🔓ママなんか怖くない~ひたちなか市・小1女児せっかん死事件~

台所にて

「これ、どうすんの?」
「立たせとけばいいんじゃない?」

女は目の前にいる女児をそういうと手近にあったモップの金属製の柄で力任せに殴りつけた。女児は悲鳴をあげるが、それでも殴打する手を止めない。
やがて女児の悲鳴は獣の咆哮のようなものへと変化。さらには脱糞するまでにいたった。

「汚い!あっちいって」

まるで汚物を押し付けあうかのように女児の体をどつき回す大人たち。

そしてその日の午後、女児はたった6年の生涯を一人ぼっちで閉じた。

平成12年3月23日、水戸地裁の松尾昭一裁判長は3人の男女にそれぞれ懲役4年から6年の実刑判決を言い渡した。
3人は、あの女児の実母と養父、そして、女児と同じ名前を持つ、実母の友人の女だった。

🔓Motherly Love~今市市・主婦協力殺人事件~

平成9年夏

栃木県今市市(現・日光市)。
雨が降りしきるその夜、家のガレージ前で佇む女がいた。
通りがかった近所の人が不審に思い、声をかける。
「どうしたの?こんな雨の夜に…」
「夫がまた暴れてるの。落ち着くまでここにいようと思って」
ああ、またか。この家の夫は家族、特に妻に対して暴力を振るうと聞く。かわいそうに。
お大事にね、そう言うしかない近所の人に女も力なく笑った。

🔒悖るひと〜太宰府市・小学生男児殺害事件とその前後〜

まえがき

非常に大切なことであるにもかかわらず、なぜか非常に虚しい印象、響きがつきまとう言葉というものがある。

愛、平和、平等、善意、擁護、共生……

実現できれば、こういったものだけでできている社会なら世界なら、どんなに素晴らしいだろうか。

しかし人は間違える。愛を、善意をはき違えて暴力となる。平等を求めて諍いが起きる。擁護や共生を望んで、命を落とす。

そんな間違いを犯した人に必ずついて回るこの言葉について。

更生。

【有料部分 目次】
遺体

逮捕
動機
過去
精神年齢4歳〜5歳
15年後
それまで
暴力の家
少年院での出来事
疼き
出所の日の家
逃れられない
更生

特集:昭和は遠くなりにけり~4つの昭和の事件~

私は昭和49年生まれ。ど真ん中とはいかず、すでに終盤に差し掛かったころの生まれです。
記憶にあるのは、とにかくみんなよく働いた時代ということ、テレビや雑誌などのマスコミは権威を振るい、正直なんでもありな時代。
勢いがありました。

一方で、昭和60年代というと、昭和天皇のご容態が連日報道される中、近く訪れるであろう「代わる日」に、なんとなく恐怖感にも似た暗い気持ちを持っていたようにも思います。

事件も、昭和の終わりは暗いものや衝撃的なものが多いように感じます。コンクリ事件もそうですね。

昭和の日を過ぎてしまいましたが、私の大好きな昭和の終わりに起きた事件を4つご紹介します。

ちなみに、ひとつは過去に有料記事として書いた「一人で死ね、は暴言か~道連れにしたがる人々~」内の記事とリンクしています。

なーんにも考えてない男~大阪・義姉殺害死体損壊事件~
禁断の死出の旅路~福島・男女服毒心中事件~
🔓The Killing Fields~秦野市・カンボジア難民一家殺害事件~
怨焔~大胡町・不倫仲裁逆恨み隣人焼殺事件~

どうぞお楽しみください。

🔓The Killing Fields~秦野市・カンボジア難民一家殺害事件~

病院にて

「あ!ソウカンさん、旦那さんが来てくれたよ」

秦野市くず葉台病院305号室。
3人部屋の病室で談笑していた入院患者が、一人の女性にそう声をかけた。
部屋の入り口には、女性の夫の姿があった。
女性は26歳のカンボジア人で、夫と3人の子供とともにこの病院の近くの住宅で暮らしていた。
持病が悪化したことから外科手術を行うために、女性は数日前からこの病院に入院していたのだ。

同室の患者らは、気をきかせて病室を出た。
直後、病室から身の毛もよだつような凄まじい叫び声が上がった。
職員らが駆け付けると、病室のドアにカギがかかっていて開かない。しばらくすると、先ほどの夫がゆらりと病室から出てきた。
周囲の人々はその姿に息をのみ、微動だに出来なかった。夫の手には、血塗れの包丁が握られていたのだ。

夫が出ていったのを確認して、急いで病室へ入ると、そこには血だらけで息絶えた女性の姿があった。

【有料部分 目次】
事件
インドシナ難民
日本社会
5月30日事件
ほころび
その日
衝撃の判決
ムアンの過去
根本
心の扉
結局、利用する