押し入れの秘密と、もう一つの死~和歌山・嬰児殺害遺棄事件~

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平成17年12月17日

「すみませんでした……」

大阪府泉南郡岬町の宿泊施設。捜査員に事情を聞かれた女は、そういってうなだれた。
「あの子らは、誰の子なんや?」
そう聞かれた女は、
「3人は自分が出産した子です。」
と答えた。

この日から3日前の12月14日、和歌山市内のマンションの空き室から、合計3体の乳児らしき遺体が発見されていた。そして、その部屋に直前まで住んでいたのがこの女だったのだ。

事件概要

平成17年12月14日、和歌山市砂山南の賃貸マンションに、それまで暮らしていた住民の関係者が訪ねてきた。
施錠されていたために管理人から鍵を借り受け、部屋に入って荷物の整理をしていたところ、部屋の奥にある押し入れに、なにかビニール袋があるのを見つけた。
粘着テープでぐるぐる巻きにされたそれは、外から触っただけではなにかは全くわからなかった。
中を開けてみると、「それ」はあった。それ、というか、なにかわからない。信じたくないものがそこにはあった。
袋の中には、小さな遺体のようなものが入っていたのだ。

すぐさま110番通報し、駆け付けた警察官らが捜索したところ、同じ押し入れの奥の衣装ケースの中から、これまた乳児とみられる遺体が発見された。しかもこちらは二体であった。

遺体はいずれも腐敗または白骨化しており、それぞれの死亡時期は異なるとみられた。

警察が管理人らに話を聞いたところ、この部屋には3年前から建設会社勤務の男性とその妻、それから小学生くらいの子供が暮らしていたという。
しかし、先月世帯主である夫が交通事故で死亡、妻子にいたってはその半年以上前である春先から姿を消しているという。

死亡した夫も、ここ数か月はマンションに戻っていなかったといい、この日勤務先の関係者や親類らが片付けに来たとみられた。

警察では死体遺棄事件として捜査を開始、まずは行方が分からない妻子を探すところから始まった。

12月17日、捜査員らは大阪府泉南郡岬町の宿泊施設にいた女の身柄を確保、事情を知っているとみて話を聞いたのが冒頭の場面である。
女は当時8歳の息子と二人でおり、調べに対し、マンションで発見された遺体は自分が生んだ子らであることを認めた。

ところが19日になって、女は3体の遺体のほかにも遺体があると言い出した。
青ざめる捜査員らに対し、女が過去に暮らした岬町内の民家からまたもや衣装ケースに入れられ、白骨化した嬰児の遺体が発見されたのだった。
女のはなしはこれだけで終わらなかった。

「見つかった4人以外に、あと二人、捨てた。」

母親の生い立ち

女は先に発見された嬰児を殺害したことを認めたものの、残る二人の行方は年数が経っていることで女の記憶があいまいなこともあり、遺棄した日時や場所がわからず捜索は難航した。
ただ、時期としては4人よりも前だということははっきりしていた。

殺人の容疑で逮捕されたのは、住所不定無職の山本利美(当時49歳)。
本人の記憶によれば、少なくとも平成2年ころまでに3人の嬰児を殺害、遺棄したとされる。そのうちの一人が、岬町の家で見つかった遺体だった。
利美には事件発覚時点で生存している子供が合計で5人いた。利美の話が本当ならば、昭和47年から平成12年までの28年間で合計12人の子を出産(うち一人は死産)し、そのうち5人を殺害し、死産児を含め6人を遺棄していたことになる。

利美は昭和32年、和歌山県紀の川市生まれ。
実の父親は知らないという。いわゆる「置き屋」で働いていた母親が頻繁に男を連れ込む家で育った。
母は育児放棄状態だったといい、小学4年の時、利美は母親が連れてきた男にレイプされた。そして、その性的虐待の日々は2年間も続いたという。

中学2年の時、同じく母親が愛人にしていた男が連れてきた若い男性と恋仲になり、「きちんとした形の」SEXをした。
その時、自分が小学校時代に男にされたことの意味を知り、利美は自暴自棄になって自殺を図ったという。

中学3年の時にはその男性の子供を妊娠。中絶したが、中学を卒業するとその男性の実家で生活を始める。
「ずっと一人だったから、誰かに寄りかかりたかった」
そう話す利美は、籍を入れただけの新婚生活を始める。

結婚から破綻まで

4人の子供に恵まれ、子育てと家事に明け暮れる日が10年続いたころ、夫以外の男性から親切にされたことで利美は不倫をしてしまう。
本意ではなかったというが、その関係は続き、とうとうその不倫相手の子を身ごもってしまった。

夫や家族は妻の妊娠に気付かなかったのか、利美は自宅の二階で一人出産した。
その子のことは、産まれる直前に「殺そう」と決意したという。
へその緒も切らずにタオルで顔を覆い、そのまま窒息死させた。遺体は衣装ケースに入れて押し入れに隠していた。

こんな大それたことをしでかしたにもかかわらず、利美はその後も不倫関係を続け、妊娠するたびに殺害し、遺棄した。18年間でそれは3度あったという。

平成2年に夫と離婚した後、利美は子供たちを置いてひとり、岬町を離れた。

2度目の結婚と、ふたたび

平成8年、和歌山市内でホステスをしていた利美は、9歳年下の男性と知り合った。
気の合ったふたりは和歌山市金龍寺丁のアパートで同棲、内縁関係となる。
利美は妊娠しており、翌平成9年に男児を出産した。

ようやく穏やかな幸せをつかんだかに見えた利美だったが、それをぶち壊したのもまた、利美だった。

男性との関係にしまりがないのは相変わらずで、ホステスという職業もあって、夫以外の男性との噂は常にあったという。
そして、利美はまた、同じ道を歩むこととなってしまった。

平成12年の夏、またもや利美は一人で出産した。今回も不倫相手の子供だった。
それでも利美と夫は傍目には仲の良い夫婦に見えていたという。子供との関係も良好で、小学校の行事ごとにも嫌な顔せず協力していた。
カラオケが好きだったという利美は、歌う曲はアニメの主題歌が多かった。子供と一緒にアニメを楽しんでいるからだろうと、カラオケ店の店主や常連客らも微笑ましく思っていた。

反面、利美はパチンコが好きだった。それが原因かどうかは定かではないが、自宅アパートの郵便受けには消費者金融や公共料金の督促状あふれかえっていた。
その頃利美夫妻は、金龍寺丁のアパートからほど近い、砂山南の二階建てアパートへ越していた。
子煩悩でカラオケ好き、陽気なお母さん、という面と、パチンコ、酒好きで家の片付けもろくにしない、だらしない面を併せ持っていた利美は、平成17年の3月、突如自宅アパートから子供を連れて姿を消した。

「かわいいと思ったことは一度もありません」

平成18年3月2日から始まった公判では、検察が、
「不倫相手らとの間にできた子供で、当初から育てる意思はなく、殺して死体を隠せば今までと変わらない生活ができると考えた」ことが動機と主張、実際に4月19日の第2回公判で、被告人質問に立った利美も
「自分の子を、かわいいと思ったことは一度もありません」
と、感情のない声で呟いた。

また、転居を繰り返しながら、そのたびに遺体を持ち運んでいたことに対しても、検察は「バレることを恐れて隠ぺいするために持ち歩く一方、子を殺した場所での生活を嫌がっていた」とし、加えて自身のギャンブルや飲酒などで生活費がかさんだことも、育児に嫌気がさした要因と指摘した。

6人を殺害あるいは遺棄したと供述した利美だったが、結局2遺体は発見に至らなかった。
また、2件の殺人については、すでに公訴時効成立しているとされたが、平成19年4月25日、和歌山地裁の成川洋司裁判長は、
「動機は短絡的で人の親としてあるまじき非道な行為」
と厳しく非難、求刑懲役9年に対し、懲役8年を言い渡した。

誤算

この事件は、夫や家族がいる中で繰り返された嬰児殺人であり、しかもその遺体を住んでいた家に放置、あるいは持ち運ぶなどして長い間その発覚を免れてきた点でも特殊なケースと言えた。

最終的に発覚したものの、もしも利美が家を出ず、あのアパートで暮らし続けていたとしたら、少なくともあの時点では発覚しなかっただろう。

しかしいくつか不可解な点は残る。

そもそも、岬町の元夫の実家になぜ、遺体を残していったのか。自ら告白していることを見ても、忘れていたわけではあるまい。
そうかと思えば、離婚後に殺害した嬰児の遺体はすべて引っ越し先へ運び入れていることから、明らかに隠ぺいする意図が見える。ならばなぜ、岬町の家に残してきたのか。

さらに、なぜ砂山南のアパートから姿を消したのか。そんなことをしたら、いつか押し入れの秘密が暴かれてしまうと思わなかったのだろうか?

実はここには、一つ誤算があった。

利美が家出をした理由は定かではないが、夫によれば過去にも何度も短期間の家出があったという。
その時は、成人した娘のところへ行っていることが多かったというが、金がなくなるとふらりと戻ってくる、そんな風だったこともあって、夫はいつもあのアパートで帰りを待っていたようなのだ。
おそらく利美も、そんな夫の性格を知っていたのだろう。
しかし、事態は思わぬ方向へ転がる。

平成17年11月、夫が交通事故によって急死したのだ。
新聞報道で知ったのか、葬式の翌日、行方不明だった利美が現れた。
実はその数か月前に、夫は砂山南のアパートから、加納のアパートへ越していたのだ。
その引っ越し先を探し当てて現れた利美は、会社の同僚らを尻目に、何かを探しているようだったという。
しかも、押し入れの布団を出して奥を覗いたり、あげく天井裏を覗くなど、普通の探し物とはどこか違っていた。

しばらく探した利美は、まとめられた荷物を見ながら、「荷物はこれだけかな?」と尋ねたという。

利美が何を探していたのか、今となっては一目瞭然であるが、この時利美は押し入れの秘密がどうなっているのか、気が気ではなかったのではないか。
押し入れの秘密は、そのままあのアパートに放置されているのか、それとも、夫の手によって葬り去られたのか。

いずれにしても、もう利美にこれ以上探ることは出来なかった。

そして、事件は発覚した。

夫たち

押し入れの秘密は、結果としてそのまま放置されていただけだった。
ここにも実は利美の誤算があった。引っ越したとばかり思っていた夫が、前のアパートの退去手続きをしていなかったのだ。
家財道具もそのまま残され、管理人もずっと利美夫妻が賃借人だと話した。

なぜ夫はアパートを引き払わなかったのか。

この点に関して、平成22年に亡くなったジャーナリストの黒木昭雄氏がある考察を遺している。

利美の夫は、利美が行方不明になった後、次第に様子がおかしくなったという。
生活は荒れ、仕事でミスを連発、円形脱毛症にもなっていた。
加えて、会社を辞めたいと訴え、そしてあのアパートを引っ越したいと同僚に話したという。
「あの家にはいたくない、もう帰りとうないんや」
そう話す夫を、妻子の思い出が詰まった家は辛いだろうな、と同僚らは思ったというが、黒木氏は、
「夫はもしかして遺体を見たのではないか?」
と推察している。

事件発覚後は、同僚らもそう思っていたようだった。
引っ越しを手伝うと申し出た同僚を断り、トラックを借りたいと言っていたのに結局それもしていなかった。夫は、身の回りのものだけをもって逃げるようにあのアパートを出たのだ。

夫は11月に交通事故死しているが、実はその状況も不審な点が多いという。
事故状況としては、トレーラーと衝突となっているが、実際には「走行中」のトレーラーにノンブレーキで追突するという、よくわからないものだった。
しかも車体は運転席がぺしゃんこになるほどで、相当なスピードで突っ込んだ、そういう事故だったという。
夫が家に帰りたくないと言ったのは、遺体の存在に気付いていたからではないか。その遺体が誰のものか、何もかも気付いてしまったがゆえに、アパートを引き払うこともできず、自身で処理することもできず、周りに迷惑がかかることを恐れて警察にも言えず、かといってそこに住み続けることもできず、悩みに悩んだあげくの「自殺」だったのではないか、そう黒木氏は指摘する。

ほかにも黒木氏は、遺体を発見した人物が誰なのか、本当のところが分からないとも述べている。
警察発表では、「管理人が発見して通報」となっているが、当の管理人は、遺体を発見したのは利美の夫の会社の人で、自分は遺体すら見ていないと話す。
しかしその会社の人々は、その管理人の話を真っ向否定、まったく知らないというのだ。
ちなみにこの夫が勤務する建設会社には警察OBが顧問として在籍しているといい、通報したのもその人物であると管理人は話していたという。

また、岬町の利美の元夫についても、
「そもそも18年間で3度も秘密で妊娠出産し、それに気づかないということがあるのか」
としたうえで、利美が離婚になった理由も、夫がそれ(利美の嬰児殺し)に気づいたからではないのか、という可能性も指摘している。

しかも利美が家を出たあとも、夫や義母はその家で事件発覚の日まで生活していたというのだ。
自宅から嬰児の遺体が出た数日後、年老いた義母と元夫はその家から姿を消したという。

虐待的養育の再演

利美は控訴せずに一審判決を受け入れたとみられる。
すでに出所し、高齢の域に差し掛かっているはずだが、最後まで思い出せなかったふたりの子供のことは、今でも思い出せないままだろうか。

利美は、どこか日本人離れしたというか、はっきりとした顔立ちで、小柄のわりに肉付きがよく非常に魅力的な女性だったと話す人は多い。
岬町で暮らしているときも、彼女の秘密の妊娠に気付いた人はいなかったという。

子供をかわいいと思ったことなどないと言い放った利美だったが、岬町に残してきた我が子のために、たびたび洋服を持って帰ってくることはあったという。
そんな利美の精神鑑定を行った医師によれば、幼少時に母親から適切な養育を受けず、極度のネグレクト状態で生育したことで、自らの子供に対しても同じような養育を「再演」したと言えるという。

小学校低学年時から中学まで続いた性的虐待によって、人格形成にも深刻な影響が及んだとする鑑定書を、裁判所も証拠採用した。

16歳で結婚し、次々に子供を産んだ利美は、果たして自分の意志で子供を産んだのだろうか。
そこには、いわゆる夫の「無計画」「無理解」そして「無理矢理」はなかったのだろうか。
多産の女性の中には、時に夫から強要された結果、多産になってしまうケースもある。

「子供をかわいいと思ったことなど一度もない」

この言葉は、利美がようやく話せた本音だったのかもしれない。

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参考文献
和歌山嬰児5人殺害事件 あまりに悲しい女被告の半生
週刊朝日 2006.5.5・12 p.34~35

11人産んで6人を死なせた容疑者の女と不可解な警察発表–追跡 和歌山・嬰児殺害遺棄事件 黒木 昭  著
週刊朝日 2006.2.3 p.30~35

 

「押し入れの秘密と、もう一つの死~和歌山・嬰児殺害遺棄事件~」への4件のフィードバック

  1. 年末年始特大号の公開ありがとうございます。本物の週刊誌そのものですね!case1112さんのセンスに脱帽です。

    さて、この事件ですが子供を育てられない女性に限って簡単に妊娠してしまうものなんですね。私の後輩は長年不妊治療を続けたものの授かることは叶わず、養子を迎えました。今は子供をあちこち遊びに連れてってあげて親子水入らずの生活をしています。だから余計この手の事件は腹立たしいです。彼のように、子供を欲しくてもできない家庭もたくさんあるのだから、せめて育てられないなら養子に出して貰いたかった。

    この女のしたことは許されないとは言え、原因を作ったのは母親の育児放棄や母親の彼氏?のレイプですから彼女も被害者でもあるんですよね。虐待や奔放な性って、次世代へも連鎖してしまうんですよね。だから少女(もちろん大人も)に対する性的虐待は許されないないし、もっと厳罰化するべきだと思います。昭和~平成初期なんて『いたずら』なんて表現で済まされてたように、世間も軽く見てたような気がします。

    1. さすらい刑事 さま

      いつもコメントありがとうございます!
      年末年始特大号早速お読み下さり感謝致します。

      和歌山のこの事件は当時あまり知らなくて、このサイトにある「ズルいやつら」の時に調べていて知りました。
      その時からいつか記事にしたいと思っていて、今回資料が手に入ったのでまとめました。

      この利美さん、ホントにキレイな方なんですよ。土屋アンナ系というか、ハーフ?と思わせるような。
      けれどその半生は壮絶なもので、おっしゃるとおり彼女の人格形成には相当な影響があったと思います。

      八幡浜市の5嬰児遺棄事件もそうですが、どうも「殺してしまえばいい」というのは彼女らにとって罪深いことというより、「解決策」でしかないみたいなんですよ。
      この考え方は驚きました。

      こういったことをなくすためにも、レイプや性的なことを含む暴力は絶対に許してはいけないと思います。

      1. 殺すことが『解決策』ですか。確かに類似の事件はみんなそのような思考の結果ですね。
        八幡浜の事件や静岡県下田市の嬰児殺害事件にも共通する部分があります。

        複数の嬰児の遺体が見つかった事件のなかで、神奈川県平塚市の岡本千鶴子容疑者の事件の背景はまた別の要素がありそうで気になりますね。嬰児事件でつい思い出してしまいました。

        1. そうですね、平塚5遺体は謎も多く結局なんだったのか、という部分があります。
          娘さん?お孫さんかな、YouTuberになられてるみたいですね…

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