彼は本当にやっていないか~愛知・男児連れ去り殺害事件①~

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2002年7月28日深夜

愛知県豊川市白鳥町の複合型施設駐車場の駐車場で、「子供がいなくなった」と探す男性の姿が見られた。
友人やその子らとゲームセンターに遊びに来ていたというその男性によれば、一緒に連れて来ていた子供の姿が見えなくなったのだという。
施錠された車の中で寝ていたはずの乳児が忽然と姿を消したということだったが、大勢の人で賑わっていたその駐車場において、不審者や連れ去りを目撃した人間はいなかった。

翌朝午前5時50分。
駐車場から4キロ離れた三河湾に、幼い子どもの遺体が浮いた。
村瀬翔ちゃん、当時1歳10か月。
その日着ていたミッキーマウスの甚平を身に着けたまま、擦り傷以外目立つ外傷は見当たらなかった。

疑われた父親

翔ちゃんの遺体が発見されると、父親の村瀬純さん(当時26歳)は記者会見を開いた。親族と同席のその会見は、少しでも情報を得られればという父親の苦渋の決断であったが、それが裏目に出た。
そもそも、深夜に1歳の乳児を車に置いたままでゲームに興じていたという、親としては絶対に許されないことをしたがために起った事件であった。
世間は事件の犯人より、この父親を怒りの的にした。
さらに、警察はこの父親こそが、何らかの事情でわが子を死に至らしめ、事件、事故に見せかけているのではないかという疑いまで持っていた。

純さんは当初、自身の兄、その友人らとともに翔ちゃんを連れ、ゲームセンター内で遊んでいた。しかし、午前零時頃、翔ちゃんが眠ってしまったことから、車(シボレーアストロ)に連れて行ってバックシートを倒し、後部座席に翔ちゃんを寝かせた。
翔ちゃんはドアを開けたりすることは出来なかったが、パワーウィンドウの操作などは出来たという。夏であったことから、施錠はしたうえでエンジンをかけ、エアコンをかけていたためパワーウィンドウを動かせる状態にあったようだ。

警察は、純さんを取り調べ、その過程では証拠があるといってカマをかけ、純さんから自白を引き出そうとした。
しかし、店内の防犯カメラが証拠となって、純さんは無実であることが早々とわかった。世間からは批判され、警察からはまるで犯人扱いされた純さんはそれでもマスコミの前に立った。
マスコミにも応対し、自身でも何か情報がないかと動いたが、事件から9か月たっても捜査は何の進展も見せず、事件は迷宮入りの気配を見せ始めていた。

そのとき現場にいた人たち


その日は夏休み中の土曜日の夜であり、事件現場となった複合施設にはかなりの人が訪れていた。

ユニクロとゲームセンター、そしてコンビニもあったその駐車場には、遊びに来ていた人のほか、待ち合わせの人らの車も多かった。
花火大会へ行くために同駐車場に車を置いていたAさんとBさんのカップルもそのうちの一組だ。
Aさんは午後11時ころに花火大会を終えて戻ったのち、駐車場内のコンビニでジュースを買い、車へと戻り、翌午前3時ころまでその場所でBさんとともにいた。Aさんの車の右斜め前には、純さんの車が止められており、午前零時を回った頃、その車から翔ちゃんが窓を開け、身を乗り出しているのを目撃していた。
また、午前零時頃には、豊川市在住の高校生ら9人(C)が原付3台にそれぞれ3名ずつ乗るというよくわからない状態ではあるものの、同駐車場を訪れ、純さんの車の近くに原付を停めた。
その際、その中の数人が翔ちゃんを確認している。その後午前1時前にゲームセンターから出た際、3人の女性が純さんの車の窓をのぞき込み、翔ちゃんをあやすような仕草をしているのを見ている。高校生のグループCは1時10分ころにその駐車場を後にした。
その女性3人組は、午前零時半頃にDさん所有のエスクードでDさんを含め5名でその施設を訪れており、コンビニへ行って零時57分にエスクードに戻った際、赤ちゃんの泣き声を聞いた。
すると、Dさんのエスクードの隣にあった純さんの車の中に、翔ちゃんがいるのが見えたため、5人のうち3人の女性が窓をたたいたりして翔ちゃんをあやしたという。
高校生らが見たのは、この時の光景であると推察される。
Dさんら5人も、午前1時過ぎに駐車場を離れた。
Eさんは午前零時すぎ、友人が運転する黒のシーマでコンビニの東側の駐車場に4人で来た。そこで、コンビニの前の駐車スペースに、いわゆる番長停めとよばれる方法(スペースを二つ使ってエラそうに停めるアレ)で駐車し、午前2時ころまでコンビニ前でたむろしていた。
Fさんは午前1時10分ころ、知人男性との待ち合わせのため同駐車場を訪れ、コンビニを利用した。1時15分頃にコンビニから車へ戻った際に、純さんの車の横を通ったが、そのときに赤ちゃんの泣き声は聞こえなかったし、車の周囲に人影などはなかったという。その後1時半ころ合流した知人男性とその場を離れ、戻ったのは午前6時ころであった。
彼らは警察に事情を聞かれており、翔ちゃんと接触、あるいは目撃した最後の人たちであると言える。
午前1時21分、純さんが車に戻って、右側の窓が開いていることに気づく。中に翔ちゃんはいなかった。
慌てた純さんは、自身で周辺を探すと同時に、ゲームセンターの店員らにも声をかけ、妻に電話で事の次第を伝えた。
その後、警察に迷子で保護されているかもしれないと考え、豊川警察署へ行ってみたが、翔ちゃんは保護されておらず、事情を説明して再びゲームセンターへ戻った。

警察の捜査

純さんの届を受けた警察は、交番に連絡して翔ちゃんを探すよう伝え、午前3時から複数回、ゲームセンター駐車場の車のナンバーチェックを行っている。
ナンバーをもとに目撃情報などを集めた警察だが、有力な情報はなかった。しかし、一人の男性の存在があった。赤(あずき色)のワゴンRを所有していた男性である。そのワゴンRは、3時過ぎのナンバーチェックの際には確認されていたが、その後5時と10時に行われたナンバーチェックの中に、その車はなかった。
事件後、捜査員に事情を聞かれた男性は、その駐車場で友達と待ち合わせをしていたと答えた。しかし、それは嘘だった。
男性は妻と折り合いが悪く、喧嘩するたびに家を出ては車で寝泊まりする習慣(?)があったという。その日も、子どもに宿題の答えを教えたことなどで妻と口論になり、ゲームセンターの駐車場で寝ていたというのが本当の事だった。
この「嘘」がきっかけとなり、警察はこの男性を重要人物とみなしていたと思われる。警察は男性を尾行するなどして日常生活も調べていた。
そして、2か月後に男性がワゴンRを売却すると、その車を入手して鑑識にかけた。

しかし、翔ちゃんが車に乗ってたと思われる痕跡は、髪の毛一本、皮膚組織のかけらすらも出てこなかった。ちなみに、純さんの車に残された複数の指紋の中に、この男性と一致する指紋はなかった。

操作は再び暗礁に乗り上げた。
純さんら遺族は、その間も機会があればマスコミに対応した。しかし世間はこの父親を許さなかった。
会見時に来ていたヒョウ柄のコートや、純さんの車が当時はやっていた大型のシボレーアストロであったことを持ち出し、およそ親の自覚に欠けた人間であり、そんな親の元に生まれてしまったがゆえに翔ちゃんが事件に巻き込まれたのだという論調は衰えなかった。
たしかに、純さんの行動は親としての自覚に欠けていた。これは間違いない。しかし、「連れ去って殺害」した人間がいる以上、翔ちゃんの死の原因のすべてが純さんにあるとは言えない。
しかし捜査が進まず、犯人の目星が全くついていない現状では、怒りの矛先が純さんの過ちへ向く以外に、やり場がなかった。

ところが事件から9か月後の2003年4月13日。
愛知県警はワゴンRを所有していたあの男性を任意同行した。そして32時間後、男性は翔ちゃんの連れ去りと殺害を認めたのだ。男性の名は河瀬雅樹(現在は田辺雅樹)。トラックの運転手であった。

自供によれば、その夜ゲームセンター前の駐車スペースに車を停めて寝ていたところ、斜め前に停まっていた純さんの車付近から赤ちゃんの書き声が聞こえ、眠りを妨げられた。そのため、泣いていた翔ちゃんを開いていた窓から抱き上げて連れ出し、自身のワゴンRに乗せたうえで殺害現場まで行き、そこで翔ちゃんを突き落としたということだった。
警察は全面自供として河瀬を逮捕、悲しく残酷な事件ではあったが、これで解決かに見えた。

しかし、裁判が始まると河瀬は一転否認。弁護側も自白は信用性がないとして全面的に争う構えを見せた。
そして裁判の過程で、数々の疑問が噴出することとなった。