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救いようのない女
夫や子供たちが暮らす家に戻ることができた満智子だったが、気に入らないことがあればそれはすべて周りに問題があるからだと決めつけ、あからさまに不満を嫌がらせという形でぶつけていた。
たとえば、食事の際に長女と久栄さんが仲良く話していれば、「娘を取られる!」と憤慨し、夫が高齢の母を気遣えば、自分をのけ者にしているとして機嫌を悪くしていた。
満智子は15年で何も学んでおらず、久栄さんに対して目の前で強くドアを閉めたり、久栄さんの食器をわざと荒々しく扱うなど、それは誰の目から見てもひどいものだったという。
それを見た賢さんと長男は、すぐさま満智子に強い態度で臨んだ。特に、長男は母親である満智子に対し、厳しい態度を崩さなかった。
久栄さんは満智子の機嫌を損ねないように、なるべく母屋へは顔を出さず、離れの自室で一人過ごすようになる。それを気にして、長男が離れへ行って久栄さんを気遣うことも、満智子は我慢ならなかった。
久栄さんは自分用の小型冷蔵庫を買い、さらには母屋の電話を使わないでいいように携帯電話まで購入した。とにかく、満智子の気に障らないようにするには、自分だけが顔を見せなければいい、そんな思いで心を痛めていた。
また、長男が久栄さんを庇って満智子に強い口調で迫った際には、
「母親になんてことを言うんだ、そんなことを言ってはいけない」
と、長男をたしなめ、満智子の肩を持つなどしていた。
しかし、そんなことで変わるほど満智子はやわではなかったのだ。
このころすでに夫の賢さんは満智子にほとほと嫌気がさしており、ほとんどかかわらない、口も利かないような状況になっていた。代わりに長男が満智子を諫め、時には激しくなじり、そのたびに久栄さんはハラハラしながら成り行きを見守るしかなかった。
せっかく帰ってきたのに、夫も息子たちも誰も私をいたわろうとしない。どうしてこんなに薄情な子供たちなんだろう。
自分を省みることを一切しない満智子には、子供や夫の態度の原因がどこにあるのか、全くわかっていなかった。
そのため、自分以外の家族が久栄さんを気遣うことに勝手に嫉妬心を燃やし、何度も何度も久栄さんに嫌がらせを繰り返した。
そればかりか、「すべて自分以外の誰かが悪い」と思うたちの満智子は、母親代わりだった久栄さんの教育が悪かったから、こんな風になったのだと結論付けてしまう。
満智子の久栄さんへの嫉妬心は、すでに憎悪の焔に変わっていた。
名案
平成14年8月19日、満智子は庭先で長男に叱りつけられた。
近藤家では犬を飼っていたが、家族内でドッグフード以外の食べ物を与えない、というルールがあった。
にもかかわらず、満智子は勝手に人間の食べ物を与えていたため、長男はことあるごとにそれをやめるよう言ってきていた。
この日、満智子は禁止されているのにまた犬に人間の食べ物を与えようとしたところを長男に見つかってしまい、素直に謝ることもできないため、
「私が食べようとしただけや!」
とわけのわからない言い訳をかましてしまう。これに激怒した長男は、思わず満智子の腰や足を蹴った。そして、満智子を旧姓の「南さん」と呼び、満智子は近藤家にいらないのだと明確に告げられた。
他罰的な人ほど、自分がされたことをことさら強調するのはよくある話だが、満智子の場合もそうだった。
長男に絶縁ともとれる発言を受けたとショックを受け、深く深く傷ついたという。しかしこれもすべて、久栄さんの育て方が悪いせいであり、久栄さんが満智子のあることないことを子供たちに聞かせて育てたのだと思い込むことで、悪いのは自分じゃないと考えた。
翌日にも再度、長男から出て行けと言われた満智子は、賢さんと久栄さんとで夕食をとっているとき、久栄さんに嫌がらせをすることで自分の気持ちを伝えようという、ちょっと理解できない行動に出る。
賢さんが席を立った隙に、満智子は久栄さんにふきんを叩きつけ、さらには足元に落ちていた豆の皮を見つけて久栄さんがこぼした、汚いなどと難癖をつけ非難し始めた。
黙って耐えるしかなかった久栄さんの様子がおかしいことに気付いた長男が久栄さんに問いただし、夕食時の出来事を知るところとなり、我慢の限界を超えていた長男は満智子に対し、
「おめーはうちにはいらん。出て行ってしまえ。死んでしまえ。」
と怒鳴った。
満智子は被害者ぶって賢さんに愚痴をこぼしたというが、賢さんも全く相手にしなかった。
いつにも増して激しかった長男の怒りに、満智子はその夜眠れなかった。それまでのように、久栄さんの育て方が悪いんだと思いながら、あれこれと考えるうちに、久栄さんの存在自体が自分を苦しめているのだという答えを導き出す。
これは満智子にとって一筋の光のような、完璧な「答え」だった。
「ばあさんさえいなくなれば。そうしたら家族は私を大事にしてくれる!」
気が付けば、東の空が白み始めていた。
反省したら死ぬ人
警察の捜査では、事件後有力な情報は得られていないとされている。しかし、おそらくだが、家族はもとより周辺の住民らも、もしかしたら満智子が、という思いは抱いていたのではないだろうか。
もともと、いつ離婚となってもおかしくない状況だったうえに、満智子を一番気にかけていた久栄さんが死亡したことで、近藤家において満智子と家族でい続ける必要性がなくなってしまったため、その年の暮れには満智子は近藤家と完全に離縁となった。
春江町(現・坂井市)の実家へと戻された満智子は、逮捕されてもなお、全面否認だった。
2月5日に送検され、その後の検察での取り調べにおいて、しぶしぶ、久栄さん殺害を認めた。というよりも、久栄さんへの憎しみをぶちまけたというほうが正しいのだろう。
いかに自分がかわいそうで、いかに久栄さんが自分を虐げていたか、満智子は取り調べにおいても周りが、久栄さんが、ひいては夫の過去の仕事上のパートナーが悪いのだと、ただそれだけを訴えていた。
実際の犯行も、ひと思いに久栄さんを殺すのではなく、わざと苦しめるために胸を足で踏みつけ、肋骨を折り、そのうえで首を絞めて殺害した。
世の中には、絶対に自分の非を認めない、そういう人が存在する。どんなにわかりやすい加害行為であっても、何かしら言い訳や正当性を見出しては、まるで自分は被害者であるかのようなふるまいをする。
信号待ちで停車中の車に追突したにもかかわらず、その前方の車に対して「バックしてきただろう!」と言いがかりをつける人がたまにいるが、その絶対的な自信はどこから出てくるのか。
裁判で弁護側が申請した精神鑑定は却下されているが、じっくりと満智子のような他罰的思考の持ち主とはどういったものなのかを専門家に鑑定してほしかったなという思いは残る。
生まれついての性格、とも一概には言えないように思うが、ならばどのような出来事や要因がこのような思考を育てるのだろうか。
確かに、他人に対する妬みや嫉妬は、誰でもとらわれる感情であり、それ自体には問題はない。が、満智子のような思い込み、決めつけ、自分が信じる筋書きしか信じない、たとえそれが荒唐無稽で、自分にとってもつらい筋書きであったとしても、それ以外信じようとしないという頑なさは、結局、自分が絶対的に正しいという、究極の自己中心的思考なのだろうか。
こういった人が、もしも他人に対して「愛情」を持ったとしても、それは他者への愛ではなく、自分へのものなのだろう。
久栄さんは満智子を悪しざまに言うこともなく、むしろ満智子を嫌う家族を諫め、15年間心を痛めながらも満智子の子供たちを立派に育てた。それだけでなく、誰よりも満智子を気にかけ、また一緒に暮らそうとまで働きかけ、それを実現させた、普通で考えれば満智子にとっては唯一の味方であった。
なのに、よりにもよって満智子はその久栄さんを憎み、諸悪の根源だとして殺害してしまった。
今後久栄さんの冥福を祈っていきたいと話はしたものの、満智子は最後まで「私が間違っていた」とは認めなかった。
当然、元夫や実の子供らからの嘆願もなかった。
判決は懲役14年。すでに出所した満智子をふたたび家族は許しただろうか。
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参考文献
判決文(裁判所web上公開資料)
読売新聞 平成14年8月22日、8月25日、平成15年8月27日、11月14日大阪朝刊
産経新聞 平成14年8月22日、8月23日、平成15年2月3日、2月25日大阪地方版/福井
朝日新聞社 平成15年2月3日、2月5日大阪夕刊、4月18日、5月28日大阪朝刊
早速読ませていただきました。
よりによって受け入れるのに積極的だったおばあさんをいたぶりながら殺すなんて本当にひどいと思いました。この事件だけでなく、このサイトで取り上げられてるほかの事件でもよくあるんですが、善意を一番向けていた人が一番悲しい目にあっているのを見ると本当に何が正解なのかわからなくなってきてしまいます……。
加えて疑問に思ったのは、別居していた15年間の社会生活を通してこういう部分が改善される余地はなかったんですかね。さすがにずっと働かずにいるわけにもいかないでしょうし、ほかの人とのかかわりを通して少しは収まるか、それとも殺人よりは小さいでしょうが何かしらの問題を起こして治療?というよりは矯正の機会が回ってきそうな気がします。
ただ、浮気に関する思い込みに至るのは何となくわかる気がしますし、自分に都合の悪いことを誇張してしまうことについては何となく共感できてしまうので、日々他人の善意への感謝と自省を忘れずに生きていきたいと思いました。
乱文になってしまいましたが、更新ありがとうございます!これからもよろしくお願いします!
SHさま、先日はメールをありがとうございます。
気にかけてくださっていたこと、本当に感謝しております、今後ともよろしくお願いいたします。
さて、今回の記事は予定になかったものの、裁判記録を手当たり次第に読んでいた際に見つけて、びっくりしてしまって急遽記事にしました。
嫁姑の事件と言うより、人の心の闇というか…
また、何十年にも渡ってその人の人格がどんどん頑なになってしまう過程も、恐ろしく感じました。
加害者は、家族だけでなく社会でも同じような行動を取っていたのかな…
夫の浮気を疑った辺りまでは、まだなんとか理解も出来ますよね、男女のこととなると、なかなかすっぱりいかないですし。
でも、なんで一番気遣ってくれていた義母に憎しみを向けたのか…
これは私の推測ですが、結局、通り魔とかもそうですけど「選んでる」のかな、と思うんです。
攻撃しても返り討ちにあう可能性の低い相手、すなわち、弱い子供や高齢者、そして、自分に対してした手に出てくる人。
今回は、まさに老人であり、気を遣いまくっていた義母がターゲットだったのかなぁ、と考えました。
家族内で加害者被害者が出るのは本当に辛いですね。
私も上手くいかないことがあった時、まず自分はどうなのかを考えるようにしなければと思います。
またコメントお待ちしております。
ありがとうございます
こんばんは。
久栄さんの人柄に強く惹かれました。
良き母,良き祖母,そして良き姑だったのに,なぜこんな理不尽な殺され方をされなければならないのか…
おばあちゃん子の私にとって非常に辛かったです。
「他罰的」という言葉が何度も出てきますね。
これ,私自身をよく表している言葉だと思っています。
満智子ほど強烈ではありませんが,思い当たる節が結構あります。
人格が未熟な少年ならいざ知らず,ある程度の年齢になると性格や思考はそう簡単には治らないものだとですね。
賢さんとA子さんとの共同経営,あくまでビジネスパートナーと信じますが,満智子としては耐えられなかったという気持ちは理解できます。
誰も責められないのが辛いです。
出所した満智子は実家へでも帰ったのでしょうか。
自分の犯した罪としっかり向き合ってほしいと思いますが,この性格ではそれも期待できないかな。
せめて久栄さんの冥福を祈っていてほしいものです。
ところでこの判決文は公開されていますか?
裁判所サイトで見当たらなかったのですが,判決日はわかりますでしょうか?
こんばんは!いつもお世話になってます。
この事件、どこか宇都宮の散弾銃主婦殺害事件の被害者がよぎりました。
彼女の場合は確執があってからのことではありますが、やはりどこか他人が悪いと思い過ぎているように思えました。
この事件では、おそらくきっかけとして夫婦の問題があったのでは?と感じました。共同経営者との関係は本当のところは分かりませんしね。
可能性としたら、あくまで可能性ですよ、もしかしたら満智子の読み通りの関係性であったのかもしれない。それを何度もはぐらかされていくうちに、頑なになっていったのかもしれませんね。
それにしても15年も離婚せずにいたというのはちょっと不可解ではあります。子供たちが母を慕っていたならばまだ分かりますが、そうでもない状況で…
満智子の実家は坂井市春江町高江という所だったようなのですが、どうでしょうね…
他罰的思考も、嫉妬などと同じである程度は誰しも持っているのかもしれないとは思います。程度問題ですよね。
満智子は病的な印象を受けたので、精神鑑定されなかったのが残念です。
判決日は、平成15年11月13日です!福井地裁です。公開されてますので、お読みください!