田舎の復讐劇、その顛末~愛媛・給食農薬混入事件~

昭和62年5月25日

「なにこのみそ汁……」

給食当番の生徒がみそ汁の容器のふたを開けた時に見たのは、いつもよりもやけに緑がかった色をした不気味なみそ汁だった。
担任の女性教諭もそれを確認、しかし特に異臭などはしなかったことと、具材にわかめが入っていたことから、
「わかめの成分が溶けたんやない?」
ということで、そのみそ汁は生徒全員に配られた。

クラスは全部で42人。みそ汁は配られたものの、女子生徒らの多くは気持ち悪がってそれを残した。

翌日、午前の授業中、そのクラスの男子生徒が腹痛を訴えたのを皮切りに、同じクラスの生徒が次々と体調不良を訴え始めた……

事件概要

愛媛県東宇和郡(現・西予市)内の中学校で、3年3組の生徒が次々に体調不良を訴え救急搬送されるという事件が起こった。
全員ではなかったものの、共通点として同じクラス、ということから念のため、体調不良を訴えていない生徒、教師も全員、県内の病院へ搬送され、検査、胃洗浄の処置が行われた。

生徒らの話から、前日の給食で出されたみそ汁の色がおかしかったという話があったため、町内の総合病院にて残っていたみそ汁を検査したところ、なんと農薬の成分が検出された。
加えて、生徒の尿検査からも農薬中毒の症状が出ていたことで、生徒らはこのみそ汁を飲んだことによる農薬中毒であると判明。

また、同中学校の校舎3階にある進路指導室の棚から、あるはずのない農薬の瓶も発見されていた。
その進路指導室の横は、まさに給食が配膳されるリフトが設置してあったことから、何者からこの場所でみそ汁に農薬を入れ、農薬の瓶を進路指導室に隠したとみられた。

農薬はパラコート系農薬「グラモキソン」。現在では生産中止の農薬であるが、事件当時は田んぼのあぜ道などの除草剤として農家では広く使用されているものだった。
事件のあった中学校は大変な田舎であり、生徒の家も多くが専業、または兼業農家、あるいは祖父母の実家が農家という環境から、どの家にもあってもおかしくないという状況だった。

愛媛県警捜査本部は、農薬の瓶の指紋などを照合する一方で、致死性の高い農薬を使った犯行を重く見、殺人未遂の疑いで捜査を開始した。

しかし一方で、生徒の間、いや、地域の人々の間では、この事件の背景にある「事情」がすでにヒソヒソされていたのだ。そして、そのヒソヒソは、当たっていた。

14歳の少女

幸い、生徒の多くは軽症で、男子生徒6人から高い濃度の農薬が出たものの、その後回復に向かった。
残りの生徒らも自宅療養に切り替わり、「一口飲めば確実に死亡」とされるパラコート系農薬を体内に入れてしまった事件ではあったものの、重症者は出なかった。

その後の事件解決は早かった。

もともと、給食が校内の別棟で作られていたこと、調理者らが給食をリフトに入れて以降、3階のクラスまでリフトで上げられていることなどから、外部の人間の犯行は考えにくかった。
そうなると、生徒か教職員の誰か、になるわけだが、実は早い段階で目撃証言があった。
事件があった3年3組の女子生徒一人が、給食配膳の直前リフト付近にいたことがわかっていた。さらに、その女子生徒と親友の別のクラスの女子生徒が、なぜかあたりをうかがうようにその付近にいたこともわかっていた。
そしてふたりともが、4時間目の授業を体調不良で休んでいたことも判明した。

警察は、そういった情報のほかに、当時この中学校で3年生を中心に「いじめ」が問題となっていたことも把握していた。
いじめを行っていた生徒の何人かが3年3組におり、その女子生徒のうちのひとりが、そのいじめを受けていた中の一人だったのだ。

5月28日夜、情報をもとに捜査員らが女子生徒のうち一人の家庭を訪問。両親ら立会いの下で女子生徒から話を聞くと、
「自分が農薬を入れた。友達は見張りでそこにいただけ。」
と話したことから、この女子生徒二人が共謀してみそ汁に農薬を入れたと断定。
当初は殺人未遂事件として捜査していたが、入れた農薬の量が微量だったこと、また、本人らに「殺意」があったとは認められないということから、容疑は傷害に切り替わった。

農薬を混入したと認めたのは、町内に住むA子と、B子。いずれも当時14歳。警察では親の監督下にあることや、年少者であるということからふたりを逮捕せずに捜査を続けると発表した。

いじめ

この中学校では、当時3年生の間で多くの生徒が関与するいじめが問題となっていた。
といっても、大人数で一人をイジメる、というものではなく、いわば「クラス対抗」。
被害に遭った3組と、A子がいる4組は生徒同士男女関係なくなぜか仲が悪かった。また、当時の中学校の中でいわゆる「スケバン(これ以外の表現が思い浮かばない…)」的な存在の女子生徒のグループが、3組にいた。
A子はそのグループから目を付けられ、2年生の頃からいじめを受けていた。

ようは、「我慢の限界、思い知らせてやりたかった」ということだった。
ただ、先に述べたように殺してやるという気持ちは微塵もなく、しばらく学校に来なくなればいい、程度の思いだった。
B子は3組の生徒だったが、A子とはバレー部にいた関係で仲が良かった。B子自身はいじめのターゲットにはされていなかったが、同じクラスのスケバン連中には嫌気がさしていたようで、普段からかかわりを持たなかった。
そんな中で、A子から話を聞いて、同情して共謀したとみられた。
自身も緑色のみそ汁を提供された3組の生徒だったB子は、怪しまれないよう口はつけていたため検査入院したが、体調に問題はなかった。

同中学校では、いじめの問題は把握しており、全校生徒を対象にいじめに関するアンケートも取っていた。
が、3年生に関してはあまりに結束が強く、教師らの指導では太刀打ちできない状況下にあった。
ド田舎の中学ではあるが、この当時の3年生は校外にも知人や先輩らとの交流もあり、当時3年生で学校に来ていない女子生徒らもいた。そういった生徒らが、校外で交友関係を広げ、それに関係する3組の生徒らもおり、町内でも「〇〇さん」といえば「あー…」と言われるようなレベルの女子生徒もいた。

そんな状況下で、早い段階から生徒らの間でも、「仕返しやないんか」という話は出まくっていた。

不処分

迅速な事件解決ではあったが、3組の生徒らは大変だった。
授業は大幅に遅れ、夏休み返上で学校に来なければならず、また、そもそもいじめなどしていない生徒らもいたわけで、その生徒らからすればとばっちりもいいところだった。
皮肉なことに、A子がなんとか思い知らせてやりたかったスケバンたちは、気色悪がってみそ汁を一口も飲んでないというオチまでついた。

加えて、町内ではA子とB子が今後どうなるのかも気になっていた。人口わずか1万人足らずの小さな町である。A子、B子それぞれの親は多くの人が知り合いであったし、もちろん3組の生徒の親も、隣人であり同僚であり、顔見知りだった。

中学生ということもあり、義務教育の観点から言うとA子もB子も学校に来なければならない。それも、B子に至っては同じクラスであり、そんな針のムシロ的なことはいくらなんでも、という話は当然あったし、そもそもスケバンが黙ってないのでは、とも思われた。

しかし結果から言えば、何もかもが元に戻った。いや、正確に言うと、何事もなかったかのような日常が秋には戻った。

A子もB子も書類送検はされたが、検察はふたりを不処分相当とする意見書を付けており、松山家裁宇和島支部は、ふたりに対してそのまま不処分の決定を言い渡した。

ふたりはその後、元の学校へ戻り、普通に卒業していった。ふたりにスケバンから報復措置が取られることも、表向きはなかった。

その後

今回なんでこの事件を取り上げたかというと、実は私の親戚が搬送先の病院で生徒らの治療にあたっており、もっと言うと私のいとこがこの3年3組にいたのだ。
幸い、ほとんど飲んでいなかったので軽症だったが、それでも胃洗浄を受け、透析にも通った。当然、親は怒っていた。母親は夜も寝られないほど心配し、通院にも付き添うなど疲弊していて、それを聞いていたうちの親も怒っていた。

いとこの名誉のために言うけれど、いとこはいじめにかかわっていなかったし、A子ともB子とも、そのスケバン連中とも別に親しいというわけでもなかった。
相当な身体的、精神的負担を強いられたにもかかわらず、事件が起こった要因が3組の生徒にもあるといった風になったことで、かなりの温情措置がA子、B子にはとられた。

しかし考えてほしい、彼女がみそ汁にぶち込んだのはパラコート系農薬である。
毒性は極めて高く、しかも解毒剤、治療法はない。幸いというか、量が少なかったために重症者は出なかったが、パラコートを摂取した人が数か月後、または数年後に死亡したという例もあり、非常に危険かつその中毒症状は「悲惨」だという。

スケバン連中は置いといたとしても、それ以外の、ただ同じクラスにいただけの生徒、家族からすれば憤ったとしても何ら不思議ではない。

が、結果として、お咎めなしどころか、彼女らは何もなかったように戻ってきて、そのままみんなと卒業し、さらに言えばその後他市の高校へ進学するわけでもなく、そのまま町内の高校へ進学した。これには結構複雑な思いを抱く人も少なくなかった。というか、よくいられるな、そういう感情だ。
同じクラスにいたからいじめをしていなくても連帯責任なのか?3組の親は抗議すら、怒りの気持ちを表明することすら、憚られた。

もちろん、彼女ら、特にA子のうけたいじめは許されない。個人的に知っている話だが、A子に対するいじめで、「たまねぎ」というのがあった。これは「茶巾ズシ」ともいわれる。ピンと来る人は私と同年代もしくは、ヤンキーでしたね。
この頃、女子生徒のスカートはふくらはぎあたりまでの長さが普通で、結構長い。そのスカートを履かせたまま、めくりあげて頭の上で結ぶのだ、まさに「たまねぎ」のようになる。
下半身はモロだしとなり、しかも頭の上で結ばれているから手でほどくこともできず、非常に辱められるという陰湿ないじめだ。
私が聞いた話では、A子はこれをやられたことがある、というのだ。

また、3組と反目していた4組の男子生徒が、複数の3組の男子に暴行を受け、耐えきれずに2階の窓から飛び降りたという事件もあった。これも全くお咎めなしだが、たしか飛び降りた男性生徒は骨折してたはずだ。

時代的に、いじめの問題はかなり社会問題として認識されていたはず。にもかかわらず、まったく表に出ないどころか、表に出てもお咎めなしというそれはそれで信じられない結末になった。なんというか、臭いものに蓋、そんな印象である。

B子の親は、私の両親もよく知る人物だったが、事件後地域の会合に顔を出し、詫びたうえでどうか今後もここで生活させてほしいと話していたという。
しかもその内容が当時の回覧板で回されもした。A子はともかく、B子については結構同情論はあった。
断っておくが、いじめは100%いじめたほうが悪い。が、だからと言っていじめられた側が何をしても許されるというのもまた、違うと思っている。しかも今回、考えようによっては多くの死者が出た可能性もあるわけで、結果が軽かったからといって許せ、というのはいささか乱暴な気がするが、それがまかり通ったのも田舎だからか。

その後3年生の蔓延していたいじめはどうなったか。
特に何も変わらず、日常は送られ、スケバンたちはその後高校に進学しても、やっぱりそのままスケバンだった。

A子はとにかくめちゃくちゃ美人だった。B子も、背が高くて色白の綺麗な生徒だった。
ふたりは高校でも、仲が良かったという。

小さな田舎の町に、あの東海林のり子がやってきた!と大騒ぎになった事件だったが、結末も田舎らしい、そんな事件だった。

「田舎の復讐劇、その顛末~愛媛・給食農薬混入事件~」への4件のフィードバック

  1. 東海林のり子がやって来た!に少し笑いました。
    東海林さん面白いし可愛らしいですよね。

    それはさておき、美人の生徒がいじめられるってあるんですね。うちの学校は美人はチヤホヤされてて地味な子が軽くいじめられてました。陰湿なのは無かったけど‥。
    A子B子がそのまま地元にとどまったのが理解できません。
    今なら絶対に転校ですよね。
    スケバンとかほんと絶滅してくれてよかったと思います。治安悪すぎる。

    1. ちい さま

      コメントいつもありがとうございます。
      身近な事件でしたが、かなり30年以上前の事件なのでもういいかなーと思って書いてみました。

      いじめのとらえかたもとどこの頃とは違っていた面もあるのですが、一歩間違えたら大惨事でした。
      他の方のコメントにあるように、A子からしてみれば、直接いじめに関わってなくても3組の生徒は全員同罪だったのでは、という意見もありますが、そもそも本人がこんなおおごとになると思ってなかったようで、巻き添えにしてしまったという意識もなかったのかも知れません。
      その後、なんですが、この事件から20年後くらいに同じ中学で飛び降り自殺がありました。
      原因は定かではないですが、田舎の事件を調べると結構表に出ない分、えぐいものもあったりします…

  2. “いじめに関わっていない”生徒が巻き添えになったのに、犯人はお咎めなし。

    でも、”いじめに関わっていない”というのも問題では?と私は思います。A子さんがイジメられていたのはみんな知っていたんですよね?ならば、誰かがA子さんをスケバンから守ってあげたらよくないですか?(例えそれでもスケバンがイジメをやめなかったとしても、A子さんの心の救いに少しでもなるのではないかな?と私は思います)イジメの主犯格も、イジメを見て見ぬ振りスルーする周りの人間も、イジメられている立場からすると、どちらの人間も敵に見えるんじゃないかな?と私は思いました。

    1. お寿司 さま

      コメントありがとうございます。
      そうですね、おっしゃる通りだと思います。
      いじめに関わっていなくても、そのいじめを見た、知っていたのに、何もしなかったら同罪。
      そういう考えは正しいと思います。

      しかし敵だから、危害を加えていい、という考えもまた危険だと思います。
      そして、見て見ぬふりをした、とも、助けた人は皆無だった、とも書いていません。
      いじめられていたのは、記事中にもあるようにA子だけではありませんでした

      また、私はこの担任教師をよく知っていますが、いじめを見過ごすような人ではなく、出来うる限りのことをする人でした。

      「誰か」が守ってあげればよかったんだ、そうですね、でもそれは私もあなたも「その誰かにはなり得ない」。
      自分以外の「誰か」なんですよね。

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