忘れないで〜生きた証⑬~

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大竹美咲ちゃん(千葉県松戸市:当時2歳/平成19年1月21日死亡)

平成19年1月12日早朝。千葉県松戸市胡録台を走行していた男は、車内にいた女の子に対してその腹部を激しく殴打した。
理由は、お菓子をこぼしたから。
女の子はわずか2歳。その顔や体にはすでにいくつものあざができていた。
18日、自宅にて片付けをしないなどと言われ再び腹部を強く殴打された女の子は21日になって激しい腹痛を訴え病院に搬送された。女の子の小腸には穴があき、腹膜炎も起こしていた。

そして、女の子は短い一生を終えた。

死亡したのは松戸市東平賀の大竹美咲ちゃん(当時2歳)。
美咲ちゃんは母親と2人で暮らしていたが、平成18年の7月頃からそこに新しく母親の交際相手の男も暮らすようになっていた。
警察は美咲ちゃんの体に多数のあざが認められたことから母親と内縁の男に事情を聞いたところ、いうことを聞かないと痛い目に遭うということを教えたつもりだった、などと暴行を加えたことを認めたため、美咲ちゃんに対する傷害の容疑で2人を逮捕した。
逮捕されたのは美咲ちゃんの母親で無職の大竹菜々(仮名/当時24歳)と、その内縁の夫で無職の吉野洋平(仮名/当時24歳)。
捜査の過程で、美咲ちゃんに対する虐待は管轄の柏児童相談所も把握していたことが判明。美咲ちゃんは平成16年の12月に新宿区の駐車場に停められた車の中に置き去りにされているのを新宿署員が発見、保護していたことから児童相談所では菜々と洋平に対して育児についての面談を行ったという。その後、12月14日と平成17年の1月16日にも家庭訪問するなど接点を持っていた。
しかしその5日後に、美咲ちゃんは命を落としてしまった。

県警捜査一課と松戸東署は洋平に対し傷害致死で再逮捕、その後千葉地検松戸支部はまず洋平を傷害罪で起訴、ただ母親の菜々については処分保留で釈放した。

千葉地裁松戸支部で開かれた公判で、洋平と弁護側は暴力を振るったことについては認めたものの、傷害致死については否認した。
実は美咲ちゃんの死因は嘔吐物を詰まらせたことによる窒息死となっており、洋平のふるった暴力と美咲ちゃんの死についての因果関係が成立しない疑いがあるとして否認したということだった。弁護側は、搬送された美咲ちゃんに対して十分な医療行為が行われていなかった可能性も主張していた。

洋平は最初から美咲ちゃんに暴力的だったわけではなかったという。平成18年の5月頃から交際を始めた菜々との関係が、11月頃になるとギクシャクし始めた。
その不満や苛立ちを、まだ2歳の美咲ちゃんにぶつけたのだった。2歳といえばほとんどの子供が親の言うことなどろくに聞きもしなくて当たり前であり、片付けやお行儀なども教えたってまだまだできなくて当然の年齢だ。
しかし洋平は片付けをしないとか、お茶をこぼしたとかそういった些細なことを理由づけして美咲ちゃんに暴力を振るっていた。そして母親の菜々がそれに気づくと今度は菜々に対しても髪の毛を掴んで引き倒すなどの暴行を加えたという。

小さな美咲ちゃんの体はあざだらけ。目の周りにも殴られた形跡が残り、体には皮下出血の痕が残されていた。

美咲ちゃんが搬送された際、洋平もそこにいて医師から事情を聞かれていた。しかし虐待が露見するのを恐れた洋平は、美咲ちゃんの容態について詳しく説明しなかったという。そのせいで、美咲ちゃんは必要な検査などを受けるのが遅れた。弁護側が主張していた十分な医療行為を受けられなかったというのはそもそも洋平に隠蔽の意図があったからだった。

千葉地裁松戸支部の伊藤正高裁判長は、美咲ちゃんの死と洋平の暴力について因果関係を認定。求刑懲役10年に対し、懲役8年を言い渡した。
洋平は美咲ちゃんへの暴行を繰り返すうち、美咲ちゃんの具合がどんどん悪くなっていることに気づいていた。それでも暴力を振るうのをやめられなかった。
一方で、事件直前に面会していながら後手に回ってしまった柏児童相談所に対しても批判があった。新宿での保護によって都の児童センターからも連絡を受けて、この手のケースでは結構迅速な対応をしているように見える(美咲ちゃんは一旦施設に保護されていた)が、実際には右目付近に内出血の痕が見られたにも関わらず、洋平の「階段から落ちた」という嘘を鵜呑みにしてしまった。
相談所所長は早期の対応が必要とは考えていたがここまで緊迫していたとは見抜けなかったと話しているが、もう何回それを聞いただろうと虚しい思いもある。

母親の菜々のついては処分保留となったものの、たとえ自分も洋平からの暴力を受けていたとしても顔にあざができた幼い娘をなんとか守ろうとは思えなかったのか。
救える機会は複数あった。自分で逃げることができない美咲ちゃんは、死んでその苦しみから逃れるしかなかったとしたら、あまりにも酷い。

光中翔ちゃん(岡山県倉敷市:当時4歳9か月/平成19年1月3日死亡)

病院に搬送されてきたその子供は全身がずぶ濡れだった。目立った外傷などはなかったがすでに心肺停止状態、しかも口の中に何かがあった。
通報してきたのは母親。子供が誤飲し意識を失ったという内容で、ずぶ濡れだったのはその異物を吐き出せるために風呂場で水を飲ませるなどしたためだという。
その子供の口の中にあったのは、大量の「七味唐辛子」だった。

搬送されたのは倉敷市の光中翔ちゃん(当時4歳9か月)。搬送後、翔ちゃんが暮らしていた団地の住民から「搬送された子どもは直前に母親から大声で叱られていた」という内容の通報もあったことから、警察が母親から事情を聞いたところ、母親は暴行を認めたため暴行容疑で逮捕した。
が、それはこの日のことではなく、半月ほど前の出来事についてだった。
後に母親は保護責任者遺棄と傷害致死でも再逮捕、起訴されることとなる。

逮捕されたのは母親の無職・光中美恵(仮名/当時31歳)。
新聞報道によると美恵には翔ちゃんのほかに8歳の長男の存在があったというが、当時長男は施設で生活していた。事件現場となった住まいには3~4年ほど前に越してきたというが、これまでに何度も何度も幼い兄弟が虐待を受けているのを近隣住民らは見ていた。
兄弟ともに顔が変形するレベルに腫れあがっていたり、平成16年には虐待通告を受け倉敷児童相談所が兄弟を一時保護していたが、1か月後に翔ちゃんだけが家に帰された。理由は、兄への虐待の方がひどかった、とのことだったが、その後は翔ちゃんに対してもエスカレートしていったとみられる。
叱り方が尋常ではない、夜間に子供を屋外に放置している、顔に傷がある、裸で外に放り出されているなど、児童相談所への通告も5回に及んでいた。

逮捕容疑となった12月の事件の際は明け方の4時にアパートの廊下でひとりうずくまっている翔ちゃんを見かけた近所の男性に対し「お母さんに家を追い出された、目を叩かれて痛い」と翔ちゃんが訴えたため、「お母さんに怒られる」と渋るのを説得して自宅で保護。
男性によればその日以外にもほぼ毎日のように翔ちゃんを怒鳴る美恵の声が聞こえていたといい、日常的に虐待されていたと思う、と話していた。
さらに同じ12月中には翔ちゃんの首に痕が残るほどの強さで絞める暴行も加えていた。

司法解剖の結果、翔ちゃんの死因は七味唐辛子が気管支を詰まらせたことによる窒息と判明。七味唐辛子は肺の中にまで達していたという。検察は3グラム近い七味唐辛子を子供がいたずらで自発的に口に入れることは有り得ないとし、また司法解剖の結果や医師の判断などから七味唐辛子を無理矢理飲まされた「可能性」が高いことから美恵を傷害致死でも再逮捕、起訴した。

裁判では12月の夜に翔ちゃんを屋外に放置した保護責任者遺棄については認めたものの、その他追起訴されたもの(傷害致死、暴行)すべてを美恵は否認していた。
1月3日、確かに美恵はおやつを勝手に食べた翔ちゃんをかなりきつく叱ったという。その後、仕事の疲れもあってこたつで転寝をしていたが、その時翔ちゃんはべそをかきつつもおもちゃを片付けるなどしていた。
ふと美恵が目を覚ますと、翔ちゃんの姿が見えず、どこからかうめき声のようなものが聞こえたことで翔ちゃんの様子がおかしいことに気づき、口の中に大量の七味唐辛子が入っていることに気づいたのだという。
なぜ七味唐辛子があったのかについては、その日残り物の年越しそばで夕食をとっておりその際に使用した七味唐辛子が翔ちゃんの手の届く場所に置いてあったということだった。
弁護側は翔ちゃんがそれまでにもいたずらをして周囲の気をひくことがあったとし、この時も母親の気をひこうとわざと七味唐辛子を口に入れた可能性を主張。さらに理由は定かではないが偶然に中ブタがはずれていたことで、本来なら少ししか出ないはずの七味唐辛子が一気に喉に流れ込んだ可能性を指摘した。
加えて、鑑定医らが七味唐辛子を口に無理やり流し込んだとしてもその後手で鼻や口を抑えるなどの行為があれば気管支や肺にまで到達する可能性があるとした点に触れ、そうならば翔ちゃんは激しく抵抗したはずなのに、翔ちゃんの口周辺も美恵の腕などにも圧痕や外傷などが一切ないことから無理やり流し込んで口と鼻を抑え込こんではいないとし、さらにはそもそも翔ちゃんに対して家の外に出すといった行為(保護責任者遺棄)はあっても首を絞めるなどの身体的な虐待を加える動機がないとして傷害致死と暴行罪について無罪を主張した。

美恵は一貫して首を絞めたり七味唐辛子を無理矢理飲ませたりしていないと主張していたが、岡山地裁の高山光明裁判長は首を絞めたこと、七味唐辛子を無理矢理飲ませたことを認定、懲役7年の求刑に対し懲役4年6月を言い渡した。

弁護士らは会見を開き、裁判長に対してかなり強い批判を繰り広げた。たしかに物的証拠も目撃情報もないケースであり、合理的疑いの余地があるかないかは裁判所の判断にゆだねられていたが、大原則である推定無罪が機能していないというのが弁護側の憤りとなった。

美恵はその後最高裁に上告まで行ったが、平成22年1月、最高裁は上告を棄却し美恵の有罪は確定した。

地元のテレビ局がこの事件について当時関係者らに取材したものを放送していて、それを書き起こしたサイトが存在している。著作権的に問題がありそうなのであえてこちらで引用はしないが、そちらのサイトの内容によれば美恵に対する評価は必ずしも悪いものばかりでもなかったという。
特に、5年以上にわたって美恵の心の支えになり続けていたという女性心理士は、美恵は気が強い一方で他人の目を気にしていたのでは、という話をしている。
大柄だったという美恵は声もでかいのだという。大きな声の人はそれだけで威圧感があるものだ。さらに、岡山という土地柄、方言も特にきつく聞こえた可能性もある。また顔も、スナップ写真を見るとパフィーの吉村由美似でヤンキー顔というか、気の強さを感じさせる。
加えて、美恵は家よりも外、他人がいる場所の方がその叱り方が大袈裟になる傾向があったという。そうすることで「きちんとしつけている」ということをアピールしようとしていたのでは、というのが心理士の見解だった。
習い事もたくさんやらせ、幼稚園の送迎や行事への参加はきっちり行っていたという。翔ちゃんの出来ることが増えるとそれはそれは大喜びしていたという。

これに対して翔ちゃんも嬉しそうに応じていたようだ。美恵にダンスを見せてみろと言われれば喜んで踊り、美恵が笑うと嬉しがった。

美恵と翔ちゃんがよく利用したタクシーの運転手も、美恵は常に翔ちゃんを連れて出かけていたといい、人前に子供を連れ出すことはそもそも愛があるからすることだと、美恵を擁護していた。
(※印象としてこの放送自体が美恵の立場寄りというか、弁護側に沿った内容に思えたことは付け加えておく)


唐辛子を口に入れたのは誰か~倉敷男児窒息死~2009年4月20日放送~
制作 瀬戸内海放送

一方で美恵は虐待を受けて育っていたという。母親に引き取られたものの、激しい虐待を受けて育っていた。自分は絶対にそうはならないと美恵は思っていたようだが、そもそもまともな親というモデルを知らない美恵に、「普通の子育て」は困難だったのかもしれない。
可愛がり方、愛情の注ぎ方も正直独特だった。美恵は一時期、翔ちゃんをまるで女の子のように育てていたという。長く伸ばした髪は金髪と言えば聞こえはいいが、まだら染めというか虎柄というか、とにかく「おかしい」ヘアスタイルだった。また、服装についてもピンク色を好んで着せ、幼稚園に入るまではスカートを履かせていた。ふたりでピースサインをしている写真の中の翔ちゃんは、おさげ髪にも見える。
ペットのように、自分の思い通りにさせることで満たされていたのか。
そしておそらく翔ちゃんは幼いながらも自分がどう振舞えば美恵が喜ぶのかを知っていた。だから、傍目には仲の良い親子と映る時もあったのかもしれない。

12月の保護責任者遺棄に問われた事件のきっかけは、翔ちゃんのある突飛な行動が引き金だった。
その日、アルバイトに出かけるために同じアパートの友人に翔ちゃんの世話を頼んでいた。するとしばらくしてメールが来て、翔ちゃんが自宅からなんと生肉を持ってきたというものだった。驚いた美恵は、友人に対して「(翔に)殺すって言って」と返信したという。そのお仕置きが外に放り出すというものだったのだが、翔ちゃんにとったらこの行動も美恵の気をひくためのことだったのかもしれないし、もしかすると自分の分の食事を気にして家から持ち出した可能性もある。4歳(実際は4歳9か月)でもいろんなことに気を使ったりすることは十分あり得るからだ。

しかし美恵はそういった子供の突飛な行動の背景を考えることは出来なかったのかもしれない、自分が母親にわかってもらえなかったように。

12月の首絞め事件についても美恵は否定したが、裁判では証人が呼ばれた。
翔ちゃんの幼稚園時代の同級生の母親だった。美恵とは親子ぐるみで遊びに出かけるような仲だったというが、その母親が首のあざを見ていた。
さらに、どうしたのかと美恵に尋ねたところ、美恵自身が「言うこと聞かんから手で絞めた。目が充血するまで絞めてやった」とあっけらかんと答えたというのだ。

さらに食事に出かけた際も、おでんについているからしを箸につけ、翔ちゃんに「食べてみい」と食べさせたり、寿司屋でワサビだけを食べさせたことがあると話していたことも明かしていた。
これが事実なら、美恵がどれほど否定しようとも七味唐辛子の件ももしや……と言いたくもなる。
裁判では救急隊員も七味唐辛子の空きビンがフタどころか中ブタまできちんとはまった状態で台所に置いてあったと証言した。パニック状態の中で、はずれていたはずの中ブタまではめ直すもんだろうか。
しかし美恵は最後までやってないと言い切った。やってないことで刑務所に入るくらいなら死刑にしてほしいと最終陳述で述べるほどだった。

実は令和になってこの美恵にばったり出くわしたという人がいる。
その人によれば、全然反省していない、という印象を受けたとのことだが、なにをもってそう思ったのかがわからないために何とも言えない。

真実はもはや美恵しかわからない。もしかすると、もう本人にも本当のことは分からなくなっているのかもしれない。

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参考文献

読売新聞社 平成19年3月19日、21日、9月4日東京朝刊、平成19年1月4日大阪夕刊、1月5日、6日、3月8日、5月23日、6月9日、平成20年8月27日、11月28日、平成21年1月10日、平成22年1月28日大阪朝刊
産経新聞社 平成19年11月20日東京朝刊
毎日新聞社 平成19年1月5日大阪朝刊

テレメンタリー2009「唐辛子を口に入れたのは誰か~倉敷男児窒息死」 (瀬戸内海放送)

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