禁断の死出の旅路~福島・男女服毒心中事件~

昭和62年10月29日朝 路上にて

「あんた!こんなとこに停めて邪魔やろ、あんた運転できんのか?」

愛知県西春日井郡西春町のニット製品会社の車庫前に、一台の赤い軽四自動車が停まっていた。
同社の社員が気付き、見慣れない車であること、車庫の前で邪魔なことから、運転席の女性に声をかけた。
すると、その若い女性は血色の悪い顔でこうつぶやいたという。
「ここまで来たけど、もう動けなくなっちゃった。」
わけのわからないことを言われた社員はイラつきながら、ふと車内を覗くと助手席に中年男性がいるのに気が付いた。そこで冒頭のように、その中年男性に声をかけたのだ。

男性はリクライニングを倒し、眠っているように見えたが、社員はその男性の胸の上で組まれた手を見てハッとした。
男性の手はぶるぶると小刻みに震えていたのだ。さらに、眠っていたと思った男性の目は、白目を剥いていた。
ただごとではない、そう感じた瞬間、今度は運転席の女性が口から白い泡が涎のように垂れてきた。慌てて119番通報したものの、搬送先の病院でこの男女は死亡が確認された。

身元

ふたりの身元は当初全くわかっていなかったが、その後、福島県常葉町(現・田村市)在住の男女だと判明。
女性は、菊地リツさん(仮名/当時21歳)、男性は白岩三彦さん(仮名/当時58歳)と確認された。ふたりは常葉町のとある集落で暮らしていたといい、長年家同士の付き合いをしていたという。

親子ほど年の離れたこのふたりは全くの他人だったが、常葉町の近隣住民らは驚愕とともに複雑な感情でこの事件の報を聞いていた。

リツさんはこの時点で隣町の船引町に嫁いでおり、その仲人をしたのがほかでもない白岩さんだったからだ。
若き花嫁と仲人がなぜ愛知で死んだのか。しかも、状況からしてふたりは服毒心中したとみられた。
ふたりの死因は、「ランネート」と呼ばれる農薬を飲んだことによる中毒死。車内からは青い粉末と、胃腸薬の瓶に入った液体、飲みかけのコーラなどが発見されており、青い粉末と液体は農薬だった。

リツさんの嫁ぎ先である菊地家は、哀しみに包まれていた。
「この時代、タバコ農家に嫁いでくれる若い人などいない。リツは若い上に気立ても良く、家事も一手に引き受けてくれた。いい嫁をもらったと喜んでいたのに……」
リツさんの姑は体が弱かった。それまで暗かった家の中が、リツさんが来てくれたことで途端に明るくなったという。
リツさんの手料理は年寄りにも好評で、その分、姑は安心して自身の療養に専念できた。タバコ農家の傍ら、一級建築士を目指していた夫との仲も、悪くなかった。
「まじめでいい人なんだよ」
リツさんは生前、友人に夫のことをこう話していた。母方の実家が持ち込んだ見合いで結婚したリツさんだったが、12月からは町のパン屋での仕事も決まっていて、家族はなぜ突然リツさんがこのようなことになったのか、全くわからなかった。

一方の白岩さんも、タバコ農家としてだけでなく、農業や畜産を手広く行っており、葉たばこ組合の総代も務めるなど、人望もあった。タバコ農家でありながら、自身はタバコを吸わなかったという。酒も飲まなかった。
家庭では妻と長男、長女がおり、長男はしっかりと白岩家の後継者として育っていた。
その白岩さんの人望からか、近隣の村々では白岩さんがまとめた見合いが結構あったという。その都度、白岩さんは仲人をしていた。
リツさんの仲人をしたというのも、そう考えれば自然なことに思えた。

しかし、白岩さんがリツさんの仲人をすることになった経緯は、いささか事情が違っていた。

親代わり

リツさんは非常に苦しい子供時代を過ごしている。
両親はいたが、酒のみだった父親は早くに体を壊し、リツさんが幼い頃に亡くなった。
7人(一部報道では8人)兄弟の5番目の長女として生まれたリツさんだったが、下の妹と弟は里子に出されたという。母親も病弱だったため、父親の死後は家を売り、母は生活保護を受けた。
小学校に上がっても、給食費が払えないことが多く、リツさんは気にしていたという。

そんなリツさんの家族を気にかけていたのが、父親の幼馴染でもあった白岩さんだった。
ある時から、リツさんは白岩さんの葉タバコ乾燥の仕事を手伝うようになった。多くないが、アルバイト料ももらえた。リツさんはそれを給食費や家のお金に充て、なんとか母を支えようとしていたのだ。
そんなリツさんを、白岩さんもことのほか可愛がったという。リツさん含め、ほかの兄弟らも白岩さんのタバコ乾燥を手伝いに行っていたというが、食事の時、リツさんだけは別のテーブルで食事も良いものが出されていた、と話す人もいた。

白岩さんにとって、リツさんは子供のころから特別な存在だったことがうかがわれる。

リツさんは常葉中学を卒業したのち、愛知県稲沢市の紡績工場へ就職。この工場には企業内に定時制高校があり、リツさんは働きながら高校も卒業した。
仕事ぶりも勉強もいたってまじめ、明るく友達もいたが派手なことはせず、休みの日も寮の部屋で一日中本を読んで過ごすような子だった、と同僚や上司らは週刊誌の取材に答えている。

これからは車に乗れないと不便だといい、コツコツ貯めたお金で自動車教習所へも通い、免許を取得した。男性の影などはこの頃一切見られなかったという。
田舎に帰りたい、と、事件の1年前に帰郷、常葉町の縫製工場で働きながら、時々、白岩さん宅も訪れては葉タバコの収穫や乾燥などの手伝いをしていた。

そんな中で持ち込まれたのが、菊地家の長男との見合いだった。

飯食い

福島に限ったことではないが、日本では昭和初期から結婚する前に婚家で寝起きをする、という風習があった。今風に言えば「彼(彼女)の実家で同棲」するような感じだ。
戦時中、なかなか挙式できなかったこともあり、入籍より前から婚家で暮らすというのは珍しくはなかったという。
ただ、「彼(彼女)の実家で同棲」といっても、今のそれとは全く異なり、嫁になるものは姑や大姑、小姑などからその家のしきたりや家庭の味などを学び、その家の嫁として覚えるべきことを叩きこまれる同棲である。

このサイトでも取り上げた、文京区の実娘殺害の母親も、同じように子供が生まれたあとでの入籍だった。これも足入れ婚のひとつで、入籍してしまった後でやっぱり駄目だったとか、子供が出来ないというようなことが発覚してはよくない、ということで、試用期間みたいなものだろう。

福島の常葉町のあたりではこれを「飯食い」と呼んだ。飯食いで決まった結婚には必ず仲人がたつが、それは見合いをセッティングした人がなる、そういうしきたりもあったようだ。
リツさんの場合は、母方の実家の段取りであったから、当然母方の実家が仲人という大役を引き受けたのだが、これが実は揉めたのだ。

そのもめ事を起こしたのは、白岩さんだった。

ある時突然菊地家に白岩さんがやってきて、涙ながらにこう訴えたという。
「俺が親代わりをしてきたのに……俺がこれほど苦労してリツの面倒をみてきたのに、どうしても俺に仲人をやらせてくれ!」
しきたりから考えれば突拍子もない話で、すでに決まっていたものをひっくり返すのは縁起も悪かろうし、なによりリツさんの母方の実家のメンツは丸つぶれである。
しかし、リツさんを気に入っていた菊地家は、これで破談にでもなっては大変、と、白岩さんの要求をのんだ。
もちろん、白岩さん自身が仲人経験豊富だったこともあったのだろう。

確かに、先にも述べたように白岩さんは幼い頃からリツさんをかわいがり、面倒をみてきたのは事実である。明るく屈託のないリツさんを、いつからか本当の娘のように思ったとしても何ら不思議ではないし、身近で見守ってきた大人として、仲人をするのは最高に名誉な話でもあるから白岩さんの気持ちもわからなくはない。

しかし、白岩さんとリツさんの間には、純粋な親子のような関係とは違うものも存在していた。

泊っていく中年男

リツさんは常葉町に戻った後、しばらくすると実家を出て隣町の船引町で一人暮らしをし始めた。三春町の電機会社で一時期仕事をしていたころのことである。
その駅前の小さな二階建てアパートの二階で暮らしていたリツさんのもとに、頻繁に中年男性が訪れていたという。
近所の住民らは、てっきり父親だと思っていたと話す。引っ越してきた時も、その中年男性は同行しており、家財道具などを運び込んだり、引っ越しが終わった後もその男性が電化製品を運び込むのを目撃した人もいた。

この男性こそが、白岩さんだった。

そもそもこのアパートをを借りる際の保証人も白岩さんがなっており、それまでの関係性を考えれば、後見人的な立場でもあるわけで不思議な話でもない。

しかし、そのリツさんが一人で暮らす部屋に、白岩さんは泊まっていた。

船引町と常葉町は隣同士で、日帰りも十分可能な距離である。そもそも、白岩さんは車で来ており、電車を逃したとかそういう話でもない。
朝、リツさんの部屋から白岩さんとリツさんが一緒に出てくるのを隣の住民は見ていた。親子だと思っていたから、勘繰ることもなかったという。

しかし二人は親子ではない。嫁入り前の、二十歳そこそこの女の子の部屋に、たとえ父親代わりのような人であったも常識的に考えれば泊まるということはしないと思われる。
もっと言うと、その半年後には「結婚するから」という理由で電気会社を辞めていることから、菊地家との結婚話はその前から出ていたはずだ。

その後、件の涙の仲人強奪事件が勃発したわけだが、白岩さんがリツさんの部屋へ頻繁に訪れていたことを、当然ながら菊地家はおろかリツさんの実家も全く知らなかった。

さらに二人の関係のいびつさに気付いた人々がいた。
事件が起こる2か月ほど前、町の人が用事で白岩さん宅へと向かっていたところ、なにやら畑の方でにぎやかな声が聞こえた。
そこにはビニールハウスがあり、声はその中から聞こえてきた。若い女性がはしゃぐようなその声に、町の人はそっとビニールをめくってみると、そこにはリツさんと白岩さんがいた。ふたりは、「パンツ一丁」だった。

真実を知るもの

ここまでくれば、リツさんと白岩さんは親子のような関係ではないと思うのもいたし方ないのだが、それでもその説に異を唱える人々の多い。
双方の家族はもちろんだが、リツさんが独身時代に働いていた時の同僚らも、それはないのでは、と話す。
リツさんは、会社でも故郷の話は普通にしており、その際、白岩さんの話題もよく出ていたという。しかしその中で語られる白岩さんは、あくまでお世話になっている地元のおじさんであり、リツさんの口ぶりからも表情からも、男女の関係など微塵も読み取れなかったというのだ。

結婚後も、仕事をしながら一級建築士の資格を取ろうと勉強する夫を褒め、誇りに思っていたのも紛れもない事実だ。

しかし、アパートに白岩さんを泊め、自宅近くのビニールハウスで彼女は何をしていたのか。そしてなにより、なぜふたりは死を選んだのか。

事件の数日前、リツさんは「前から名古屋の友達の所へ遊びに行く約束をしていたので、行かせてほしい」と夫や姑にきちんと願い出ていたし、名古屋では実際に女友達と会い、その夜には、「お土産を買って帰るから、楽しみにしていてね」と、夫に電話までしているのだ。
その一方で、女友達を通じて赤いダイハツ・ミラを借りた後、その女友達とは別れている。その後の足取りは、翌日あのニット会社の駐車場で発見されるまでつかめていない。

どの時点で白岩さんと合流したのか?

この時代、携帯電話は一般に普及しておらず、連絡を取るためには自宅へ電話するか、もともと待ち合わせの場所と時間を決めておく必要がある。
白岩家に電話がかかった形跡はないし、そもそも白岩さんも、「東京で仕事がある」といって事件前日の朝、自宅を出ていた。
妻が持たせたという仕事用の軍手と下着は、船引町の駅前に停められたままの白岩さんの車の中に放置されていた。
白岩さんは、ここから電車を乗り継いで愛知県へと向かったのか。

白岩さんは、非常に人望が厚かったというが、違う意味でも魅力的な人物だったという。
この事件が起きた後、常葉町の村では「これで夫婦仲が悪くなる家がでるっぺ」と悪い冗談を言うものもいた。どういう意味かというと、白岩さんが「関係」を持ったのではないかとされる人妻はリツさんだけではなかったというのだ。
もちろん噂の域を出ない話だとは思うが、写真を見れば、俳優の本田博太郎に似ていて確かに男前である。

噂と言えばもう一つあった。

なぜ白岩さんが死を選んだのか、という理由として、事件の前、船引町でひき逃げ死亡事故が起きており、その犯人が白岩さんではないのか、という噂だった。
これについてはその後平成20年に新潮45でこの事件をとりあげたノンフィクション・ライターの恩田楊子氏もその話には言及していないことからも、このひき逃げ事故と白岩さんは無関係だと思われる。

白岩さんは、家庭内で孤立していたという。長男夫婦と同居していたというが、実際には家督はすでに長男が実権を握っており、その妻や、白岩さんの妻とも折り合いはよくなかったようだ。
白岩さんは家の中で権力を失い、経済的にも自由になる金は少なかった。一部では、リツさんにも金を借りていたという話もあった。

二人の仲を、家族は知らなかったというが、実はリツさんが菊地家で暮らし始めてしばらくしたころ、菊地家に不審な電話がかかってくるようになった。
電話の主は、50~60代の女性。まず電話口にいるのがリツさん「ではない」ことを確認したうえで、こういうのだ。
「知ってるか。おまえとこの嫁は、モーテルに行ってるぞ。知ってるか。」
さらにはリツさんの持ち物や車の中に何が置いてあるかなどを正確に知っていたという。

この電話の主は、いったい。

リツさんと白岩さんは心中した、とみなされたが、同級生らはそれを否定する。
「リツはよく、私は苦労ばかりしてきたから、どんなことにも耐えられる、と話していた。だから自殺なんてするはずない」と。

リツさんの遺体は入籍前ではあったが、菊地家の人によって菊地家の墓に埋葬された。

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参考文献
中日新聞社 昭和62年10月30日朝刊

福島・常葉発/21歳新妻と親がわりの仲人服毒心中、「たばこの町」沸き立つ噂と夫の立場(男と女の事件報告〔7〕) / 山本 徹美(週刊現代記者)
 昭和62年11月21日号  週刊現代  46~47頁

仲人58歳と花嫁21歳 服毒心中までの人生
週刊文春

21歳女性が58歳仲人と…挙式目前の哀しき「道行心中」 新潮45平成20年6月号 恩田楊子/著

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