田舎の復讐劇、その顛末~愛媛・給食農薬混入事件~

昭和62年5月25日

「なにこのみそ汁……」

給食当番の生徒がみそ汁の容器のふたを開けた時に見たのは、いつもよりもやけに緑がかった色をした不気味なみそ汁だった。
担任の女性教諭もそれを確認、しかし特に異臭などはしなかったことと、具材にわかめが入っていたことから、
「わかめの成分が溶けたんやない?」
ということで、そのみそ汁は生徒全員に配られた。

クラスは全部で42人。みそ汁は配られたものの、女子生徒らの多くは気持ち悪がってそれを残した。

翌日、午前の授業中、そのクラスの男子生徒が腹痛を訴えたのを皮切りに、同じクラスの生徒が次々と体調不良を訴え始めた……

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もうひとつの団地の事件~高崎・小2女児殺害未遂事件~

平成15年夏

終業式間近の7月15日夕方、学校を出るのが少し遅くなった少女は、自宅がある市営団地の階段を上っていた。
1階と2階の踊り場に差し掛かった時、不意に背後から左腕を掴まれ、少女は驚いて振り向いた。

「なにもしないから。おうちってどこ?団地の子?」

腕をつかんでいたのは、見知らぬ男だった。
無言で腕を振りほどこうとした少女は、突然足に痛みを感じ、悲鳴を上げた。

少女の太ももにはひっかき傷のようなものが出来ており、悲鳴に驚いた男はその場から逃げ、黒い自転車で逃走していったという。
幸い、傷は浅く出血もなかったが、警察では傷害事件として捜査を始めた。
警察の調べに、少女は「若い男の人」と話していた。
捜査は続けられていたものの、それ以降、手掛かりはつかめていなかった。

ふたたびの、事件

高崎市内の県営団地の一階で暮らす女性は、玄関の外で何やら声が聞こえることに気付いた。
立ち話でもしているのかと思った矢先、女性の耳にはっきりと
「助けてください……」
という言葉が飛び込んできた。しかも、その声の主は子供のようだった。
慌てて玄関ドアを開けると、そこには小学生くらいの女の子が、お腹を押さえて横向きに倒れていたという。
「どうしたの!!」
女性が抱き起そうとすると、その女の子のおなかには、ナイフが深々と突き刺さったままだった。

女性が119番通報し、駆け付けた救急隊員らが女の子を運ぶ際、お腹に刺さっていたナイフが抜け落ちた。
その刃渡りは10センチ。救命にあたった医師らによれば、傷口から刃物はまっすぐに差し込まれており、かなり深い傷だったという。出血の量もおびただしく、もう少し通報が遅れていれば、命にかかわったということだったが、幸い、女の子の命は取り留められた。

女の子は、高崎市立矢中小2年でこの県営団地に住む大石綾乃さん(仮名/当時8歳)。医療関係者の母と、5年生の兄との3人暮らしだった。
この日は塾へ行った帰りで、一人で団地へと戻ったところだったようだ。

救急隊員らが、刺した人物について「知らない人?おじさん?」と聞くと、綾乃さんは小さくうなずいた。その後、母親に対して「ここの団地の子?」と声をかけられた後、刺されたと話していた。

団地ではこの小学生の幼い女の子が被害者となったことで嫌でも「あの事件」を思い出さずにいられなかった。
ちょうど1年前、高崎市内の別の県営団地で起きた、隣人の男による小1女児殺害事件である。
団地、小学生の女の子、帰宅直前の犯行、犯人は男……。その手口こそ違えど、共通点は多かった。
しかも、あの事件の犯人・野木巨之はすでに逮捕されている。ということは、こんな恐ろしいことをしでかす人間が、野木以外にこの地域にいるということだ。

事件後、地域住民や行政、学校は一丸となって子供たちの安全を築いてきた。それが、またもやもろく崩れ去ってしまった。

そもそも野木の事件の前にも、別の市営団地で小学生女児が襲われる事件が起きて未解決だった。だからこそ、行政はうっそうと茂る団地敷地内の木を伐採し、見通しを確保し、犯罪が起きないような街づくりをしてきた。通学路には20軒以上の「子どもを守る店・家」があった。
学校も地域も、見守りパトロールや防犯意識の啓蒙など、あらゆる手段を講じてきたはずだった。

しかし、野木の事件も、その後の綾乃さん殺害未遂事件も、防ぐことは出来なかった。

逮捕

綾乃さんの事件は、なかなか解決に結びつかなかった。
当初、救急隊員らが「おじさん(に刺されたのか)?」と聞いたことに綾乃さんが頷いた、ということから、犯人像は中年男性かと思われたが、その後綾乃さんが、
「知らない若い男の人」
と証言していたのだ。

県警では延べ4000人に及ぶ捜査員を投入し、聞き込みや現場周辺での検問を行っていた。市民からの情報も100件以上寄せられてはいたが、直接的な目撃証言がなく、捜査は難航していた。

綾乃さんが通う矢中小学校では、年度が替わった4月以降も集団下校を続け、地域の人らの協力を得て見守りの大人もそれに付き添った。

公園で遊ぶ子供はめっきり減り、仕事を持つ親たちは放課後の子供たちのことを思い気が気ではない日々を過ごしていた。

春から夏、そして秋になっても、綾乃さんを襲った犯人はわかっていなかった。

しかし警察は地道な捜査をずっと続けていた。綾乃さんから得た犯人の着衣や特徴から、この時点では犯人は10代ではないか、とあたりをつけていた。
また、綾乃さんの話から得た犯人の人相や体格、着衣などと酷似する人物の目撃証言が複数あがっていたという。
そして、聞き込みを続ける中である少年の存在が浮上していた。
捜査員が、その少年の写真を綾乃さんに見せると、綾乃さんは「この人」と言って泣き出したのだった。

高崎署は12月8日、高崎市内のアルバイトの18歳の少年を綾乃さん殺人未遂で逮捕した。

少年は、職場でストレスを抱えていたといい、人を刺せばそのイライラが解消するのではないかと考え、綾乃さんを刺したと自供。
さらに少年は、平成15年の7月に別の市営団地で起きた小3女児に対する傷害事件についても、自分がやったと認めた。

少年

少年が綾乃さんを狙ったのは偶然だったという。
たまたま通りかかった際、目に留まったのが綾乃さんだった、ただそれだけの理由で綾乃さんをターゲットにしていた。

しかし、その際少年は果物ナイフを携帯しており、綾乃さんを最初から狙っていたわけではないにしても、その日「誰かを傷つける」予定だったはずだ。
9ヶ月もの間、自分を殺そうとした人間が捕まらず、綾乃さんはどれほど恐怖だったろうか。
学校に行けたとしても、友達らの同情や興味に満ちた視線に苦しんだこともあったかもしれない。
逮捕の報を受け、綾乃さんの母は、
「自分がこのようなことをされたらどう思うか、どんなに痛くて、苦しくて、怖かったかを考えてから、ああした地に謝っていただきたい。罪を償い、わたしたちの近くには住んでほしくありません。」
とコメントした。

少年ということで、彼の家族や詳細な住所などは明かされていないが、当然地元の人々は知っているだろうし、中には親や少年自身と顔見知り、幼い頃から知っているという人もいるだろう。
これも野木と同じだ。地域社会にずっと暮らしていたいわば隣人が、隣人を理不尽に襲ったわけだ。

しかも少年は、「5年前から数回、この近所で女児にいたずらした」とも供述していた。
県警では、平成12年と13年に、女児が一時的に行方不明になったり、抱きつかれるといった被害は把握していたが、幼い子供相手ゆえ、被害が表に出ていないケースもあったのかもしれない。

そんな中で、平成15年の事件を自白したのだった。

少年は中学を出た後、飲食店などで勤務し、事件当時は自動車整備会社で洗車などのアルバイトをしていた。
雨が降っても合羽を着て自転車で通勤していたといい、無遅刻無欠勤だった。
同僚や上司によれば、勤務態度はまじめだったというが、一方でストレスに弱い、そういう印象もあったという。
たとえば、ミスをすると食事ものどを通らなくなるほど落ち込んだり、ミスが起こった過程を問われると怖気づくのか返事もできなくなり、あげく、そのまま早退したこともあったという。

「人の輪に入ろうとせず、話しかけないと話さない」

少年の印象はこういったものだった。

誰しも他人に話して気が楽になったりするものだが、少年にはその術がなかったようだ。
ひとり胸に抱え込み、それがいつしか解消できなくなってしまったのか。
そんな中、少年は自分より幼い子供に抱きついたり触ったり、といった行為を繰り返すようになる。

中学生になっても、同級生ではなく、小学生ばかりを相手にしていたと話す人もいた。

同居していた家族や少年の親族らも、少年がそこまで悩みやストレスを抱え、自分ではどうすることもできなくなっていたことに気付かなかったという。

卑怯者

少年は逆送の措置が取られ、平成18年1月27日、前橋地裁高崎支部で裁判が行われた。

法廷で少年の母親は、息子の心の苦しみに気付いてやれなかったと涙ながらに証言し、少年も、「一日中事件のことを考えている。なぜあんなことをしたのか。できれば被害者に謝りに行きたい」と口にした。

一方で、綾乃さんのことは「口封じで殺すつもりだった」とも話した。ということは、市営団地の事件でも、刃物を持っていたことを考えれば少女を殺害してもしかたない、そう思っていた可能性もある。

さらに、綾乃さん殺害に失敗したその一か月後には、再びナイフを購入し、また同じことをしようと考えていたことも明らかになった。
考えようによっては、その「再犯」は、綾乃さんに対するものだったともいえる。口封じに失敗しているのだから。
しかも綾乃さんを刺したナイフを買う以前にもナイフを購入しておきながら、別のナイフで綾乃さんを刺したことについて、「最初に買った包丁は刃渡りが短く、これじゃ死なないと思った」とも話している。
一歩間違えたら、綾乃さんは殺害されていたのだ。というか、殺害するつもりだったのだ。

検察がこの裁判で明らかにした少年の犯行は、綾乃さん以外に、平成15年の市営団地での事件のほか、1月に幼稚園児に抱きつくという事件もあった。
全て女児を狙ったことについては、「自分より力がないと思った。」と話した。卑怯極まりない。

弁護側は「勉強ができない自分を恥じ、対人恐怖症なうえ職場ではいじめに遭っていた」とし、情状面に訴えた。

検察は再犯の可能性を視野に入れ、長期的な矯正が必要であるとし、懲役5年以上10年以下の不定期刑を求刑、これに対し、前橋地裁高崎支部は、懲役5年以上7年以下の判決を言い渡した。

他人を痛めつけてスッキリする人たち

少年の心理として、抑圧された感情を全く無関係の自分よりも明らかに弱い人間を痛めつけ、不快な思いをさせることで解消するというものがあった。
少年のように実際に人を刺す、といった、命を奪うようなことは極端だとしても、私たちの周囲にはそういった感情は蠢いている。

ネットで見ず知らずの人の、自分とは何の接点もない人のちょっとした落ち度をあげつらい、執拗に攻撃を繰り返す人、それに便乗する人、いいねをする人、みな、程度は違えども、他人を攻撃することで自分の中の不満を解消しているのではないか。断っておくが、ここでいうのは批判ではなく「反撃のしようのない、一方的な攻撃」についてだ。

私自身もそうだ。自分の心に余裕があったり、うれしいことがあればそんなことはしようとも思わない。が、日常のちょっとした軋轢で心がささくれているとき、他人の落ち度や普段なら笑って許せる間違いなどがやたらと目につく。時には幸せそうな人を見ただけでも「不謹慎だ」といういちゃもんが心に沸くこともある。

そういう時は危険だ。

少年は、危険だと気づく間もなく、ストレスや不満が次々と心にのしかかったのかもしれないし、少年ゆえに未熟さもあったと思う。が、その結果は重大であるし、決して謝って許されるようなことではない。

では、私たちのやっている「他人を間接的に攻撃する」ことは?もとは同じ心理ではないか。手段が違うだけで、私たちも他人の心をメッタ刺しにしていることがあるのだ。

高崎市内で未解決だったいくつかの幼い子供への卑劣な事件は解決したが、もしかしたらいまだに言い出せないまま、心に傷を抱えている人もいるかもしれない。
少年もすでに新しい人生をどこかで生きていると思うが、どうか二度と卑怯な自分に負けず、絶対に忘れないでしっかり生きてほしいと思う。

🔓親であり兄であり、恋人だったあなたへ~畠山武人・外伝~

まえがき

「連絡が来ると思ってました。いいですよ、書いてもらって。事実が捻じ曲げられなければ、いいです。」

秋の終わり、私が公開しているとある記事にコメントがついた。
その記事とは、平成16年に栃木県宇都宮市で起きた拳銃立てこもり事件だ。
その詳細は該当記事を読んでもらうとして個人的にはこの事件備忘録を始めるきっかけともいえる思い入れのある事件だった。

コメントしてくれたのは女性で、彼女はこの立てこもり事件で死亡した畠山武人氏と、それ以前に人生の一時期をともに生きた人物である。

宇都宮の立てこもり事件を書いた後、畠山氏と刑務所で一緒だったという人や暴力団関係で知り合いだったという数人から話を聞くことは出来ていたが、いずれも男性であり、さほど深い関係の人はいなかったことから、私はすぐさま彼女に連絡を取った。
そこで彼女が語ってくれた内容は、凄まじい迫力に加え、本人でなくては絶対に出せない生々しさに満ち溢れていて、私は圧倒されてしまった。

重大な罪を重ねたあげく、若き愛人と手をつなぎ頭を拳銃で撃ちぬいて心中した男。その荒ぶる魂に隠された「人間・畠山武人」を、私はなぜかどうしても残しておきたくなった。

平成3年の夏の終わりに宇都宮市内で起きた、覚せい剤と立てこもりと、彼と女子中学生の物語である。

【有料部分 目次】
事件概要
あの夏の少女
出会い
軋み
後輩の女
厳しい現実
逮捕、そして別れ
けじめ
永遠の別れ

箍のはずれたふたりが夫を殺すまで~八王子・男性教師殺害死体遺棄事件~

平成4年11月17日



神奈川県藤野町にある峠に向かう道を、男性は自転車で登っていた。

この峠道はいたるところに休憩所やベンチなどが置かれ、自転車でのぼる人のほかに、ハイキングで訪れる人もいる自然豊かな場所だ。
男性が「それ」を見つけたのは、ふと足を止めた落ち葉の中だった。ゴミかと思った「それ」は、骨のようにも見えた。
「まさか・・・」
そう思ったが、どうも気になった男性は110番通報。後にそれは、人骨であることが判明した。

警察が周辺を捜索したところ、男性が骨の一部を見つけた場所に接する斜面からほぼ全身の人骨がバラバラの状態で発見された。
しかも、胸の骨には刺し傷のような痕、そして額部分にも殴られたような傷痕があったことから、この人は殺害されてこの場所に遺棄されたとみられた。 続きを読む 箍のはずれたふたりが夫を殺すまで~八王子・男性教師殺害死体遺棄事件~

女が遺したルージュの伝言~愛知・安城市女性殺害事件~

平成12年2月26日


愛知県豊田市住吉町松原。
その日、近くに暮らす男性(63歳)は、いつものように午前9時すぎ、犬を連れて散歩に出かけた。
いつものルートをてくてく歩いていると、雑木林の中に見慣れぬ車が停車していることに気が付いた。

「またカップルが勝手に停めてるのかな」

この辺りは人目につきにくいこともあり、カップルが車を停めて過ごしていることが以前からあったという。実際、その車は前日の夜からそこに停まっていた。
犬が進むままに、男性は何の気なしにその車をのぞいてみた。
そこには、首を血塗れにして生気を失った女性が座っていた。

安城市のできごと

豊田市の雑木林で、車の中で死んでいる女性が発見される2日前。
安城市住吉の住宅街で、不可解な事件が起きていた。
その家に住む私立高校教員の佐々木亮介さん(仮名/当時44歳)が仕事から帰宅すると、自宅前のスペースで妻で専修学校講師の祐子さん(当時42歳)が血まみれで倒れているのを発見。
「おい!しっかりしろ!どうしたんだ!」
時刻は午後9時を回っていた。祐子さんは左胸辺りを大きく抉られており、搬送先の病院で出血性ショックにより死亡。

祐子さんの傷はこぶし大に左乳房辺りが抉れており、その周辺には動物による噛み痕、ひっかき傷のようなものもあった。
佐々木さん宅では当時シェパード(雄・一歳)を飼っており、祐子さんが発見された際にも近くにいたという。
しかし、鎖でしっかり繋がれており、家族や近隣の人々はそもそも祐子さんの悲鳴らしきものすら聞いていなかった。

佐々木さん夫婦は当時、亮介さんの母親(当時69歳)、高校生の長男、中学生の次男と暮らしており、その夜母親は習い事で外出、亮介さんは銭湯に出かけていて不在、長男次男の二人が在宅だったが、特に不審な物音などには気づかなかったという。
警察は当初、このシェパードが何らかの理由で祐子さんを襲った可能性があると発表、事件事故の両面から司法解剖をするとした。

祐子さんは発見当時、ジャージの上下にジャンパー姿、門と玄関の間であおむけに倒れていた。傷は服ごと抉られており、直径10センチ、深さ5センチで心臓まで達していたという。
警察が犬に襲われた可能性を考えたのは、この傷だけでなく、衣服にシェパードの被毛が付着していたことも関係していた。
また、祐子さんは夜間に犬を散歩させていたこともあり、連れ出そうとして玄関先で襲われたとの可能性を示唆した。
新聞報道などもこれに倣った報道をしており、愛犬家の悲劇的な事故、との見方が強かった。

しかし司法解剖の結果、シェパードの容疑は晴れることになる。

祐子さんの体内から、複数の散弾が発見されたのだ。

逃げた女

動物による悲しい事故かと思いきや、一転して銃による殺人事件と判明、愛知県警捜査一課と安城署はすぐに捜査を開始した。
祐子さんの左胸に直径1.5センチほどの穴のような傷が発見され、その後のレントゲンによる所見では、多数の散弾が残っているのが分かった。
しかも、散弾は殆ど飛散していないことから、かなりの至近距離、というよりほぼ接した状態で撃たれたということも判明した。

普通の住宅街で家族と暮らす教師の夫婦。
祐子さんは体育を教えるスポーツマンで、夫とともにスポーツや趣味を楽しむどこにでもいる女性だった。
それがなぜ、しかも銃で殺害されなければならなかったのか。
近隣の住民らも、銃による犯行ということで恐れ戦いた。

一方で、銃によるものと分かったことで、当夜のことを思い出した住民もいた。
事件当夜八時半ころ、乾いたような「パーン」という音を聞いていたが、銃声とは夢にも思わず家族と「何の音?」と話す程度にとどめていたという。
さらに、その音が響いた直後、逃げるように走り去る白い乗用車を目撃した通行人がおり、ナンバーも判明していた。

警察の聞き込みに対し、ある住人は興味深い証言をした。
「佐々木さんの家族から、24日の夕方、豊田市のあるところへ夫婦で行った際、トラブルになったと聞いた」
また、祐子さん殺害に使用された銃はクレー射撃用の「トラップ」とよばれるものだったことが判明していたが、実は祐子さん夫婦もクレー射撃の経験があった。
目撃情報から車の持ち主は、西加茂郡藤岡町石畳(現・豊田市石畳町)に住む40代の女だったが、なんとこの女も銃の所持が認められており、かつ、クレー射撃を趣味としていたこともわかった。
警察が女の家族から話を聞くと、24日の夜から行方が分からなくなっているという。そして、自宅に保管してあるはずの散弾銃もなくなっていた。

警察ではクレー射撃で女と祐子さんが知り合い、その後何らかのトラブルが二人の間に起きた、とみていたが、トラブルの張本人は祐子さんではなかった。

不倫

女は田中香子(仮名/当時46歳)。豊田市内から車で北に30分ほど走った場所にある山間の町で暮らしていた。祐子さん宅がある安城市からは、車で約1時間ほどの距離である。
香子は祐子さんの夫である亮介さんとが勤務している私立高校にある寮で、調理のパートとして勤務していた。
香子が調理員として勤務し始めたころ、祐子さんの夫の亮介さんが寮長をしていたことから親しくなり、1997年以降不倫関係へと発展した。
よくある話と言えばよくある話だが、二人の関係は生徒らの知るところとなったという。
普通ならどちらかが辞めるとか転勤とかそういうことになりそうだが、私立高校に転勤はない。香子も関係が表沙汰になっても、調理員の仕事を辞めなかった。

関係が噂され始め、亮介さんは香子と距離をとった。しかし、噂の的になってもパートを辞めなかった辺りからもうかがえるが、香子はバレて上等、くらいに思っていたようだ。
職場の同僚や自宅の近隣の人によれば、香子は気さくで愛想が良く、仕事も真面目にする反面、近所づきあいはあまりせず思っていることをはっきり口にするタイプだったという。

おそらくだが、その噂は妻祐子さんの耳にも届いたのだろう。もしくは、香子があえて暴露した可能性もないとは言えない。
1999年末には亮介さんが正式に別れを切り出したが、それは弁護士を入れなければならない状態へと発展した。

弁護士が介入する頃までは、祐子さんと亮介さん夫婦は、頻繁に香子と話し合いを持っていたようだ。夫婦は何度も藤岡町にある香子の自宅を訪れていた。
佐々木家の内情を家族から聞いていた人によれば、香子はなんだかんだといっては佐々木家に強い口調で電話を掛けていたという。
あたりまえだが弁護士を入れて以降、亮介さんは香子をシャットアウトしていた。
それでも香子は事件のあった24日の夕方にも、佐々木家に電話をかけてきた。逆上した様子の香子に対し、亮介さんは
「弁護士を通すように」
と言って取り合わなかった。
そして、事件は起こった。

ルージュの「遺言」

香子は祐子さんを射殺した後、愛車の白いレビンであてもなく逃走した。
そして、冒頭の豊田市住吉町の雑木林の中で、祐子さんを撃ったのと同じ銃を自身の顎にあて、引き金を引いた。
死因は頸部貫通銃創からの脳挫傷。

捜査本部は3月24日、被疑者死亡のまま殺人容疑で香子を書類送検、事件は後味の悪い結果に終わった。

当初、飼い犬のシェパードが傷つけた可能性が否定できなかったことから、警察は緊急配備を一時解除していた。しかしすぐに銃創と散弾の弾がみつかったことで殺人事件と断定されたわけだが、法医学者の上野正彦氏によれば、そもそも動物が噛んだとしても肋骨や胸骨に守られている以上、胸のみの傷が失血死に至るとは考えにくいという。
ただ、銃創や動物の噛み傷などに慣れていない場合は、それ以外の現場の状況証拠に惑わされることもあるだろうとしている。
また、日本獣医畜産大学長(当時)の池本卯典氏も、「犬が負わせた傷ならば歯形を見ればすぐわかるはず。今回の事件では、犬のひっかき傷や噛み傷があったというが、それは飼い主を守ろうとしたり、起こそうとした可能性がある」と指摘している。

事件後、県警には当初犬を容疑者としたことに対する抗議が30件以上寄せられたという。
私はシェパードよりも大きな犬を飼っているのでわかるが、図体がでかくとも1歳と言えばまだ仔犬である。被害者が幼い子どもならばまだしも、体育教師で自身も陸上選手、バレーボールのチームに所属していた祐子さんが、一撃で死に至るような傷を負うことは考えにくい。
もっと言えば、普通襲うとすれば首だろう。なんで噛みにくい胸部…考えればわかることだった。
おそらく、大型(厳密には中型)のシェパードという点で、思い込みが発生してしまったのだろう。これが柴犬だったら誰もそんなことは思わない。
かわいそうに、疑われたシェパードは祐子さんの傍らでずっと鼻を鳴らしていたという。

香子はひとりになった25日の夕方、一度だけ自宅へ無言電話を掛けていた。
香子の家族構成はわからないが、当時夫がいたことはわかっている。最後にせめて、夫に詫びるつもりだったのだろうか。

香子の遺体が発見された際、捜査員は後部座席に置かれた雑誌に目を止めた。
そこには、複数ページに渡って口紅で書かれたメッセージが遺されていた。

「私を許してください」

香子はなぜ、祐子さんを標的にしたのか。
実際、香子は祐子さんではなく夫の亮介さんを撃ち殺しに行ったのではないか。
事件当日、電話で亮介さんを激しくなじっていたという香子。不倫が噂になっても、調理員の仕事を辞めなかった香子。彼女にとっては、職場の同僚や生徒らの好奇の視線などどうでもなかった。
それよりも、そばにいること、途切れそうな糸をつなぎとめるためには、どんな形でも「繋がって」いさえすればよかったのではないか。
たとえそれが、亮介さんから香子に対する怒りや軽蔑に変わろうと、愛とは全く違う関係でも、繋がってさえいれば良かったのではないか。

それが、弁護士がついたことで完全に断ち切られてしまった。

事件の一週間前には、ついに調理員の職を失っていた。自ら辞めたのか、辞めさせられたのかは分からないが、いずれにせよ香子は追い詰められた。
あの夜、祐子さんが応対したのは、偶然だった。亮介さんはたまたま、銭湯へ行っていたのだ。
それを見計らって、それを知っての行動とは思えない。
女の怒りは女に向くのはよくある話だが、やはり香子は亮介さんを殺したかったのではないか。
ただ、結果として亮介さんは妻を失い、そして妻を殺した女は裁かれることもなく、不謹慎を承知で言うが噴飯もののルージュの遺言を残して果てた。

ロマンチストは現実を見ない。香子は現実を受け入れられず、最期の最期も、若い頃に流行ったあの歌のようなドラマ仕立ての演出を遺した。

あのひとは あわててる頃よ
バスルームに ルージュの伝言
てあたりしだい 友達にたずねるかしら
私の行く先を