ずるいヤツら~新生児殺しを誘発する人々⑤~

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新生児殺しの理由

いくつかの例を取り上げたが、中絶ではなく生んでから殺害する、遺棄するというのはどういった心理なのか。
作田氏は、出産直後というのは女性も母性愛というものが希薄な時期であるため、と述べている。
特に、アノミー型の場合はそもそも初産である場合が多く、それまでの出産や子育てで経験として得る子供への愛情などは持ち合わせていなくても不思議ではない。
一方で間引き型によるものの中には、不幸にして死亡してしまったものを遺棄したケース、結果として殺害遺棄に至ったものの、写真を撮ったり、母乳を与えるなどかすかな愛情が垣間見えるものが多い。
また、「今しかない」と考えてしまうというのもあるだろう。これ以上そばに置いてしまうと決心が鈍る、そういう思いもあるのではないか。

ではなぜ、中絶しない、出来なかったのか。
これについては、単に中絶費用を捻出できなかった、中絶の意思はあったが時期を逸していた、といったもののほかに、保育士のケースに見られるような、男性側の甚だしい逃げ、無責任、または那須塩原市の遺棄事件のような夫の見て見ぬふり、疑心暗鬼、そういった態度に女性が悩み、希望にすがるうちに日数が経過してしまう、そういったものもある。

さらに、八幡浜市のケースでは、最初こそ費用と思いがけない早産からの問題であったものが、それ以降は中絶をしようと思ってすらいない節がある。
もっというと、二度と同じことをしないように、ではなく、そうなったらまた同じことをすればいい、といった開き直りというか、本人なりの解決策が見て取れる。

ただ、それらの事件に共通するのは、周囲の人間(主に家族、交際相手)の明らかな見て見ぬふりである。

よく、妊娠に気付かなかった、という家族の証言があるが、絶対嘘だ。いや、正確に言うと、妊娠を疑い、またはうすうす感づいていながら、それを本人に「あえて」確認していないのだ。
事実、那須塩原のケースでは、夫は妻の妊娠にも出産にも気付いていた。にもかかわらず、「問題があれば言ってくるだろう」と、すべてを女性側に丸投げしていたのだ。
八幡浜のケースはどうだろう。ほとんどが売春の相手であることから、そもそも妊娠の事実を生物学上の父親が知るすべはなかったわけだが、それ以前に妊娠させる可能性が高い行為をわかっていてやっているのは事実であり、ここにも女性を人間としてみていないのがありありと見て取れる。
実際、映美は公判で、「男性たちはお金を出しているのだからと、ひどいことを言ってきたり私をモノのように扱った」と話した。
もちろん、これは映美にも大きな問題がある。日銭を稼ぐためとはいえ、数千円の上乗せのために妊娠というリスクをとるのはあまりに無謀だ。
たった数千円、などというつもりはない。その数千円のために体を張る女性は他にもいるし、私は彼女たちを浅はかだ、愚かだと馬鹿にはしない。明日払う数千円が捻出できなかった経験があるからだ。幸い、私には頼れる実家があったからよかったが、そうでなかったらその日のうちに風俗の面接を受けていたかもしれない。

せめてピルを飲む、などの予防策はとるべきだったろうが、そもそもその金も映美には惜しかったのだ。もっというと、きちんと病院に行けば処方してもらえるものだという知識も、なかったのかもしれない。
そんな映美のおなかが膨らんだりしぼんだりしているのを、他人が気付くのに同居の父と弟が気付かない、そんなことがあるわけがない。

この父親と弟も、家の中の見たくないものには目をつむり、耳をふさいで生活してきたのだ。何も聞かなければ、知ることもない。気付いていても、それを口外さえしなければ、本人に確認さえしなければ、自分は何も知らなかったのと同じ、彼らは勝手にそう思い込むことで、保身を図ったのだ。
妻や娘に、なにからなにまでを背負わせて。

情報と選択肢の提供

今、緊急避妊薬(アフターピル)を薬局で自由に買えるように、との動きが起きている。
現在では、医師の処方箋のもとでないと服用が原則できない状態(アプリでの診察をうたうものもあるが、原則対面診察(オンライン、医院での診察など)が必要)で、オンライン診療可能な場合でも身分証の登録が必要なことがある。

個人輸入や通販サイトで購入する手もあるが、そもそも本物かどうかの判断は難しく、手元に届くまでには時間もかかる。緊急避妊薬は72時間以内の服用となるため、通販やオンライン診療での配達は場合によっては意味をなさない可能性も高い。

だからこそ、誰もが迅速に緊急避妊薬を薬剤師がいる薬局で購入できるようにしてほしいという声が高まっているのだ。
副作用等は現在ほとんどないとされ、医師の処方箋が必ずしも必要なものでもない。
この利用が今よりもスムーズになれば、中絶手術を受ける際の精神的、肉体的負担は軽減され、費用の面でも格段に経済的だ。
もちろん、これによる弊害もあるにはあるだろう、アホな奴はこれ幸いと避妊をしなくなるかもしれないし、性病の問題もあるかもしれない。
しかし、避妊をしてほしいのに聞き入れない相手はあなたのことを愛してなどいないということをわかるべきだし、この際そういうことも教えればいいのだ。
それよりなにより、緊急避妊薬が普及し、誰もが今よりうんと手軽に使えるようになれば、女性の意思で後からコントロールすることが可能になる。それの何が悪いのか。

岡山の保育士のケースでも、もし、緊急避妊薬が手に入る状況で、かつ、それにたどり着くための手段などを周知できていれば、彼女はこんな悲しい事件を起こさずに済んだかもしれない。
妊娠検査薬を試すにも、それは次の整理が来るか来ないかをはらはらしながら待たなければならず、しかも陽性だったらば中絶手術を受けるか産むかしかないのだ。それがどれほど精神的、肉体的にきついか、わからない人は何も難しくない、簡単なことだうだうだ言わずに黙っていればいいのだ。

他にもある。里親制度、特別養子縁組制度など、法務局でしか見かけないポスターを町中いろんなところでもっと貼ればいいのだ。
学校でもしっかりと教育として取り入れ、子供のころからそういう仕組みがあるということを教えるのだ。
避妊をしなければ1回だけでも妊娠する可能性があるということ、望まないならばSEXには慎重にならなければならないということ、もしも心配な場合は相談できる場所があるということ、緊急避妊薬というものがあるということ、そして、誰も怒ったり白い目で見たりしないよ、むしろ、話してくれてありがとう、えらかったねということも。

その時機を逸しても、中絶は悪ではないということ、育てる気で産んだけれども難しくなったらその子を待っている人に託してもいいんだということ、一人で抱え込む必要はないんだということ、たとえ手放してしまっても、あなたは手放すことでその子の命をつないだんだということ、そういったことをもっともっと情報として出していってほしい。

特別なことではなく、それもありなんだと教え、受け入れることを私たち全員がしていかなければならない。
簡単にはいかないかもしれないが、情報を出し、周知していくことは難しくないはずだ。
どんなデメリットがあろうとも、命懸けで産んだわが子をその手で殺す、そんな結末よりも全然マシなはずだ。

特に、若い女性による新生児殺しは、たとえ社会的に援助の仕組みが整っていたとしても、彼女ら自身にそれを知り、利用する力が欠けているケースが多く、支援を充実させることが解決ではない。
先の女子少年による新生児殺しの場合、18例中16例は、病院にすら行っていない。
パチンコ店のトイレに行くと、DV被害相談支援センターのステッカーが貼られていることがある。これは、誰にも相談できない女性が一人きりでそれに向き合える瞬間を提供している。
そのように、母子支援に取り組む行政や団体にはぜひ、情報や受け皿の周知に励んでもらいたい。ファストフード店、ショッピングセンターのトイレ、ゲームセンターやカラオケ店、図書館やスポーツ施設のトイレなど、いくらでも場所はある。
昔のような、一部の非行少女にだけ起こり得ることではないのだ。むしろ、そうでない少女のほうが、経験している友達がいないことからも途方に暮れることは多いし、親になど口が裂けても言えないだろう。

新生児殺しは、「殺すのではなく生かさない選択」といえる、と、宮城学院女子大学の鈴木由利子非常勤講師は述べている。これは、時代を超えて共通する意識、とも述べている。
もちろん、どんな事情があっても殺人や死体遺棄は許されるものではないが、妊娠を一身に背負わされ、産む産まないの選択すら自由にならず、女であるというだけですべての判断と責任を押し付けられた挙句に、命を削って産んだ我が子を生かさないと決めざるを得なかった彼女たちの涙の陰には、彼女らの苦しみを知っていたくせに黙って知らん顔をし続けた者たちの存在があるということを忘れてはいけない。
それが悪意であろうとなかろうと、彼らはとてつもなく無責任で、ズルかった。

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参考文献
嬰児殺が起きた「家族」に関する実質的研究
発行者 社会福祉法人横浜博萌会 子どもの虹情報研修センター 平成31年3月20日発行

平成22年度 児童の虐待死に関する文献研究
発行者 同上

 


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🔓腐る家~泉南市・一家5人餓死事件~

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平成13年8月16日午後6時

「玄関を開けてください」 泉南市樽井6丁目の民家の玄関先で、警察官らが家の中へ声をかけていた。
この日、この家に暮らす住民の親族から、 「何日も姿を見ていない、家の中から物音もしなくて心配だ」 という相談が泉南署に出ていた。
この住宅には、60代の男性とその妹、そしてその妹の子供5人の計7人が暮らしていたというが、7月頃から家族の姿は近所の人らの目から消えていたという。 警察官らの問いかけに、屋内から「(玄関は)開けません」と、弱弱しい声が聞こえてきた。
「子供がおらんやないか!どこ行った!」
そう叫ぶ警察官らに対し、さらに家の奥から、
「子供はここにおりません」
という答えが返ってきた。
しかし警察官らは、強引に玄関をこじ開け中に入らざるを得なかった。

玄関先には、明らかな死臭が漂っていたのだ。

5人の遺体

警察官らが屋内へ踏み込むと、凄まじい腐敗臭が鼻を衝いた。 家の中は雨戸が閉められ、光は差し込まない。それでも探りながら奥へ進むと、6畳と4畳の間があり、そこには布団が敷き詰められていた。

すべて頭や足は見えなかったが、明らかな人型がそこにはあり、その状況たるや警察官らを恐怖のどん底に叩き落すには十分すぎるものだった。
そして並んだ布団の横に、同じように並べて敷かれた布団の上に座り込んでいる年配の男女がいた。 二人は、この家に暮らす若狭良一さん(仮名/当時66歳)と、その妹のあつ子さん(仮名/当時64歳)とみられた。
警察官が声をかけたが、ふたりは衰弱しているのか立ち上がることができなかったという。 そして、二人の布団の並びにあった布団をめくると、そこには5体の腐乱死体が寝かされていた。

腐乱死体の身元は、行方不明の子供たちであると推測され、その後若狭さんらの口から、その遺体が妹・あつ子さんの5人の子供であると語られた。
「2か月ほど前から、子供たちが次々と死んだ」 そう二人は語ったが、近所の人らの話では、一家は7月の初めまでは以前と変わらぬ風に目撃されていたという。
あつ子さんの子供たちは、長女・すい子さん(当時41歳)、次女・薫さん(当時38歳)、三女・栄子さん(当時29歳)、四女・弘美さん(当時28歳)、そして、末っ子長男の実さん(当時27歳)。
遺体は腐敗が進んではいたが、外傷は見当たらず、いずれも普段着できちんと仰向けに並んで寝かされており、頭からすっぽりと布団が掛けられていた。 死後、1~2か月とみられたが、若狭さんが、「食べ物がなくなり次々と死んでいった」と話していることから、5人の死因は餓死とみられた。

その後の司法解剖では全員が予測通り餓死、6月30日に長女すい子さんが、その翌日に四女弘美さん、7月5日に三女栄子さん、7月10日に長男実さん、次女薫さんは8月1日に死亡したと推定された。
5人全員、消化管内に物がなく、薫さんは肺炎を起こしていた。

通報した若狭さんの弟のほかに、実は若狭家の隣にはあつ子さん以外の妹も住んでいた。 しかし、いずれも近くに住みながら、20~30年兄弟の付き合いはなかったと言い、あつ子さんの子供らの存在もよくは知らなかった。
発見時、若狭さん兄妹は、息もできぬほどの死臭の中で放心状態で座り込んでいたが、話によれば、子供たちが死んでからずっとこうして寄り添っていたのだという。 一方で、若狭さんは警察官に対し、 「この場所は汚れてしまったから清めなくてはならない」 「神さんに清めてもらった」 などと言っており、その精神状態が心配された。
これが年端も行かない子供であるならば、何をどう考えても保護責任者遺棄致死などの虐待を想定するのだろうが、この場合、亡くなっていたのは子供とはいえすでに全員が成人しており、食べ物がなくなったからと言って、年寄より先に若い人間が全員死ぬというのも、どこか腑に落ちなかった。
しかし若狭さん兄妹も極度の栄養失調状態に陥っているのも事実であり、また、家の中には冷蔵庫の中にもどこにも食べるものはなかった。 家族は2か月ほど前から食べ物がなくなり、若狭さんとあつ子さんは子供たちに水を飲ませて飢えをしのがせていたという。

一家は何年も前から仕事をしている人間はだれもおらず、かといって生活保護を申請した形跡もなかった。 また、土地や建物を担保に金融機関から借り入れをしている形跡もなかった。 家族はどうやってこれまで暮らしていたのだろうか。 調べるまでもなく、近隣や若狭さんの別の兄弟らから、一家のこれまでの歩みが語られた。

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【有料部分目次】
塩の家
母の教え
クソ味噌の中野「信念」
義姉の4000万円
不起訴
一家がすがった神さん

「嘘」~狭山市・二女児殺害事件①~

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平成13年11月16日深夜

「助けて!!子供が中にいるの!!!」

狭山市広瀬1丁目の河川敷で、車らしきものが炎上しているのを近所の住民らが発見。
気付いた住民らが消火器を持って駆け付けてみると、その傍らに全身ずぶ濡れの女性が呆然と立ち尽くしていた。
通報で駆け付けた消防により、車の火は消し止められたものの、車内の助手席と後部座席から小さな遺体が発見された。

続きを読む 「嘘」~狭山市・二女児殺害事件①~

「嘘」~狭山市・二女児殺害事件②~

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その日

11月16日、その日は長女の学校での役員会が予定されていた。
ここしばらく、家事もままならないほど寝込んでいた里香だったが、抗うつ剤や安定剤などを服用して役員会に出た。
しかしこの日、体を無理やりにでも動かしたことで里香は、いっそ今日、すべてを終わらせたらいいのではないかと思ってしまう。

里香の頭の中は今日死ぬことでいっぱいになってしまった。

玲奈ちゃんが友達の家から帰宅し、里香は沙奈ちゃんを保育園に迎えに行くと、少し早めの夕食を娘たちに食べさせた。
ママの手料理を喜んだ玲奈ちゃんだったが、里香は玲奈ちゃんにこう話した。
「今日は、パトロールの日だから夜一緒に車で出かけようね」
おそらく玲奈ちゃんは喜んだだろう。ふさぎ込みがちな母親が、少しでも元気な様子を見れば、子供はうれしいに違いない。
そんな玲奈ちゃんと沙奈ちゃんが食後のコーラを飲んでいる間、里香はせっせと片づけをしていた。
その手には、家の権利証や預金通帳。
子供たちが飲んでいる飲み物には、すでにすりつぶした睡眠薬が入れられていた。
自分用の睡眠薬と水筒を準備していると、電話が鳴った。友人からだった。ほんの少し話をして、里香は子供たちを車に乗せた。

とはいっても、どうやって死ぬかは決めていなかった。
ふと、以前家族で出かけた入間川河川敷を思い出した。
「そうだ、車で川に飛び込めばいい」
午後8時、里香は入間川に到着、しかしおぼれ死ぬには水深が足りないように思えた。
うまく死ねずに途中で子供たちが目を覚ましては苦しませてしまう……
里香は思案しながら、ふとバッグの中のたばこに目が留まった。

助手席では玲奈ちゃんがすやすやと眠っている。里香は睡眠薬を飲むと、後部座席の沙奈ちゃんの傍らで目を瞑ったのだった。

懲役7年

里香は、元来周囲の目が気になり、一つの事柄をいつまでもくよくよ思い悩むという性格であったこと、そしてそれは執着といってよいほどだった。
里香はその時その時では、うつの状態が回復傾向にみえることはあっても、常に沙奈ちゃんの将来を思い悩んでいた。
沙奈ちゃんの将来に関する事柄が起きていないときにはそうでもないが、たとえば年度替わりや小学校入学など沙奈ちゃんの進路にかかわる事柄が迫ってくると、また悩みが始まるといった具合に、沙奈ちゃんのことが「執着」そのものであった。

3人の精神鑑定医による精神鑑定では、二人の医師が事件当時の里香は心神耗弱が認められ、完全責任能力があったかどうかは疑わしいとしたが、一人の医師は、心神耗弱の可能性はあるものの、事理を弁識して行動する能力は失っていないと鑑定した。

里香は、実父母との関係性を幼いころから悩んでいたという。詳細は明らかではないが、特に実母との関係においては、心に葛藤を抱いていた。
それは時に、手のしびれや頭痛となって表れたという。
また、献身的に家族を支えていたという夫との関係性にも、里香は人知れず悩みを抱えていた。
そんな状態でありながら、里香自身、壁にぶち当たった時に内省する能力が乏しく、不満を感じていても具体的な解決策を見出せないという特徴的な性格を持ち合わせていた。

鑑定医の一人は、そういった内因性のうつ病を発症していたのであり、事件当時は責任能力が失われていたと鑑定したが、残る二人の医師は、内因性ではなく神経性、もしくは反応性うつであるとし、元来の性格が引き起こしたというよりも、執着し続けた沙奈ちゃんの障害、ひいては将来への悲観がうつを引き起こしたものであり、犯行当日も行動に合理性が認められると認定した。
里香は犯行当時の記憶(どうやって、何を使って放火したか)が欠けていたが、里香が意図して放火したことは明らかであり、その動機も理解可能であるとした。
また、放課後、駆け付けてきた男性らに車内に子供がいることを告げており、事の重大性も十分認識できていたと判断。
よって、里香には犯行当時、完全に事理を弁識できない状況ではなかったとされた。

一方で、完全責任能力があったか否かについては、強い自殺念慮に支配されていたことや、いずれの鑑定でもその程度は重症で、心神耗弱状態を完全に否定するものではない、といった鑑定がなされていたことから、心神耗弱の状態は認められた。

判決では、里香の行為を自分勝手極まると厳しく非難したが、それまでの里香の母親としての心痛、自分を責め続けたことへの言及もあった。
母親として、娘にできる限りのことをしてきた。教育も、療育も、経済的にも時間的にも里香は自分のすべてを沙奈ちゃんに費やしたと言ってもいいだろう。
しかし、判決は懲役7年。これを重いと見るか軽いとみるかは判断が分かれるだろうが、放火(一つの行為)によって二人が死亡したが、長女玲奈ちゃんはいわば道連れであり、犯情の面で考えるとより重いため、玲奈ちゃん殺害について処断されたものだ(観念的競合)。
そして、心神耗弱が認められたためにさらに減刑となった。
里香はおそらく控訴せずに判決を受け入れたと思われる(情報なし)。

確かに里香は一生懸命沙奈ちゃんを支え、玲奈ちゃん沙奈ちゃんの良き母親であったと思う。
それが、沙奈ちゃんが病にかかり、その後の発育に影響が残るとわかった時の母親としての心中を察するとこればっかりは同情を禁じ得ないし、里香が自分を責め、いっそ死んでしまいたいと思うのは十分理解できる。
娘を、孫を失った里香の夫や祖母(里香の実母、夫の実母)らは、里香の犯した罪に衝撃を受けながらも、里香を今後も支えていくと話した。

しかし、里香はあの夜、嘘をついていた。

里香は子供たちに睡眠薬を飲ませた。それは、苦しませたくないというせめてもの母心のはずだった。
里香自身も睡眠薬を飲み、そのまま3人とも目覚めることはない、はずだった。

結果から言うと、里香は目を覚まし、熱さに耐えきれず車外へと這い出した。いや、目を覚ましたというよりも、起こされたのだ、沙奈ちゃんに。
車内で最初に目を覚ましたのは、妹の沙奈ちゃんだった。煙と熱さに恐怖を感じ、沙奈ちゃんは必死で傍らで眠る母を起こしたのだ。
その後、里香はどうしたか。
改めて言うが、里香は「心中」しようとしていたはずだ。心中を企てた人間だけが死にきれないという結末は掃いて捨てるほどあるが、里香の場合、我に返る瞬間があったのだ。
沙奈ちゃんが里香を起こした時点で、沙奈ちゃんは「死にたくなかった」ことがだれの目にも明らかだ。しかも里香は、消火活動をしている(といっても、どうにかなるレベルではもはやなかったようだが)。
しかし火は消せず、里香は自分だけ車外へと逃げた。炎に包まれようとする沙奈ちゃんと玲奈ちゃんを車から出すこともせずに、だ。
助手席にいた玲奈ちゃんはもしかするとこの時点ですでに死亡していたのかもしれない、しかし、後部座席のすぐ隣にいた沙奈ちゃんを「車外に出さなかった」のはなぜなのか。

さらに里香の言動は続く。
駆け付けた消防隊に、里香はこう話した。

「次女が(車内で)ライターで遊んでいた。次女は何をするかわからない子で・・・。ライターで座布団に火をつけたんだと思います。後部座席には紙も散らばってましたから」

里香は、沙奈ちゃんのせいにしたのだ。玲奈ちゃんの死も、沙奈ちゃんのせいにしたのだ。この心理は何なのだろう。
無理心中で自分だけ死にきれなかった人間は山ほどいるが、本気で死のうとしていた人間で人のせいにした人を聞いたことがない。
もちろん、里香は死のうとしていたと思う。けれど、最後の最後に「保身」に走ったのはどうやっても理解できない。ましてや、愛してやまなかったはずの娘のせいにする、これはどういうことなんだろうか。

里香のこのとっさの言葉に、すべてが表れているように思えてならない。
私のせいでかわいそうな娘。私が悪い、普通の小学校にも行けそうにない、かわいそうな娘…

里香が本当にかわいそうに思ったのは、里香自身だったのではないか。

娘のせいでかわいそうな私。娘が悪い、普通の小学校に行けない娘を持って、かわいそうな私…。

 

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参考文献
判決文

家と家族を焼かなければ手に入らなかったもの~熊谷・一家3人放火殺人事件①

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平成18年12月下旬

「誰がやったんだろう、怖いね……
埼玉県熊谷市のとある民家で、軒先の鉢植えに火がつけられる「事件」が起こった。
火の気がないのは明らかで、大事には至らなかったものの、誰が、なぜこのようなことをしたのか、その民家の住民のみならず、近隣では回覧板を回すなどして注意を呼び掛けた。

年の瀬でもあり、季節がら火を使う家も少なくないため、いくつかの家では煙探知機などの警報器をつけたという。

しかし、その「事件」からおよそ一か月、その民家から1.5kmほど離れた別の家が燃えた。 続きを読む 家と家族を焼かなければ手に入らなかったもの~熊谷・一家3人放火殺人事件①