🔓流浪の運命共同体~長野・山梨・静岡・男女殺害遺棄事件~

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無念の記者会見

「なぜ母が殺されなければならなかったのか。そしてなぜ、姉がそれに加担したと言われるのか、まったく理解できません。
ふたりは仲の良い母娘でした……」

黒磯市役所で記者会見に応じた男性は、悔し涙をにじませた。
傍らには、妻の姿もあったが、この二人は一歩間違えれば今頃生きていなかったかもしれなかったのである。
ふたりは生き延びたが、入れ替わりに行方不明になった男性の母と姉は、壮絶な人生を送る羽目になってしまった。

平成一五年二月二六日

この日、とある傷害事件で男が逮捕された。
男は昨年に静岡県伊東市内の貸別荘で、当時行動を共にしていた男性とその妻、そして一歳の子供に暴力を振るい怪我をさせたとして、静岡県警から指名手配となっていたのだ。
男の名は、上原聖鶴(当時三五歳)。

ところが調べを進めるうちに、
「長野県内で仲間らとともに二人殺している。遺体は甲府市内のアパートにある」
と供述したため事件は違う展開を見せ始める。
甲府市飯田のウィークリーマンションを捜索したところ、供述通り、室内から男女と思われる遺体を発見した。
上原の供述では、自分以外の仲間もここへ遺体を運んだ行為にかかわっているとしていて、警察は、上原と行動を共にしていた女と、若い男二人も死体遺棄の容疑で逮捕した。

当然警察では二人の殺害にもかかわっている可能性が高いとして調べを進めたところ、男二人は殺害にかかわっていないことが判明。警察は、三月にはいって、上原と女を二人に対する殺人の疑いで再逮捕した。
上原と一緒に逮捕されたのは、高須賀美緒(仮名/当時二七歳)。美緒は、昨年の六月から上原と行動を共にするようになったというが、上原には妻子があった。しかも、その妻子もずっと行動を共にしていたようなのだ。
わかっているだけでも、上原と妻子、美緒、若い男二人、この六人が逮捕当時共同生活を送っていたとみられた。
さらに、上原は美緒と生活を共にし始める前、美緒の弟夫婦とその子供と一緒に生活をしていた。
そして、弟家族と離れた直後、今度は美緒とその母親を呼び出し、まるで入れ替わるかのようにその母娘と生活し始めていたのだ。

では、亡くなった二人はいったい誰で、どんな関係の人間なのか。
遺体はそれぞれ男女一名ずつで、男性は二〇代、女性は五〇代~六〇代とみられた。
遺体の状況は、女性のほうが腐敗が進んでいたことから死亡時期が違うこともわかっていた。
その後の司法解剖の結果、男性は神奈川県厚木市の大学生、中里善蔵さん(当時二一歳)、女性は栃木県黒磯市(現・那須塩原市)在住の高須賀悦子さん(仮名/当時五三歳)と判明。

悦子さんは、美緒の母親だった。上原と美緒は、中里さんと悦子さんを殺害した容疑で再逮捕されたのだった。

発端

事件の始まりをたどっていくと、平成一三年に遡る。
当時、とび職関連の仕事をしていた美緒の弟・英治さん(仮名/当時一九~二〇歳)は、仕事関係で上原と知り合った。
五月ごろ、英治さんは上原からこう聞かされたという。
「俺とお前の名前が暴力団のリストに載ってる。俺が何とかしてやるから、一緒に逃げよう、お前も俺の言うことを聞け」

若い英治さんは、暴力団という言葉と、上原の入れ墨に恐怖を感じ、その言葉を信じてしまう。また、それ以前に上原から借金を申し込まれていた経緯などもあり、上原と行動を共にすることを決意した。
すでに妻子がある身だった英治さんは、驚く妻を説得して妻子とともに上原と合流、そこから一年もの間、車で各地を転々とする生活を余儀なくされていた。
生活は、主に貸別荘などを借りていたが、その費用は英治さんが消費者金融から借金をするなどして都合していたという。

逃亡生活は次第に英治さん一家にとって「何のために逃げているのか」わからないものへと変わっていく。
先に述べたとおり、金銭は英治さんに借金をさせ、足りなくなると英治さんの妻にも借りさせた。
食事は一日に一度となり、幼子を抱えた妻は自分の食事をわが子に与え、一〇キロ近く痩せていたという。
そこまでして英治さん一家を縛っていたのは、暴力団に追われているという嘘と、上原からの暴力だった。

上原は体重が一二〇キロ近くある巨漢で、英治さんは日ごろから暴力を振るわれていた。
ある時からそれは特殊警棒のようなものになり、時には妻にもその暴力は向けられたという。
さらに、英治さんの一歳の子供にも、上原は自分の子供に命令し、叩く、けるなどの暴力を振るわせていた。

また、英治さん一家は常に上原の妻に監視されていた。伊東市内の貸別荘では、窓のすべてに鍵がかけられ、外から粘着テープで目張りされて開けられないように細工されていた。
用事で家族に連絡を取る際も、常にだれかがそばにいて、余計なことを言わないよう見張られていたという。
英治さん夫婦に対しては、それぞれを別の部屋で過ごさせ、お互いに「相手は子供を愛してない」などと吹き込んで疑心暗鬼にさせていた。

平成一四年六月一五日、たまたま上原とともに外出していた英治さんは、今しかないと思い隙を見て逃走する。
妻子のことは気になったが、それでも助けを求めるには逃げるしかなかった。そしてこの判断は正しかった。
伊東市内から妻の実家がある栃木県黒磯市までヒッチハイクをしながら三日かけて英治さんは戻り、そのまま黒磯署に助けを求めた。
事情を知った妻の父と警察署員らとともに、英治さんの案内で伊東市内の貸別荘へ戻り、ようやく英治さんの妻子は救出されたのだった。
発見時の妻は、殴られたような痕が多数あり、全治三週間のけがを負わされていた。

妻子を奪還した英治さんは一八日、心配をかけた母親・悦子さんと姉・美緒にも連絡した。実は英治さん家族が上原と行動を共にし始めた直後、「お前の家族も危ない」と吹き込まれていたことから、黒磯市に暮らす悦子さんと美緒に連絡して、福島の親類宅へ身を寄せるよう伝えていたからだ。
しかし、一度は電話に出た美緒だったが、その日のうちに連絡が取れなくなってしまう。

そして、伊東の貸別荘からは、上原たちの姿も消えていた。

(残り文字数:7,783文字)

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小心者~三島市・短大生暴行焼殺事件①~

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平成七年四月八日午後一〇時半

静岡県三島市長泉町土狩の路上を、町内在住の公務員男性(当時22歳)は自転車で家路を走っていた。
そこへ、走ってきた車が男性の進路をふさぐように前方に回り込み停車、車から人の若い男たちが下りてきた。
「金、持ってるだろ、出せよ」
唐突に絵にかいたようなカツアゲをされた男性は、当然断った。
直後、頭に激しい痛みが走る。男たちは木刀を持っていた。
殴られた。男性が必死に体をかばっている隙に、男たちは男性の財布を奪って走り去った。

二三日。
三島市若松町の駐車場内で、車上荒らしが発生。
会社員の所有する乗用車の中から、書類入りのバッグが盗まれた。
この事件で警察は、周辺の防犯カメラ映像や聞き込みから、若松町在住の男(当時二三歳)を割り出し、窃盗の容疑で逮捕した。
二二日、男は日に発生した路上強盗でも逮捕される。共犯の男(当時二一歳)も逮捕となった。

男らは罪を認め、二三歳の男は執行猶予中であったことから前科も併せての実刑となり、それから年間服役した。
男の名前は、服部純也。彼は一七年後の夏、死刑執行によりその人生を終えた。 続きを読む 小心者~三島市・短大生暴行焼殺事件①~

🔓小心者~三島市・短大生暴行焼殺事件②~

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逮捕

警察では犯行現場から、「土地勘のある人間の犯行」とみて聞き込みに力を入れていた。
そんな中、不審者、夜間徘徊者リストに名前があった服部の、当夜の目撃情報に目を付けた。
事件後には三月と六月の二度、大規模な検問なども実施されていたが、この時に服部の事件関与は全く浮かんでいなかった。
というのも、服部は事件の直後にひき逃げ事件を起こしており、二月末に出頭して逮捕されていたのだ。

警察では住民らの協力の下、不審者リストを作り上げ、現場の地理に詳しいもの、住民目線で見て不審者、あるいは犯罪の臭いがする人物などを調べていった。
その一人一人のアリバイ、素行調査、証拠資料との照合などを地道に行う日々が続く中、不審者リストにある服部のDNAと、現場に残されたDNAが一致したのだ。
もし、住民らの協力がなかったら、おそらく服部は重要人物とみなされなかった。しかも本人は別の事件ではあるものの、自ら出頭して罪を認め、実刑判決を受けていたのだから。

DNAというゆるぎない証拠があったものの、当初服部は全面否認だった。
「コンビニでナンパしたが、家に帰した」
服部の当初の供述はこうだった。
警察も、DNAが現場にあったということから、佐知子さんと最後に接触した人物の可能性が強い、ということは言えても、殺人を犯した張本人とは言い切れなかった。
とりあえず逮捕監禁と強盗の罪で逮捕したものの、本人の口から供述を得られたのは逮捕から一週間後、佐知子さんの自転車を遺棄した場所を自白し、その後殺害を認めることとなった。

【有料部分 目次】
無期は嫌
死刑になると思ってなかった弁護人
ふてぶてしさの反面
小心者

「嘘」~狭山市・二女児殺害事件①~

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平成13年11月16日深夜

「助けて!!子供が中にいるの!!!」

狭山市広瀬1丁目の河川敷で、車らしきものが炎上しているのを近所の住民らが発見。
気付いた住民らが消火器を持って駆け付けてみると、その傍らに全身ずぶ濡れの女性が呆然と立ち尽くしていた。
通報で駆け付けた消防により、車の火は消し止められたものの、車内の助手席と後部座席から小さな遺体が発見された。

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「嘘」~狭山市・二女児殺害事件②~

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その日

11月16日、その日は長女の学校での役員会が予定されていた。
ここしばらく、家事もままならないほど寝込んでいた里香だったが、抗うつ剤や安定剤などを服用して役員会に出た。
しかしこの日、体を無理やりにでも動かしたことで里香は、いっそ今日、すべてを終わらせたらいいのではないかと思ってしまう。

里香の頭の中は今日死ぬことでいっぱいになってしまった。

玲奈ちゃんが友達の家から帰宅し、里香は沙奈ちゃんを保育園に迎えに行くと、少し早めの夕食を娘たちに食べさせた。
ママの手料理を喜んだ玲奈ちゃんだったが、里香は玲奈ちゃんにこう話した。
「今日は、パトロールの日だから夜一緒に車で出かけようね」
おそらく玲奈ちゃんは喜んだだろう。ふさぎ込みがちな母親が、少しでも元気な様子を見れば、子供はうれしいに違いない。
そんな玲奈ちゃんと沙奈ちゃんが食後のコーラを飲んでいる間、里香はせっせと片づけをしていた。
その手には、家の権利証や預金通帳。
子供たちが飲んでいる飲み物には、すでにすりつぶした睡眠薬が入れられていた。
自分用の睡眠薬と水筒を準備していると、電話が鳴った。友人からだった。ほんの少し話をして、里香は子供たちを車に乗せた。

とはいっても、どうやって死ぬかは決めていなかった。
ふと、以前家族で出かけた入間川河川敷を思い出した。
「そうだ、車で川に飛び込めばいい」
午後8時、里香は入間川に到着、しかしおぼれ死ぬには水深が足りないように思えた。
うまく死ねずに途中で子供たちが目を覚ましては苦しませてしまう……
里香は思案しながら、ふとバッグの中のたばこに目が留まった。

助手席では玲奈ちゃんがすやすやと眠っている。里香は睡眠薬を飲むと、後部座席の沙奈ちゃんの傍らで目を瞑ったのだった。

懲役7年

里香は、元来周囲の目が気になり、一つの事柄をいつまでもくよくよ思い悩むという性格であったこと、そしてそれは執着といってよいほどだった。
里香はその時その時では、うつの状態が回復傾向にみえることはあっても、常に沙奈ちゃんの将来を思い悩んでいた。
沙奈ちゃんの将来に関する事柄が起きていないときにはそうでもないが、たとえば年度替わりや小学校入学など沙奈ちゃんの進路にかかわる事柄が迫ってくると、また悩みが始まるといった具合に、沙奈ちゃんのことが「執着」そのものであった。

3人の精神鑑定医による精神鑑定では、二人の医師が事件当時の里香は心神耗弱が認められ、完全責任能力があったかどうかは疑わしいとしたが、一人の医師は、心神耗弱の可能性はあるものの、事理を弁識して行動する能力は失っていないと鑑定した。

里香は、実父母との関係性を幼いころから悩んでいたという。詳細は明らかではないが、特に実母との関係においては、心に葛藤を抱いていた。
それは時に、手のしびれや頭痛となって表れたという。
また、献身的に家族を支えていたという夫との関係性にも、里香は人知れず悩みを抱えていた。
そんな状態でありながら、里香自身、壁にぶち当たった時に内省する能力が乏しく、不満を感じていても具体的な解決策を見出せないという特徴的な性格を持ち合わせていた。

鑑定医の一人は、そういった内因性のうつ病を発症していたのであり、事件当時は責任能力が失われていたと鑑定したが、残る二人の医師は、内因性ではなく神経性、もしくは反応性うつであるとし、元来の性格が引き起こしたというよりも、執着し続けた沙奈ちゃんの障害、ひいては将来への悲観がうつを引き起こしたものであり、犯行当日も行動に合理性が認められると認定した。
里香は犯行当時の記憶(どうやって、何を使って放火したか)が欠けていたが、里香が意図して放火したことは明らかであり、その動機も理解可能であるとした。
また、放課後、駆け付けてきた男性らに車内に子供がいることを告げており、事の重大性も十分認識できていたと判断。
よって、里香には犯行当時、完全に事理を弁識できない状況ではなかったとされた。

一方で、完全責任能力があったか否かについては、強い自殺念慮に支配されていたことや、いずれの鑑定でもその程度は重症で、心神耗弱状態を完全に否定するものではない、といった鑑定がなされていたことから、心神耗弱の状態は認められた。

判決では、里香の行為を自分勝手極まると厳しく非難したが、それまでの里香の母親としての心痛、自分を責め続けたことへの言及もあった。
母親として、娘にできる限りのことをしてきた。教育も、療育も、経済的にも時間的にも里香は自分のすべてを沙奈ちゃんに費やしたと言ってもいいだろう。
しかし、判決は懲役7年。これを重いと見るか軽いとみるかは判断が分かれるだろうが、放火(一つの行為)によって二人が死亡したが、長女玲奈ちゃんはいわば道連れであり、犯情の面で考えるとより重いため、玲奈ちゃん殺害について処断されたものだ(観念的競合)。
そして、心神耗弱が認められたためにさらに減刑となった。
里香はおそらく控訴せずに判決を受け入れたと思われる(情報なし)。

確かに里香は一生懸命沙奈ちゃんを支え、玲奈ちゃん沙奈ちゃんの良き母親であったと思う。
それが、沙奈ちゃんが病にかかり、その後の発育に影響が残るとわかった時の母親としての心中を察するとこればっかりは同情を禁じ得ないし、里香が自分を責め、いっそ死んでしまいたいと思うのは十分理解できる。
娘を、孫を失った里香の夫や祖母(里香の実母、夫の実母)らは、里香の犯した罪に衝撃を受けながらも、里香を今後も支えていくと話した。

しかし、里香はあの夜、嘘をついていた。

里香は子供たちに睡眠薬を飲ませた。それは、苦しませたくないというせめてもの母心のはずだった。
里香自身も睡眠薬を飲み、そのまま3人とも目覚めることはない、はずだった。

結果から言うと、里香は目を覚まし、熱さに耐えきれず車外へと這い出した。いや、目を覚ましたというよりも、起こされたのだ、沙奈ちゃんに。
車内で最初に目を覚ましたのは、妹の沙奈ちゃんだった。煙と熱さに恐怖を感じ、沙奈ちゃんは必死で傍らで眠る母を起こしたのだ。
その後、里香はどうしたか。
改めて言うが、里香は「心中」しようとしていたはずだ。心中を企てた人間だけが死にきれないという結末は掃いて捨てるほどあるが、里香の場合、我に返る瞬間があったのだ。
沙奈ちゃんが里香を起こした時点で、沙奈ちゃんは「死にたくなかった」ことがだれの目にも明らかだ。しかも里香は、消火活動をしている(といっても、どうにかなるレベルではもはやなかったようだが)。
しかし火は消せず、里香は自分だけ車外へと逃げた。炎に包まれようとする沙奈ちゃんと玲奈ちゃんを車から出すこともせずに、だ。
助手席にいた玲奈ちゃんはもしかするとこの時点ですでに死亡していたのかもしれない、しかし、後部座席のすぐ隣にいた沙奈ちゃんを「車外に出さなかった」のはなぜなのか。

さらに里香の言動は続く。
駆け付けた消防隊に、里香はこう話した。

「次女が(車内で)ライターで遊んでいた。次女は何をするかわからない子で・・・。ライターで座布団に火をつけたんだと思います。後部座席には紙も散らばってましたから」

里香は、沙奈ちゃんのせいにしたのだ。玲奈ちゃんの死も、沙奈ちゃんのせいにしたのだ。この心理は何なのだろう。
無理心中で自分だけ死にきれなかった人間は山ほどいるが、本気で死のうとしていた人間で人のせいにした人を聞いたことがない。
もちろん、里香は死のうとしていたと思う。けれど、最後の最後に「保身」に走ったのはどうやっても理解できない。ましてや、愛してやまなかったはずの娘のせいにする、これはどういうことなんだろうか。

里香のこのとっさの言葉に、すべてが表れているように思えてならない。
私のせいでかわいそうな娘。私が悪い、普通の小学校にも行けそうにない、かわいそうな娘…

里香が本当にかわいそうに思ったのは、里香自身だったのではないか。

娘のせいでかわいそうな私。娘が悪い、普通の小学校に行けない娘を持って、かわいそうな私…。

 

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参考文献
判決文