放浪家族の子殺しのはて~福井・次女虐待死体遺棄事件②~

ホテルでの出来事

会社の専務に問い質されたことで、勝浩は薫にさらなる嘘をつく。
「ヤクザが会社に来ている、ここにいるとまずい」
追い立てるように妻子を自分の車(ワゴンR)へ押し込むと、勝浩はそのまま逃げた、かと思いきや、金沢市内のプールがある宿泊施設へ向かう。
逃避行のわりに呑気だなおい、というツッコミは置いといて、とりあえずそこで子供たちを遊ばせた。
当然、体中に痣があった加奈ちゃんを水着にするわけにはいかなかったが、勝浩と長女、三女はプールでひとしきり遊んだようだ。

そこの宿泊施設には泊まれなかったため、家族は子連れで泊まれる場所を探し彷徨う。
その日の午後10時半ごろ、たまたま通りがかった野々市町内のラブホテルにチェックインした。

勝浩だけでなく、全員が疲れ果てていた。社員寮での暮らしは決して落ち着いたものではなく、言葉もしゃべれない幼子の中で、勝浩も薫も心も体も休まらなかった。
子どもたちとて同じである。夏の暑い盛りに、二週間も狭いトラックの中での生活を強いられ、子どもたちのストレスも極限状態だった。
風呂に入って疲れを癒し、とにかく眠ってしまいたかった。
長女、長男、三女を風呂に入れ、加奈ちゃんの番になった。何が気に入らないのか、加奈ちゃんは風呂場で泣き始める。
また始まった。この子はどうしてこういうことを聞かないんだろう、わざとやっているのだろうか。
勝浩の心の中で、加奈ちゃんに対してはっきりと憎しみがわいていた。

いつものように、加奈ちゃんが嫌がることをすれば泣き止むかもしれないと考え、風呂場で加奈ちゃんにシャワーを浴びせ続けた。
しかし、加奈ちゃんはさらに激しく泣き叫び、収拾のつかない状態へと陥っていく。
黙らせなければ。せっかくチェックインできたのに、こんなに泣き叫ばれたら隣室からクレームが来るかもしれない。
勝浩は黙らせたいがために、加奈ちゃんの口元へシャワーを押し当てた。
苦痛と恐怖でさらに泣き叫ぶ加奈ちゃんに業を煮やし、勝浩は加奈ちゃんの髪の毛をつかんで抱えると、湯船に頭から押し込んだ。
泣く気力も失った加奈ちゃんを見て、ようやく静かになったと思った勝浩が、薫にいって加奈ちゃんの体を拭かせ、服を着せた。
しかし再び加奈ちゃんが泣き始めたことで激高。服を着たままの加奈ちゃんの頭から洗面器で湯をかけ続けた。
それでも泣き止まないため、オムツ姿にしたうえ、寝室に放置する。
勝浩はもう限界だった。自分のことを全力で棚の上にあげて、すべての怒り、苛立ちを加奈ちゃんにぶつけた。

そしてそれは、薫も同じ思いだった。

日が変わった頃、勝浩は加奈ちゃんを風呂場へ連れて行くと、拳で頭部を複数回殴打、そして浴槽内に俯せにすると、その肩と腰を抑えつけ、加奈ちゃんを浴槽内に沈めた。
それを見ていた薫は、苦しさで体を反らし、なんとか顔を上げて息をしようとする娘の頭を抑えつけ、数秒間ずつ湯に沈める行為を繰り返したのだ。
暴れていた加奈ちゃんは、次第にその力を失っていった。

虐待者による蘇生術への評価

9月3日午前零時半。
風呂から引き揚げて床に放置していた加奈ちゃんの鼻から、白く細かい泡が流れ出ていることに気付いた勝浩と薫は、ようやくただ事ではない事態に気付く。
勝浩は心臓の音を確認するなどしたものの、呼吸もないことで動揺する。自分がしたことを忘れたかのように、人工呼吸や心臓マッサージを施した。
しかしすでに死亡していた加奈ちゃんには、無駄なことだった。

ここで、虐待者による蘇生術について考えてみたい。
というのも、令和元年9月17日に懲役8年を言い渡された目黒の虐待死事件の被告、船戸優里被告の裁判で、弁護側の証人として出廷した白川美也子医師とわたしのTwitterでのやり取りで気になる点があったからだ。
白川医師は、優里被告と結愛ちゃんの絆の深さ、二人ともが被害者だった、極限の中で二人助け合っていたとTwitterで述べていた(現在は削除済み)。
全く理解できない私が、リツイートの形で「美談にするな」という趣旨の発言をしたところ、白川医師からコメントが来た。
「美化はしていない、しかし事実として、命が消えようとしている娘の脳に最後まで酸素を送り続けるために優里さんは心臓マッサージをなりふり構わずし続けていた(削除済みのため要約)」
とあった。死ぬなんて思わなかった証拠だと言いたかったのか、この白川医師の言葉通りの場面を思い浮かべると、確かに助けようと必死になった母親というものが浮かんでくる。

しかし、実際にはこうだった。
現場に到着した救急隊員は、裁判でその時の様子を聞かれ、
「取り乱す様子もなく淡々と」優里被告が蘇生術を施していたと証言している。
20年以上現場で勤務する救急隊員と、現場もみず、弁護側の証人としての白川医師の言葉と、どちらが本当の光景なのかは、わかりきっている。
私が「美化するな」といったのはこういうことである。全然違うやん。

このように、虐待者が行う蘇生術をことさら加害者に有利に評価するのはやめたらどうか。
このサイトでも取り上げた広島の二児虐待でも、加害者は2時間にわたって蘇生術を施した。
しかし、その後はどうだったか。山にゴミ同然に捨てたのである。
目黒の事件でも、雄大被告が119番通報したためすぐに救急隊員が駆け付けたが、もしも119番していなかったら、おそらくこの後どうするかといった話し合いがもたれたであろう。そしてもしかしたら、どこかに捨てに行ったかもしれない。

勝浩と薫もまた、加奈ちゃんが生き返らないと悟ったあとはどうやったら罪を隠蔽できるかの話し合いを持った。
勝浩は当初、加奈ちゃんを病院へ運ぼうと提案したが、却下したのは薫だった。
「逮捕されるかもしれないからそれはダメ」
そして、どこかに捨てることで一致したのだ。

遺棄、そして

午前3時過ぎ、加奈ちゃんに服を着せた後、一家は再び彷徨い始める。
目的地はなかったが、目的はあった。加奈ちゃんを捨てる場所を探すためだった。

富山方面へ向かった一家は、途中、小矢部市内の空き地で加奈ちゃんの遺体を黒いビニール袋に入れ、さらに持参していた手提げバッグに入れるとワゴンR助手席の足元に押し込んだ。
ホテルを出た際には、勝浩が加奈ちゃんを助手席に座らせていたという。
以降は薫が助手席に座り、遺棄する場所を求めて福井方面へと車を走らせた。
途中、ふと、加奈ちゃんが薫の実家を気に入っていたことを思い出し、薫の実家の裏山はどうかと話し合い、一旦薫の実家へと向かった。
しかし、その場所は薫の実父が出入りする場所であること、おそらく人目にもつきやすいであろうことで断念、再び福井方面へと走った。

9月4日、運転し通しで疲労困憊だった勝浩は、福井県南条郡の道の駅「河野」で仮眠をとったが、その際、薫は道の駅の駐車場から日本海に面した崖に、大きな樫の木を見つけた。
樫の木の根元は洞穴状になっており、周囲には茂みがあることから遺棄する場所に適していると判断、勝浩とともにその場所に加奈ちゃんの遺体を遺棄した。

それ以降の一家はさらに混迷を極めた。
加奈ちゃんを遺棄したことでひとつ荷が下りた(?)わけだったが、住む場所がない一家は、犯行の発覚を恐れ、各地を車で転々とする放浪生活に陥っていた。
当初はホテルなどの宿泊施設も利用できていたが、そのうち生活費にも事欠くようになっていく。
そこで思いついたのは案の定というかそれしかないよなというか、窃盗からの換金だった。

平成12年の9月初旬から、平成13年の4月までの間、一家は北陸、東北地方を転々とし、同年12月には勝浩の免許の有効期限が切れた。
無免許運転を続けるしかなかったが、翌年1月、ワゴンRが故障してしまう。そこで、薫の免許証を使用してレンタカーを手配し、冒頭の高速での逮捕に至るまで放浪し続けたのだ。

検察は、加奈ちゃんに対する蘇生を試みた点で殺人罪には問えないとし、傷害致死、死体遺棄での起訴となった。

裁判所は、実両親による虐待ということ、事件発覚を免れようとするためだけに我が子の遺体を遺棄したこと、当初事故死であったかのような嘘をついたこと、2歳4か月という幼い娘に長期間与えた苦痛は、加奈ちゃんにとってふたりは親ではなく、冷酷非情な鬼であったと言っても過言ではないと強い言葉で非難した。
一方で、5歳を筆頭に3人の子がおり、勝浩の両親がその養育をしていること、勝浩の父親、および薫の母親が二人の更生に尽力する旨誓っていることなどをあげ、勝浩に懲役5年6月、薫には懲役5年を言い渡した。
二人には同等の罪があるとしながら、勝浩の無責任な行動を重く見て差をつけたとしている。

刑は確定した。

虐待死は殺人ではないのか

虐待案件で殺人罪が適用されるのは多くない。法律上、致し方ないことだとは思う。
殺意の認定は厳しく見なければならないし、そこに情状面も絡んでくれ場より慎重であるべきだとは思う。
しかし、相手が幼い子どもである場合、同じにみていいのだろうか。
体力的にも、精神的にも小さな小さな命である。その小さな命に向けられるのは、大人に対するそれと同等の暴力である。簡単に死んでしまうのは誰にでもわかることではないのか。
いわゆる未必の殺意を認定した広島の二児殺害はレアケースなのかもしれないし、厳罰化したところでそもそも虐待するような奴はもれなくバカなのでそんな事すら頭にないんだろうけれど、それでもここまで幼い命が犠牲になる事件が多いと、子供に対する大人の暴力は厳しくしなければいけないのではないかと言いたくなる。

さらに言えば、子どもを殺した親に、ふたたび子育てをさせようとする動きも理解できない。
どんな事情があっても、殺さない、多くの親は殺さない。そんなこと考えもしない。
その一線を越えた人間は、本来もう親には戻れないし、そもそも親になってはいけなかったのだ。
誰から生まれたかが大事なのではなく、誰に、どう育てられるかが大事なのだ。

母に諦められた幼い命~広島・二児虐待死体遺棄事件~

平成12年10月末

広島東署。
その日、一人の女が知人に付き添われて警察署へ被害届を出しに来た。
知人の説明によると、女の交際相手であった男から、金品を脅し取られているということだった。
署員が調書をまとめていると、その知人は続けて驚くべき話をし始めた。
「この人の二人の子供の姿が見えない。もしかしたらその男に殺されてどこかに捨てられているのかもしれない」
突飛な話に驚く署員をよそに、母親であるその女はあまり口を開かなかった。
警察は、まず被害届を受理した恐喝の容疑で、広島市中区在住の男を11月28日に逮捕、その後の取り調べで男が
「1年前、(被害届を出した)女性の長女と長男を虐待したら死んだので、山に捨てた」
と供述したことから、呉市内と安芸区内の山中を捜索。
12月1日、それぞれの場所から二人の遺体と思われる頭骨やその他の骨片などが発見されたのだった。 続きを読む 母に諦められた幼い命~広島・二児虐待死体遺棄事件~

母に諦められた幼い命~広島・二児虐待死体遺棄事件②~

6歳児の命乞い

9月26日、午前零時。
この日、慶樹くんは夕食を食べることが出来ていた。しかし、それが鷹尾は気に入らなかった。
「腹が膨れとるじゃないか!」
そういって約30分にわたって殴る蹴るの暴行を加えた。慶樹くんは何度も何度も、「ごめんなさい」と口にしていた。
大の字に倒れこんだ慶樹くんに、なおも「はよ立て!」と命令し、慶樹くんが何とか手で体を支えながら立ち上がると、鷹尾は大型のスポーツバッグ(底の幅33センチ、高さ33センチ、横幅73センチ)と、黒色のゴミ袋を持ってきた。
そしてゴミ袋をスポーツバッグの中に広げて入れた上で、「汚いけぇ、よういらわん(触れない)」と言って、慶樹くんに自らその中に入るよう命じた。
よろよろしながらも、言われるがままに慶樹くんがゴミ袋の中で正座すると、鷹尾はファスナーを閉じ、自分らが寝る布団の脇に置いた。
その後、横になっていると、バッグの中から何の音もしないことから、ファスナーを開けて「死んだふりか!」といったところ、慶樹くんが指を出してきたことに気付いた。 続きを読む 母に諦められた幼い命~広島・二児虐待死体遺棄事件②~

母に諦められた幼い命~広島・二児虐待死体遺棄事件③~

量刑不当

判決が言い渡されたその日、傍聴席には何とも言えない空気が覆いかぶさっていた。
広島地裁の田辺直樹裁判長が、慶樹くんと祥子ちゃんの味わったこの世の地獄、そして離れ離れの山中で白骨化したことへの思いを述べる一方で、殺意を認定せず傷害致死として求刑をはるかに下回る判決を出したことへの違和感も漂っていた。 続きを読む 母に諦められた幼い命~広島・二児虐待死体遺棄事件③~

暴力夫を餓死させて晴らした妻の怨~四日市・痛風夫餓死殺害事件~

平成17年月23日夕方

近鉄四日市市駅にほど近い交番に、女が訪れた。
応対した署員に対し、付き添いの親族とみられる人に支えられながら、女は自宅で夫が死亡していることを伝えた。

県警四日市南署員が女とともに堀木2丁目の自宅アパートへ向かうと、玄関からは異様な臭気が漏れていた。

付き添ってきた親戚によれば、この女から夫が死んでいると電話を受け、驚いて一緒に交番にやってきたという。
夫は長年通風を患ってほぼ寝たきりだったというが、女は
「昨日普通に話したのに、朝になったら死んでいた」
と話した。

しかし、現場を確認した誰の目にも、夫が死亡したのが今朝ではないことは一目瞭然であった。 続きを読む 暴力夫を餓死させて晴らした妻の怨~四日市・痛風夫餓死殺害事件~