過剰防衛~ふたつのDV反撃事件~

まえがき

DV、それは夫婦間、恋人間で起こる精神的、肉体的、経済的なあらゆる分野における暴力の全てを指す。
1970年代にアメリカでDVの概念が作られ、その後平成13年にようやく日本でDV防止法が施行されたが、当時その認知件数は配偶者暴力相談支援センターに寄せられたものが約36,000件、警察が把握したものが約14,000件。
それは年々増加の一途をたどり、令和元年には警察への相談件数だけでも11万件を超えた。

これは、単にDVが増えた、ということではなく、DVの概念が広まり、それまではDVだと思われていなかったものがきちんとDVであると言われるようになったこともあるだろう。
たとえば、いまだにDV=暴力、だと思っている人は男女問わずいる。しかし、DVは「外出を制限する」「無計画な買い物をする」「無視する」「他人の前で恥をかかせる」「常識的な性交渉に応じない、または強要する」といったことまで多岐にわたる(分類詳細)。

そのDVから逃れるために、もし、相手を殺してしまったら。命の危険を感じて咄嗟にとった行動で相手が死亡してしまったら。

昭和と平成に起きたふたつの事件と、その結末である。

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🔓こいつらのやったこと~福岡・少女監禁虐待暴行事件

今からを生きる

「もっとひどい暴力を振るわれると思うと、耐えるしかなかった」

平成29年1月、福岡地裁でとある事件の一審判決が下された。その一週間後、被害者の少女が代理人弁護士を通じて、その心境を告白した。

「誰かに助けを求めたり、家から逃げたりすれば、仕返しをされて、もっとひどい暴力を振るわれるのではないかと思うと怖くてたまらず、じっと耐えるしかありませんでした。」

少女は、逃げ出すという気持ちすら、その考えすら浮かばないほど、追い詰められ日々壮絶な虐待を受け続けていた。

判決は、主犯の男に懲役10年。男はその後控訴し、最高裁に上告までしたが、いずれも棄却。
平成29年9月14日に、その刑は確定した。

しかしこの事件のその本当の内容を知れば、この懲役10年がいかに軽く短いものか、わかるだろう。

以下、その記録である。

【有料部分 目次】
発覚
報道
それまで
体重管理と食事制限
逮捕監禁
あの話
嘔吐物の処理
「その行為」
これから
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🔓殴り殺された父の「悪行」~四街道・実父撲殺事件~

取調室にて

「なぁ、本当のこと話してくれんか。」

四街道署の取調室では、刑事がこう問い続ける日がもう一週間以上も続いていた。
それでも、目の前の少年は頑として、当初の供述を変えようとはしなかった。

「人を殺しました。友人の父親です。凶器は近くの池に捨てました。」

捜査員らは納得しかねていた。この目の前の少年が、「友人の父親」を殴り殺したというのが、どうにも理解できなかった。そもそもの動機も、「友人の父親に冷たくされたから」。なぜそんな理由で人を殺そうという判断になるのか。

千葉県四街道市で起きた殺人事件。
この事件の裏には、というか、この事件は起こるべくして起こった事件でもあった。

【有料部分 目次】
事件発覚
報道
長男
父のそれまで
子供たち
父と子と、その友達
支配
審判
レイプ
少年たち

押し入れの秘密と、もう一つの死~和歌山・嬰児殺害遺棄事件~

平成17年12月17日

「すみませんでした……」

大阪府泉南郡岬町の宿泊施設。捜査員に事情を聞かれた女は、そういってうなだれた。
「あの子らは、誰の子なんや?」
そう聞かれた女は、
「3人は自分が出産した子です。」
と答えた。

この日から3日前の12月14日、和歌山市内のマンションの空き室から、合計3体の乳児らしき遺体が発見されていた。そして、その部屋に直前まで住んでいたのがこの女だったのだ。

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🔓悪意~相模原・小3女児暴行死事件~

平成11年2月26日午後4時30分

相模原市にある小学校の校庭で、少女が運動場のトラックを走っていた。
放課後の、人影もまばらな校庭を、もう、何週になるだろうか。時折、母親らしき女性や、同じ年頃の少女がその横を伴奏することはあったが、少女はひたすら走らされていた。

そのころ、帰宅した父親は家に家族が誰もいないことから、娘たちが通う小学校へと向かった。
時刻は午後6時、あたりはすっかり暗くなっていたが、少女はまだ、校庭を走っていた。
「またか。今度は何をやらかした?」
苦虫を噛み潰したような顔で父親は少女に近づいた。

事件概要

平成11年2月26日午後7時30分。相模原の消防署に119番通報が入った。相模原市横山台2丁目のその住宅では、畳の部屋に小学生くらいの女の子が仰向けに寝かされていたが、すでに呼吸をしていなかった。
救急搬送された先で懸命の治療が施されたが、翌27日の午後2時55分、女の子は息を引き取った。
死因は頭蓋内損傷。外からは大きな外傷が見当たらなかったが、急性硬膜下血腫、脳挫傷、くも膜下出血、びまん性脳腫脹、びまん性軸索損傷が発症していた。

警察は、対応した救急隊員らの話や、自宅にいた家族らの話から、女の子の父親で会社員の水野俊彦(仮名/当時36歳)を傷害致死の疑いで逮捕した。
亡くなったのは、俊彦の次女、永梨(えり)ちゃん(当時9歳)。
調べによると、日ごろから言うことを聞かないことがあった永梨ちゃんに対し、つねる、叩くなどの「しつけ」と称した体罰を与えていたといい、この日も反抗的な態度を示したことで俊彦が激高、永梨ちゃんを胸の高さまで抱き上げたところ、永梨ちゃんが暴れたために畳の上に落してしまったのだという。

永梨ちゃんはその時に頭を強く打ったとみられ、容体が急変、死亡した。

事件当時、家には母親と永梨ちゃんの一つ上の姉がいた。救急隊の質問に俊彦は答えることができず、母親が状況を説明していたという。
永梨ちゃんには、頭部の外傷のほかにも体にあざがあったことから、しつけと称する暴行は日常的に行われていた可能性もあった。
その一部始終を目撃していた母親と永梨ちゃんの一つ上の姉も、
「父親が永梨ちゃんを抱き上げ、そのまま手を離した」
という話をした。
さらに、一つ上の姉は、これまでにもしつけと称して抱き上げられては落とされるといったことを何十回もやられた、と話した。

家族らの証言や対応した救急隊員らの話から、父親である俊彦が永梨ちゃんと姉に行き過ぎた体罰を行った末の悲劇、そのような判断がなされたが、2か月後の4月20日、横浜地検は俊彦を処分保留で釈放する。

しかし、その1年後、横浜地検は俊彦を傷害致死容疑で起訴した。

【有料記事 目次】
・家族
・破られた連絡帳
・裁判
・懲役3年
・小さな悪意