親父〜尾鷲市・少年による父親殺害事件〜

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「最近、父ちゃんどうしてる?姿を見んけれど」
不意に声をかけられた少年は、
「父さんは家出したみたいで……家に帰って来んのです」
と答えた。
この借家には少年とその父親が暮らしていた。アル中で仕事もろくにしない近所でもいい評判のないその父親。一家の家計はこの少年が遠洋漁業に出た稼ぎで賄われていた。
どこかで野垂れていなければいいが。そう思いながらも、むしろあの父親はいない方がこの少年にとってはいいのかもしれない、そんな思いを抱きながら住人は少年を見つめた。

しかし父親は実は家にいた。正確には、殺害されて床下に埋められていたのだった。 続きを読む 親父〜尾鷲市・少年による父親殺害事件〜

片隅の記録〜三面記事を追ってpart13〜

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もうひとつの惨劇の朝

立派な木造の家屋が今、焼け落ちようとしていた。呆然と立ち尽くし、我が家が焼け落ちるのをその家の主人はただただ見守るしかなかった。
一体何が起きたのか。
いつもと変わらぬ、普通の日曜の朝だった。朝餉の匂い、近所の畑で野菜をとる人、休日出勤の人々……
少しぐずついた空模様ではあったが、日中は25℃まで上がる予報だった。

しかし今、その日常は目の前の家屋とともに、崩れ去ろうとしていた。

カマ男

平成3年7月14日午前5時45分、埼玉県神川町の農業・奥原実さん(当時70歳)方に男が押し入り、1階の今で書類整理をしていた実さんの背中を持っていた刃物でいきなり刺した。
実さん方には次男(当時37歳)が同居しており、当時は2階の自室でまだ就寝中だったが、父親の悲鳴を聞いて飛び起き階下へと降りたところ、次男も背中などを切られ怪我を負わされた。

実さんは必死に逃げたが、裏の物置で力つき、倒れ込んでいたという。
救急搬送されたが、残念ながら出血多量で死亡が確認された。

男は次男を切りつけた後、その場から立ち去っていた。

その頃、実さん方から少し離れた場所の伊藤茂十郎さん(当時69歳)は、庭先で農作業の準備を始めていた。梅雨があけ、伸びてきた畑の畔の雑草を刈っておかなければならない。伊藤さんは草刈り用の鎌を2本、畑を持っていくために用意していた。
そこへ、ふらりと男が現れた。誰だったろう?見たことはある気がするが。
そう思っていると、男は無言で庭先へ入り込み、用意してあった鎌を両手にそれぞれ持つと、突然伊藤さんに斬りかかってきた。
伊藤さんは身をかわすも額を斬りつけられたが、大きな怪我には至らなかった。

その近くの畑では、主婦の落合芳江さん(当時61歳)が野菜を収穫していた。今日の分の野菜を採り終え、自宅へ戻ろうとした時。
伊藤さん宅から出てきた男が突如襲いかかってきた。芳江さんは咄嗟に近くの落合作治さん(当時58歳)宅に助けを求めた。玄関先に出て気た妻の晴代さん(当時56歳)が助けようとすると、男は2人に襲いかかってきたという。
「お父さん!!!」
妻の叫びに奥から落合さんが飛び出してきた。男が鎌を持っていることに気づいて、玄関にあった孫の虫取り網を構えたという。
男は無言。何も言葉を発しないまま、1分間ほど睨み合った状態が続いたというが、不意に男は隣の家の方へ歩いて行った。
落合さんの次男(当時25歳)がそれを追い、男が隣家へ侵入しようとした際に持っていたゴルフクラブで男の足を叩いたところ、男は立ち去った。

その後、男の行方は途切れたが、すでに警察に通報がなされており、また男の見た目から人物も特定されていた。
男は近くに暮らす当時56歳の無職だった。近所の人らによるとアルコール依存症で入院していたことがあるというが、それ以外にも失恋したことで精神的に不安定になっていたという話もあった。
その後の警察の調べでは、精神分裂病(当時。現在では統合失調症)で入院歴があったことも分かった。

実さんと次男以外は比較的軽傷だったが、最後に男は隣の地区の小学校教諭宅へやってきた。
すでにパトカーのサイレンなどで騒然となっていたため、その家の主婦・茂木美知子さん(当時50歳)も何事かと玄関先に出てきていた。
そこへ、男が現れた。
手には鎌と角材、足元は裸足。そしてその上半身は返り血に染まっていた。
後退りする美知子さんを鎌で切り付けた男は、屋内へ逃げた美知子さんを追って上がり込んできた。そして、出てきた夫の賢さん(当時53歳)にも角材を振り下ろし、2人に怪我を負わせた。
「火、つける」
男の言葉に、賢さんは美知子さんを連れて家を飛び出した。その直後、二階部分から出火。そしてそのまま、木造モルタル二階建ての家屋は瞬く間に炎に包まれてしまった。

男はどこへ……?

男の出現からわずか30分の凶行だった。
実さんが死亡、合計9人が死傷し、1軒が全焼するというあまりにも結果は重大だった。
しかもこの時点で男の行方はわかっていなかったが、のちにその焼け落ちた家の中から、焼死体が出た。
茂木さん方は全員逃げており、となればこの遺体は男のものか。
司法解剖の結果、遺体は9人を襲って火を放った男と断定された。

男は母親と弟との3人暮らしだったが、薬が合わないと不安定になることがあったという。
昭和53年に本庄市内の精神病院に入院して以降、入退院は6回に及んだ。今回は2月1日まで通院しており、家族によれば不安定な様子はなかったという。ただ前日に1合ほど酒を飲んでいたようだ。

男の中に何が起きていたのか。

事件は被疑者死亡で書類送検となった。

手放せなかった母ふたり

令和7年12月、東京歌舞伎町の風俗店所にあった冷蔵庫の中から、ナイロン袋やタッパーに詰められた 嬰児の切断遺体が発見された。
後に逮捕された20代の母親は、出産後に気を失い、気づいた時には明らかに赤ちゃんが死亡していたため、隠蔽するために遺体を切断したと供述。
しかしどこかに捨てるわけでもなく冷蔵庫内に置いたいたことについては、
「傍においておきたかった」
と話した。

福島・田島町の母親

平成16年12月、福島県田島町 塩江(現・南会津郡南会津町塩江)の町道で、うずくまっている女性を通りすがった男性が発見した。
女性は血の気が失せたような青白い顔をし、気持ちが悪いと訴えたために男性は救急車を呼んだ。
ところがその後女性の首などに切り傷があり、「ここへは母親と来た」「一緒に死ぬつもりだった」などと話したため、警察は女性が保護された周辺の山林を捜索したところ、保護された場所にほどちかい林道の入り口付近に中年の女性が倒れているのが発見された。女性はすでに死亡していた。
しかしそれだけでは終わらなかった。保護された女性が、「男児の遺体を持ってきた」とも話していたのだ。警察はさらに付近の捜索を続け、旅行カバンのような物を発見。中には、 赤ちゃんらしき「ミイラ」が入っていた。

福島県警田島署は、女性を母親殺害の容疑で逮捕した。逮捕されたのは埼玉県草加市在住の無職・名嘉山日向子(仮名/当時27歳)。
殺害されていたのは日向子の実母、名嘉山千代子さん(当時51歳)で、死因は首を絞められたことによる窒息だった。
そして、旅行カバンの中のミイラは、日向子が平成13年11月初旬に自宅で出産した子供と判明した。
この田島町は、母親の千代子さんの実家がある町で、現場から実家まではそう遠くない距離だったという。ただ、しらせを受けた実家の親族らは「千代子さんとは何十年も連絡を取っていなかった」と話し、今回日向子と田島へ来たことも知らなかった。

日向子はそれまで実家で両親らと4人で暮らしていたという。どういう経緯かは不明だが日向子は妊娠。千代子さんが日向子の妊娠を知っていたかどうかは分からないが日向子は費用がかかるからと中絶手術をしなかった。
そして日向子が選んだのは、とりあえず産んで生きていれば即座に殺すというもの。
実際に生まれた赤ちゃんは産声をあげる前に母親である日向子によってその首を絞められた。理由は、同居してある父親に知られたくなかったから、というものだった。
赤ちゃんの遺体はそのまま埋めたり捨てたりせず、自宅の引き出しの中にしまい込んだ

その後、千代子さんと日向子の間でどんな会話が交わされたのか。千代子さんは日向子に「一緒に死のう」と持ちかけてきたという。日向子が赤ちゃんの遺体を持ってきていたことからも二人の心中の意思は固かったろうし、長く帰っていなかった田島町へ来ていたことからも千代子さん主導という印象が強い。千代子さんが心中を持ちかけたのも恐らく、娘のしたこととそれをどうすることもできずに来た自責の念からだと見て間違いはないと思うが、結果、日向子は生き残った。
日向子自身も、首を切っていたが死にきらなかった。

福島地裁会津若松支部は、嘱託殺人などの罪に問われた日向子に対して懲役4年を言い渡した。

足立区の母親

平成10年8月6日。警視庁西新井署は次男の遺体を1ヶ月半にわたり放置したとして足立区の飲食店従業員、藤本恵(仮名/当時27歳)を死体遺棄容疑で逮捕した。
死亡していたのは当時1歳の駿也くん。
6日の夕方、近く住んでいる恵の父親から消防に通報があったという。しかしその通報内容は、「娘が帰宅したら娘の夫が首を吊っていた」というものだった。
しかし駆けつけた警察官らが見つけたのは、夫の遺体だけでなく、布団に寝かされた小さな遺体だった。

恵の供述によると、事件が起きたのは6月17日未明の事だったという。眠れずにグズる駿也くんに対し、イラついた夫が殴った。わずか一歳。駿也くんはそのまま死亡した。
大変なことになった、出頭しなければと思ったものの、夫婦には気がかりがあった。長男である。
長男は当時2歳で、7月17日が3歳のお誕生日だった。

なんとかその日まで、家族全員でいたい……

恵と夫は話し合い、長男の誕生日までは駿也くんの死を隠すことに決めた。そして、駿也くんの身体を維持するために氷で体の周囲を冷やし続けたという。
長男の誕生日が過ぎても、決心がつかなかった。夫婦は相談し、近々恵の父親に相談しに行くことにしていた。

しかし、夫はすでに耐えられなくなっていた。自分の下あまりに愚かな行為にか、それとも今後待ち受ける事態にか、あるいはその両方か。
警察は傷害致死と死体遺棄の疑いで夫を被疑者死亡で書類送検した。
恵についての続報は見つけられなかったが、長男の存在や駿也くんを丁寧に扱っていることについては考慮されたと思われる。

三重の逆恨み殺人

平成14年5月28日午前2時35分ごろ、静岡県沼津市の道路わきの空き地で車が炎上しているという110番通報があった。
しかも、その車の脇には体に火がついた状態の男性が立ち尽くしていたという。
男性は救急隊に助けられたが、意識不明の重体となった。何らかの事故なのか?それとも焼身自殺を図ったのか……?
警察が燃えた車を調べていたところ、これが事故や単なる自殺ではないということがわかった。
燃えた車のトランクの中から女性とみられる焼死体も発見されたのだ。

静岡県警沼津署は身元を調べるなど捜査を進めたが、この事件には三重県警から捜査員が派遣されていた。実は27日夜に三重県四日市市内で女性が行方不明になっており、関連性を調べるためだった。

三重の拉致事件

事件は5月27日の午後8時30分ごろ。三重県四日市市小古曽の病院で看護婦長をしている女性がタイムカードを押して退勤した直後、行方が分からなくなっていたのだ。
しかも婦長の軽四自動車近くの地面に血だまりが、さらに座席には大量の血痕が付着した座布団が置かれていた。
警察はその血の量が多いことから早い段階で犯罪に巻き込まれた可能性が高いと判断し、目撃情報や婦長の同僚、家族らから話を聞いていたが、その夜、駐車場近くで午後7時半と8時ころに同じ車が病院職員駐車場入り口付近にいたことが分かった。
中には60歳前後の男で、髪型はオールバックだった。
その場所は、駐車場に車を停めた職員が病院を出た後必ず通る場所だったことから、婦長は待ち伏せされ連れ去られた可能性が高かったし、犯人は婦長と顔見知りの可能性も高まった。
そして浮上したのが、一人の男の存在だった。

それは、婦長の姉の夫だった。

DV

トランクで焼死していたのはその後の司法解剖でやはり亀山市在住の婦長・今村礼さん(当時53歳)と断定された。
今村さんはまじめで人当たりがよく、患者からも「優しい婦長さん」と評判だった。会社員の夫と義母との3人暮らし。近所の人の評判も良く、加えてとてもきれいな女性だったという。
忙しい日々の合間の休日には近くで暮らす娘さんの家へ出向き、孫を連れて買い物に行くなど私生活も充実していた。

しかし今村さんには実は悩みがあった。それは、姉夫婦のことだった。
今村さんの姉は千葉県鋸南町で夫と暮らしていたが、約10年ほど前から夫に暴力をふるわれるようになったという。
あまりにひどい暴力に耐えかねた姉は身を隠すなどしてはいたものの、夫に見つかって連れ戻されることの繰り返しだった。この時代はまだDVに対する認識は甘く、また本人も決心が鈍ったりすることもあったと思われる。
そんな中で姉が頼りにしていたのが、今村さんだった。ようやく離婚を決意した姉が4月下旬に自宅を出たあと、姉の夫からは今村さん宅に「お前たちのせいだ、殺してやる」と書かれた手紙を送りつけられていた。
正しい判断能力を備えていた今村さんは、途方に暮れる姉に対し自分の身を守ることなどをアドバイスし、時には匿ってくれる場所や団体などを調べて紹介していたのだ。

それが、姉の夫の逆鱗に触れた。

被疑者死亡と共犯者

警察の調べで、炎上する車の近くで全身やけどを負ったあの男性は、以前重体で予断を許さない状態が続いていたが、その過程で今村さんの姉の夫と確認された。
燃えた乗用車は姉の夫が14日から28日までの予定で四日市市内で借りたレンタカーだったことも分かった。そして車内からは包丁も見つかっていた。
警察は、自分の結婚生活を邪魔されたと思い込んだ姉の夫が今村さんを刺してトランクに押し込めて拉致、今村さんもろとも自殺の道連れにしたとみた。
姉の夫は事件から11日後、一度も昏睡から醒めることなく死亡した。

一方の今村さんの死は、遺族にとっては非常に辛いものとなった。
大量の出血痕は今村さんが勤務する病院の医師らが命の危険があると危惧するほどだったため、発見された深夜2時の時点ではすでに死亡していた可能性が高かった。
しかし、司法解剖の結果、今村さんの血液に凝固したあとが認められた。これが意味するのは、火を放たれた際、今村さんはまだ生きていたということだ。意識はなかったと思いたいが、今村さんの死因は一酸化炭素中毒だった。

警察は姉の夫を今村さん殺害容疑で被疑者死亡のまま書類送検とした。

しかし事件には謎が残されていた。
今村さんが拉致されたあの時間、目撃された車には実は男が二人乗っていた、というものがあったのだ。
また、姉の夫が事件より前に別のレンタカーを借りていたことも分かっていたが、それを返却したのは姉の夫とは別の男だったという。
さらに、事件後の5月29日。今村さんの自宅に「次はお前の番だ。仲間がいるから放っておかない」という脅迫文が届いていた。消印は沼津。
これを出したのは、死ぬ前の姉の夫なのか?しかしほかに仲間がいると書いてもある……
警察は7月になって、一人の男を今村さんに対する逮捕監禁容疑で逮捕した。
逮捕されたのは茨城県霞ケ浦町の無職の男。今村さんの姉の夫の、弟だった。

当初否認していた弟だったが、その後の調べで兄に脅され今村さんの拉致に手を貸したことを認めた。
弟の逮捕によって、今村さん拉致から殺害までの詳細が明らかとなったが、弟によれば夫婦仲を裂かれたと邪推した兄から、妻の居場所を探るために妹である今村さんを拉致する計画を聞かされた。当初断っていたものの、何度も脅され共謀。兄に言われるがまま、レンタカーを返却したり手助けしたという。
あの日もふたりで今村さんを待ち伏せ。兄が今村さんをこん棒のようなもので殴りつけトランクに押し込める手伝いをした。

何の落ち度もない被害者を逮捕監禁した罪は重いとしながらも、弟も脅されていたことや、傷害行為は兄が行ったことなどを踏まえ、津地裁四日市支部は弟に懲役1年2月を言い渡した。

しかし弟は兄から金をもらっていた。その額、50万円。脅されたからというのとは違うような気もしないでもない。

事件は後味は悪いが一応、終結した。

ただ個人的にもう一つ疑問がある。
姉の夫は、妹である今村さんを利用して妻の居所を知ろうとしていたのではないのか。だから弟を巻き添えにして待ち伏せまでして拉致したのではないのか。
怒り、怨みで殺してやろうと思ったのなら連れ去る必要はない。連れ去ったのは理由があり、妻の居場所を吐かせたかったからに思えるのだが……。
しかも火を放った時、今村さんは生きていた。妻の居場所を聞き出せたから用なしと判断した、あるいはすでに死亡していると誤認したのかもしれないが、なぜその同じ現場で姉の夫も炎に包まれていたのか。憎い相手と同じ場所で死にたいだろうか。
警察は姉の夫の遺書らしきものを入手しており、自殺しようと思っていたのは間違いないと思うが、それは「この場、この時」だったのだろうか。こういうタイプは死ぬ時まで相手を苦しめなければ気が済まないので、憎き相手の目の前でそれこそ焼身自殺や飛び降りなど衝撃的な方法で自殺したりする(海外だと拳銃自殺が多いらしい)。とすれば自殺するにしても少なくとも妻を探し出してからではないのか。

「被害者も加害者も身内。気の毒でかける言葉もなかった」

四日市南署の幹部は読売新聞社の取材にそう語ったという。妻を守れなかったと夫は自責の念に駆られ、妹が自分のいざこざに巻き込まれて酷い最期を遂げることになってしまい、姉の憔悴も相当なものだった。
姉の夫は家族を破壊し尽くした。

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参考文献

日刊スポーツ新聞社 平成3年7月15日
読売新聞社 平成3年7月15日東京朝刊、平成10年8月7日、平成14年7月9日中部朝刊、平成16年12月7日、平成17年1月18日、4月19日、6月7日東京朝刊、
毎日新聞社 平成3年7月15日東京朝刊、平成14年5月30日(山下洋一郎)7月12日中部朝刊、11月5日、12月16日中部夕刊( 嶋野啓二郎)
中日新聞社 平成10年8月7日、平成14年5月28日夕刊、5月29日朝刊、6月6日夕刊
朝日新聞社 平成14年5月28日名古屋夕刊、5月29日名古屋朝刊、

🔓鬼の棲む家part3

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なすり合い~練馬区・2歳男児ゴミ箱虐待死事件~

優しい衣をまとっているような赤ちゃん……
母親は、その子を産んだ時、名をつけた時のことをそう述懐した。予定日より二カ月ほど早い早産で体重2000グラムと小さな赤ちゃんだったが、初めての男の子、かわいくてたまらなかった。
しかし2年後、その子はゴミ箱に閉じ込められ、生ごみにまみれて死んだ。

平成20年12月23日

平成20年12月23日の夕方4時ころ、練馬区のマンションから子供が死んでいるといった119番通報が入った。駆け付けた救急隊員に、通報した父親は「子供がゴミ箱に入り込んで死んでいた」と話した。子供が遊んでいて収納ケースや冷蔵庫や洗濯機などの家電製品に入り込み、そのまま死亡してしまう事故はこれまでにもあった。気の毒な事故だったのか。
しかし通報時、父親は「すでに死後硬直している」と話していた。長時間、幼い子どもから目を離すというのは……捜索願も出ておらず、親が探していたような形跡もなかった。
検視の結果でも、その子供は死亡してからしばらく時間が経っていたのは明らか。事故なのか、事件なのか。
それから7か月後、警視庁は2歳の男児をゴミ箱に押し込んだうえ出られなくしそのまま窒息死させたとして両親を監禁致死容疑で再逮捕した。ちなみに、両容疑者は傷害罪ですでに逮捕起訴されていた。

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週刊事件備忘録~虐待防止月間に寄せて~

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こんにちは。
11月は虐待防止推進月間です。この背景には実際に起きた凄惨な虐待殺人事件があります。
ご存知の方も多いと思いますし、事件備忘録でも取り上げた「小山市・兄弟投げ落とし殺人事件」です。父親と暮らしていた幼い一斗ちゃん、隼人ちゃん兄弟が、父親の知人から激しい暴力を受けた挙句、橋の上から投げ落とされるという信じられない事件が平成16年に置きました。
加害者の男はその後、死刑判決を受けます。しかし、東京高裁へ控訴中、病気で死亡したため公訴棄却となりました。

下山明宏元被告。事件発覚直後、一斗ちゃんと隼人ちゃんの父親が記者会見を行いましたが、それより以前からこの父親と下山元被告との関係などが取りざたされ、取り繕うように行われた会見の内容が想像をはるかに超えるレベルのひどいものだったこともあり、世間は下山元被告のみならずこの父親に対しても怒りを隠せませんでした。
下山元被告にも子供がいました。この事件では、一斗ちゃん隼人ちゃんのほかにも傷ついた子供たちがいたのです。下山元被告の娘は、一斗ちゃん隼人ちゃんが殺害される現場に居合わせていました。幸い、車の中で眠っていたためその現場を見ることはなかったと思われますが、目を覚ました娘は一斗ちゃんと隼人ちゃんがいないことを下山元被告に尋ねています。
その後、事件を取材したジャーナリストの河合香織氏によると、下山元被告の子供たちは姿を消し、それまで通っていた小学校からもその存在すら抹消されたかのような対応だったとのこと。
せめて今、平穏な日々を送っていてほしいと思います。

この事件をきっかけに誕生したのが、オレンジリボン運動です。今も現場に佇む二体のかわいいお地蔵さま。一斗ちゃんと隼人ちゃんを思い、地元の方が寄贈されたものだそうですが、一斗ちゃん隼人ちゃんのみならず、虐待を受けて命を奪われたすべての子供たちをずっと見守っているかのよう。

どんな事情、理由があろうとも子供に暴力をふるったりましてや傷つけ殺害するような人間を私は許しません。どれほど後悔しようともその後の人生が世のため人のために尽くそうとも、子供に死ぬほどの暴力をふるう人間を人間だとは認めません。動物ですらない、人のカタチをしたなにかでしかありません。
しかし、そうやってただただ許さない、責めるだけでは、救える命も救えないのも事実です。虐待をしてしまった人の心、その背景を知ることは、許すこととは違います。知ることと同情、共感は全く違います。
けれど知ろうとしなければ、絶対に「虐待されているのでは?」と思う、気づくことすらできない。だから、様々なケースを知り、その加害者の心を知り、話を聞くことは決して無駄ではないと思っています。

前置きが長くなりました。
今週の週刊事件備忘録は、虐待防止推進月間に寄せて、絶対に救えたはずなのに救えなかった虐待事件を取り上げます。

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忘れないで~生きた証⑪~

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千葉・稲毛区の兄弟(平成15年6月28日死亡/当時6歳と4歳)

平成15年6月28日の夕方、千葉市稲毛区のマンションに住む男性会社員から「子供と妻が刺されている」と119番通報があった。
救急隊と警察が駆け付けたが、自宅内で幼稚園に通う幼い兄弟が腹や顔などを複数刺されており、その場で死亡が確認された。
また、同じ室内にいた母親も手や足に軽いけがをしていた。現場には凶器とみられる刃物が落ちていたが、後の調べでその包丁はその家にあったものだとわかった。
「黒ずくめの男が来て刺した」
ケガをしていた母親は、警察の聞き取りに対してそう答えたというが、押し入られた形跡や争った形跡は見られず、また母親の供述には不自然な点があったことから、警察は慎重に捜査を進めた。

子供たちはほぼ即死だったという。

警察は翌29日、子供たちを殺害したとして、ケガをしていた母親・杉尾真由子(仮名/当時35歳)を逮捕した。
真由子は取り調べで「言うことを聞かないのでつい、カッとなった」と述べた。
ただそれ以外にも育児に悩んでいた様子があり、加えて通院歴があったこと、取り調べでも意味不明の言葉をつぶやくなど危うい様子もあったことで、警察は刑事責任能力についても慎重に調べていた。

その後、検察は真由子に責任能力有と判断。真由子は起訴された。
弁護側は当然、精神状態が不安定で心神耗弱だったとして無罪を主張したが、自分の犯行を隠蔽するかのような供述は善悪の区別があるからこそ出るとして検察は責任能力があると主張して、真由子に懲役10年を求刑した。
平成17年1月28日、千葉地裁は真由子の責任能力を認め、懲役9年を言い渡した。

真由子は夫との間に何らかのトラブルを抱えていたという。離婚問題、とまではいかずとも、また、情状酌量がさほどなされていない点から見ても、夫があからさまな不貞をしていたとか、DVなどの問題があったわけではなさそうだが、真由子は幼い兄弟の子育てでも悩んでいたという。
きっかけは、子供のなにげない「悪い言葉」だった。
あの日、はしゃぎまわる子供たちを静かにさせようと注意したが、子供たちは言うことを聞かなかった。真由子は脅かすつもりで包丁を見せた。しかし子供らは怯えるどころか、真由子に対して「お母さんのばか」と言ったという。真由子の中で何かがキレた。
気が付けば子供らに馬乗りになり、体を刺していたという。

「お母さん、ごめんなさい」
6歳の長男は涙を流してそう言い、息絶えた。

安部憂那ちゃん(福岡市古賀市・平成15年11月18日死亡/当時生後5か月)

親はあまりにその精神が幼かった。
福岡地裁は幼い長女を殺害した親に対し、懲役7年を言い渡した。
長女の死因は右側頭部頭蓋骨骨折による外傷性脳挫傷。親の腕に抱かれた長女は、そのまま激しく柱にその頭部を打ちつけられた。
長女はまだ、この世に生まれて5か月だった。

平成15年11月17日、意識を失った状態で赤ちゃんが搬送されてきた。安部憂那ちゃん。付き添ってきた母親によれば、少し目を離して戻ってみるとぐったりしていたのだという。
事情を聞かれた際、母親は、直前までは憂那ちゃんの父親がそばで見ていたとも話したため、病院から連絡を受けた警察は両親双方から話を聞いた。
すると、憂那ちゃんの実の父親が憂那ちゃんの頭を柱にぶつけたと話したため、父親を傷害容疑で逮捕した。その後、憂那ちゃんが死亡したことで傷害致死に切り替え、送検起訴された。

逮捕されたのは配管工・安部修二(仮名/当時24歳)。1年前に結婚し、古賀市内のアパートへ越してきた。憂那ちゃんの誕生時期を考えれば、出来ちゃった結婚だったのかもしれない。アパートでは夫婦が口論している様子が聞かれることもあったというが、その際、修二は「俺の話を聞いてくれ」などと言っていたという。

調べに対し、修二は事件の日の午前7時40分ごろ、憂那ちゃんを抱きかかえ、柱に頭を打ちつけたり床に叩き落とすなどの暴行を加えたという。
その時、妻は室内にいなかった。直前に、修二から車を移動するよう頼まれその場を離れていたのだ。修二はそのすきにというか、わざと妻を離れさせ、狙って憂那ちゃんに暴行を加えたとみられた。
「朝から泣き止まず、普段もなつかなかったのでイライラした」
修二はぐったりした憂那ちゃんをそのままにし、何食わぬ顔で出勤していた。

実は憂那ちゃんについて、福岡県中央児童相談所が虐待通告を受け両親に面会していたという記録があった。
その通報は北九州市の病院からで、平成15年の7月のことだったという。憂那ちゃんに皮下出血があったことからの通報だった。
この時、憂那ちゃんは生後ゼロヶ月。修二は病院と児童相談所に対して「うっかり落としてしまった」と話したという。
その後、8月9月と児童相談所が面会を行ったが、日常的な虐待行為がみられないと判断していた。

しかし検察は憂那ちゃんのケガの状態と、修二が「死ぬかもしれないと思った」と話していたことから殺人罪での起訴となった。
裁判で修二は殺意を否認したものの、福岡地裁は「殺意は明らか」と殺人罪を認めた。
修二は憂那ちゃんがなつかないことに苛立っていたのか。それもあっただろうが、それよりもなによりも、修二は憂那ちゃんが自分の大切なものを奪ったと感じていた。
それは、妻だった。
父親になり切れず、ひたすら自分だけをかまってほしいという思いが、守るべき我が子の命を奪った。

菅 明日香ちゃん(伊丹市・平成20年5月13日死亡/当時5歳)

2歳に暴行、頭の骨折る 兵庫・宝塚市の28歳主婦を傷害容疑で逮捕/宝塚署  
◆「散歩で転ぶ」と容疑否認
二女(2)に暴行し、頭部骨折などの大けがを負わせたとして、兵庫県警宝塚署は九日、宝塚市の主婦(28)を傷害容疑で逮捕した。主婦は「公園で散歩中に転んだだけ」と容疑を否認している。調べでは、主婦は昨年十一月十五日から十二月十五日の間、自宅などで二女に暴行を加え、頭や右腕の骨折など全治約六か月のけがを負わせた疑い。
主婦は昨年十二月十五日、自分の母親(53)と一緒に二女を連れ、「こけて腕の骨が折れた」と同県伊丹市の病院に来た。その際、全身に殴打ややけどが原因とみられるあざなどが見つかり、連絡を受けた県西宮こどもセンターの職員が二女を保護し、同署に通報。主婦は、会社員の夫(26)と子ども四人の計六人家族。同センターによると、主婦は二女を出産直後から育児への不安を同センターに訴え、一昨年十一月まで約一年半、二女を児童福祉施設に入所させた。同センター職員が数回、家庭訪問したが、虐待は確認されなかったとしている。
主婦の夫は、事情聴取に「虐待は知らない」と話しているが、長男(6)と長女(4)にも同様のあざがあることから、同署は関連を慎重に調べている。

2005.02.10 読売新聞大阪朝刊

言葉は悪いが、よく見かける虐待の事件記事だった。幸い、子供はケガで済んだようだ。病院へも来ているし、実母もそばにいる。
実際、母親はこの事件では起訴猶予となり釈放となった。

しかしその3年後。5歳になったこの女の子は、命を落とした。

平成20年5月12日夕方。伊丹市の県営住宅に住む女性から「子供の様子がおかしい」と119番通報があった。
救急隊員が駆け付けると、この部屋で暮らす5歳の幼稚園児がぐったりとしていた。母親に話を聞くと、転んだという。救急搬送されたものの、翌13日の朝、死亡した。
死亡したのは伊丹市の菅 明日香ちゃん(当時5歳)。死因は急性硬膜下血腫だった。明日香ちゃんの体にはそれ以外にもあざなどがあったことから、病院は警察に通報、後に母親は逮捕となった。
逮捕されたのは明日香ちゃんの母親、早希(仮名/当時31歳)。先にも述べたとおり、早希は3年前に明日香ちゃんに対する傷害容疑で逮捕された過去があった。起訴猶予となったものの、今回明日香ちゃんが死亡したことで過去の虐待疑いもやはり……となってしまった。

明日香ちゃんの最初の事件の後、早希が逮捕されたこともあって施設で保護されていた。1か月後、早希が起訴猶予となり釈放となっても、児童相談所は明日香ちゃんを施設に入所させる申し立てを行い、施設入所の決定がなされていた。
しかし早希はそれに激しく抵抗。児童相談所と面会を続ける一方で、親族らとともに県に対して抗議文を複数回送付したり、明日香ちゃんの返還を求めて早希の親族が記者クラブで会見を行ったり、さらには不当を訴え県庁前で早希と親族がビラ配りを行ったこともあった。
平成19年の夏、児童相談所は早希と夫に対し、ペアレントトレーニングを受けるよう提案。それより以前に、子どもセンターが明日香ちゃんの家庭復帰の方針を示していたこともあり、早希夫婦はトレーニングを受講。明日香ちゃんも外泊したりして10月には家庭復帰を前提に施設入所措置は停止となった。

しかし翌年の1月、明日香ちゃんが顔にケガをするなど近隣からの虐待通報が続いた。それでも施設入所措置は解除となり、児童保護司の面談を含めた母子での通所指導へと切り替わった。
2月、4月と虐待通報が続き、4月の終わりには顔に大きなガーゼを貼っているという情報もあった。5月に入ると2日連続で幼稚園を欠席したため、早希に確認が入ったが、早希からは「親子でハイキングに出かけていた」という返事があった。
事件当日、早希と明日香ちゃんは早希の親族同伴で施設での指導を受けたが、その夜、親族から明日香ちゃんが救急搬送された旨の連絡があったという。

早希は取り調べに対し、「どうしてこんなことになったのかわからない。身に覚えもない」として虐待を否定していた。
伊丹署は解剖結果を踏まえ、明日香ちゃんが「揺さぶられっ子症候群」で死亡したと判断。傷害致死容疑での起訴となった。
しかしその後の裁判でも早希は一貫して暴行を否定し、無罪を主張した。
検察は暴行の動機として、問題行動のある明日香ちゃんに苛立ちを感じていたとし、事件の日に明日香ちゃんを激しくゆざぶったと主張。弁護側は揺さぶった事実はあるが、明日香ちゃん自身に病的な問題があった可能性を排除できないとして無罪を主張した。

神戸地裁は揺さぶられっ子症候群を認定。一方で、暴行が日異常的とは言えず、ダダをこねられ発作的に揺さぶったとして求刑の懲役10年に対し、懲役5年を言い渡した。
明日香ちゃんは前夫との間の子供だったという。明日香ちゃんには兄と姉もいたが、その兄姉にも、過去に虐待をうかがわせるようなケガがあった。
そのため、明日香ちゃんの1度目の保護の前に、兄姉は一時保護されるという経緯もあった。そもそも明日香ちゃんも、早希が育児放棄状態に陥ったことから平成14年に保護されていた。それでも子供を家庭に戻す前提で動いた児童相談所。
兵庫県ではあの尼崎の虐待死事件を教訓とし、保護する側や行政の問題点も洗い出していたはずだったが、それでも「子供は家庭が一番」という妄想、幻想から抜け出すには至っていなかった。

高館 優人ちゃん(岩手県北上市・平成30年4月8日死亡/当時1歳9ヶ月)

平成30年4月9日午前2時過ぎ、「子供の具合が悪い」という119番通報が消防に入った。消防が駆けつけた岩手県北上市内の市営住宅の一室は、足の踏み場もないほどのゴミ部屋で、その中に乳児の姿があった。すでに心肺停止状態。1歳9ヶ月だというその乳児はガリガリではないものの、通常の1歳後半〜2歳前半の乳児よりは痩せている印象だった。
傍には、父親らしき若者の姿。消防は救急搬送したが、のちに死亡が確認された。
死亡したのは高館優人ちゃん。まだ1歳9ヶ月だった。

優人ちゃんについてはこれまでも児童相談所が「心配な子供」の1人として両親らに働きかけを行ったり、内部の会議で話し合いがもたれることもあったが、母親と連絡が一応取れていたこともあり、緊急性はさほど高くないと判断されていたという。
しかし、詳細が明らかになるにつれ、その行政と児童相談所の対応が後手後手になっていたことも判明した。

6月、警察は優人ちゃんに最低限の養育を怠ったとして、父親で会社員の高館慎(仮名/当時24歳)を保護責任者遺棄致死容疑で逮捕した。
慎は3月30日を最後に優人ちゃんを保育園へ登園させておらず、自宅で優人ちゃんに対して菓子パンやおにぎりを数個、水分も十分に摂らせないなど養育を怠り、4月6日以降はほとんど何も食べさせなかったことから優人ちゃんは衰弱し、低栄養と脱水による全身機能障害によって死亡させた。
ところで母親は何をしていたのか。実は慎と妻は離婚はしていなかったが、すでに別居状態となっており、事件が起きる2ヶ月前から妻は近畿地方へ転居していた。
さらに夫婦はそれ以前の平成29年9月(優人ちゃんが1歳2ヶ月頃)にはすでに不仲になっており、それ以降は優人ちゃんの養育はほぼ慎がやっていたという。
幸い慎には花巻市内に実家があり、日々仕事を終えると連日優人ちゃんを連れて実家で夕食をとり、風呂も済ませるなどしていたといい、優人ちゃんも保育園に通い生活は成り立っていたように見えた。
しかし慎は実家の父や妹に対し、すでに妻が家を出ていることを言えずにいたのだという。何も知らない実家の父らは、時に慎を責めるようなことを言ってしまったといい、それがきっかけとなって慎は実家へ優人ちゃんを連れて行くのをやめてしまった。
が、自分だけは時々仕事帰りに実家に立ち寄り、食事したり泊まることもあった。その間、優人ちゃんはひとりぼっちで過ごしていた。

優人ちゃんが通う保育園でも、高館家の不穏は気づかれていた。優人ちゃんの服や持ち物が汚損されていることが多く、保育園で衣服を洗濯して返しても、翌日また汚れた衣服を着せられていることがあったといい、保育園は市に報告した。
その後、保育園の料金を滞納していることを理由に、慎は3月30日以降、優人ちゃんを登園させなくなった。実はこの頃、慎の自宅の電気水道も料金未払いで停止となっており、高館家は経済的にも破綻していた。

それは慎の心を蝕んでいく。
慎は仕事と育児のストレスを友人らと過ごすひとときで発散させていた。が、家を空ける時間は日に日に長くなり、そんな時はコンビニで買った菓子パンを優人ちゃんに袋ごと与えていた。帰宅すると、そのうちの数本がなくなっていたことから、慎は優人ちゃんがお腹がすけば優人ちゃんが自分で勝手にパンを食べられると思い、「それで大丈夫」と思ってしまった。
しかし1歳9ヶ月の優人ちゃんが考えて食事ができていたわけはなく、また1人放って置かれる寂しさから食欲を失い、ひいては生きる気力も失ってしまうまでにそう時間はかからなかった。
4月9日、午前2時頃まで友人と焼き鳥店で飲食していた慎が帰宅すると、もう優人ちゃんは動かなくなっていた。

裁判において慎は起訴内容を認め、「息抜きがしたかった。友人や彼女と遊ぶ間、食事が足りていないのではないかとは思ったが、病気になったり死んだりするとは思わなかった」と述べた。
死亡する直前の2日間、一切の食事を与えなかったことについては「遊びで金を使い、残っていなかった」とし、公判でモニターに映し出された実際に与えていた食事内容については「(乳児なので)あまりたくさん与えなくてもいいと思った」と述べた。
また、実家に妻との別居を言えなかったことについては「見栄を張ってしまった」と述べた。

一方で対応が後手後手に回った行政の対応については、県議会などでも取り沙汰された。保育園から虐待疑いを知らされたのに、県は両親に電話連絡するのみで事件発覚までそのどちらとも直接会えていなかった。家庭訪問も、不在だったことで実現していなかった。
もしも家の中を見てその荒んだ状態を把握できていれば……とも思う。また、地域の民生委員に話が全く降りておらず、身近なところでの確認や接触などもできていなかった。民生委員は優人ちゃんを知っており、また慎が1人で子育てしていることや、それについて近隣から心配する声が実際にあったとし、もし情報が行政から共有されていればと悔やんだ。

盛岡地裁は慎に対し、「1歳9ヶ月の幼児に対する最低限の保護を怠った。義務を怠った程度は大きく、様態も悪い」「子育てに対する意識や責任感の低さは厳しい非難に値する」「実子である被害者をあまりにないがしろにしている」とした一方で、3月の終わりまでは十分とは言えなくても妻が家を出たあと何とか養育していたこと、1人で育てざるを得ない事態に陥った経過に一定の同情の余地もあること、実家の支援が今後得られること、前職の勤務先が再雇用する意思を見せていることなどを考慮し、懲役5年(求刑懲役6年)を言い渡した。

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千葉の事件は、子育ての悩みというよりもむしろ夫との関係が母親を蝕んだように思える。最近でも配偶者への不満から当てつけてやりたいという思いで子供に危害を加えるケースがあった。
向き合わなければならない相手、事柄から目を逸らし目を瞑り、その矛先を無抵抗の我が子に向けるというのは昔からいくらでもある。
いくらでもあると言えば未熟なまま、想像のかなり上を行くレベルの幼稚な精神のまま人の親になってしまうケース。実際の年齢が若ければその確率も上がるが、実際には実年齢は関係なく、30歳になっても40歳になっても子供のような考え方をする親もいる。
生後数ヶ月という赤ん坊にすら嫉妬する人間が親になってしまったら。いや、親になるまで、これほどまでに自身が幼いとは、本人も自覚がなかったのかもしれない。こういう人には子供どころか、犬も猫も飼ってほしくない。
伊丹のケースは嫌でも尼崎の勢田恭一くんの事件を思い出さずにいられない。そしてあの事件の後、子供の虐待について家庭に簡単に戻してはいけない、家庭がいちばんの地獄のこともあると身をもってわかったはずだったのに、家庭への復帰を前提とした指導に固執した結果は、悲惨だった。
ただこのケースは母親がその親族(おそらく実母)とともにかなり強い抗議活動を行なっていたこともあり、行政や児童相談所なども「厄介払い」したかったのかもしれない。最初の虐待が骨折ではあるものの虐待事件の中では目立たなかったというのも、判断を誤らせたのかもしれない。
最後の北上市の事件は、愛知県豊田市の矢野里菜ちゃん、厚木市の斎藤理玖くんの事件とよく似ている。身勝手な理由で出て行った母親は、一切の罪に問われない。一方で子供と残された父親は、「自分なりに一生懸命やっていた」。その食事が足りてなかろうと、部屋がゴミ溜めだろうと、子供は生きている。ならばそれで問題ない。その慣れ。
(ちなみにスティックパンのことを「片親パン」と揶揄されているのをSNSで知ったが、私からすれば片親パンというより虐待、ネグレクト事件でよく登場するものという印象である。もちろん、ふさわしくない表現であるし他人に言うようなことでもましてや笑いをとるような表現ではない。)
行政の対応もあまりに手ぬるかった。100人以上いたという「心配な子供」の中の1人だったというが、ガスも水道も止められた状況、そもそも高館家が暮らした市営住宅はかなり年季が入っており経済的に余裕のない人向けなのは一目瞭然、そこでの乳幼児を抱えた若い男親の生活など、どう考えても無理がある。

男女逆のケースが圧倒的に多いため、SNSなどではシングルマザーの虐待事件、無理心中事件などがあるたびに父親の責任を問う声が上がる。それは当然であり、父親もその責任の一端を担うべきであると私も思う。
しかしシングルファーザーの場合、母親を責める声が多く上がるかというとそうでもない印象。あがってもそれを打ち消す勢いの擁護もある。どちらも同じように無責任であることは違いない。

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参考文献
朝日新聞社 平成15年6月29日東京朝刊、平成16年12月16日東京地方版/千葉
産経新聞社 平成15年6月30日東京朝刊
河北新報社 平成15年6月30日
読売新聞社 平成15年10月18日東京朝刊、平成30年6月6日、12月11日、14日東京朝刊
中日新聞社 平成17年1月28日夕刊
岩手日報社 平成31年3月25日朝刊
(他、のちに追記予定)