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狂言--
Wikipediaを見ても和泉元彌さん的な何かしか説明がないが、簡単に言うと自分で計画し実行しておきながら、自分は偶然巻き込まれた、他人がやったかのように見せかける行為のことを指す。
似たようなものに自作自演があるが、これは本来、自分で作ったものを自分が演じることを意味していて決して悪い意味ではないのだが、「ジエン」というともう、他人を装って自分を褒める、擁護する、自分の利益になるような言動をする、そんなようなニュアンスで通っている。
日常においても、異常なまでの噓つきというのはいるし、次第にその嘘はバレ、人が離れていくケースはよくある話だ。
しかしこの狂言は、単なる「嘘つき」な人が起こすものとは違う。
嘘をでっちあげなければならない理由が、彼らにはあった。
バカじゃないかで済むレベルから、シャレにならないレベルまで。
ドラマ見すぎのオレたち
恋人との関係は若者にとって非常に重要なことのひとつである。
もしもその恋人との関係がぎくしゃくし始めたら、どうにか出会った頃のときめきを取り戻したい、相手の心を自分にもう一度向けさせるにはどうすればよいかに頭を悩ませる人は少なくない。
ヒーローになれなかった哀れな事件。
北海道の男子大学生
平成10年9月12日、北海道警江別署は、窃盗の疑いで江別市に住む男子大学生2人を逮捕した。
逮捕されたのは佐々木哲生(仮名/当時22歳)と、熊本典孝(仮名/当時21歳)。
事件は10日の午前10時50分ころ、江別市野幌町のスーパー駐車場にて起きた。
ここでアルバイトをしていた女子専門学校生が、駐車場で何者かにハンドバッグを奪われたのだ。
女性専門学生が助けを求めているところへ、たまたまバイトに出勤してきた元交際相手の男性が遭遇、犯人を追跡。しかし犯人を取り逃がしてしまう。
元交際相手の男性は犯人ともみ合った際、犯人に斬りつけられていて、左腕に切り傷を負わされていた。
「犯人はスクーターに乗って逃げた」
元交際相手の男性の証言をもとに、北海道警は強盗傷害事件としてヘリまで出動させ、大掛かりな緊急配備を敷いた。
しかし犯人が逃げた方向で、バイクを見たという証言が得られなかった。人通りはゼロではなかったにもかかわらず、誰もそんなバイクを見ていなかったのだ。
詳しく事情を聞こうとする捜査員を前に、元交際相手は
「すみません。嘘です。強盗は僕が友人にお願いしてやってもらいました。」
と告白したのだ。この元交際相手が、逮捕された佐々木だった。
唖然とする捜査員に対し、佐々木は、
「どうしても彼女とよりを戻したかった。身を挺して助けてくれたとなれば、彼女が自分の元に戻るのではないかと思った」
と供述。
佐々木の供述により、強盗犯役の男も逮捕された。こちらが、熊本だった。
熊本は友人の恋の相談に乗るうちに、軽い気持ちで引き受けたようで、そもそも二人ともこんな大変なことになるとは思わなかったようだった。
結局、狂言とはいえ被害に遭った女性はたまったものではなく、しかも元交際相手のキモい狂言だったことでさぞや恥ずかしい思いをしただろう。
警察は窃盗で二人を逮捕したが、その後のふたりについては報道がないため、きついお灸で済んだ可能性が高い。
とはいっても、二人の実名は新聞報道されており、そのまま大学生活を送れたかどうかが微妙なところだ。
沖縄の17歳
平成11年9月18日、那覇市内に暮らす18歳の女性宅に何者かが侵入したと通報があった。
女性宅の玄関ドアのカギは壊され、無理やり押し入ったのは誰の目にも明らかで、部屋は荒らされ現金4万円が盗まれていた。
これだけだと空き巣か?と思うわけだが、空き巣ではない証拠が女性の部屋のドレッサーに残されていた。
「〇〇と別れなければ殺す」
〇〇というのは、女性が交際している17歳の少年の名前だった。さらには、3日後の21日、郵便受けに「お前を殺す」と書かれた手紙も入っていた。
警察では女性とその交際相手の名前を知っていることなどから、身近にいる人間の犯行とみて捜査を開始。
すると29日と30日の両日、今度は女性の交際相手の少年が襲われた。
少年によれば、交際相手の女性の家の近くの路上で、何者かに刃物を投げつけられたという。
さらには10月15日、少年宅に何者かが侵入し、刺されそうになったと警察に通報があったのだ。
直接的な行動に出ているのは危険信号であり、警察は24時間体制で女性と少年宅を警備したうえで事件についての捜査班も編成した。
少年によれば、この一連の犯行は女性につきまとう「ストーカー」だという。
この時代、ちょうどストーカーという言葉が日本でも認知され始めており、1997年からはテレビドラマでもストーキングを取り扱ったものが放送されていた。
有名どころで言えば、鈴木紗理奈と赤井英和のガッタガタの標準語でドラマ自体はどうでも良かったが主題歌が当時人気絶頂のGLAY、「HOWEVER」だったことで話題になった「略奪愛・アブない女」、日本テレビ系列で放送された高岡早紀主演の「ストーカー 逃げきれぬ愛」など、粘着質で自分のものにするためには犯罪すらいとわないというヤバい人、という、そういう認識で面白おかしく話題になっていた。
そういう意味もあって、警察は非常に神経をとがらせたのだが、当の少年はどこか、危機感が薄いような感じだった。
そこで不信感を持った警察が改めて調べ直したところ、そもそも女性宅からは少年と女性以外の指紋が出なかったこと、脅迫めいた文章の筆跡が少年のものと酷似していたことで、これは少年による狂言ではないかという見方に変わっていった。
案の定、追及された少年は容疑を認め、動機として
「冷たくなった彼女の気を惹こうと、ふたりがストーカーに狙われているように見せかけた」
と供述した。
なんともバカげた話であるが、この逮捕から数日後、桶川ストーカー殺人が起こる。
ストーカーという言葉の意味や本質よりも、その異常性をエンタメとして興味津々で消費してきたこの少年のみならず、本物のストーカー犯罪とはどういうものかを知って日本中が凍り付いた事件だった。
大阪の男子大学生
平成22年4月15日、枚方市内の女子大生宅に男が押し入った。
当初、カード会社の社員を装ってドアを開けさせたというが、男は女子学生の口をふさぐなどしたという。
女子学生はたまたま交際相手と電話中だったこともあり、電話口の異変に気付いた交際相手の男性が女子学生の部屋へ急行し、それに驚いた不審な男は何も取らずに逃げ出した。
交際相手が必死で追いかけたものの、不審な男には逃げられてしまった。
はい、皆さんもうお分かりですね。
この交際相手は、この事件を企画した張本人だった。当然、不審者役の男もツレ。その動機もお察しの通り、
「彼女のピンチに現れて、ピンチから彼女を救えばヒーローになれる」
というくだらない、実にくだらない動機だった。
この事件で逮捕されたのは、大阪外国語大学4年の坪井健司(仮名/当時21歳)と、その幼馴染で関西大学4年の相川康志(仮名/当時21歳)。
坪井は当時交際していた女子大生と別れ話が持ち上がっていた。どうしても別れたくなかった坪井は、幼馴染の相川に相談し、狂言強盗を思いつく。
電話で話している最中を狙い、相川に押し入ってもらい、坪井は近くで待機していて異変に気付くや駆け付け、不審者を追い払った後で恐怖に慄く彼女を抱きしめる……
二人は警察に通報さえしなければことは大きくならないと踏んでいた。彼女をなだめ、落ち着かせて通報させないように仕向ければいい、そう考えていたが思いもよらないことが起きた。
第三者がすでに通報していたのだ。
事件が起きた30分後、通報者不明の110番があったことで警察が来てしまう。全くの想定外だった時点でお粗末ではあるが、坪井はその言い訳を全く考えていなかった。
とりあえず署へと連れていかれて事情を聞かれ、そこでこらえきれずにすべてを白状したのだった。
加えて、防犯カメラに坪井と不審者役の相川が一緒にいるところをとらえられていたのも致命的だった。
ふたりは住居侵入と暴行の疑いで逮捕となった。二人とも4回生で就職の内定が決まっていたかどうかはわからないが、実名報道された時点でおそらくただでは済まなかったろう。
お金が欲しい私たち
狂言で多いのはおそらくこれではないだろうか。会社やバイト先で金銭を扱える立場にある人間が、強盗に見せかけてポッケナイナイしようとする、「狂言強盗」である。
信憑性を持たすためには自分もけがをするなど結構大掛かりなことになるわけだが、一概に狂言強盗と言ってもその動機は少しずつ違う。
金を盗むことに違いはないが、なぜその金が必要なのか、はちょっとずつ違う。
夫に内緒の妻たち
平成16年1月26日、熊本市内の市営団地に暮らす女性(30歳)から、
「ヘルメット姿の男が押し入ってきて包丁を突き付けられた。家にあったお金を持っていかれた」
と110番通報が入った。
女性の夫は飲食店を経営していて、自宅には店の売上金約85万円があったという。
ところが警察が調べたところ、部屋に押し入った形跡が全くなかった。ということは、妻がドアを開けたのか、それとも鍵を閉め忘れていたのか。
警察が追及すると、妻は狂言だったと自供。
女性は夫に内緒の借金があって返済に充てようと思ったという。
警察は軽犯罪法違反(虚偽申告)で女性を書類送検した。
ちなみに、盗まれたはずの金は自宅の米びつの中から発見された。
平成17年11月8日、宮崎県延岡市内のパチンコ店で女性が足を切られ、十数万円を奪われる事件が発生した。
女性は午後5時半ころそのパチンコ店駐車場に車を停めて下りたところを、男に声をかけられたという。女性は十数万円が入った封筒を持っていたといい、男はカッターのようなもので女性の太ももに斬りつけ、その封筒を強奪、仲間と思われる人物と共にバイクに二人乗りして逃走した。
女性によれば犯人は10代後半の若い男で、身長は約170センチ、黒っぽいニット帽をかぶって一人はセーター、もう一人は黒のトレーナーだったという。バイクは黒で、ナンバープレートはなかった。
具体的に思える犯人像だったが、延岡市内だけでもクソほどいる人物像だった。
警察は100人態勢で捜査を開始したが、そもそもバッグではなく封筒を奪うという犯行様態、二人乗りで逃げたというバイクの目撃情報が一切なかったことなどから、女性からも詳しく状況を聞き取りしていた。
2日後、延岡署はこの強盗致傷事件が狂言であったと発表。
女性は生活費や支払いの金をパチンコに突っ込んだことを家族に言い出せず、強盗に奪われたことにしようと考えたのだという。
警察は軽犯罪法違反(虚偽申告)で取り調べを続けたが、続報がないためおそらく書類送検あたりで済まされた可能性が高い。
結婚費用が欲しい男
平成16年10月18日午前7時40分ころ、大阪府堺市在住の女性の携帯電話に、「助け、連絡」という不可解なメールが入った。
送信者は、女性の婚約者である男性。電話をかけたが応答がなく、代わりに「大事な人を預かっている」というメールが届いた。
驚いた女性が、婚約者が勤務している運送会社の社長に相談、その後社長の判断で警察に通報された。
その間も、「1500万円用意してください。こいつの会社と協力してね」というメールも来たという。警察はその時点で身代金誘拐の可能性があるとして捜査を開始。
ところがその日の夕方、捜査員が大阪市住之江区内で行方不明の男性の軽乗用車を発見。被害者の男性も車に乗っていたため、捜査員らは胸をなでおろしつつ、「で、ここでなにやってんの?」という疑惑を抱いていた。
事情を聞いたところ、男性は、狂言だったことを認めた。
逮捕されたのは堺市野トラック運転手、小山清茂(仮名/当時32歳)。
小山が犯行を企てたその動機は金目当てではあったが、かなり切羽詰まっていた。
小山は当時独身だったが、すでに住宅を購入しておりその住宅ローン3400万円を背負っていた。さらに、消費者金融からの借金もあり、月の返済額は20万円にのぼっていたのだ。
しかし、小山が狂言強盗を実行したのはこれらが理由ではなかった。
小山は件の女性と、今月末に挙式予定だったのだ。そして、その金がなかった。
婚約者の女性は小山の経済状況をおそらく知らず、無邪気にも結婚式を夢見ていた。
住宅ローンを抱えている時点で小山は離婚経験者なのかな、という印象があるが、10歳近く年下の女性に見栄を張っていたのか。
小山は勤務先の会社から金を奪うことを思いつき、婚約者の女性まで巻き込んだ。
警察は勤務先の会社社長に対する恐喝未遂で逮捕した。
妻が怖い奈良の男
平成20年11月28日、近鉄東生駒駅近くの路上で強盗に遭ったと通報が入った。
通報があったのは28日の午後10時前。帰宅途中の男性会社員(当時21歳)が、
「男に殴られ、バッグを奪われた」
と通報してきたのだ。
男性によると、その日の午後9時前、通りすがりの男に「車が脱輪してしまったので助けてほしい」と頼まれ、男と共に200メートルほど移動したところで突然殴られたという。男性のバッグには現金8万円が入った財布があり、男はバッグごと奪うと逃走。
その際、仲間とおぼしき同年代の男がもう一人いたという。
後に、男性のバッグは現金が抜かれた状態で道路上に落ちていたのを発見されている。
生駒署は強盗事件として捜査をしていたが、事件から約2週間後、狂言だったとして男性を軽犯罪法違反(虚偽申告)の疑いで書類送検したと発表した。
男性は調べに対し、「スロットで8万5千円負けたことをどうしても妻に言えなかった」と話し、妻に叱られるのが怖くて強盗をでっちあげたとわかった。
そもそも、事件発生が午後9時前だというのに、通報がなされたのは午後10時前だった。この一時間、男性は気絶でもしていたのか。おそらく警察は当初から何かおかしいとみていたのではないか。
路上で発見されたバッグも、男性が示した男たちの逃走経路とは真逆の場所にあったという。
しかも、通報してきたのはこの男性ではなく、実際にはその男性の妻だった。
男性は財布を盗られたと言えば済むと思っていたのだろうが、妻は当然のことながら警察知らせてしまった。置き引きならば自分の不注意、とする人もいるかもしれないが、強盗となければ100%警察の出番である。
自分の非になり得ることは言えなかったようで、警察も男の、妻に対する怯えっぷりにちょっとだけ同情したという。
が、「人騒がせなことをするのは、あかん」として、書類送検となった。
かまってほしい私たち
事件に巻き込まれ被害者の立場になれば、身近な人のみならず多くの人が同情し、心配し、寄り添ってくれる。
狂言、虚偽申告は、いわばそういった寂しい気持ちを嘘でもいいから満たしてほしい、そういう、人の切ない部分も関係する。
同情して欲しかった。寂しかった。嘘でもいいから、悲劇の主人公になってみたかった……
そんな人たちが起こす狂言事件も味わい深い。
同情されたかった男
平成23年11月28日午前3時半頃、松山市内の男性会社員(当時40歳)が、市内の路上で知らない男に刃物で切り付けられたと119番通報してきた。
松山東署員が確認したところ、男性の左手の甲に確かに切り傷があったという。
男性は、自宅からコンビニに買い物に行く途中、男に『金を出せ』と脅され、刃物で切り付けられた」と話していた。
しかし、手の甲にあった傷がVの字のような不自然なものだったことから警察がさらに詳しく話を聞いたところ、狂言だったことが判明した。
男性は、「仕事で悩んでいた、被害者として扱われれば同僚からも同情されると思った。」と話した。
男性がどんな悩みを抱えていたかは定かではないが、会社の同僚に同情してもらえると思ったという言葉に、この年代の社会人特有の悩みが見え隠れする。
年齢的には社会人としてある程度中堅以上には見られるものの、転職などでその身分は年齢では測れない時代である。
年下の上司がいたのかもしれないし、ただ単に、仕事ができなかっただけかもしれない。おいそれと転職もできず、彼なりに深い悩みがあったのだろうが……
許しがたい女
平成17年の冬、長野県の岡谷市で家族で犬の散歩中だった当時小学5年生の男児が忽然と姿を消した。
午後3時ころに諏訪湖へやってきた家族は、周辺を散策していたというが、気づくと長男の姿が見えなくなっていたという。
3日後、捜索を続けていた岡谷署は事件の可能性があるとして公開捜査に踏み切るも、その行方は分からないままだった。
そんな中、諏訪市の派遣社員の女性(当時23歳)から、12月4日の午後9時ころ、女性の自宅近くの国道20号バイパスにあるファミレスの前で、雨に打たれて立ちすくんでいる男児を発見、話をしたところ「お母さんとケンカした」と話したことでいったん自宅へ連れて行って食事をさせたという情報が入ってきた。
派遣社員の女性は5日になって男児が行方不明になっているというニュースを知り、もしやと思って警察に届けたのだという。
女性によると、家で食事をした後男児は「岡谷(市内)へいく」と話していたため、ファミレスの前まで送っていったところ、そのファミレスの駐車場にいた若い男女が「自分たちも岡谷へ行くから乗せようか?」と声をかけてきたという。
男児はその言葉に甘えて、車に乗り込んだと女性は警察に話していた。女性は男児の顔を覚えていて、行方不明の男児と年恰好、顔が似ていたとも証言。警察は重要な証言とみて、さらにはその男女が今も一緒にいる可能性を考えて捜査を行っていた。
が。
9日になって警察は、この派遣社員の女性の証言が嘘だったことを発表した。
この時点で男児はまだ発見されておらず、家族は誰かと一緒ならば生きている可能性があると思っていたであろうに、その期待を粉々に打ち砕かれてしまった。
派遣社員の女性は軽犯罪法違反(業務妨害)の疑いで翌年2月に書類送検された。
女性は動機について、「仕事や私生活が満たされず、寂しかった。テレビの報道を見て(最後の接触者になれば)周りの注目を集められると思った」と供述した。
かばうつもりは毛頭ないが、おそらく、ただの目撃者を装うつもりだったのだろう。自分が見たと嘘をついたとして、その後は知らないと言えば、罪に問われることもないはず……
しかし警察も家族も、岡谷市内へ向かったというその車と男女の行方を念頭に置いており、捜査、捜索活動が大きく妨害されたことは間違いない。
家族の一縷の望みを、女性はあまりにも軽々しく考えてしまっていた。
その後、女性は仕事を辞めて引っ越しをしたという。
行方不明の男児は、44日目の平成18年1月15日、いなくなった諏訪湖で遺体となって発見された。何らかの事情で足を滑らせたか、事件性はなく事故死と断定された。
ひらひらさんを利用した女
平成15年春、名古屋市内は不穏な空気に包まれていた。
3月30日と4月1日、北区と千種区で通り魔が発生し、一人が死亡していた。しかも犯人は女。自転車に乗って北区のバス停にいた女性に声をかけ、意味が解らず怪訝に思っているところを包丁で刺した。この女性は自力で自宅へと戻るも、その後死亡した。
もう一人も、路上で突然襲ってバッグを奪い逃走。こちらの女性は一命を取り留めた。
この時点で犯人は逃走しており、連続通り魔として市民らは恐怖を感じていたが、4月7日夜、またもや通り魔事件が発生した。
今度は名東区で、当時33歳の主婦が「自転車に乗った女に切り付けられた」として警察に通報していた。警察ではその内容からいやでもあの連続通り魔を思い浮かべずにはいられず、警察の必死の捜査を嘲笑うかのような犯行に憤りと落胆を隠せずにいた。
主婦によれば、ゴミ出しをして自宅に戻ろうと二、三歩歩いたところでその女が近づいてきたという。そして背後から無言のままで左腕の辺りを二度切り付け、そのまま自転車で逃走したというものだった。
が、主婦の左腕にはそれらしきケガが見当たらなかったことから、警察は8日に主婦を警察に呼んで話を聞くなどしていたところ、帰宅した主婦から、
「うそでした」
と署に電話が入ったという。
主婦はその動機について、
「夫に相手にしてもらえず、気を惹くために嘘をついた。私に関心を持ってほしかった……」
と答えたという。
その後、8月28日に窃盗事件で逮捕された当時38歳の女の自宅から、4月に通り魔に襲われた女性のバッグが発見されたことで女は連続通り魔犯として逮捕された。
伊田和代、事件史に残るひらひらさんである。
ひらひらさんは今、無期懲役囚として生きている。
逃げ出したい人たち
石川の警部補
平成19年5月、金沢市のアパートで県警警備課の警部補の男性(当時44歳)が、腹にナイフが刺さった状態で倒れているのを同僚の警察官が発見した。
警部補に意識はあり、「知らない男に刺された」と話したことから県警は殺人未遂事件として800人の捜査員を投入して怒りの捜査を行った。
犯人が逃走していることから、近隣の小中学校の通学路は地域住民らが交代で見回りをするなど、地域を巻き込んだ大事件となっていたが、5月31日になって、退院した警部補から改めて事情を聞いたところ、「本当は自分でやった。仕事に行きたくなかった」と自白した。
県警は幹部が総出で協力関係機関や学校、地域住民らへの謝罪行脚に駆り出される始末。大事件は起きていなかったと安心する一方で、身内によるとんでもない大迷惑な事件であることは間違いなかった。
警部補は3月から災害担当として能登半島地震の被害状況の取りまとめなどを担当していたといい、連日深夜まで残業を続け、2カ月半の間で休めたのは2~3日だったという。
もともと内向的な性格ではあったという警部補だったが、同僚や上司など、誰一人としてその警部補の心の限界に気が付いていなかったようだ。
警部補は軽犯罪法違反で書類送検されたが、警察内での処分は「戒告」にとどまった。
これについては、警察庁の懲戒の指針に虚偽申告が含まれておらず、石川県警が警察庁と相談した結果、
「公務上ではない私的行為にあたり、軽犯罪法違反は懲役刑にあたらない」
として、「戒告」の判断となったという。
当然、翻弄された市民らからは、民間との処分の差や、そもそも警察がどれほど迷惑をかけたのかわかっていないのではないかという批判が噴出した。
さらには警察の内部からもその批判は当然とする声もあったが、一方で
「一般とずれているのはよくわかっているが、石川だけ重い処分を下せない……」
という嘆きも聞こえたという。
警部補は依願退職した。
川越の妻
平成17年7月、川越署は1歳半の娘への傷害容疑で父親である男性会社員(当時32歳)を逮捕した。
事件は7月15日の夜7時過ぎ、妻から川越署に「夫が娘に手をあげた」とする通報が入って発覚。駆け付けた警察官が長女を確認すると、そのおでこには打撲のような傷痕が認められた。
すぐさま夫の所在を確認したところ、妻はどこかへ出ていったと話したため、警察官らは深夜まで夫の帰宅を待っていた。
夫は深夜に帰宅、待ち構えていた警察官が逮捕状を見せて夫を逮捕したものの、夫は全面否認だった。
取り調べが始まってすぐ、夫は今日の夜は都内の飲食店にいたこと、そしてそれを証明する同僚の存在があることを警察官らに告げる。
確認を取ったところ、夫が言うとおり、妻が通報してきた時間帯に夫は遠く離れた都内にいたことが判明した。
警察が今度は妻から事情を聞いたところ、
「夫との生活が嫌で、逃れたくて嘘をついた」
と話したという。夫に無実の罪、しかも実の娘を利用して罪をかぶせるなど、どれほどの溝がこの夫婦にあったのかと慄然とするが、妻はその後書類送検となった。
川越署の佐藤勝署長は、誤認逮捕について平謝り。
幼い子供への虐待案件であり、まさか、まさか妻が夫を陥れるためにここまでするとはさすがに想定できなかったと釈明した。
当時、虐待事件への対応の遅れが問題視されていたこともあり、警察としては迅速に動いた結果だった。
が、迅速過ぎた。
くだらない私たち
最後はもはや喜劇としかいいようがない夫婦の事件。
平成21年6月19日。神奈川県警通信司令部は緊迫した雰囲気に包まれていた。
この日、厚木市内の男性から「コンビニで買い物していたら車を盗まれた。子供が中にいる」と通報があったのだ。
過去に埼玉県で、子どもが後部座席にいることを知らずに車を盗んだ犯人が、その後子供たちをダムに投げ捨てたという残忍な事件も起きていた。
誘拐、監禁事件として県警は「全署配備」を指示し、県内の全署ならびに機動捜査隊、交通機動隊などに加えてパトカー197台、警察官はなんと900人を投入して一斉検問を行った。
山梨、静岡両県警、そして警視庁にも緊急配備要請が行われ、一刻も早い車の発見が望まれていた。
その頃、厚木市内在住の女性は鎌倉市の海岸沿いにある134号線を、千葉県内の実家に向かって子供を乗せて走行中だった。
すると突然パトカーがサイレンを鳴らして急接近し、停車を求めてきた。何か事件だろうか?でも、じゃあなんでパトカー4台が私の車を取り囲むようにしているんだろう??
訝る女性に、警察は思いもよらない言葉を投げかける。
「どこで車を盗んだんだ!」
驚いたのは女性だった。だってこの車は私の車なのだから。
「この車は私のです!そしてこの子は私の子です!!!」
警察官らは唖然。どういうことなのか。人違いなのか。自分たちも状況を呑み込めていない警察官らが女性に事情を説明すると、女性は呆れた顔でこういった。
「こんなくだらないことをやるのは、私の夫に間違いない!」
妻の話はこうだった。
通報がある直前、夫婦げんかをして妻は子供を連れて千葉の実家へ戻るため家を出たのだという。
焦った夫が、出ていった妻と子を連れ戻してほしい一心で、警察に嘘の通報をしたのだという。
信じられないレベルの迷惑男である。怒り心頭の妻と疲れ切った警察官らを前に、夫は「自分の行為が恥ずかしい……」とうなだれた。
厚木署は、迷惑をかけられて業務を妨害されたのは事実だが、その意図は妻子を捜してほしいというもので、業務妨害の意図まではなかった」とし、軽犯罪法違反でこの夫を横浜地検に書類送検した。
妻は「心底呆れかえっている」としたが、多分、この2人離婚してない気がする……
人のこころ
狂言はその罪自体はさほど重くない。が、迷惑極まりない行為であり、時に、人々の人生を狂わせることすらある。
令和元年に鹿児島で起きた強盗事件では、犯人逮捕に至るまでの間、被害者の主婦に対し、「狂言じゃないか」という心無いうわさが町を飛び交ったという。それほど、これまでに同じようなケースでの強盗事件で狂言が多かったのも事実だ。
また、ここでは紹介していないが、大きな事件となって世間を、無実の人を糾弾するような事態に発展したものもある(これについては別記事で書く予定)。
ただ、その発端、動機を見てみると、なんとも情けない、もの悲しさの漂うものがほとんどのような気もする。
生活苦が動機のものでも、たとえば他人から盗むとかではなく自分の使い込みを隠蔽しようというケースが多い。
寂しさや日々の不満、誰もが胸に抱く当たり前の感情が、人によってはこうした形でおもてに出てしまう。
諏訪湖の事件は痛ましかった。日本中が無事を祈る中、当初は家族への偏見や疑いもあった。そんな中で長男の帰りを待っていた家族。その気持ちを翻弄し、期待を持たせた挙句の「嘘でした」は酷過ぎる。
女の話がなかったら、もしかしたらもっと早く見つけてあげられたかもしれない。
その一方で、嘘をついてでも満たしたい心の隙間は、もしかしたらある日突然、大きな口を開けて落とし穴のように私たちを呑み込んでしまうものかもしれないと考える。
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参考文献
産経新聞社 平成10年9月12日東京、平成15年4月8日大阪夕刊、平成16年10月19日大阪朝刊、平成17年12月10日大阪朝刊
日刊スポーツ新聞社 平成10年9月12日
琉球新報社 平成11年10月18日琉球新報夕刊
熊本日日新聞社 平成16年1月27日朝刊
読売新聞社 平成16年10月19日大阪朝刊、平成17年11月9日、10日西部朝刊、7月18日東京朝刊、平成21年6月20日東京朝刊、平成23年11月29日大阪朝刊
朝日新聞社 平成17年11月10日西部地方版/宮崎、平成20年11月30日、12月17日大阪地方版/奈良
中日新聞社 平成17年12月7日朝刊、平成18年2月9日朝刊
北國新聞社 平成19年6月18日朝刊 月曜特番 〔信頼回復へ険しい道 石川、富山県警〕 石川県警、「警部補殺人未遂」は狂言 職場管理にも課題 「仕事に行きたくなかった」 再発防止へ各課で検討会
サンケイスポーツ新聞社 平成22年4月16日サンスポ