🔓死刑と無期のはざまで~石垣市・小学生殺害事件/鹿沼市・幼児女子高生殺害事件~

まえがき

死刑、その是非は日本国内のみならず、世界中で議論され続けていること。
死刑そのものがない国もあれば、日本同様、死刑を行う国もある。
死刑を執行するたびに、日本は世界中の死刑反対団体などから抗議を受け、国内でも人権団体や法律家による講義が行われるが、正直、それが何か影響しているかというような印象はない。

確かに国家による殺人と言われる死刑について、本当にそこまでしなければならないのかは、死刑囚と近い人間(個人的な繫がりのみならず、刑務官や弁護士など職務上つながりのある人を含む)であればあるほど、複雑な思いも抱くだろう。遺族の中にも、死刑に否定的な方すらいる。

しかし一方で、被害者遺族のみならず、家族からも「殺してくれ」と言われてしまうような、正直救いがたい罪を犯してしまった人もいる。
さらに、一度死刑判決を受けたものの、控訴審、上告審において無期懲役となって死刑を免れる人もいる。もちろん、その逆も。

昭和の終わりに起きた、二つの許し難い犯罪について、その後の裁判の結末を含め残しておく。

彼らは死刑を免れた。

【有料部分 目次】
鹿沼市の事件
 まさかの犯人
 もう一つの事件
 それまで
 出来のいい隣の子
 踏みつけられた部品
 第2の事件まで
 凶行
 裁判
石垣市の事件
 その日
 男の異常な性癖
 鬼畜の所業
 死亡ひとりでの死刑判決
それぞれの控訴審
 「死刑にしてくれ」といった母
 破棄自判
 解釈
死刑基準

「🔓死刑と無期のはざまで~石垣市・小学生殺害事件/鹿沼市・幼児女子高生殺害事件~」への2件のフィードバック

  1. こんばんは。お疲れ様です。今回も記事ありがとうございます。

    日本は世界各国と照らし合わせても稀に見る人道的な国だと思います。

    死刑廃止、停止を提唱している国は裁判の前にその場で処理している国が多いと思います。8歳の子がポリスに水鉄砲を向けるだけでいきなり発砲射殺ですからね。

    日本は秋葉原事件を例えても何人も殺しその上に警察官に刃物で襲い掛かっても警棒で防御ですから。しかもそんな輩にも弁護士がつき精神鑑定士もつき地裁高裁最高裁と三段階で審理もしてくれる。そんなやりすぎぐらい人道的な国だからこそ、死刑は廃止してはならぬと思います。これ以上殺人者を付けあがらせたらもっと大変な事になると思います。

    今回の床屋と沖縄の殺人者が何故死刑にならないのか不思議、と言うかとても憤慨します。永山基準の呪縛をいつまで引き摺っているのでしょう。死刑よりもそっちの方をとっとと廃止にしてらいたいものです。

    1. buhibuhi42さま

      早速お読みいただき、また、いつもコメントありがとうございます。

      人の命を考えた時、死刑についても同様に思います。が、個人的に、故意に他人の命を奪った場合は自らの命で償う、これが最低条件だと思っています。
      しかし現実的に考えて、それはあまりに難しい話ですよね、法律上も。
      であれば、この事件のような残虐かつ、その動機も短絡的で自己中心的なものは、死刑にして「ほしい」と考えます、国民として。

      なにかこう、死刑にしないで済むような理由付けを、この時代の裁判所は探していたのかな、そんなふうにも思いました。

      亡くなった容枝さん、弘樹くん、そして奈美紀ちゃんの魂が安らかであることだけを祈ります。

buhibuhi42 へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です