Evil and Flowers~新居浜・両親殺害事件⑤~

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見過ごされた境界知能

有家医師は剛志の知能指数(IQ)について、73という指数であると鑑定した。
専門医が行う鑑定であるから信頼性は高いに間違いはないが、問題はこの73という数字だった。
知能指数は平均値が100で、85以上の人が知能的に問題のない範囲とされる。
一方、69以下の人は、その数値に応じて軽から重度の知的障害と判定され、その度合いによっては福祉手帳などを持つことが出来る。
50~69の場合は軽度(精神年齢は小学校高学年から中学生程度)、35~49の場合は中度(精神年齢は5歳から8歳程度)、20~34の場合が重度(精神年齢は3歳以上5歳未満)、そして19以下の場合は最重度として精神年齢は3歳以下とされる。

しかし現状において、IQ50-69の範囲の人は青年期で判明することが多く、福祉の支援を全く受けていない人も相当数にのぼるといわれ、さらにその上の、いわゆる「境界線上(ボーダー)」のIQに相当する人に至っては、そもそも知的障害ではないため支援の対象ですらない。
剛志の場合はこのボーダーと診断された。
剛志がボーダーである特徴として、「嘘のレベルが低い」ということも挙げられた。
捜査段階での取り調べのビデオを見た有家医師は、
「他人、たとえばAさんを巻き込みたくないがために嘘をついている場面があった。しかし、調べればすぐわかるようなもので、自己弁護の際にみられるような複雑さはない。」
と話し、そのうえで面談での剛志が嘘を言っていると感じたことはない、と説明した。

剛志本人にはボーダーであるという自覚は全くなかったが、高校受験で普通課程の高校を受験したにもかかわらず落ちていることを考えると、多少勉強が苦手だったことは事実だろう。
もちろん、高校の偏差値レベルも関係するし、県立を落ちて滑り止めの私立へ、というのはごく普通の話である。
ただ、剛志の場合は滑り止めの私立を受験すらしていなかった。そして、流されるように定時制高校へ入学しているのだ。
この時、両親と何の相談もしていなかったという。私も高校受験など自分も経験したし、親の立場でも経験しているが、親子間で何の相談もない、勉強が苦手にもかかわらず私立も受けない、そんな事ってあり得ない、普通は。
愛媛は田舎なので、本人が希望すれば普通課程の高校へ進学することはそんなに困難ではない。どんなクソヤンキーでも、それに対応する私立がある(少年院と揶揄されるところもあるよ)し、そもそも松山市内の進学校を除けばどの高校も定員割れで、よほどのことでもない限りは滑り止めと併願すればどこかには受かる。定時制を選ぶのは、他校の退学者、高校へ行きなおしたいとか、芸能活動や家庭の事情で働く必要がある生徒など理由のある生徒がほとんどだ。

剛志の場合は特にそういった理由もなく、ただ行き場所が無くなったことでの選択だったように思える。
そして親にとっても非常に大切なことであるはずの
子供の高校進学ということについて、高平家では重要視されていなかった。いうまでもなく、剛志が境界知能であることも見過ごされた。

しかし一方で、中学の頃に嫌がる剛志を無理やり塾へ通わせている。大手の塾ではなく、昔で言う寺子屋的な個人の塾だったようだが、そこで剛志の成績が上がることはなかった。
やめることが出来たのは、剛志が訴えたからではなく、「成績が伸びなかったので親が諦めた」からだった。
この時点で、剛志に対するなにかを、両親はあきらめたのかもしれない。しかしそれが、別の角度からの剛志への執着、束縛へ変化したのかもしれない。

適応障害

有家医師は剛志が適応障害を発症していたと証言した。
適応障害とは、ストレスとなり得ることが起きて一か月以内に発症するとされ、それはおよそ半年ほど持続するという。
しかも剛志の場合はそのストレス因が複数重なり、足し算されているような状態にあった。
有家医師は、その中でも「職場での孤立」と、「不倫相手であるAさんとの交際がうまくいかないこと」が強く作用していたと話した。
実は剛志は、会社で孤立していると思っていた。証言をした上司のゴウダさんらは、相談にも乗り、無断欠勤などを起こした際も厳しい処分にはせず、見守るような態度で接していた。
しかし、剛志は無断欠勤事件以降、会社での同僚らの視線を気にしていた。それ以前も、剛志は仕事内容を覚える際にメモを取るなと言われたことを苦にしていた。
有家医師によれば、剛志は「結果をイメージして物事を組み立てることが恐ろしく苦手」だという。そのため、もし職場での作業についてそのようなやり方、手順を求められていたとしたら、それはかなり苦しんだのではないか、と証言した。

ただ、日常生活や恋愛においては特に問題が起こるようなものではなく、苦手な場所や場面、人に対してそのような症状が起きてくるのだという。
そのため、もう一つのストレス因である「Aさんから別れ」を告げられたことで症状が爆発的に出て、家出、無断欠勤という暴挙(回避行動)に出てしまったのだ。
有家医師は言及していなかったが、剛志が交際相手の妊娠という理由があったとはいえ、きちんと話もせずに家を飛び出して6年間も音信不通だったことも、もしかしたらその当時のストレス要因が両親にあった、とも考えられるのかもしれない。実際、洋子さんに財布から金を抜かれたことが、家を出る意思を固めた要因だと剛志も証言した。

また、剛志の適応障害は希死念慮、いわゆる自殺したいという願望まで引き起こしていた。

剛志は平成30年ころ、会社で寝泊まりしていた時期に、数回自殺を試みている。
ロープを首に巻いてみたり、高い場所へ行って飛び降りようと考えたり、睡眠薬を一箱全部飲む、また、会社で扱っていたチッソを使った自殺も考え、実際にビニール袋を頭からかぶって窒素を充満させる一歩手前までいったという。
さらに、家出中に実家のポストに手紙を入れた。A4用紙6枚におよぶその手紙は、一行目が
「別にこれは遺言じゃない」
という書き出しで始まっていた。
有家医師によれば、実際に自殺、または自傷行為などをしたかしていないかにかかわらず、「遺書」という言葉を使用するだけで、その人の中に希死念慮があるというのは精神医学界では当たり前のことだという。

この時の心情を、裁判で検察官の質問に対し剛志はこう話した。

(検察:なんで手紙入れたの?)
「・・・。・・・書いた時期が・・・そういう、首つったり(自殺のまねごとをする)前だったんで・・・。・・・。書くだけ書いてみようか、と。」
(信用してない相手なのに?)
「信じてない相手になんでそんなことしたのか、自分でもよくわからない。」

ちなみに、この手紙を読んだ両親の反応は、醒めたものだったという。

「心理学の学位を持ってるんですか?」

有家医師は精神科の専門医であるが、剛志と面談した上で、心理的分野からの意見も述べていた。
その理由として、剛志が起こした事件の前後関係、その日の行動を知れば知るほど、「不自然」なのだという。
そのため、精神医学の分野に止まらず、心理学の面からも考察する必要があった、と述べた。
そのひとつとして、剛志が元来粗暴な人間ではない、という点があった。

先にも述べたが、剛志が25年の人生で他者に暴力を振るったのは事件を合わせて5回。
これを多いと見るかどうかは判断が分かれるところではあるが、その内容を見てみると、一方的なものはない。
しかし、5回目に当たる事件を起こした際にだけ、強烈で「異質な」粗暴性が認められた。この点が精神医学の観点からだけでは解明できないと有家医師は述べた。

するとここで突然、検察官が有家医師にこう問い質した。
「先生は心理学の学位を持っておられるのですか」
有家医師は精神科の専門医ではあったが、心理学の学位は持っていないという。お、これがいわゆる相手方が用意した証人に対する「いちゃもん」てやつか!とちょっと沸き立った私だったが、この有家医師は実は検察側が用意した証人だった!
え、どういうこと?

検察はその後も、有家医師の見解や鑑定結果などを細かくとりあげ、それはまるで弁護側の証人が剛志に対して有利な証言をするのを否定するようなやりとりに見えたが、傍聴している身にすれば余計に有家医師の証言に説得力を見出せる結果になった。

さらに話は、クリスマス直前に高平家で起こった、「ある事件」に及んだ。

12月24日のクリスマスイブの日。剛志は乗用車を運転中に追突事故を起こしてしまう。
幸い、大きなけが人は出なかったものの、追突した車には高齢者が乗っており、はずみで別の車も巻き込んでしまって事故としては大きなものになってしまった。

弁護人は、被告人質問の中でこの日のことを訊ねた。(その際、「なんで事故を起こしたんだと思う?」と聞いた後、剛志が沈黙したことで、ついうっかり、「たとえば・・・」と言いかけたところをすかさず検察官が「異議あり!」と言ったのはおぉ・・・と思った。)
「ボーっとしとったというか…前日のこともあったし、自分がボーっとしとった」
この、前日23日のことが、有家医師によれば犯行を引き起こした「可能性がある」というのだ。