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「今日は眼科に行く予定があって。園はお休みします。」
滋賀県長浜市のその住宅に、一人の女性が訪ねてきていた。女性は、この家に住む息子と同じ幼稚園に娘を通わせている母親。
幼稚園ではこうして保護者が交替で園児らをグループ分けし、送迎するシステムになっていた。
いつものように、当番の保護者が迎えに来た。しかしその家の息子はその日眼科へ通院する予定になっており、迎えに来た当番の母親に対し、園を休むことを伝えた。
いつもと変わらない、普通の日。当番の母親はほかの2軒の家を回り、子どもたちを車に乗せた。
午前9時過ぎ、車は人気のない農道を走っていた。両脇に広がる田んぼ。その途中で、車は止まった。
そう、長くない時間だった。ドアが開き、中から女が下りて来て、後部座席の子どもを引きずり出した。そしてまるで放り出すように、子どもを道路上に放置し、再び車の中で何かしていた。
また、子どもが車から引きずり出される。その子は、道路と田んぼの間の水路に落とされた。
走り去る車。そこには、倒れた子どもふたりと、赤い通園バッグが残されていた。
一報
通報が入ったのは、平成18年2月17日午前9時過ぎ。国道8号から南へ約300mほど行った農道で、通りがかった男性からの「幼い子供が二人倒れている」というものだった。
救急隊員が駆け付けたところ、たしかに子供二人が倒れていた。交通事故にでも遭ったのか?しかし、二人はまさに血まみれ、車に跳ね飛ばされたような状況とは違っているように見えた。
隊員の呼びかけに、男の子はかすかに息をしている様子だったが、女の子はもはや意識はなくすでに心肺停止状態。男の子も呼吸をするたびに、口から血があふれていた。
長浜赤十字病院に搬送されたが、女の子はすでに死亡、男の子も緊急手術の甲斐なく死亡が確認された。
死亡したのは長浜市新庄寺町の武友若奈ちゃん(当時5歳)と、佐野迅くん(当時5歳)。ふたりとも、同じ近くの神照幼稚園に通っていた。
幼稚園では午前11時ころから園長による事件の説明が保護者に向けて行われたが、当然のことながら保護者らも一体何が起きたのかわかっていなかった。
ただ、登園する途中で園児二人がケガをした、園に来ていない別の子どもがいる、その登園していない園児の母親が、二人を送迎する当番だった、などなど断片的な情報だけが錯綜していた。
同じ頃、事件を受けて緊急配備を敷いていた滋賀県警は、大津市の真野インターチェンジ付近で手配されていた白のダイハツ・ムーブを発見。車内を見れば後部座席が血の海だった。
運転していたのは車の所有者の妻で、殺害された二人の園児宅の近所に住む女。女の娘も、二人と同じ幼稚園に通っており、警察が発見した際、その娘も車内にいた。
女は、名前を谷口充恵(みえ)といった。かわいい女の子の、お母さん。
そのお母さんは、中国からやってきた。日本という素晴らしい国に希望を抱き、自分の夢をかなえようと、幸せになろう、なれると信じてやってきた。
本名・鄭永善(てい えいぜん)。
彼女の夢と希望は、彼女自身によって砕かれた。
【有料部分 目次】
裁判
家族
壊れゆく女
家族の都合
幼稚園と「変わった感じのお母さん」
娘に重ねる「自分自身」
助けてください
伝えることの難しさ
自分の中の地獄