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愛媛県南部を流れる肱川。春になると鹿野川ダム湖畔沿いの国道に植えられた多くの桜が一斉に咲き誇り、それはそれは美しい風景を見せてくれた。
このあたりで育った私は、両親と松山へお買い物に行く時必ずこの道路を通ったのだが、覚えているのはグネグネ道で車酔いに悩まされたこととその美しい桜。
そして、その桜の木々に埋もれるようにあった一つの慰霊碑だ。
ここに、かつて8歳の女の子が殺されて埋められていた。その場所に立つ慰霊碑を見ながら、両親はいつも私に「知らん人の車に乗ったらいけんよ」となんどもなんども言って聞かせた。
昭和51年に大洲市で起きた、誘拐殺人事件。「さつきちゃん事件」である。
消えた女児
最初の報道は、女児が学校帰りに行方が分からなくなったというものだった。
昭和51年2月10日、愛媛県大洲市森山のタクシー運転手の男性宅から、8歳の長女が帰宅していないと大洲署に届けが出された。家族の話によると行方が分からなくなったのは出海英男さん(当時37歳)の長女で大成小学校3年のさつきちゃん。さつきちゃんは10日の午後3時45分頃に下校。途中までは自宅の方向が同じ男児といっしょだったが、男児と別れたその後の足取りが分からなくなっていた。
さつきちゃんは赤いランドセルに赤いジャンパー。灰色の千鳥格子のズボン、白地に花柄のズックを履いていた。山の中でも結構目立つ服装だったが、警察では事故と事件の両面で捜索を続けた。
しかし2日経っても手掛かりはなく、さつきちゃんの私物なども一切見つからず、まるで神隠しにでもあったかのようだった。
大洲署はヘリを飛ばし上空からの捜索、さらには警察犬も投入、地元消防団のみならず近隣住民や学校関係者も多数捜索に加わった。
学校からさつきちゃんの自宅までは4,5キロ。子供の足だと90分ほどかかる。しかし県道で通学路の指定もなされており、なによりも自宅までの通い慣れた道である。当時はその程度の距離を歩いて通う幼稚園児も普通にいた時代だ。
「知らない人の車に乗ってはいけない」当然、学校も親も子供にはそう教えていたが、知らない人でなければ乗ることはあった。さつきちゃんもこれまで、近所の顔見知りの人が家まで乗せてくれたことが何度もあったという。
当日の目撃情報もいくつかあった。
同級生の自宅前でひとりになったさつきちゃんが、県道を自宅方向へ歩いているのを目撃した人がいた。時刻は午後4時15分。ところがその十数分後に県道を通過した4~5台の車の運転手らは、一人で歩くランドセルをしょった女の子を見ていなかった。
一方で、気になる情報もあがって来ていた。
さつきちゃんを最後に目撃したであろう車がさつきちゃんを見た場所から学校へ100mほど戻ったあたりで、すれ違った車の助手席に女児が乗っていたという情報があがってきたのだ。もちろん、近所の人が家族を乗せていただけかもしれず、全く情報がない中で警察は慎重に情報を洗っていたが、この時点では事故の可能性も捨てきれずさつきちゃんの帰りを待つ家族には非常に辛い時間が過ぎていった。
空白の10分
2月3日、地元の愛媛新聞はさつきちゃん失踪について、「連れ去り濃厚に」という見出しをうった。
空陸両面からの捜索でも一切の遺留品、手掛かりが見つからないこと、事故の痕跡もないことなどから、何者かに連れ去られている可能性が高くなったのだ。
ただこれは、悲観的とは言い切れなかった。事故ならば放置されてすでに3日。2月の山の中は冷える。腹をすかせた野犬などもおりそのほうがさつきちゃんの命の危険が高いが、もしも誰かが連れ去ったのなら、生きている可能性は十分ある。両親にしてみればとにかく生きてさえいてくれれば、生きて帰ってくれればよいという思いだったろう。
母親の豊子さん(当時30歳)は心労で食事もできず、両親ともにほとんど眠れていない状態だった。
近所の人らが何とか支えている状態だったが、それはさつきちゃんの通う大成小学校でも同じだった。校長以下、教師は捜索活動にも参加しそのうえで日々の授業もこなしていた。さつきちゃんがいなくなったことで動揺する児童らのことを考え、より児童らの心のケアにも力を入れる必要があったろう。
岡崎政隆校長は、さつきちゃんは警察のおじさんたちが一生懸命捜してくれている、無事に帰ってくるからみんなは心配しないで勉強してください、と励ましたという。
警察では目撃情報の詳しいすり合わせが行われた。
先にも述べたが、最後にさつきちゃんを見かけたのは大洲市蔵川在住の農業の男性(当時43歳)。男性は小学校側から車で自宅方向へ走行していた。男性の住んでいる蔵川地区は、さつきちゃんが暮らした森山大駄馬地区よりも奥にあるため、男性はさつきちゃんの背後から追い越す形で目撃していた。
そして男性はその2.5キロ先で工事現場に出入りする生コン車とすれ違った。時間は4時20分。生コン車の進行方向は小学校方面であるため、本来ならばその後生コン車は自宅へ向かうさつきちゃんと向き合う形ですれ違うはずだった。
ところが、その生コン車はさつきちゃんと遭遇していなかった。
ふたりの話を総合すれば、約10分間の間にさつきちゃんは姿を消した、ということになった。
さらにこの目撃情報があったことで、事故であれ事件であれさつきちゃんの身に何かが起きたそのおおよその場所も範囲を絞れることとなった。
警察はそのあたりを慎重に入念に捜査したが、事故の痕跡は一切なかった。
そして翌13日には、愛媛県警と大洲署の合同捜査本部が設置され、さつきちゃんは誘拐されたとほぼ断定された。
途切れた報道
警察が事件と判断したものの、目撃情報以外の証拠が何もないことは変わらず、依然として捜査は難航していた。
これまではさつきちゃん本人の居所を探すために警察官を100人以上投入して聞き込みなどを行っても来たが、その捜査はいったん取りやめとなった。そのうえで、不審車両、不審者についての捜査を重点的に行うという方針となった。
事件発生時間に県道44号線を通行したのは20〜30台。そのうちの6割は確認が取れたというが、目撃情報にあった女児を乗せた車や、途中でUターンしたライトバン、まぁまぁの速度で降りて行った白い車など、妖しさ満載の目撃情報も複数あった。が、些細なことも疑心暗鬼になった人らの通報も含まれていたため全部怪しいみたいなことになってしまった感もあり、情報の真偽など慎重さが求められた。
家族、近隣住民のみならず多くの県民もその捜査の成り行きを見守っていたが、2月14日の朝刊を最後になぜかぱったりと報道がされなくなってしまった。
進展がないものを報道しようがないわけで、当時ロッキード事件に絡む大物政治家の脱税など大きな事件が連日報道されていたこともあって、とたんに事件は紙面から消えてしまった。
実はこの時、新聞各社報道機関には捜査本部よりある要請がなされていた。
14日午前の記者会見の際、勇英雄特捜本部長より報道各社に対し、
「さつきちゃんの生命に関係する事態になった。仮協定を結んでほしい」
そう告げられたのだ。
これは、日本新聞協会と警視庁との間で確認されている誘拐事件報道協定のことである。
いわゆる、警察に知らせたら殺す的な事態が起きた場合に要請されるものだと思っていいと思うが、ということは、犯人から何かしらの要求があったとみるのが自然だ。
愛媛県下ではこれまでこのような協定が結ばれたことはなかった。
報道各社はすぐさま仮協定を結び、後に本協定締結となって報道は中断された。14日の午前11時以降の新聞、テレビ、ラジオはさつきちゃん事件を一切報道しなくなったのにはこういった事情があった。
さつきちゃんは誘拐されていたのか。
しかし報道協定を結ぶということはさつきちゃんが無事である可能性も高く、報道各社は一日でも早く「さつきちゃん無事!」という見出しを掲げることを願っていた。
しかし、2月19日。
報道各社は無念の見出しを書くことになる。
【有料部分 目次】
神戸ナンバーのサニークーペ
泥人形
死刑求刑
生い立ち
人間性のかけら
観月純真童女
50年後
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「先に帰りますよ」
平成17年1月28日、静岡市葵区新伝馬町。休日出勤をしていた事務員は、まだ残っていたショップの女性従業員ふたりに退勤の挨拶をして出ていった。
1月終わりの夕方5時すぎ、すでにあたりは薄暗くなり始めていた。
静岡市の中心部から少し離れた田畑の中の住宅街。比較的交通量は多い県道沿いの脳神経外科クリニック二階にある「クオリテ」は、クリニックの院長の妻が運営しており、主に健康食品やリラクゼーション器具を取り扱っていた。
その日は4人の従業員が出勤していたが、うちふたりは午後5時に退勤していた。
午後10時を過ぎた頃、近所の住民はふとその店にまだ明かりがついていることに気が付いた。
すでに1階のクリニックは閉まっており、いつもなら夜間店に電気がついていることは稀だったことで気になった。
同じ頃、従業員の家では、出勤したまま連絡がつかない女性のことを家族が心配していた。いつもは夕方の6時から遅くとも7時までには帰宅していたという。勤務先の店に電話しても、誰も出ない。
家族は深夜0時になっても帰宅しないことから、直接勤務先へ行ってみることにした。
0時半、捜しに来た娘夫婦が見たのは、店内で縛られ、大量に出血して倒れている二人の女性の姿だった。
その日
家族はすぐに110通報、深夜の住宅街はパトカーのけたたましいサイレンと赤色灯で異様な雰囲気に包まれた。
倒れていた女性二人は、この店の従業員の女性と確認されたが、残念なことにすでに死亡していた。また、店内はレジや引き出しが荒らされ、現金数万円がなくなっていることから、警察ではふたりが何者かに殺害された可能性が高いとして捜査を開始した。
殺害されていたのは、静岡市清水区村松原の竹内真知子さん(当時57歳)と、同じく静岡市西島の井本嘉久子さん(当時60歳)。
ふたりともこの店に長く勤めていて、特に井本さんは仕事ができ、時には経営者の妻に代わって店を取り仕切るほど、信頼も得ていたという。
竹内さんは井本さんに誘われて仕事をするようになり、おとなしく人当たりの良い、親切な女性だと評判だった。ふたりとも地域での友人も多かった。
二人とも恨みを買うような人物ではなく、またこの辺りではクリーニング店が盗みの被害に遭ったり、車上荒らしが出るなどしていたこともあって、強盗と鉢合わせしたのでは、という推測もあった。
が、警察はその殺害方法の残忍さや強い殺意、そして店内にはまだ現金が残されていたことなどから、店内が荒らされていたのは強盗に見せかけるための偽装と判断。クリニックと店のいずれか、または両方に強い恨みを抱く人間によるもので、計画性の高い単独犯行との見方を強めていた。
単独犯と断定したのは、現場に残された血染めの靴跡が一人分だったためである。
そんな中、一つの目撃情報が近隣住民から寄せられた。
事件が起きた日の夕方、若い男がクリニックの敷地のフェンスを乗り越えて自転車で店から立ち去るのを目撃していたのだ。
さらに、事件現場の店の中で、ナイフ入りのザックが発見される。ただそのナイフは凶器ではなかった。
警察はクリニックとクオリテに来た人物らを徹底的に洗い出した結果、事件前日にクリニックを訪れた若い男が浮かび上がってきた。
男は当初偽名を使っていたといい、加えて、診察にあたった医師に対し、「先生は正常ですか、異常ですか?」などと不審な言動が見られたこともあって院長らが男のことを覚えていた。
その後、現場に落ちていた凶器ではないナイフの所有者がその男であることも判明、さらに現場に残されていた自転車のタイヤ痕と、男が所有する自転車のタイヤ痕も一致したことから警察ではこの男が何らかの関与をしている可能性が強いとして任意で事情を聞くこととなった。
男は調べに対し、27日にクリニックを訪れたことと、現場に落ちていたナイフが自分の所有物であり、27日にクリニックに行った際に持参していたものだと認めた。が、28日にはクリニックにもクオリテにも行っていないとして殺人への関与を否定したため、警察はさらに男を追及していくこととなった。
1月30日、県警で任意の取り調べを受けていた男は、取り調べが長引いたことで外の空気を吸おうと立ち上がったところ、それを制止した警察官に対し椅子を持ち上げるなどしてその公務を妨害したとして現行犯逮捕された。
警察官は4人がかりで制止したといい、その内の一人が眼鏡を壊され負傷していた。
公務執行妨害で逮捕されたのは静岡市の高橋義政(当時24歳)。高橋は現役の静岡大学の学生だった。
【有料部分 目次】
攻防戦
忘れられない人
自分を支えた憎しみ
自白
つかめない心
置き去りの被害者と遺族
判決確定
疑問
「ここにいる」
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男は法廷で一貫して自分に対する「死刑」を望んでいた。
男の罪は放火殺人。しかもその被害者の数は3人で、全員血縁関係なしの他人。うち1人は2歳の女児だった。
大阪地方裁判所は、男に対して判決を言い渡した。
そして、その言い渡しを終えると裁判長は静かに、
「生きて地獄を見なさい」
と語り掛けた。
【有料部分 目次】
枚方市の社員寮
出頭
当初の報道
事実関係の争点
地獄を見なさい
出せなかった「酌むべき事情」
それぞれの、地獄へ