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外側から見た、その家
「私はねぇ、娘がそこに家を建ててからしょっちゅう遊びに来てるんです。もう、20年くらいになりますか。
でもねぇ、娘夫婦には子供がおらんのでね、あのお宅ともあんまり交流はなかったみたいなんですよ。
ただ・・・。うちがガソリン入れに行くスタンドで、剛志君が働いとったからね、高校の時から。そんなんであの子がここにおった頃は、朝自転車で学校行くとき、『おはようございます』ゆうて挨拶してくれよったんですよ。
それがねぇ・・・なんであんなことになってしまったんか・・・ここらの人もみんなわからんのやないですか。」
論告求刑が終わった翌日は、雨の土曜日だった。
前日からずっと、新居浜へ行こうかどうしようか迷いながら、その朝に決心して車を飛ばした。
私は新居浜にはあまり土地勘がないが、夫が大変お世話になった元彼女が住んでいて、たまに彼女と食事をしたりするので行くくらいだ。
ナビを頼りに現場である剛志の実家へ向かうと、そこはついこの間、その彼女と食事をした飲食店から歩いていけるほど近い場所だったことに気付いた。
大きな通りに新居浜のパチンコ店を統括する会社の本社ビルがあり、その近くの眼鏡店の真裏に位置するのが高平家だった。
車を停める場所を探して周囲をぐるっと回ってみると、通りから少し入った場所に大型スーパーがあったため、買い物をした後で少し車を置かせてもらうことにした。
スーパーの駐車場から出ると、小学校があった。その道を楠中央通りへ向かって進むと、剛志の実家がある住宅地へと出る。
ふと、前方に傘を差した高齢女性が目に留まった。
距離を置いて歩いていくと、その住宅地への路地を曲がった。私は猛ダッシュで追いかけて、失礼ながら声をかけた。
事件から1年経っても、高平家はあの日とほとんど同じ状態でそこにあった。その高齢女性が言う。
「車もね、あの日のままずっとあるんですよ。なんにもなかったみたいにね。私らも(事件のことは)ほとんど話題にすることはありません。もともと、お付き合いゆうお付き合いもなかったですし。お子さんがおられたお宅は、それでもお付き合いがあったんやないですか・・・」
私が裁判を傍聴してきたことを伝えても、裁判が始まったことすら、知らないようだった。
事件の原因は、皆さんなんて話されてますか?と聞いたら、ちょっと口ごもるように、
「・・・なんですか、その、剛志君が奥さん以外の人とお付き合いされとったとか・・・そういうことが原因やーいうては聞いとりましたけど・・・」
雨足が強まり、私はお礼を言ってその女性と別れた。
住宅地の、ほかの家のインターフォンを鳴らしてみたが、応答はなかった。
高平家の周囲をぐるっと見る。裁判で明かされた通り、敷地にはゴミ袋に入った空き缶や、害虫駆除のスプレー缶などが入れられ、一部は外に出てしまって錆びついていた。
カーポートには、勝浩さんの乗用車と、洋子さんが使っていたのか一回り小さな車が並んで停められ、埃をかぶっている。
玄関廻りは雑草が目についたが、思っていたほどのゴミ屋敷、とは全く違っていた。
二階の窓はカーテンが閉められてはいたが、一部半開きになっていた。あの日、勝浩さんの会社の同僚らは、おそらくここから二階を覗っていたのだろう。
その住宅地を出て、一本裏手の通りの比較的新しい家に目をやった。位置的に、高平家を真正面にみるその家の玄関先で、タバコを吸っていたご主人と思われる40代くらいの男性に思い切って声をかけてみた。
裁判を傍聴してきたものであること、報道されているような不倫が原因の事件ではないと分かったこと、その上で、近所の方が知る高平家について教えてほしいと、率直に申し入れてみた。
ちょっと強面の男性だったが、裁判が始まったというのをこちらも知らなかったようで、「あぁ、始まったんですか…」と言った後、私に1時間以上話をしてくれた。
「僕らはここに家建ててまだ5~6年ですけど、自治会は同じなんです。でも、高平さんとこのご夫婦が参加したのは見たことないですよ。
もう、閉じてしまっとったからね、付き合いはほとんどなかったんやないですか。」
先ほどの高齢女性が話したことを裏付けるように、その男性も高平家がほとんど近所づきあいをしていなかったと話した。
「あの日の前の晩ね、会社の人が来て、〇〇さん(高平家の斜め向かいのお宅)とこのご主人も一緒に家の様子見よったんよね。」
私が、裁判でどうやらその時、剛志が家の中にいたようです、と話すと、
「あぁ、そうやろね、みんな中に誰かおるけど出てこん、って言いよったけんね。」
と頷いた。
剛志のことは、存在自体知らなかったという。男性が家を建てたころはまだ剛志は実家を飛び出し、元妻の実家で暮らしていたころだろうから無理もない。
事件後、息子が犯人と聞かされて初めて息子がいたと知った、とその男性は話した。
事件が起こった原因については、世間では不倫を咎められて、と言われていますけど、と私が言いかけると、男性は、
「いやいや、親やろ。家の中の問題やと思うよ。あの日、家に帰ったら規制線が張られとってね。パトカーやら警察官やら、だいぶおって、うちら家にも入れんかったんよ。そしたら、NHKやったかな、記者の人が走ってきて、なんや殺人があったって聞いて。
でも、現場が高平さんとこって聞いて、全然びっくりせんかったよ、あぁ、とうとうそうなったか、と思ったけんね。もう、いつか何かが起こるやろなと思うとった。」
と言った。驚いた私が、近所から見てもなにかそう思うようなことありましたか、と訊ねると、男性は勝浩さんと洋子さんの印象について、いくつかエピソードを紹介してくれた。
意外な一面と複雑な思い
裁判で明かされた父・勝浩さんの人柄は、元妻や交際相手のAさんに対する言動を除けば概ね良好なものだった。
義理の弟にあたる、洋子さんの弟の証言にも、「よい兄貴だった」というものがあったし、長崎の実姉が語る勝浩さんは、家族思いの心優しい人である。
しかし、高平家を知るその男性は、興味深いエピソードを話してくれた。
「高平さんとこの近くに、最近家を建てた人がおるんですよ。僕らがここへ家を建てた後に。もともと空き地やったところに建てたんやけど、そことトラブルになってね。
普通、家を建てるいうたら少々音はするもんやけど、みんな自分とこ建てる時には周りに迷惑かけとるんやからお互い様みたいに思うやないですか。
けどあの人(勝浩さん)は違うた。工事しよる大工さんらに怒鳴り散らしよったわ。寝れんだろが!いうて。前もって施主は挨拶にも行っとったんで、ちゃんと。やのに、ワーワー言われた言うて大工が困っとった。」
勝浩さんは三交代制の工場勤務であったため、夜勤明けで昼間寝ていたこともあった。だから、すぐ裏手の家の工事の音が気に障るというのは理解できる。しかし、普通は男性が言うようにお互い様だから、という気持ちにもなるだろうし、家の中で出来るだけ音が聞こえない場所で休むといったことも可能だったはずだ。
それに、永久に工事が続くわけでもなし、せいぜい3~4か月のことをそこまで怒鳴り散らす必要があったかと言うと、ない。
こんな事を言うとアレだが、これが洋子さんが怒鳴っていた、と言うならまだ分かる。しかし、実際にブチ切れていたのは、勝浩さんだった。
男性は続ける。
「もしかしたら、やけど。ご主人はいずれトラブルが起こること予感しとったんやないかと思うんです。それを会社の人にも話しとったんやないかな。だいたい、1日遅刻したくらいでわざわざ家まで来て、警察呼んだりしますか?
会社の人らは何か良からぬ胸騒ぎがしたけん、警察呼んだんでしょう?何にも聞いてなくて、そこまでしますかね。」
実際はどうだったのだろう。確かに、連絡が取れないといってもわざわざ家までくるもんだろうか。しかも警察を呼ぶというのも、なにか突飛な気がする。事実、警察は来たものの、何もせずに引き返した。
勝浩さんの会社関係者の話は裁判でほとんど出ていないためわからない。
高平家は、決してトラブルメーカーということではなかった。妻の洋子さんは、近所の飼い犬が逃げたのを捕まえたこともあったという。勝浩さんも、住宅地の中で親しくしている同年代の男性もいた。
しかし、一方ではご近所に怒鳴り散らす、地域のことに非協力的といった面もあった。
「不倫なんか、そりゃやる方もやる方ですよ。その時点で息子を庇おうとは思わんけど、熱くなる気持ちはわからんでもないよ、周りが見えんなるいうんか、もうこの道しかない!みたいに思いこむことはあるしそれはわかる。」
そういうと男性は、途中で加わった渡辺美奈代似の超絶美人の奥様の前で、過去の恋愛話を披露してくれた。そこには、剛志のように熱くなってのめりこむ様子があり、思わず私は
「あのぅ、新居浜の男の人ってそういう特性かなんかがあるんですか?」
と聞いてしまったほどだ。
男性は苦笑しながら、剛志の両親の常軌を逸した対応にも言及した。
「親が口出しするンももちろんわかるけど、まあ、やりすぎやな。そんな、相手の女の人に文句言うてどうするんだろか・・・・(勝浩さんと)親しかった家のご主人も、あの子(剛志)がそんなことするはずないって言うてましたよ。」
「もし、その23日の話が本当なんやったら、洋子さんは息子に殺されて本望ってことやないかな。その覚悟でそういうことを言うたんかどうかが大事やと思うよ。」
途中参加の奥さんも、ぽつりとこんな話をしてくれた。
「私が朝、玄関あけて思うんは、『あー、まだある』っていうことなんです。まず目に飛び込むのが、あの家でしょう。あの日のままなんですよ。事件があった家やから、さっさと壊すんかなと思いよったのに、ずっとある。みんな口には出さんけど、同じ思いなんやないでしょうか。」
聞けば、事件後その家に一度だけ、夜灯りがついていたことがあったという。
しかし、庭に放置されたゴミ袋もなにもかも、そのままだったことで近所の人は落胆した。
外から見える窓越しに、害虫駆除スプレーや洗剤などがそのままになっていて、おそらく中もほとんど片付けられていないんだろうと話す。貴重品だけ、関係者(親族)が持って出たのかもしれない。
親戚の方は遠方にしかいないみたいですよね、と言うと、それは知っていたようで、だから余計面倒だと男性は言った。
「どうせ長いこと入らんといかんのやろうし、出所したとしても帰ってくるわけないやろ。それやったらさっさと壊すなりしてほしいのが本音。事件のあった空き家なんか、放火されたりすることもあるって聞くし・・・」
それはあながち間違いでもなく、事件現場の空き家はいたずらされたり、時には不審火で火災になることもある。
「俺らにしてみたら、30年後の本人の社会復帰よりも、目の前の片付けの方が重要なんよはっきり言うて。少しでもあの子のこと思うんやったら、とりあえずの片付けくらいはしてもいいんやないかと言いたいよ、親戚の人には。」
親戚の人には罪はない。それは男性も重々わかっている。しかし、ほとんど手つかずで残された家を見ると、私でもなんとも言えない気持ちになってしまうのも事実で、ましてや近所の人にしてみればどこにもぶつけられない思いを抱えたまま生活しなければならないわけで、こう言いたくなるのもやむを得ないだろう。
雨が降り続く中、この夫婦は真剣に私に思いを話してくれた。
そして、最後にこう言った。
「こんな事件があったら、近所の人は気づかんかったんかとかいう人おるやないですか。そんなん、気づけんて。本人らが完全に隠してるんやから。あの事件は、家の中で起こった事件やと思ってます。家族の中で起きた事件。俺らがこうして話をしたんで、どうかほかの家のひとはそっとしといてあげてください。」
私は丁寧に礼を言い、その約束を守ることにした。