涙の土下座とシラケる裁判員~高知・夫ガソリン焼殺事件~

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高知地裁で開かれた裁判員裁判。
被告人は、初公判でその罪を認め、被害者遺族参加制度を利用して法廷にいた被害者の母親に対し、土下座して泣きながら謝罪した。

殺害された被害者の母親は、そんな被告に静かに声をかけた。

「もう、わかったよ。手(顔)をあげなさい。(被害者には)本当に詫びないかんよ。」

泣いて謝罪した被告人を、裁判員らは冷静に見ていた。

こいつ全然、反省していない。

市営団地の火災

平成23年6月7日午前1時50分頃、高知市小石木町にある3階建ての市営団地2階部分から火が出た。
ドンッという大きな爆発音に驚き外に出た住民が見たのは、すでに火が回っていたであろうその部屋と、路上で大声で叫んでいる女性の姿だった。

女性は乳児を抱き、小学生くらいの男の子を連れていたが、その胸に抱かれた乳児はひどいやけどを負っているように見えた。

住民らは119番通報し、その女性と子どもを介抱するなどしていたが、女性は興奮した様子だったという。

その後警察官が駆け付けたところ、ふと、その女性の体からガソリンのようなにおいがした。そういえば火の回りがやけに早いようにも思われた。
女性は火が出た部屋の住民だった。
その後、焼けた部屋からは男性の遺体が出た。
女性から事情を聞いたところ、遺体は女性の夫で、部屋に火をつけたのは女性本人だという。

この夫婦に一体何があったのか。

DV被害者

死亡したのはこの部屋の住人で無職の高橋誠さん(当時46歳)。そして誠さんを殺害したとして逮捕されたのは、誠さんの妻で無職の智美(当時36歳)。

司法解剖の結果、誠さんの死因は火傷性ショック死と判明、そして現場の状況と智美の供述から、誠さんは寝ている間に体にガソリンをかけられ、火を放たれたとみられた。
誠さんは、生きながら焼かれたのだった。

あまりにも残酷な殺害の方法に、当然ながら智美には強い殺意と感情があるように思われた。
智美は当初、台所で火が見えたので子供を連れて脱出した、夫が火をつけた、などと話していたが、その後、「わたしがやった」と自白していた。

動機は?

実はこの団地の住民から、この高橋夫妻について気になる話が出ていた。
夫婦は数年前からこの団地で生活保護で暮らしていたというが、とにかくケンカの絶えない家庭だったというのだ。
2~3年前からは女性の声で、「殴らないで!」「殺される!」などといった悲鳴も聞かれていた。そして、パトカーが来ることも何度もあったのだという。智美とみられる女性が足に大きなあざをこしらえているのを見た人もいた。

さらに、事件の3か月前には智美本人から「夫から殴る蹴るの暴力を受けているので助けてほしい」といった、DV被害の相談が高知南署にもたらされていたのだ。

4月9日に再度相談があったことから、警察は智美と2人の子供を一時保護するように県の女性相談支援センターに通告、その日のうちに母子は県が管理するシェルターへ入居したという経緯もあった。

智美はDV防止法に基づき、誠さんに対し接見禁止の保護命令を求めて地裁に申し立ての準備をしていたというが、自宅に帰りたいという子供たちのことを考えいったん取りやめ、その後自宅へと戻っており、その後は警察への相談はなかった。

しかし近隣住民によればその後も高橋家からは口論の声は聞こえており、事件当日も、次男と思われる子供の泣き声がずっと聞こえていたという。

働かない上に暴力をふるう夫に、すでに愛情は消え失せていたであろう智美は、ガソリンスタンドでガソリン5リットルを入手する。
そして、そのガソリンを憎き夫にぶちまけ、火を放った。

夫婦のそれまで

誠さんと智美は愛媛県松山市に実家がある。

松山市内でフランチャイズのゲーム店を経営していた誠さんは、アルバイトとして雇った智美と出会う。智美は高校中退していた。
その後交際期間を経て、誠さんは高知市内で同系列のゲーム店を始めた。

経営状態は悪くなく、智美と誠さんの関係も良かった。
店長の誠さんは閉店間際に店にやってくるが、奥の事務所で智美とパソコンをいじっていたという。
平成10年ころに2人は結婚。ロサンゼルスで挙式し、羽振りもよかった誠さんだが、その後、誠さんが腰を痛めてしまったことから店の経営が悪化し始めた。同時期、周辺にライバル店の出店が相次いだことも経営悪化に拍車をかけた。
店は続けられなくなり、閉店を余儀なくされ、同時にふたりは職も失った。長男が生まれたのも、おそらくこの頃だと思われる。

腰痛があったことで誠さんはなかなか再就職できなかったという。腰痛のために手っ取り早く輸入につながる肉体労働や長時間の立ち仕事などは難しく、かといって何の資格もない中年の誠さんには、事務職での採用は無理だった。
資格取得などを目指した時期もあったといい、その間、智美はホステスなどをして家計を支えた。

しかし智美自身に水商売の才覚はなく、酒も強くなかったため、高知でホステスは務まらなかった。

経済的に破綻していた高橋家は、生活保護を受け始めた。
この頃から、智美は近隣の人に対してもやや攻撃的な態度をとるようになっていた。
すれ違っただけで、「今、睨んだやろ?」と因縁をつけられた団地の住民もいた。そして、高橋家からも毎日のように口論の声が周囲に漏れ聞こえるようになっていた。

耐えかねた智美は、6月1日の夜中、タクシーで自宅近くのガソリンスタンドへやってきた。そして、ガス欠になったからという理由でガソリン携行缶を借りると、ガソリン5リットルを購入。
自宅で別の容器にガソリンを移すと、携行缶をスタンドへ返却した。

そして6月7日深夜、事件が起きた。

報道でも、高橋家の内情や友美のDV被害は報じられており、思いつめた末の犯行、との見方が強かった。
しかし理由はどうあれ、寝ている夫に火を放ったとすれば正当防衛や過剰防衛は成立しようがない。

さらに、高知地検は送検された智美に対し、鑑定留置を請求。理由としては、智美の供述そして、当初から言われていた誠さんからのDV被害を含め、不可解な点があるというものだった。
地検はそれらを踏まえ、智美の責任能力についても慎重な判断が必要と考えていた。

DV被害を受けていたのは、夫の誠さんの方だったのだ。

妄想性人格障害

平成24年5月から始まった智美の裁判員裁判で、智美は初公判の罪状認否において夫の誠さんにガソリンをかけて焼き殺したことについて間違いない、と認めていた。

検察は冒頭陳述において、腰痛の悪化で働けなくなった誠さんをなじり、その上で誠さんが浮気をしていると一方的に決めつけていたとし、嫉妬が憎悪へと変化して殺害を決意するに至った、と述べた。
一方の弁護側は、起訴前の精神鑑定において智美が「妄想性人格障害」であると診断されたことから、当時心神耗弱の状態だったと主張。
事件直前に誠さんから離婚を切り出されたことで平静さを失い、さらにはケンカの際に誠さんが刃物を持ち出したことにショックを受け、以降「誠さんに殺される」と思い込むようになったと述べた。

法廷には証人として、誠さんの実母のほかに高橋家が入居していた団地の住民の姿もあった。

当初、警察への相談やシェルターへの入居があったことから、智美がDV被害者だとされていたが、その後の捜査で被害に遭っていたのはむしろ誠さんだったことが明らかになっていた。
住民によれば、確かに高橋家からは口論が絶えず聞こえてきていたが、その多くは智美が誠さんを罵倒する声だったという。
もちろん、誠さんが大声を出しているときもあった。が、それは一方的なものではなく、あくまで智美の罵倒に対抗する意味のものだった。
智美は自分でも誠さんを罵倒しておきながら、いざ、誠さんがそれを制止したり、対向してくると途端に『殺される!」などと叫んで被害者アピールを周囲にしていたのだと思われる。

そういう人間は少なくない。自分が加害者でありながら、いざ虐げていた相手が自分を守るために強い態度に出たり、正論で対抗してくると途端に被害者へと立場をすり替える。
相手の言葉尻をとらえて暴言を吐かれたと言ったり、暴力を制止しようと手を掴んだだけなのに「暴力をふるわれた!」などと騒ぎ立てることもある。

誠さんの母親も、事件が起きた年に入ってから、誠さんから智美に暴力をふるわれていると告白されていた。
シャツをめくると、そこには複数のあざがあったという。髪の毛をむしられ、時には噛みつかれることもあったといい、驚いた母親に対し、「誰にも言わんとってよ、またやられるけん……」と肩を落としていたという。

さらに、高橋家は誠さんが家にいる間はカーテンを開けることを許されなかった。理由は、窓の外に女の姿が見えるから、という理解不能なもの。
智美は誠さんがほかの女性を目にすることすら、許さなかった。

これらの証言は、智美が妄想性人格障害であることを裏付けることにもなったが、その責任能力については、検察側は妄想性人格障害については認めたものの、責任能力には問題がなかったとした。

検察は智美に対し、懲役17年を求刑。
しかし裁判員と裁判所は、その求刑を上回る懲役18年の判決を言い渡した。

反省などしていない

閉廷後、参加した裁判員6人全員が記者会見に応じた。
求刑よりも重い判決となった理由は、
①殺害方法の残忍さ
②子供を巻き添えにしている点
③遺族の処罰感情が大きい
④被告人に反省が見られない
であるとした。

その上で、結果として懲役18年が相当という判断になったのであり、検察の求刑を意識した結果ではない、とした。

犯行は確かに残虐非道だった。寝ていたとはいえ、誠さんは生きていた。そこに、突然ガソリンをかけられ、マッチで火をつけられた。名古屋ドラム缶でも三島短大生焼殺事件でも、生きたまま火をつけて殺害するというその殺害方法がいかに残虐かは、このサイトでも伝えていることである。
この、マッチというのも意味があった。智美は公判で、ライターではなくわざわざマッチで火をつけたことに関し、「ライターだと投げると火が消えるから」と話していた。
確実に着火するためには、そして自分が助かるためには、離れた場所から火をつけなければならなかったのだ。それには、マッチが最適だった。

また、子供を巻き込んだ点も重視された。長男に大きなケガはなかったが、次男は重傷だった。しかも、長男に対して事件後に、誠さんが火をつけたと吹き込み、長男自身にそう思い込ませようとするなどの偽装工作に子供を利用していた。
しかし長男は母親の不穏に気付いていた。あの夜、長男は智美に対し、
「これからパパを殺すが?」
と聞いたのだという。

遺族の処罰感情についても、峻烈であるのは当たり前だが、実はこれにも重要な変遷があった。
当初、智美は犯行を認めたうえで誠さんの母親に土下座して涙ながらに詫びていた。そして、誠さんの母親も菩薩かと思うほどの慈愛に満ちた言葉をかけている。殺してやりたいほどに憎くて当たり前の相手の謝罪を一応は受け入れようとしていたのだ。
なのに、最終的に遺族が望んだのは「無期懲役」だった。

なにがあったのか。

智美は遺族に土下座して涙の謝罪をしておきながら、いざ動機などを聞かれると、
「誠さんの暴力に耐えかねた」「子供にまで暴力をふるわれた」「浮気されて追いつめられた」という発言を繰り返していたのだ。

しかも、それらはすべて「ウソ」だった。

そもそも誠さんからの自発的な暴力行為、子供への虐待は認められず、一番の動機とされた浮気についても、その浮気相手に関する具体的な説明すら、智美にはできなかった。浮気相手など存在していなかったのだ。さらに、離婚を切り出されたという事実も、裁判所は否定した。

智美は弁護人から遺族への思いは、などと聞かれると、とたんに涙を浮かべしおらしい態度をとった。
ところがその涙も乾かぬうちに、あたかも誠さんに非があったかのような発言をするのだ。これにはおそらく弁護人も困惑したのではないかと思われるし、ましてや裁判員や傍聴人らの目には、恐怖にすら思えたのではないかと思われる。

そして、公判を通じて裁判員らが思ったのは、

「全然反省していない」

だった。

弁護側は控訴については検討する、としていたが、その後期間内に控訴手続きは取られず、智美の懲役18年は確定した。

思い通りにならないことが、許せない

この事件はYouTubeなどの事件動画でも取り上げられており、そこには智美とされる女性の写真などもある。
ネットで話題の美人妻、とも形容された智美だが、出回っている子供の行事の時に撮られたような写真は確かに色白で儚い印象を抱く。
ところが裁判が始まったころには、いくぶんか肥え、白髪交じりのその姿に儚げな美人妻の面影はなかったという。

智美の事件にはスピンオフがある。

裁判が始まる前、留置されていた高知南署において、ある不祥事が発覚した。
新聞報道によれば、留置管理の業務に就いていた男性巡査部長が、智美に対して不適切な行為があったというのだ。

巡査部長は、自身の携帯電話の番号を書いた紙きれを手渡したり、格子の隙間から手を差し入れ、智美と握手をしたり、指切りをするなどしていた。きも……

美人妻と言われ、当初は夫からのDVを受けていたとされていた智美の境遇に同情したんかいなと思ったら概ねそうだった。
巡査部長は、出所後に自分を頼ってくれて構わないと言って電話番号を渡したのだという。

これが発覚したのは、同僚が見咎めたとかそういうことではない。当の智美が、別の捜査員に対して男性巡査部長からこんなことをされた、と訴えたというのだ。
どんな打ち明け方をしたのかはわからないが、ここに私はこの智美という女のいやらしさというか、本性を見た気がした。
巡査部長はその後、わいせつ目的や暴行に類似する行為ではなかったとしてお叱りと減給と部署移動で済んでいるが、そもそも智美の境遇に同情したのが発端だった。
智美は幼いころ母親から虐待を受けたのだという。そういった生い立ちなのか、それとも誠さんとの事件についてのことなのかはわからないが、少なくとも誠さんからの暴力、浮気は嘘だった。

智美は話を聞いてくれそうな相手に対し、同情をひくような話(作り話)をしていた、ということだ。そしてそれに成功したのに、今度はその相手のことを告発する……

自分で発端を作っておきながら、智美は何がしたかったのか。
単にこの男性巡査部長が思いのほかキモかった、だけかもしれないが、もしかすると何かにこいつ使えるかも、という思いがあったのでは?とも勘ぐってしまう。
もしくは、自分を愛してくれていると妄想したか。
ところが男性巡査部長はあくまで境遇に同情しただけで、憔悴している(ようにみえた)智美が自殺しないよう、勇気づけるためにしただけのことだったとしたら、智美にとって前者ならば利用価値はないし、後者ならば裏切り、侮辱ととったかもしれない。
智美は判決で、そもそもの動機の根底に他人(ここでは夫である誠さん)が思い通りにならないことが許せないという自己中心的な考えがある、と指摘されている。

嫉妬型の妄想性人格障害は、時に症状として暴力を伴うという。
智美は巡査部長の言動の中で、気に入らない、思い通りに事が運びそうにないという「見切り」みたいなものをつけたのかもしれないと感じた。
そうなれば、怒りとなって相手に向かう。相手を破滅させなければ気が済まない、そんな本性があるように思えた。

あの日の夜、誠さんにしたように。

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参考文献

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