田舎の復讐劇、その顛末~愛媛・給食農薬混入事件~

昭和62年5月25日

「なにこのみそ汁……」

給食当番の生徒がみそ汁の容器のふたを開けた時に見たのは、いつもよりもやけに緑がかった色をした不気味なみそ汁だった。
担任の女性教諭もそれを確認、しかし特に異臭などはしなかったことと、具材にわかめが入っていたことから、
「わかめの成分が溶けたんやない?」
ということで、そのみそ汁は生徒全員に配られた。

クラスは全部で42人。みそ汁は配られたものの、女子生徒らの多くは気持ち悪がってそれを残した。

翌日、午前の授業中、そのクラスの男子生徒が腹痛を訴えたのを皮切りに、同じクラスの生徒が次々と体調不良を訴え始めた……

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もうひとつの団地の事件~高崎・小2女児殺害未遂事件~

平成15年夏

終業式間近の7月15日夕方、学校を出るのが少し遅くなった少女は、自宅がある市営団地の階段を上っていた。
1階と2階の踊り場に差し掛かった時、不意に背後から左腕を掴まれ、少女は驚いて振り向いた。

「なにもしないから。おうちってどこ?団地の子?」

腕をつかんでいたのは、見知らぬ男だった。
無言で腕を振りほどこうとした少女は、突然足に痛みを感じ、悲鳴を上げた。

少女の太ももにはひっかき傷のようなものが出来ており、悲鳴に驚いた男はその場から逃げ、黒い自転車で逃走していったという。
幸い、傷は浅く出血もなかったが、警察では傷害事件として捜査を始めた。
警察の調べに、少女は「若い男の人」と話していた。
捜査は続けられていたものの、それ以降、手掛かりはつかめていなかった。

ふたたびの、事件

高崎市内の県営団地の一階で暮らす女性は、玄関の外で何やら声が聞こえることに気付いた。
立ち話でもしているのかと思った矢先、女性の耳にはっきりと
「助けてください……」
という言葉が飛び込んできた。しかも、その声の主は子供のようだった。
慌てて玄関ドアを開けると、そこには小学生くらいの女の子が、お腹を押さえて横向きに倒れていたという。
「どうしたの!!」
女性が抱き起そうとすると、その女の子のおなかには、ナイフが深々と突き刺さったままだった。

女性が119番通報し、駆け付けた救急隊員らが女の子を運ぶ際、お腹に刺さっていたナイフが抜け落ちた。
その刃渡りは10センチ。救命にあたった医師らによれば、傷口から刃物はまっすぐに差し込まれており、かなり深い傷だったという。出血の量もおびただしく、もう少し通報が遅れていれば、命にかかわったということだったが、幸い、女の子の命は取り留められた。

女の子は、高崎市立矢中小2年でこの県営団地に住む大石綾乃さん(仮名/当時8歳)。医療関係者の母と、5年生の兄との3人暮らしだった。
この日は塾へ行った帰りで、一人で団地へと戻ったところだったようだ。

救急隊員らが、刺した人物について「知らない人?おじさん?」と聞くと、綾乃さんは小さくうなずいた。その後、母親に対して「ここの団地の子?」と声をかけられた後、刺されたと話していた。

団地ではこの小学生の幼い女の子が被害者となったことで嫌でも「あの事件」を思い出さずにいられなかった。
ちょうど1年前、高崎市内の別の県営団地で起きた、隣人の男による小1女児殺害事件である。
団地、小学生の女の子、帰宅直前の犯行、犯人は男……。その手口こそ違えど、共通点は多かった。
しかも、あの事件の犯人・野木巨之はすでに逮捕されている。ということは、こんな恐ろしいことをしでかす人間が、野木以外にこの地域にいるということだ。

事件後、地域住民や行政、学校は一丸となって子供たちの安全を築いてきた。それが、またもやもろく崩れ去ってしまった。

そもそも野木の事件の前にも、別の市営団地で小学生女児が襲われる事件が起きて未解決だった。だからこそ、行政はうっそうと茂る団地敷地内の木を伐採し、見通しを確保し、犯罪が起きないような街づくりをしてきた。通学路には20軒以上の「子どもを守る店・家」があった。
学校も地域も、見守りパトロールや防犯意識の啓蒙など、あらゆる手段を講じてきたはずだった。

しかし、野木の事件も、その後の綾乃さん殺害未遂事件も、防ぐことは出来なかった。

逮捕

綾乃さんの事件は、なかなか解決に結びつかなかった。
当初、救急隊員らが「おじさん(に刺されたのか)?」と聞いたことに綾乃さんが頷いた、ということから、犯人像は中年男性かと思われたが、その後綾乃さんが、
「知らない若い男の人」
と証言していたのだ。

県警では延べ4000人に及ぶ捜査員を投入し、聞き込みや現場周辺での検問を行っていた。市民からの情報も100件以上寄せられてはいたが、直接的な目撃証言がなく、捜査は難航していた。

綾乃さんが通う矢中小学校では、年度が替わった4月以降も集団下校を続け、地域の人らの協力を得て見守りの大人もそれに付き添った。

公園で遊ぶ子供はめっきり減り、仕事を持つ親たちは放課後の子供たちのことを思い気が気ではない日々を過ごしていた。

春から夏、そして秋になっても、綾乃さんを襲った犯人はわかっていなかった。

しかし警察は地道な捜査をずっと続けていた。綾乃さんから得た犯人の着衣や特徴から、この時点では犯人は10代ではないか、とあたりをつけていた。
また、綾乃さんの話から得た犯人の人相や体格、着衣などと酷似する人物の目撃証言が複数あがっていたという。
そして、聞き込みを続ける中である少年の存在が浮上していた。
捜査員が、その少年の写真を綾乃さんに見せると、綾乃さんは「この人」と言って泣き出したのだった。

高崎署は12月8日、高崎市内のアルバイトの18歳の少年を綾乃さん殺人未遂で逮捕した。

少年は、職場でストレスを抱えていたといい、人を刺せばそのイライラが解消するのではないかと考え、綾乃さんを刺したと自供。
さらに少年は、平成15年の7月に別の市営団地で起きた小3女児に対する傷害事件についても、自分がやったと認めた。

少年

少年が綾乃さんを狙ったのは偶然だったという。
たまたま通りかかった際、目に留まったのが綾乃さんだった、ただそれだけの理由で綾乃さんをターゲットにしていた。

しかし、その際少年は果物ナイフを携帯しており、綾乃さんを最初から狙っていたわけではないにしても、その日「誰かを傷つける」予定だったはずだ。
9ヶ月もの間、自分を殺そうとした人間が捕まらず、綾乃さんはどれほど恐怖だったろうか。
学校に行けたとしても、友達らの同情や興味に満ちた視線に苦しんだこともあったかもしれない。
逮捕の報を受け、綾乃さんの母は、
「自分がこのようなことをされたらどう思うか、どんなに痛くて、苦しくて、怖かったかを考えてから、ああした地に謝っていただきたい。罪を償い、わたしたちの近くには住んでほしくありません。」
とコメントした。

少年ということで、彼の家族や詳細な住所などは明かされていないが、当然地元の人々は知っているだろうし、中には親や少年自身と顔見知り、幼い頃から知っているという人もいるだろう。
これも野木と同じだ。地域社会にずっと暮らしていたいわば隣人が、隣人を理不尽に襲ったわけだ。

しかも少年は、「5年前から数回、この近所で女児にいたずらした」とも供述していた。
県警では、平成12年と13年に、女児が一時的に行方不明になったり、抱きつかれるといった被害は把握していたが、幼い子供相手ゆえ、被害が表に出ていないケースもあったのかもしれない。

そんな中で、平成15年の事件を自白したのだった。

少年は中学を出た後、飲食店などで勤務し、事件当時は自動車整備会社で洗車などのアルバイトをしていた。
雨が降っても合羽を着て自転車で通勤していたといい、無遅刻無欠勤だった。
同僚や上司によれば、勤務態度はまじめだったというが、一方でストレスに弱い、そういう印象もあったという。
たとえば、ミスをすると食事ものどを通らなくなるほど落ち込んだり、ミスが起こった過程を問われると怖気づくのか返事もできなくなり、あげく、そのまま早退したこともあったという。

「人の輪に入ろうとせず、話しかけないと話さない」

少年の印象はこういったものだった。

誰しも他人に話して気が楽になったりするものだが、少年にはその術がなかったようだ。
ひとり胸に抱え込み、それがいつしか解消できなくなってしまったのか。
そんな中、少年は自分より幼い子供に抱きついたり触ったり、といった行為を繰り返すようになる。

中学生になっても、同級生ではなく、小学生ばかりを相手にしていたと話す人もいた。

同居していた家族や少年の親族らも、少年がそこまで悩みやストレスを抱え、自分ではどうすることもできなくなっていたことに気付かなかったという。

卑怯者

少年は逆送の措置が取られ、平成18年1月27日、前橋地裁高崎支部で裁判が行われた。

法廷で少年の母親は、息子の心の苦しみに気付いてやれなかったと涙ながらに証言し、少年も、「一日中事件のことを考えている。なぜあんなことをしたのか。できれば被害者に謝りに行きたい」と口にした。

一方で、綾乃さんのことは「口封じで殺すつもりだった」とも話した。ということは、市営団地の事件でも、刃物を持っていたことを考えれば少女を殺害してもしかたない、そう思っていた可能性もある。

さらに、綾乃さん殺害に失敗したその一か月後には、再びナイフを購入し、また同じことをしようと考えていたことも明らかになった。
考えようによっては、その「再犯」は、綾乃さんに対するものだったともいえる。口封じに失敗しているのだから。
しかも綾乃さんを刺したナイフを買う以前にもナイフを購入しておきながら、別のナイフで綾乃さんを刺したことについて、「最初に買った包丁は刃渡りが短く、これじゃ死なないと思った」とも話している。
一歩間違えたら、綾乃さんは殺害されていたのだ。というか、殺害するつもりだったのだ。

検察がこの裁判で明らかにした少年の犯行は、綾乃さん以外に、平成15年の市営団地での事件のほか、1月に幼稚園児に抱きつくという事件もあった。
全て女児を狙ったことについては、「自分より力がないと思った。」と話した。卑怯極まりない。

弁護側は「勉強ができない自分を恥じ、対人恐怖症なうえ職場ではいじめに遭っていた」とし、情状面に訴えた。

検察は再犯の可能性を視野に入れ、長期的な矯正が必要であるとし、懲役5年以上10年以下の不定期刑を求刑、これに対し、前橋地裁高崎支部は、懲役5年以上7年以下の判決を言い渡した。

他人を痛めつけてスッキリする人たち

少年の心理として、抑圧された感情を全く無関係の自分よりも明らかに弱い人間を痛めつけ、不快な思いをさせることで解消するというものがあった。
少年のように実際に人を刺す、といった、命を奪うようなことは極端だとしても、私たちの周囲にはそういった感情は蠢いている。

ネットで見ず知らずの人の、自分とは何の接点もない人のちょっとした落ち度をあげつらい、執拗に攻撃を繰り返す人、それに便乗する人、いいねをする人、みな、程度は違えども、他人を攻撃することで自分の中の不満を解消しているのではないか。断っておくが、ここでいうのは批判ではなく「反撃のしようのない、一方的な攻撃」についてだ。

私自身もそうだ。自分の心に余裕があったり、うれしいことがあればそんなことはしようとも思わない。が、日常のちょっとした軋轢で心がささくれているとき、他人の落ち度や普段なら笑って許せる間違いなどがやたらと目につく。時には幸せそうな人を見ただけでも「不謹慎だ」といういちゃもんが心に沸くこともある。

そういう時は危険だ。

少年は、危険だと気づく間もなく、ストレスや不満が次々と心にのしかかったのかもしれないし、少年ゆえに未熟さもあったと思う。が、その結果は重大であるし、決して謝って許されるようなことではない。

では、私たちのやっている「他人を間接的に攻撃する」ことは?もとは同じ心理ではないか。手段が違うだけで、私たちも他人の心をメッタ刺しにしていることがあるのだ。

高崎市内で未解決だったいくつかの幼い子供への卑劣な事件は解決したが、もしかしたらいまだに言い出せないまま、心に傷を抱えている人もいるかもしれない。
少年もすでに新しい人生をどこかで生きていると思うが、どうか二度と卑怯な自分に負けず、絶対に忘れないでしっかり生きてほしいと思う。

情けない男のメンツ~勝浦・隣人女性殺害死体遺棄事件~

平成13年9月

千葉県勝浦市の山林で、その山林の所有者が巡回中に白骨遺体を発見した。
遺体は女性で、服は着ていたが靴を履いていなかった。
服はパジャマにカーディガンのようなもので、発見時の状況から県警捜査一課と勝浦署は女性が事件に巻き込まれたとして捜査を開始した。

司法解剖の結果、死因の特定は断念され、死後半年以上経過、としかわからなかった。
現場は勝浦市と大多喜町の境に近い山中で、近隣の自治体から家出人届はでていなかった。

女性は40歳から50歳くらい、身長1m50㎝から1m60㎝と発表された。
勝浦署のサイトでは特設ページが解説され、歯型の公開もされたが、1年経っても有力な情報は得られていなかった。

身元判明

事件の進展がない中、平成15年5月になってとある女性が失踪しているという情報が入った。
公開されていた発見時に着用していたミッキーマウスのパジャマに見覚えのあった人がいたのだ。

失踪した時期も遺体の死亡推定時期と合致しており、その後の歯型、DNA鑑定で女性の身元が判明した。遺体は、千葉県夷隅郡大原町日在の和田啓子さん(当時39歳)。和田さんは借家に一人で暮らしていた。
和田さんの行方が分からなくなったのは平成13年の1月で、スーパーで働き始めた直後のことだったという。
家財道具もなにもかもそのままで、飼っていた犬まで置いていなくなった。
ただ成人女性である和田さんの行方を必死に捜す人や、警察に届け出るほどの人はいなかったとみえる。

近所の人によれば、和田さんは明るく、あいさつもしっかるする人で、借家を放り出していなくなるような人ではないということだったが、実は近所の人らが和田さんを捜さなかったのには理由があった。

和田さん宅の隣に住む住民が、
「和田さんは家賃が払えないから出ていくと言っていたよ、犬の世話を頼むと言われている」
と話していたのだ。

犯人逮捕

遺体の身元が和田さんだと判明して10日、千葉県警捜査一課は市原市に住む男を殺人と死体遺棄容疑で逮捕した。
男は和田さんの隣に住んでいた、あの住人だった。

さらに別の窃盗事件ですでに逮捕されていた、男の10代の息子二人が事件に関与していることも判明。
和田さんとこの親子の間に何があったのか。

それまで

逮捕されたのは市原市の土木作業員、田村和弘(仮名/当時52歳)と、長男(当時18歳)、そして次男(当時17歳)。
3人が日在の借家に暮らしていた平成10年5月頃、隣に一人暮らしの女性が越してきた。これが和田さんだった。
気さくな人柄の和田さんはすぐに和弘親子とも打ち解け、良き隣人として生活していたという。
当時和田さんには内縁関係の男性がおり、その男性と同居し始めて以降も和弘親子との関係は良好だった。
時には男性も交えて一緒に酒を酌み交わし、仕事の愚痴や子供のことも話し合える仲だったという。

しかし平成11年1月、その和田さんの内縁関係の男性が交通事故で死亡してしまった。
和弘は意気消沈する和田さんを慰め、買い物に付き添ったり食事を共にしたり、隣人として支えになろうとしていたという。
当然、男やもめの和弘は若い和田さんに対して恋愛感情も抱いていたというが、男女の関係にはなっていない。

その良き隣人としての関係は、突如崩れ去ることになる。

平成13年1月、和弘は用事でもあったのか、和田さん宅の玄関ドアをいきなり開けたという。その際、たまたま外出しようとしていた和田さんが転倒してしまった。
この時はすぐさま助け起こし、念のため病院に行くよう伝えて終わっていたが、直後から和田さんの態度が変わった。

豹変した隣人

顔を合わせれば、病院の治療費がかかると話し、そのたびに和弘は贖罪のつもりで8000円~1万円程度を和田さんに手渡すようになった。
しかしそれは延々と続き、さすがの和弘も断ることもあった。
すると和田さんは激高し、「馬鹿野郎!そんなことが言えるのか。いつ金を返すんだよ!」と和弘を罵ったという。

実は以前、和弘は少額ながら和田さんから借金をしていた。それの返済が済んでいなかったのか、はたまた互いのなにか勘違いがあったのか、話の着地点は見いだせなかった。

和弘はそういった点で負い目もあり、その後も和田さんの要求に応じることもあったというが、今度は和田さんがその額を上げてきた。
1回に10万から30万円と、どう考えても法外な治療費を請求するようになったという。
和弘はようやくここで、和田さんは自分をカモにしている、と思うようになる。

和田さんの要求は執拗だったといい、和弘は払う意思が歩かないかは別にして、先延ばしにすることで和田さんからの「口撃」をかわす日々だった。

平成13年1月29日、この日はすでに別の場所で暮らしていた16歳の長男が遊びに来ていたため、次男とともに3人でドライブに出かけることになった。
3人が表に出たところ、和田さんが立ちはだかった。

父親の威厳

和田さんが近づいてきたため、和弘は車から降りると、和田さんは
「金出来たんか、ふざけんな。約束はどうなった。バカ野郎」
と、あたりもはばからず喚いた。
さすがに頭にきた和弘が言い返すと、和田さんは「ふざけんな!」というと、和弘の顔を拳で殴った。

それは、16歳と当時15歳だった和弘の子供らの面前で行われた。それは、和弘の理性を吹き飛ばすに十分な行為だったのだろう、和弘は和田さんの首を両手で締めあげた。

和田さんはもがいて抵抗したが、和弘はやめず、あろうことかその光景を見ていた15歳の次男に加勢するよう頼んだ。
この次男にとって、和田さんと父親はどう映っていたのか。次男は和田さんの体を抑えつけ抵抗を封じると、手近にあったロープで父親とともに和田さんの首を絞めた……

和田さんが動かなくなった時、父と子の間でどんな会話がなされたのか。
殺害行為には加わっていなかった16歳の長男ともども、結果として3人は共謀して和田さんの遺体を車に乗せ、かねてからの予定通り、少し出発は遅れたものの「ドライブ」にでかけたのだった。

隠ぺい工作

殺害自体は、咄嗟の出来事だったのだろう。
しかしその後の親子の行動は明らかに隠ぺいであり、綿密な計画があった。
和弘は先述の通り、大家に対し和田さんが自発的に出ていったように装い、自身は犬の世話をするなどしてただの隣人を装った。
自転車をわざわざ駅前の駐輪場まで持っていったり、携帯や洋服も一部処分し、自発的な出奔と見せかけた。
しかし一方では、和田さんの家財道具を持ち出して自分が使用したり、和田さんの借家を家族に使わせるなどしていたという。

大家も和田さんがいなくなったことで家賃のことを気にはしていたが、勝手に解約もできず、また、それまでも家賃は遅れ気味だったこともあってそのままにしていたようだった。

裁判

裁判で検察は、偶発的な犯行とはいえ、隣人の小柄な女性の首を絞め挙げ、あげく当時15歳の息子にそれを手伝わせるなどといった行為は言語道断とし、懲役15年を求刑。
長男と次男は、すでにそれぞれ保護観察処分と中等少年院送致が決まっていた。

平成15年11月19日、千葉地裁の金谷暁裁判長は、
「被害者の言動に問題が全くなかったとは言えないが、かといって殺害に結び付くほどのこととは到底言えず、短絡的な動機に情状酌量の余地は乏しい。
遺体を山中に埋めるなど死者を冒涜する犯行であり、さらに犯行後の被告人の言動は罪に対する自覚や自責の念がうかがわれず、上場も芳しくない」
とし、和弘が遺族に何ら慰謝を講じていないことも含めて、懲役13年の判決を言い渡した。

和弘は事件後、間がない頃はビクビクもしたであろうが、遺体が発見されなかったことや、発見されたのちも身元判明に時間がかかったことでどうやら調子に乗っていた節があった。

家財道具を無断で使用したり、といったことのみならず、犯行を飲み屋で吹聴していたのだ。
ただこれは信じた人がいなかったのか、またはこの男にそんな大それたことが出来るはずがないと元々思われていたのか、通報した人はいなかったようだ。

二人の息子も、その後高校へは行かず働いていたとはいえ窃盗で逮捕されていることを見れば、真っ当な生活を送っていたとは到底思えない。
息子たちについては、親子の情からやむなく追従したに過ぎないとされたが、はたしてそれで片付けてよかったのか、とも思う。

和田さんはなぜ、仲の良かった和弘に態度を豹変させたのか。
きっかけは和弘が和田さん方の玄関ドアを勝手に開けたことでケガをしたことではあるが、この状況も実際よくわからない。
いくら仲の良い隣人とはいえ、勝手にドアを開けるというのはいささか度が過ぎているようにも思う。
ましてや、和田さんは女性の一人暮らしだ。

こういう、和弘の無神経さがかねてより和田さんの心を傷つけていた可能性はないだろうか。
裁判では和田さんにも落ち度があったとはされたが、殺されて何か月も一人寂しく山の中で朽ち果ててなければいけないほどの落ち度であったか。

しかし和弘にとっては、それに値するほどのことだったのだろう。
15歳の息子に手伝ってもらわなければ成し遂げられなかった殺人。
父親としての威厳を傷つけられたというが、その威厳とやらを見てみたいものだ。

 

🔓殴り殺された父の「悪行」~四街道・実父撲殺事件~

取調室にて

「なぁ、本当のこと話してくれんか。」

四街道署の取調室では、刑事がこう問い続ける日がもう一週間以上も続いていた。
それでも、目の前の少年は頑として、当初の供述を変えようとはしなかった。

「人を殺しました。友人の父親です。凶器は近くの池に捨てました。」

捜査員らは納得しかねていた。この目の前の少年が、「友人の父親」を殴り殺したというのが、どうにも理解できなかった。そもそもの動機も、「友人の父親に冷たくされたから」。なぜそんな理由で人を殺そうという判断になるのか。

千葉県四街道市で起きた殺人事件。
この事件の裏には、というか、この事件は起こるべくして起こった事件でもあった。

【有料部分 目次】
事件発覚
報道
長男
父のそれまで
子供たち
父と子と、その友達
支配
審判
レイプ
少年たち

🔓蠢く隣人~高崎市・女児殺害事件~

法廷にて

前橋地裁高崎支部。この日、とある裁判の第5回公判が開かれていた。
幼い児童を殺害したとして殺人の罪などで裁かれている被告に、検察官よりある要望が投げかけられた。
その瞬間、それまでうなだれていた被告の男は、弾かれたように態度を豹変、感情を爆発させた。

「あの子たちを処分することは!私の子供を殺すかのようなものだ」

被告の男は号泣、その後も「くそっ!」などと感情を吐露し続けるそんな男の態度を、傍聴席の遺族は一瞥し、法廷を後にした。

事件概要

平成16年3月11日、群馬県高崎市北久保町の豊岡小1年、浜名愛さん(当時7歳)が、下校後に行方が分からなくなっていた。
愛さんは4年生の兄と両親の4人で県営団地で生活していたが、その日、同じ団地に住む同級生とともにエレベーターに乗った後、自宅に戻らなかったのだ。
防犯カメラには6階でまず同級生が降り、その後自宅のある10階で降りる愛さんの姿が映っており、以降、愛さんが団地から出る様子は映っていなかった。時刻は午後2時35分。
その一時間後に母親からの通報で、捜査員らが状況から団地内を捜索を開始、同時に学校関係者や保護者には電話連絡網で愛さんの行方不明が伝えられていた。

その日、愛さんは水色のフリースに紺色のキュロット、靴はピンク。
その姿を、外出先から車で戻る途中の母親が目撃していた。友達と元気に下校する娘の姿を、母親が見間違えるはずもなかった。
先に帰宅し家事をしながら、母親は玄関ドアが開き、「ただいま」といつものような愛さんの声が聞こえると思っていたが、気が付けばやけに時間が経っていた。
ひとりではなかったし、この年頃の子は遊びながら帰ってくるもので、階段を上がるだけでも遊びに変えてしまうこともよくある。

それにしても、遅かった。

母親は一緒にいた6階に暮らす同級生宅に電話を入れた。愛さんが遊びに行っているかもしれない。しかし、その同級生はとっくに帰宅しており、愛さんとはエレベーターで別れた、と話したため、すぐさま警察へ通報したのだった。

警察では状況から、愛さんは団地内にいる可能性が強いとして、片っ端から団地の住人宅を捜索。
そして、午後5時半。捜査員が愛さん宅の隣の部屋の住人に話を聞いていた時だった。
応対した母親(当時48歳)が、仕事に出かけている息子に連絡し、何か知らないかと尋ねた際、「事情を知っている」と息子が話したのだ。

そして、午後7時すぎ、勤務先から帰宅した息子とともに部屋を捜索したところ、息子の部屋の押し入れから、愛さんを発見したのだった。
愛さんはゴミ袋に入れられており、すでに死亡していた。

【有料部分 目次】
隣家の男
報じられない犯行内容
地域の衝撃
張本人からのアドバイス
心のよりどころと応報
母の思い