、両端の部屋をそれぞれが個室とし、真ん中の四畳半の部屋は二人の共有の勉強部屋だった。
そうすることで、紗枝さんの勉強を姉の美保がみてやれるというメリットもあったろうし、なにより仲の良い姉妹だからこそ、出来ることだった。
ところがそれらが次第に美保の負担になって行く。
紗枝さんは時折、分担していた家事をサボることがあったという。サボるといっても程度の問題だった可能性もあるが、その分、美保が後始末をすることがあった。
美保もそれを都度、紗枝さんに伝え、きちんとするよう言っていたのだが、紗枝さんはあまり真剣に考えていなかった。
時には、お姉ちゃんがやればいいというような、開き直った態度をとることもあったようだ。
美保はそれを両親にも愚痴として伝えていた。しかし、受験失敗があったからか紗枝さんに「甘く」なっていた両親は、紗枝さんではなく美保を諌めた。
お姉ちゃんなんだから。紗枝は妹だろう?助けてやらなきゃ。美保はお姉ちゃんなんだから。美保はなんでもできる子だろう?少しは我慢しなさい。お姉ちゃんなんだから。
決して両親とて、美保を蔑ろにしたのではない。ただ、大丈夫だと思い込んでいたのだ。美保は優秀だから。芯の強い子だから。だからまだ危なっかしい妹をお父さんとお母さんは気にかけているんだ、と。
美保はひとりでもやれるだろう、と。
紗枝さんの将来の夢は母親と同じ薬剤師。それも、母親の関心を自分に向けさせるには十分だった。
他に兄弟姉妹がいれば、美保とて憂鬱のやり場もあったかもしれないが、この家には二人しかいなかった。
その片方だけが、親からの愛情をほしいままにしている。
いつの頃からか、美保の心には憂鬱と寂しさのほかに、自分から愛情を奪っておいてヘラヘラしている紗枝さんへのどうしようもない感情がふつふつと滾り始めていた。
侮辱
妹へのやりきれない思いを抱えながらも、それでも美保は日常を保とうとしていた。
ただ、期末試験を前にどうしても紗枝さんが「優秀な姉」である自分を頼ってくることが増えた。美保だって、同じ期末試験を控えている。妹にとって優秀な姉でも、美保は土佐女子の中では中の上。努力を惜しむわけにはいかない。
美保は明け方まで勉強をしたが、紗枝さんは途中でギブアップしたのか、仮眠をとった。そして午前三時には起こしてくれと頼んできた。自分で起きることも出来ない妹。
紗枝さんを起こしてからも、美保はしばらく紗枝さんと一緒に勉強をしていたという。
そしてその時、何らかの衝突が起きた。
夜が明けた頃、美保はそっと台所へ降りると、包丁を持って部屋に戻った。そして、うたたねしていた紗枝さんの胸などを刺したのだった。
傷は心臓をかすめ、背中まで達しているものもあったといい、紗枝さんは搬送先で失血死した。
犯行を自供したあと、美保はずっと泣いていた。夕食もあまり食べられず、泣き疲れて眠ったようだった。
翌朝からは少し落ち着きを取り戻し、捜査員に話をし始めた。
家事の分担について小言を言った際、紗枝さんから「私には家事よりも勉強の方が大切。」と言われたこと、紗枝さんの教科書の重要な個所にアンダーラインをひくよう言われたこと、それらを親に訴えても、聞いてもらえなかったこと、そして、あの朝、
「容姿について悪く言われた」
と。
先にも述べたが、少なくとも紗枝さんに嘲笑されるほど美保は容姿的に劣っていることはないという。むしろ、美保の方が美人だという声もある。
ただ未成年者と大人とでは美醜の感覚が違うこともあるため、おとなしく真面目だった美保より、陽気で明るく活発な紗枝さんを「(性格や雰囲気も含めて)かわいい」と見る少女も少なくなかったと思われる。
そして、おそらく当の美保も、そう思っていた。
彼女にとって、それまでの憂鬱の中でどれが一番堪えたか、ということはなかったと思う。積み重ね。
自分だって妹と同じに、いやそれ以上に努力したのだ。親の期待に応えたい、自分の将来を考えて、一生懸命お姉ちゃんを頑張ってきた。
それなのに、サボった妹を両親はかばい、何もかもお姉ちゃんである私に押し付けた。
私だって、お父さんに覚えた文法を聞いてほしかった。
甘えたかった。美保もまだ、子供だったのだ。
カインとアベル
キリスト教信者でなくとも、旧約聖書に出てくるカインとアベルの話は知っている人も多いだろう。
アダムとイブの息子であるカインとアベル。カインは弟のアベルを殺害したことで知られる。
なぜそんなことになったのか。
カインとアベルはそれぞれの役割があった。カインは土を耕し、育て、また芸術なども生み出した。一方のアベルは、神が大地に作った羊たちを見守る役目。
二人の違いは、アベルが神の創造したものを受け入れ、それをささげたのに対し、カインは知性をもとに自分の思考の産物を神に捧げようとしたことにあった。
神が喜んだのは、アベルの供物だった。
それを恨んだカインは、アベルを誘い出して殺害してしまう。
兄弟姉妹間の事件において、カイン・コンプレックスという言葉が使われることがしばしばある。
一般的には、兄弟姉妹間で両親からの意図したかしていないかは別として差別的な対応をされたことが根底に残り、激しい葛藤や極端な競争心を抱くことがあるということを指す。
この美保と紗枝さんの事件についても、当時上智大学教授だった福島章氏が指摘している。
ここでいう、神とは、両親である。
アベルが殺害された後、神はカインにアベルの所在を尋ねるのだが、それに対してカインが発したのは、「私は弟の見張り番ですか?」というものだ。
これについて、ルドルフ・シュタイナーは「自我(エゴイズム)が地上にもたらされた」としている。
妹が生まれたとき、美保はどのように聞かされただろう。その妹は成長し、自分を悩ませる存在となった。無邪気にも親の愛を奪い、両親は私に世話役を強いた。
私はいったい何者なのか。
浦和大学の菅野陽子氏の考察によれば、
カインはエリクソンの発達理論における発達段階の「青年期」(思春期)にあたり、まさに「自我」が芽生え、精神的にも肉体的にも著しい変化があるときである。この時期の発達課題は「同一性」対「同一性の混乱」であるが、先の神との対話にそれをみてとれる。「私は何者か」とカインは自問自答していたのだろう。そのときに、最高権威者である神から捧げ物を評価されず、辱めを受けたと思う。褒められた弟は自我の目覚めもまだなく、きっと神からの称賛を素直に受けていたに違いない。兄は弟に慰めてもらいたかっただろうし、傷ついた気持ちを共有する相手もいなかったのであろう。自己肯定感は低下し、ひどい孤独感に悩みうつ状態に陥るかもしれない。しかしながら、カインはその感情を弟に投影し、激しい怒りを攻撃という形で表現した。そして、思いもよらぬ結果を招いたが、彼の良心(スーパーエゴ)は彼の自我(エゴ)を支配することができなかった。神に「お前はそれを支配せねばならぬ」と指摘され、かっとなったのは思春期心性である。そして殺害してしまった後、神にアベルの居場所をたずねられ、「自分は弟の何であるか」ではなく「自分は何者でもない自分である」と反発する。(心理学のきょうだい研究における一考察 – 浦和大学リポジトリより引用)
とある。
事件に当てはめれば、両親(神)から評価(愛)されなかった美保(カイン)は、その傷ついた気持ちを紗枝さん(アベル)に慰めてもらう、もしくはほかの兄弟姉妹らとその気持ちを共有できていれば救われた。
しかしふたり姉妹ではそれもできず、さらにまだ「子供」の紗枝さんは無邪気に両親からの愛を浴び続けた。当然のように。たとえ姉が屈辱的な思いをしていても、気づくことすらできなかった。
美保は低下した自己肯定感や孤独感などを紗枝さんに投影し、そして攻撃するという形で怒りを表現したということだ。
誰に対する怒り?
紗枝さんとのいろいろな軋轢はあったろうが、突き詰めれば両親への怒りだったのではないのか。
両親は愛情深い人だったろう。誰からも、両親の教育や躾を疑問視する声は出ていない。
しかし結果として、その神のカインへのカウンセラーは失敗だった、とユング派のアブラモビッチは考察している。
批判されるようなことではない、しかし、失敗だった。
自宅で執り行われた紗枝さんの葬儀。
父親は職務上の責任もあったのか、参列者の前に立った。事件現場でもある、自宅の前で。
そして、遺影で顔を隠しむせび泣く母とともに、
「私たちの未熟さ、いたらなさで長女に荷物をおわせてしまいました。これからは3人で荷物を分担して生きていこうと思います」
と話した。
美保はその後、中等少年院送致となった。
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参考文献
読売新聞社 平成4年3月5日東京夕刊、3月6日、7日東京朝刊、3月6日大阪朝刊
高知新聞社 平成4年3月6日、7日、7月18日朝刊
毎日新聞社 平成4年3月6日大阪朝刊、3月6日、7日大阪夕刊
日刊スポーツ新聞社 平成4年3月6日、7日
朝日新聞社 平成4年3月6日大阪朝刊、7日東京朝刊、大阪夕刊
朝日新聞社 平成4年3月17日 AERA きょうだいの間に潜む「嫉妬」の殺意
中日新聞社 平成4年7月18日朝刊
新潮45 平成18年7月号 高知・高1優等生姉の中学生妹「嫉妬」刺殺事件 駒村吉重
心理学のきょうだい研究における一考察 – 浦和大学リポジトリ