励ます女~大津市・女性殺害死体遺棄事件~

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男は思いつめながらも、それでも決断できずにいた。
このままでは、恋焦がれたこの人はいずれ誰かのものになってしまう。男にとってそれは耐えがたいことだった。

「何もできそうにありません。私がしていることは正しいことなんだろうか?」

男は縋るような思いで聞いた。

「これしかないし、それが一番だと思っています。」

本当に?果たしてこれが一番の方法なんだろうか?

「幸運を祈っています。」

男の心は決まった。

大津の民家の遺体

平成15年7月13日午前11時半、滋賀県警本部に男が出頭してきた。
対応した警察官に対し、
「大阪で女性を殺害し、大津の家に運んだ」
と話したことから、警察が大津市弥生町の民家を調べたところ、一階和室で布団袋に包まれた若い女性の遺体を発見した。

遺体の身元は、男の供述から大阪府吹田市在住の山岡アリスさん(仮名/当時21歳)と判明。男を死体遺棄容疑で緊急逮捕した。

逮捕されたのは奈良県生駒市在住の会社員、徳田信一(仮名/当時39歳)。徳田はアリスさんが勤務していた風俗店の客で、かなり入れあげていたようだったが、冷たくあしらわれたことでアリスさんを殺害したと供述していた。
客としての立場をわきまえない哀れな男の成れの果て、そんな風に見えた事件だったが、警察は男を殺人容疑で逮捕する一方で、別の人物もこの事件に関連して逮捕していた。

逮捕されたのは東京都世田谷区在住の風俗店員、武田亜佳里(仮名/当時23歳)。容疑は、殺人ほう助だった。

激励メール

警察は、徳田が犯行直前になおも逡巡していたにもかかわらず結果として犯行に及んだのは、この亜佳里からのメールの存在が大きいとみた。
亜佳里と徳田はどのような関係だったのか。

2人の出会いは風俗店だった。渋谷区内の風俗店に客として訪れた徳田は、亜佳里とは客と風俗嬢以上の関係になっていた。
2年ほど続いた交際だったが、平成13年に徳田が転勤となり東京を離れると、必然的に会う機会も減ったがそれでも交際関係は続いていたという。
平成15年7月、東京で徳田と会った亜佳里は、徳田から大阪の風俗店で知り合った女性のことを好きになったと告げられる。
ただ、徳田の一方的な恋心だったようで、亜佳里に対して「彼女に思いが通じない」といった相談をしていた。

亜佳里は徳田と交際していたとはいえ、その関係は深いものとは言えず、仕事として始まった関係がずるずる続いているというような状態だったようだ。

徳田は亜佳里に対し、「彼女に思いが通じないならいっそ殺して、自分も死のうかと思っている」と物騒なことを打ち明けた。

そして7月13日、徳田から冒頭のような切羽詰まったメールが届く。
徳田はアリスさんの自宅に来ていたようだが、冷たくあしらわれたことでもはやこの恋が成就することはないとわかっていた。
亜佳里は徳田に対し、
「私はやることが正しいことだと信じています。大丈夫、深呼吸して冷静でいられる自分を作って。私の中でも徳田さん同様、これしかないしそれが一番だと信じています。」
「こんなこと言うのも変だけど、幸運を祈っています。」
と返信した。

この亜佳里からの激励によって殺意を固めた徳田は、アリスさんの頭部を隠し持っていた金づちで複数回殴打したうえ、ネクタイで首を絞めて殺害した。
その後、大津市内に所有する空き家にアリスさんの遺体を運び込んだのち、出頭したのだった。

疑問

徳田に対して検察は懲役13年を求刑。のちに、懲役11年が確定した。
一方の亜佳里も、殺人ほう助で起訴された。かなり異例とされたこの起訴だったが、結果としては懲役4年の求刑に対し、懲役3年執行猶予4年(未決拘留日数150日算入)というものだった。
弁護側は、アリスさん殺害はこのメールのやり取りより前にすでに徳田によって計画されていたこと、当時悩みを相談する相手として亜佳里に対し執拗に連絡を取るなどストーカー化していた徳田に恐れをなしていたこと、亜佳里が何を言ってももう無駄と思えるほど、徳田はアリスさん殺害を決意していたとして無罪主張したが、退けられた。

たしかに、裁判所としても亜佳里がアリスさんと面識すらなく、メールについても徳田に執拗に助言を求められたためであって、徳田がメールしなければ亜佳里も何も言わなかったであろうことや、二人の年齢差などを踏まえて亜佳里は巻き込まれた側面がある点は否めないとしていた。
そうに違いはないのだが、疑問もあった。亜佳里が徳田に対して情愛の気持ちがあり、その徳田が熱をあげるアリスさんが邪魔だったとか、そういう話も出ていない。
徳田の助言要請が凄まじかったとしても、別に無視しておいてもよかったはずなのに、いや、アドバイスするにしても思いとどまらせる、そういう選択もあったはずだ。
にもかかわらず、亜佳里はなぜか徳田の背中を押すような助言ばかりをしていた。アリスさんとは一面識もないのに、である。

亜佳里は、自分の助言がまさかこんなことになるとは思いもしなかったと話していたが、検察は亜佳里のある目論見を見抜いていた。

亜佳里は、徳田に借金があったのだ。

打算

風俗嬢だった亜佳里に対し、徳田は早くこんな仕事は辞めるように、と言っていたという。うざー。うざいこと極まりない男である。
風俗に来て説教や早く足を洗えなどと、一見相手のことを考えているようなことを言う奴がいるが、一番嫌われるタイプだろう。
自分はそこで気持ち良くなっておきながら、サービスを受けておきながら、こんなことをどの口が言うのだろうか。

亜佳里がそれをどう捉えていたかは別として、徳田は風俗嬢に金まで貸すという、うざい上に阿呆だった。

検察は、徳田が亜佳里に対し、
「アリスさんを殺して自分も死ぬ」
と話していたことに注目。さらに亜佳里がアリスさん殺害の報告を受けた後、徳田に対してアリスさんが自宅に保管していた現金などを持ち出すように仕向けていたことから、単なる助言ではなく、ある程度の打算が働いていたとした。
強盗に見せかけるとかなんとか言ったのだろうか、検察はこれを、徳田を利用して自らの借金返済を免れようとしたと主張していた。

裁判所はこれらについても認めた。

そして、遺族に対してなんの慰謝も講じていないこと、たとえ正犯が徳田であるとしてもその決意をより強固なものにさせた責任は思いこと、遺族らの亜佳里に対する処罰感情が強いことなどを挙げて、若年であることをさっ引いても強い非難は免れないとした。

が、やはり一番の阿呆は徳田であること、その徳田と亜佳里の関係性において、格別強い影響力を亜佳里が持っていたわけではないこと、要は洗脳されていたとかそう言うことではないと言うこと、あくまでもアリスさんと徳田の関係の話だったこと、今後は両親が監督していくことを誓約しているなどを踏まえて、執行猶予がつけられた。

ただのバカか、それとも

裁判では亜佳里は徳田に借金があり、徳田がアリスさんと無理心中的なことをしてくれればその返済を免れることができる、という打算があったとしたが、それ以外にはなかったのだろうか。

先に、亜佳里と徳田の間に客と風俗嬢として以上の「情愛」があったという話はない、と書いたが、それでも一応二人は交際関係にあった。
それがどの程度、なのかがよくわからないのだが、亜佳里は徳田がアリスさんに入れ上げていること、そしてそれを臆面もなく自分に泣きついてくることを、どう受け止めていたのだろうか。
アリスさんと亜佳里は同世代。亜佳里が客の徳田から借金をしていたのに対し、アリスさんが多額の現金を持っていたことからも、二人の風俗嬢としての立ち位置もなんとなく見える。

亜佳里は、相談を受けたことで徳田に頼りにされている、という錯覚に陥ったように思える。そこには、徳田に対する愛情があったかはわからない。が、アリスさんを殺害して自分も死ぬつもりという「秘密」を徳田と共有しているという状況は、亜佳里にとっては間違いなく非日常、とんでもないドラマティックな状況である。
その事実を知りながら黙っているだけでなく、どうしようと躊躇する徳田に対して「そうすることが正しい」「私もそうするしかないと思っている」と返答したのは、返答するということがどういうことなのかに思いが至らなかったのは若さゆえのことなのだろうか。

徳田が死ねば、いや死ななくとも逮捕されれば借金返済を免れるというもっともらしい理由はあるが、風俗嬢と客である。正式な借用書があったとしても、どこか理由づけとしては突飛な印象が拭えない。
それも、ただ単に若く浅はかだったということの裏付けになるのだろうか。

執行猶予がついた背景には、そもそもは徳田の発案があったことや、徳田が助言を求めたために巻き込まれた側面があったと認定されたからだが、その徳田の発案と助言を求められただけで見ず知らずのアリスさんを殺害するよう後押しし、徳田が自殺することを願ったというのであればそれはそれでかなり恐ろしい人物とも言える。

大分で恩人宅への強盗を手引きしたあの男と似ている気もする。彼もまた、自分は手を下していないからと甘く考えていた。
しかしその男の存在なくして事件は起こりえず、男は懲役をくらった。
亜佳里にもどこか、そういった認識の軽さが見られる。バカが罪深いと言われるのはこういうことではないかと思う。

ただ、なんとなく女として思う部分に、亜佳里の心の奥底に徳田に対する別の感情はなかったのか、と思わなくもない。
亜佳里は徳田が転勤し、更にはその土地で死ぬほど、殺したいほど好きな女が出来たと聞かされ何も思わなかったのだろうか。そしてその女は自分と同じく風俗嬢と知って、心がざわつかなかったろうか。

躊躇する徳田に煽るように、畳み掛けるように送ったメールは、本当に借金返済を免れるため「だけ」のものだったのだろうか。

被害者であるアリスさんと徳田のそれまでよりも深い何かがあるような気がしてならないが、ところで亜佳里はその後徳田に金を返したのだろうか。

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平成16年4月6日/大津地方裁判所/刑事部/判決/平成15年(わ)510号