やつあたり~高野山写真店主殺害事件③~

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母との確執

少年は裁判でも「母親との関係」について言及することがあった。
それ以前にも、仲のよかった女友達に対し、「家のことが分からない」などと話すこともあった。

先にも述べたとおり、少年は小学校低学年の頃に両親が離婚、以来、母親と祖母(母方)に育てられた。
その間、一時期ではあるが、母親は男性と交際し家を空けがちだったこともわかっている。
しかしどうも、その時のことが原因ではないようなのだ。
原因は、その男性と別れた後の出来事にあった。

母親は男性と別れたあと、結婚相談所の男性と再婚を前提に交際したが、うまくいかずに破談になったことも述べたとおりだが、実は破談の原因として、元の交際相手と母親がよりを戻していたことにあったのだ。
そしてその事実を知らされた少年が、
「なんでやの!我慢して!」
と懇願したにもかかわらず、母親は少年が父と慕った男性を捨て、暴力をふるう元交際相手を選んだのだ。
少年が感情を表に表さなくなったのはこの頃からだという。

さらに、少年が中学に入学したころ、母親はその交際相手との間に女児を出産する。
籍を入れていたのかどうかは不明だが、裁判資料にそう言った言葉が出てないため、おそらくこの時点では未婚状態だったのでは、と推測される。
少年が自分の家庭が他とは違う、と思うに至った理由の一つであろう。

しかし、決定的なことはこれらではなかった。

少年は、父親になってほしかったあの男性と母親が破談になった理由を知りたがっていた。おそらく、少年からすれば前の男のように暴力をふるうわけでもなく、連れ子との関係も良く、なによりも少年自身が家族になりたいと強く希望していたし、それを母親も知っていたのだから、別れる理由が見当たらなかったのだろう。
にもかかわらず破談になったのはなぜなのか、知りたかったに違いない。

母親はそれまでも少年から幾度となく聞かれてはいたが、はぐらかしていた。
中学3年生になった頃、少年はとうとう破談の理由を母親から聞かされた。
母親が再婚しようと思うほどその男性を好いておらず、というよりも「嫌悪感」を持っていたのだ、と。
少年は強い衝撃を受けたという。

母親だって一人の人間であり、自分の感情をすべて犠牲にして子に添え、とは言わない。それはそれでおかしい。
しかし、少年にしてみればどうだったろうか。
父と離れ、その後淋しい思いをし、ようやく新しい家族が見つかった。しかも、相手の連れ子のお姉ちゃんは優しいし、男性のことも本当に好きだったという。
その、自分が好きな人のことを、母親は「嫌悪」していたと言ったのだ。

これは完全に私の推測だが、もしかすると少年は、それまでも母親から自分の好きなものやしたいことを否定された経験があったのではないか。
だから、自分が好きだったその男性を母親はあえて「嫌悪」したのではないか、そう思った可能性はないんだろうか。

それ以来、少年は母親と関わるのをやめた。

すべて大人が悪いのか

少年は最初の高校を退学した後、懇意にしていた塾の講師の勧めもあって、和歌山県内の私立高校への転入を考えるようになる。
しかし、寮生活になるということもあって、葛藤があった。
その際、夜遅くまで帰宅しない日があったという。そんな少年の態度に、母親は
「この学校しか入るとこないよ!」
と叱ったという。
少年はその時初めて母親に対して爆発的な怒りを覚え、母親の肩をつかみ、
「お前のせいなんじゃ。お前がこんな風に俺を育てたんや!」
と激高し、ベランダに押し付けた。

事件後、少年は母親に対してほとんど接触を取らなかった。面会も全拒否であった。
季節が変わり、冬になっても、冬物の衣類を要求することさえなかったという。
面会した弁護人がその季節外れの格好に驚き、「服ぐらい、言えよ……」と注意したというが、人と関わるくらいなら自分が不自由した方がマシ、とでも言わんばかりのその態度に、弁護人も苦戦したようだった。

それ以降、母親に対し差し入れの要求のために手紙を出すようにはなったというが、その文面は要求のみの事務的なものだった。面会も、一切拒否していた。

母親との確執は理解できるにしても、ではなぜそれが「大人全体」に向けられるのか、この点は疑問だ。
ましてや、なんの恨みもない2~3回顔を合わせただけの久保田さんをあんな惨い殺し方をしなければならなかったことの説明には全くなっていない。
しかも、少年には少なくとも「信頼できる大人」の存在があった。中学時代に世話になった塾の講師である。
少年は事件後、電車で四条畷まで移動し、その行使を訊ねている。そして、塾の講師に自分がやったことをすべてではないにしろ、告白し、警察に付き添ってほしいと話しているのだ。

決して大人全体が憎かったわけではない。
なら、どうして久保田さんを殺害しなければならなかったのか。ますますわからなくなってしまった。

責任の取り方

少年は裁判の終盤、それまでできなかった母親へ思いを伝える、という作業をしたという。
やり終えて、「書くのは大変だったが、かいてちょっとすっきりした」と話した。
また、それまで罪の意識はあると答えながらも、どう償っていくのか、という問いには「言いたくない」と答えていたが、その後、「墓参りに行かなければならない」と話したり、遺族の意見陳述書を4回読み直し、「重い気持ちになったが、読まなければ逃げることになると思った」と話すなど、少しずつ自分の問題であるということに気が付き始めていた、と弁護人は話す。

実はこのような少年の変化は、結構大きな事だった。
少年はなんというか、感情をうまく他人と共有できないというか、そう育ってしまったのかな、と思われる節があった。
中学の時、体育祭でクラスのみんなが力を合わせて頑張った結果、少年のクラスが全学年中1位になった。
その時のことを、「みんな放課後まで残って練習していたからびっくりした」「感動して泣いている人までいた」と書いている。
一見、友情や努力に意味を見出し、他人とその喜びを共有しているようにもみえるが、私にはどこか「他人事」、その輪の中に自分がいないかのような印象を受ける。
専門家でも何でもないのでただの憶測でしかないが、この頃すでに他人と感情を共有できない状況になっていたのかな、と思う。
もちろん、「このクラスになってよかった」とも書いているので気のせいかもしれないが、何か引っかかる文章だなぁと思ってしまった。

そんな少年が、久保田さんを殺害して逃げる道中に思ったことは、「家族がいるんかな」ということだった。
そして、その時少しだけ、「かわいそうだな」とも思ったという。
自分がやっておいて、「かわいそうだな」というのは私はゾッとするのだが、だからこそ、そんな少年が遺族の手紙を何度も読み、母親や大人の問題ではなく「自分の問題と向き合いたい」と言ったのは、なにか心の中で良い変化が起こりつつあるのだろうか、という思いを抱いた。

少年は何事もなければすでに出所し、どこかで人生を歩んでいると思う。母親は精いっぱいの賠償として、1000万円を遺族に支払うと約束していた。
彼は、母親との関係をどうしただろうか。また、その言葉通り久保田さんの墓前で謝罪をしただろうか。
自分が「大人」になって、何を思うだろうか。

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参考文献
判決文
読売新聞社 平成18年4月25日、26日、28日、8月3日、平成19年4月10日大阪朝刊6月26日、7月31日、平成19年1月29日、7月31日大阪夕刊、
朝日新聞社 平成18年4月25日、26日、28日、、7月21日、8月10日、平成19年1月29日、30日、2月22日、4月10日、6月26日、8月1日、8月16日大阪地方版/和歌山
毎日新聞社 平成18年4月25日、26日、平成19年6月26日大阪朝刊
中日新聞社 平成18年8月9日夕刊、平成19年8月1日朝刊
北海道新聞社 平成19年7月31日夕刊全道

「やつあたり~高野山写真店主殺害事件③~」への8件のフィードバック

  1. 成長仕切れていない少年の犯行ですね。

    彼は、誰にも真剣に相手してもらった事がないのでしょう。

    ひょっとしたら、久保田さんに相手をして欲しかったのかも。むしゃくしゃした気持ちをぶつける方法があれしかなかったのでしょう。普通は大声とか出したりするのですが、彼の場合はスタンガンだったのでしょう。

    もし、久保田さんが彼に負けなかったら、彼は変わっていたかもしれません。全力で殺しに来る相手ですから、無理な話ですが。

    再婚して欲しかった男性、ちゃんとしかってくれたのかもしれません。それが嬉しかったのかも。ただ母親にとっては口うるさい男だったのでしょうね。

    塾の先生を頼ったのも、そんなところかもしれません。叱ってもらった(指導した)のを覚えていたのかもしれません。

    飴と鞭、母性と父性、子供を育てるのに必須なものです。

    一人で出きる人もいますが、難しいです。

    どこかでちゃんと向き合っていれば、「人を殴っては駄目」と言っておけば、防げたでしょう。

    刑務所の中では叱ってもらったのだろうか?ちゃんと人と向き合えたのか?

    ボコボコにされていたら、少しは人の心を持てていると思います。

    1. ひめじのさま
      コメントいつもありがとうございます!

      大人に信頼も持てず、それでも頼らなければ生きていけない年齢で、おっしゃる通り再婚予定だった男性は、彼に「普通の、当たり前の」接し方をしていたように思います。
      彼の娘とも関係が良かったことからも、それは間違いないと思います。
      けれど、そんな当たり前のまともな男性よりも、暴力を振るう男に惹かれてしまう母親の性根というか、なんの因果なのかと思います。

      自分が好きだと思う人を貶されるって、自分まで否定されたような気になりますから、幼い少年の心が砕けたのも理解できます。

      が、しかしなぜそれがなんの恨みもない老齢の男性に向かったのか。
      少年は久保田さんが小柄で非力である点も、考えたと思います。子供特有のずるさというか。

      今彼は何をしているでしょうね。被害者の墓参りに行ったでしょうか。
      母親とはもう向き合う必要はないと思うんですが、誰か悩みを話せる人が彼のそばにいることを願います。

  2. こんばんは。
    新型コロナによる自粛生活の中で、管理人様が短い周期で事案を取り上げてくださり本当にありがとうございます。自分なりにしっかり考えながら心して読ませてもらいます。シンプルな事件こそ、私にはどうも不可解で闇が深い気がするのです。心情や背景に寄り添い、想像力を働かせてみますね。

    1. チューリップ さま
      コメントいつもありがとうございます。
      突然、親しくもないただ住んでいる場所を知っていた、思いついた人を殺しに行く、こういう事件は少ない気がします。
      誰でもよかったという通り魔はいるにしても、この少年は久保田さんを狙いました。
      判決文にも、本来は詳しく精神科医の鑑定など載ったりするんです。少年事件なので余計にあるかと思いきや、全く載っていませんでした。
      この記事だけでは、なかなか理解は難しいと思いますが、チューリップさんなりに読んでみてください。

  3. 私はわりとこの少年の気持ちが分かります。
    共感はしませんがパターンとしてよく理解できます。

    不思議なのは少年の殺意が小動物や子供を飛び越えて高齢男性に向かったことくらいでしょうか。

    ただ殺人が悪い、犯人が甘えているで終わる記事が続いていますので
    case1112さんの文章力が活きる人間関係のもつれがメインな読み物を期待しています。

    それでは、お身体に気を付けなさってください。

    1. ベヒシュタイン さま
      コメントありがとうございます
      ただ殺人が悪い、犯人が甘えているで終わる記事、ですか。
      私はそんなことを書いているつもりは無いですし、自分のスタンスを変えるつもりもありません。
      専門家でもないので、少年の心の闇、殺人を犯した人間の心の闇も正しく理解はできません。
      ご期待に沿うような、万人に支持されるような事件を選び、記事をまとめると言ったことをする気もありません。
      それは私が1番したくないことなのです。
      お気遣い感謝致します、今後も私のスタンスでやっていこうと思っています。

  4. こんにちは。今回も鋭く深く抉っている記事ですね。素晴らしい記事です。

    普通に考えたらよく分からない動機(適応障害の爆発?)
    隠し持っていたスタンガン
    残忍な犯行
    犯行後の少年の行動(久保田さんの背中を踏みつけてその場を去った。とか)
    頭の中で人を殺すシミュレーション
    などなど…

    サイコパスの卵から殻を破って頭がひょっこり出てきたヒヨコサイコパス。
    なんかそんな感じがします。

    こういった輩は大人のサイコパスになる前に留置後、心理療法、カウンセリング、薬物療法、等で、しっかりと治療をしてもらいたいものです。その後に懲役にしてもらいたい。サイコが治療可能かどうか知りませんが、でも何だかんだ社会復帰には合計15年は必要だと思います。

    こんな重大で闇の深い事件でこれほどあっけない短い裁判というのも解せません。

    1. buhibuhi42 さま
      コメントありがとうございます。
      適応障害、で終わっていいのかな、そんな気はしました。
      「人を殺すシミュレーション」このくだりはなんというか、挑発というか、少年の意図を感じました。
      大人が動揺するのを見たかったのかな…

      生い立ちに同情すべき点があっても、それでも被害者には一切関係ないことです。
      なかなか簡単には行かないでしょうけれど、もう少年だから、で罪が軽くなるのは考え直すべきだと思います。

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