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拘置所にて
「鑑定を受けようと思ったのはなぜ?」
目の前の男は、自ら精神鑑定を申し出ており、医師は数ヶ月に及ぶ鑑定を担当していた。
「……人を殺めちゃうことを繰り返し思い浮かべるんです。」
男はそう言うと、縋るような、こちらの反応を窺うような顔をする。
「治したいの?」
医師の問いに、男はこう答えた。
「治していただくか、殺してもらうしかない」
男は殺人願望があることをしきりに訴えたが、同時に自分自身がそれに怯えているようにも思えた。
男はその言葉通り、この会話から数年後、見ず知らずの人を殺害した。
事件
平成14年8月31日。神奈川県藤沢市獺郷(おそごう)の路地に、女性の悲鳴が響き渡った。
時間は午前1時50分、その声に気づいたのは近くで養豚場を経営する家族だった。
「早くきて、タクシーの運転手さんが助けを求めている」
通報者の女性によれば、女性の悲鳴で外を見ると、路上にタクシーが止まっており、その後そのタクシーは走り去ったという。
通報者らが懐中電灯を持って外に出た時、路上をふらつきながらこちらに歩いてくる人影が見えた。そして、そのままベシャッという音を立てて崩れ落ちた。
救急車が10分後に到着したが、被害者はその場で死亡が確認された。
死亡したのは、横浜市保土ヶ谷区のタクシー運転手、川島りつ子さん(当時50歳)。
タクシー会社によれば、その時タクシーに搭載されている緊急ボタンが押されていたという。
この頃、各地でタクシー強盗が頻発しており、この事件も当初はその類だと思われた。運転手が女性だったのも、女性であれば奪いやすいと思ってのこと、という見方があり、各新聞社等の報道も、女性タクシー運転手の危険性や各タクシー会社の防犯対策などを掲載するにとどまり、実際にこの事件の報道もわずか数日で終わった。
というのも、事件発生から30分後、犯人を名乗る男が「俺がやった」と110番通報してきていたのだ。
奪ったタクシーで茅ヶ崎市内のコンビニまで来ていると告げた男の言葉通り、警察官らが急行するとそのコンビニは川島さんが乗っていたタクシーと、男の姿があった。
助手席には川島さんを殺害した凶器と思われる刃渡り7、5センチの切り出しナイフ。川島さんは頸部や背中など26箇所もの刺し傷、切り傷を負っていた。
警察の声掛けに男は応じ、抵抗することもなくその場で逮捕された。
男は石田勇一(当時45歳)。
8月21日に、横浜刑務所を満期出所したばかりだった。
石田は取調べに対し、「女性を殺したいという願望があった。あの後別の女性運転手のタクシーも襲うつもりだった」と話していた。
女性を殺したい、石田ははっきりとそう言ったが、実は石田が女性に殺意を抱いていたのはこの事件を起こすずっと以前からだったのだ。
【有料部分 目次】
出所直前
殺したい殺したい殺したい
予感
殺したいのは女
暴力と共に生きて
憎しみの象徴
間欠性爆発性障害
この世の女なんて、すべて死んでしまえばいい
冷めやらぬ殺人の衝動