サレ男の逆襲~札幌・男性撲殺事件~

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札幌の事件

平成18年6月17日午後7時30分、札幌豊平署に女性の声で通報が入った。
「月寒東のマンションで男性が大変なことになっている」
豊平署員がそのマンションに急行すると、鍵のかかっていない部屋があった。そして、その部屋の玄関で、成人男性が血まみれの状態で倒れているのが発見されたのだ。

男性はすでに死亡、その時点での身元は分からなかったものの、その部屋に暮らす男性と連絡が取れていないことから、死亡したのはこの部屋の住人の男性の可能性が高かった。

この部屋には、髙田雅史さん(仮名/当時56歳)が一人で暮らしていたといい、また、通報者が「高田さんの部屋」と具体的に言っていたことから、交友関係や目撃者について捜査を始めた。
髙田さんは棒のようなもので頭部や腕など上半身を集中的に殴られており、状況から殺人事件と断定。
後に、通報者がなんらかの事情を知っていると見て捜査を続けたところ、18日の夜に髙田さん宅を訪ねた男がいたことがわかった。
目撃されていたナンバーから男を割り出したところ、実は通報してきた女性がこの男の妻だったことなどから男に事情を聞いた。
その後、男がバールや手などで髙田さんを殴ったことを認めたため、殺人の容疑で逮捕となった。

逮捕されたのは髙田さん宅の近くに住む鉄筋工・橋本裕二(仮名/当時43歳)。
橋本は髙田さんと以前から知り合いで、二人の間にはトラブルがあったという。
警察ではトラブルの話し合いがこじれ、事件に発展したとみてトラブルの原因について捜査していたが、この事件、髙田さんが殺害されたその夜までは、実は髙田さんは加害者だった。

妻の不貞と、暴走する男

橋本には妻と娘二人がいた。事件当時は定かではないが、橋本の妻は以前、ホステスをしていたという。
平成16年の夏、客として橋本の妻が働く店に来ていた髙田さんと、橋本の妻は不倫関係になってしまった。ただ、当初髙田さんは橋本の妻が人妻だとは知らなかったという。仕事上のことだったのか、それとも髙田さんのことを真剣に好きで人妻だと言い出せなかったのかは別として、橋本の妻は結果的に髙田さんを騙して不倫関係になっていた。

平成17年の初め、髙田さんは橋本の妻が人妻だという事実を知る。いい歳こいたおっさんが、相手(しかもホステス)が結婚していたくらいでガタガタ言わんときやと思わないでもないが、髙田さんは激怒、二人の関係は終わった。
ところが髙田さんは腹の虫が治らなかったようで、以降、橋本の自宅へ押しかける用になったという。橋本が妻と髙田さんの関係をいつ知ったのか、いや、知っていたのかはわからないが、当初は橋本も冷静な話し合いをしていたようだ。
しかし髙田さんの怒りはおさまらず、それは嫌がらせとなって橋本家に付き纏うようになる。

夏になる頃には、自宅に脅迫めいた手紙も届き始めた。しかもその内容は、橋本の妻や娘をターゲットにしており、さすがに見過ごせないと思った橋本は警察に相談することも考え始めた。
平成18年5月、断続的に続いていた髙田さんの嫌がらせだったが、ここへきて髙田さんは常軌を逸した行動に出始めた。
橋本の自宅へ押し掛けると、灯油をぶちまけ、「殺してやる」と喚いたという。
橋本は家族へ危険が及ぶことを恐れて警察に通報。しかし、なぜか髙田さんが逮捕されることはなく、事態は収拾しなかった。

警察に言ってもどうにもならないなら、いっそ自分でカタをつけようか…
橋本は仕事で使用するバールなどを持って、髙田さん宅へ行ったこともあったが、それでも実行するには至らなかった。

決着

6月に入ったある日、橋本は憔悴した妻から、
「娘が家に帰ろうとしたら家の近くをあいつがうろついていたみたい。怖くて家に入れなかったみたいなのよ……」
もう、限界だった。
確かにことの発端はこの妻の不貞だ。しかも相手には独身だと嘘をついていたわけで、橋本にしてみれば誰に怒りをぶつけて良いやらという如何ともし難い心境だったろう。当然、妻にも不信感はあったと思われる。
しかし、娘たちにはなんの罪もない。その娘たちにまで、本気で危害を加えるつもりなのか。

橋本は、もう話し合いや警察では埒があかないとし、殴ってでも髙田さんにつきまといや嫌がらせをやめさせなければと強く思った。

そして、バールを手に、髙田さんのマンションへと向かった。

髙田さんが在宅であることを確認した橋本は、まず玄関のノブをバールで壊し、驚いて出てきた髙田さんを手で殴りつけた後、バールでも殴りつけた。
そして後ずさるように室内へ逃げた髙田さんを追い、廊下で右腕を殴打、倒れ込んだ髙田さんの上半身を中心にバールで複数回殴りつけた。

髙田さんは抵抗する力を失い、倒れたままだった。
後に判明した髙田さんの損傷具合は、背部広範囲の皮下筋肉内出血、右上腕骨・左尺骨・左右肋骨多発骨折・肝臓挫滅・脾臓挫滅・左肺臓下葉挫裂などの多発外傷で、死因はそれらによる大量出血だった。
橋本が使用した凶器のバールは、真っ直ぐだった部分が約20度ほど俺曲がっていたという。

そしてこれらは、橋本の強い攻撃の意思を表すものだった。
果たしてそこに殺意はあったのだろうか。

検察は橋本を傷害致死ではなく、殺人で起訴した。

一服の後の、殺意

弁護側は、被告である橋本の言動をみれば殺意があったという検察の主張とは矛盾する、と反論していた。
確かに、頭に血が上った状態で殴ったとして、怪我はやむなしとしても「殺してやる」とまで思っていたかどうかは重要である。
検察はバールという凶器、頭部(ちなみに髙田さんはスキンヘッドもしくは簡単にいうと禿げていた)への攻撃などを根拠に、確定的殺意を主張していたが、死因を見てみても頭部への攻撃が致命傷になったわけではなく、また頭部への打撃が2回なのに対して、下肢や両腕などへの暴行の形跡も多数あることから、確定的殺意を持っていたなら頭部にもっと傷があって然るべしとも言えた。

橋本自身、怪我でもすれば髙田さんのこれまでのような直接的な嫌がらせはおさまるだろうと考えていたのは事実で、だからこそ、バールを持って髙田さん宅へ押し入ったのだ。
ただ、「死ぬかもしれない」ということは全く考えていなかった、と公判で述べている。
さらに弁護側は、橋本のある行動について言及した。
それは、暴行の最中にかけた「妻への電話」だった。

バールを用いた暴行を受け、髙田さんは抵抗もできず倒れていた。
それを見た橋本は、妻に電話をかけて髙田さん宅に警察官を来させるよう言っていた。要は、110番通報しろ、ということである。
それを受けて妻が通報したわけだが、その時点では髙田さんは生きていたのだ。本気で殺そうと思っていたなら、トドメをさしてから通報するのではないか、ということだ。

しかし検察は反論。
そもそも警察官に電話したのは、髙田さんとのトラブルを知っていて対応してくれていた警察官に報告しろ、という意図のものであり、さらにその際、「髙田さんは虫の息」などと告げていること、そしてタバコを吸うなどして気を落ち着かせたにもかかわらず、電話を切るや再び髙田さんを部屋にあったパイプ椅子などで殴打していたことを挙げ、髙田さんを殺害する意図があったとした。

札幌地方裁判所は、確定的な殺意は認められないとしながらも、妻に電話で報告した後のいわゆる第二の暴行時においては、少なくとも「未必の殺意」は認定できるとした。
その上で、トラブルの要因は髙田さんにもあること、娘らに危害を加えられることを心配した父親としての橋本の心情も一定の理解を示しはしたが、遺族への慰謝もされておらず、どんな事情であったにせよ尊い命を奪った行為は許されないとして、懲役8年(求刑懲役10年)を言い渡した。

元を辿れば、髙田さんの暴走というより前、まずは橋本の妻による嘘が発端だった。しかも髙田さんと不倫関係になっていたのだ。
髙田さんとて、ある意味この時点では被害者だった。50を過ぎ、老いていく自分に訪れた幸せ。髙田さんは橋本の妻を本気で好きだったのかもしれない。
しかしそのあとはいただけない。騙されたとはいえ、いい思いはしたわけである。こんなこと言うと男女逆なら怒られそうだが、それでもやることやったわけで、橋本からすれば髙田さんが真実を知らなかったとはいえ、怒りを向けたくなる気持ちはわかる。

髙田さんの執着は凄まじかった。可愛さあまって、みたいなことかもしれないが、。ホステスに嘘をつかれていただけでここまで怒りを持続していられるというのも結構すごい。
気の毒なのは橋本の娘たちだけである。いい歳こいた大人たちの破廉恥騒ぎに巻き込まれ、父は犯罪者になってしまった。母親の、くだらない嘘のせいで。

橋本はなぜ、ここまで、バールが曲がるほどその怒りを髙田さんにぶつけたのか。もしかしたらそれは、妻への怒りも含まれていたのかもしれない。

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参考文献

読売新聞社 平成18年6月18日東京朝刊
北海道新聞社 平成18年6月19日北海道朝刊北海道総合、12月6日北海道朝刊2道

平成18年12月5日/札幌地方裁判所刑事第1部/判決/平成18年(わ)897号