妻だけを生かした一家皆殺し男の「本音」~中津川・一家6人殺傷事件①~

2005年2月27日

すぐ目の前に山が迫る岐阜県中津川市・坂下町の「住宅」。
その男性は、なにか心のざわつきを感じながら、勝手知ったる「その住宅」の玄関を開けた。
昼間ではあったが、家の向きの関係で家の中は薄暗く、いつもならば昼間でも電気がついているはずなのに、その日はついていなかった。
この日、男性はインフルエンザで体調がすぐれず在宅しており、実家である「その住宅」に子どもたちを連れて遊びに行った妻の帰りを待っていた。
そこへ、ひょっこり妻の父親が顔を出した。
「下(実家)でみんな待っとるから、行こうか」
小柄でにこやかな義理の父は、いつもと変わらない表情でそう告げ、男性と共に軽自動車で「その住宅」へと向かった。
子どもたちもいるはずの家の中は静まり返り、男性は不安を覚える。背後にいる義理の父に、みんなは?と聞くと、「ばあちゃんの部屋におる」と言うので、その部屋へ向かうが、その部屋は真っ暗で人などいる気配もしなかった。

「Tさん、死んでくれ」

気がつくと、男性は腹部に包丁が刺さっていた。

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妻だけを生かした一家皆殺し男の「本音」~中津川・一家6人殺傷事件②~

束の間の平穏

同居してすぐ、またもチヨコさんは物がなくなったといっては家族を泥棒呼ばわりし始めた。
ただ、その程度であればまだ耳をふさいでさえいればやり過ごすこともできた。
父親が生きていたころは、父親がチヨコさんを諫めたり、原や妻を庇うなどしてくれていたため、同居した当初は一緒に食事もし、家族の体をなしていた。

しかし、父親が他界したのち、その言動は次第に常軌を逸していく。

言葉だけだったチヨコさんの妻に対するいびりは激しさを増した。時には、突然妻の頬を平手打ちするなど、暴力行為にも及び始めた。
通帳がなくなった、服がなくなった、とにかくありとあらゆることで妻を罵倒した。
原が仕事から帰宅すると、妻は部屋で泣いていることが増えた。
子どもたちの教育にも良くない、これでは家庭が壊れてしまうと思った原は、昭和59年頃に神奈川県小田原に住んでいた弟にチヨコさんを託す。
弟は原に比べてチヨコさんの扱いがうまかったこともあり、また、チヨコさんの性格もわかっているためにこれを承諾、月に1~2回は中津川の原宅へ戻るという生活を始めた。

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美女と野獣の成れの果て~館林ストーカー殺人事件~

2014年2月19日。

群馬県館林市小桑原町。
その日は冬空の合間から太陽も見える一日で、新宿二丁目交差点から少し南下したそのディスカウントストアにも買い物客が多く訪れていた。
広い駐車場内の一画に、ポツンと止まる1台の軽乗用車。15時ころ、通りがかった店員が運転席でうなだれている若い女性に気づいた。
寝ているのか?と思ったが、頭と鼻から血を流しているのを発見し、急いで通報したが女性はすでに死亡していた。
女性は、群馬県大泉町寄木戸に住む鈴木千尋さん(26)。3歳の子供の母親であった。

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美女と野獣のなれの果て~館林ストーカー殺人事件②~

再会と200万円

12月に入り、群馬県警は栃木県警から鈴木さんに関するトラブルの引継ぎを行う。
その後、2週間ほど後に実際の住所を把握し、その数日後にようやく鈴木さん本人に安否確認を行っていた。
やけにのんきな対応にも思えるが、鈴木さん自身が警察からの忠告に対し反応が薄かったこと、永井に前科がなかったこと、暴力団員でもなかったことなどからこのような対応であったのだろうと推測する。
現に、鈴木さんは12月の終わり、なんと永井と直接面会している。
これは永井による申し出であったが、本来はストーカー規制法に引っかかるため会えないはずだが、「金銭トラブルを解決するため」という永井の方便によって、警察も許可せざるを得なかった。
鈴木さん自身も、お金である程度解決できるならばやむなしとも考えたのだろう、父親同伴で佐野市内の飲食店で永井と対面している。
その際、警察によって永井は身体検査も受けており、鈴木さんとしても今日こそは別れ話に決着をつけたい、そんな思いで臨んだ話し合いだったが、決裂した。

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