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平成26年9月24日
その日、千葉県銚子市の県営団地において強制退去が行われる予定であった。
対象は、その団地に7年前から入居している松谷美花(当時43歳)とその娘・可澄さん(当時13歳)が暮らす一室で、この部屋は長きにわたって月額12800円の賃料が延滞、あるいは滞納されていた。
この時点でも、最終支払いは前年の4月。それでも滞納額は10万2400円となっていた。
強制執行についての段取り、日時などは、入居者である美花には事前に知らせてはあったが、ここ数日は松谷親子とは連絡が取れていなかった。
鍵を開け、室内に入ると人の気配がある。
テレビの前に敷かれた布団に、娘がうつぶせに寝ていた。そしてその傍らで、呆けたような表情の美花が、テレビ画面を指さし、「これ、うちの子なの」などと言った。
その時点で、室内に入った執行官や業者らは娘が寝ているのではなく、死んでいるということに気づく。
美花は、テレビに映る鉢巻き姿の娘を指さし、
「頭に巻いてる鉢巻きで首を締めちゃった」
と言った。
事件にいたる経緯
その豊里団地に母娘が越してきたのは平成19年11月であった。
可愛らしい小学生の娘と、細身な母親の姿は、いつも一緒で仲の良いごく普通の母娘に見られていた。
美花は、団地に入居したとほぼ同時期に、給食センターでのパートを始めた。
時給は850円。
週に5日の勤務で、月収はおよそ10万ほど。
少なかったが、とりあえず仕事があるだけで安堵していた。それに、娘の児童扶養手当(月額換算で4万円)もあり、就学援助や給食費の免除もされていたため、母娘贅沢をしなければやっていけると考えていた。
「母子家庭だからと言って、娘に惨めな思いはさせたくない」
その、親として当たり前の気持ちを美花も持っていた。
娘には出来る限りのことをしてやろう、そう決めていた美花の普段の服装は、くたびれたTシャツにジーンズというものだったが、美花は気にしていなかった。
美花はバツイチであったが、元夫とは平成14年に離婚後も連絡を取り合い、養育費の支払いも順調ではないものの、あった。
この銚子に越してきたのも、元夫のアドバイスによるものだったし、母娘が暮らすこの団地にも、頻繁ではないが元夫も顔を見せた。
娘が成長するにつれ、女の子特有の「出費」がかさむようになる。
洋服、靴、アイドル関連の写真集やCDなどを、どこの子もそうであるように、娘も欲しがった。
また、平成23年の夏ごろには、テレビやブルーレイプレーヤーなども「どの家にもある」と考え、まとめて購入した。
翌年の冬、6年生になる娘の中学進学に備えて特別な自宅学習教材も購入した。塾に行かせる余裕はなかったが、かわりに自宅で学習できる環境をそろえてやりたかった。
さすがに出費が大きい時は、家賃を遅らせ、まとめて後で払うこともあった。
同じ頃、元夫が顔を見せなくなり、やがて養育費の支払いも止まった。
市役所で生活保護のことを聞いてみたが、給食センターの仕事を理由に「満額は出ない」と言われ、それならばと申請しなかった。
給食センターの仕事は、当然ながら学校が休みの時は仕事もない。
冬休みが明け、春休みが終わる頃には、家賃の滞納が4か月分になっていた。
平成24年の4月以降、家賃の支払いは常に遅れているのが常態化する。
督促状が来ると払う、自宅に徴収人がきたら払う、特に、仕事が長期の休みになる夏場は、滞納が6か月分になった。
翌平成25年。いよいよ娘が中学へ入学する準備が始まると、美花はさらに切羽詰ってしまった。
制服代や学校指定のバッグ、体操服などどうしても購入せざるを得ない学用品に支払う金がどうしても捻出できないと気づいたのだ。
そこで、社会福祉協議会から12万5000円の借り入れを行う。しかしまだ足りなかった。知り合いやママ友にもいくらか借りた。
そんな時、「すぐに貸してあげるよ」という金融屋がいた。そう、ご存知闇金である。
詳細は不明だが、当初7万円を手にしたという。しかし、最終的には5社から借り入れをし、各闇金に対して週に1万円ずつ(利息はトイチ)返してはまた借りるという状況であった。
平成25年の2月からは、闇金への支払いが増加しており、家賃に回す金は美花の頭にはなかった。
娘が中学に入ってすぐ、家賃滞納が9か月分に膨らみ、千葉県から明け渡し請求が行われ、その月の終わりには入居の取り消しが決まった。
4月になって、保険料未納で失効していた国民保険証を短期発行してもらうため、市役所を訪れた。
その際、窮状を察した窓口の職員から、生活保護の申請をすすめられる。
しかし、福祉課職員との意思疎通もうまくいかず、結局申請せずに帰宅してしまう。
その後2か月分の滞納家賃を支払ったのを最後に、家賃の支払いは行われていない。
7月には明け渡しと滞納家賃の支払いを求め、千葉県が提訴。しかし9月の裁判期日になんと美花は出廷しなかった。体調不良が原因で、その旨裁判所にも連絡したが、その後の手続きの説明の意味が分からず、結局何もしないでいたために弁明の機会も失われ美花は敗訴となる。
判決から半年後の平成26年5月。
千葉県は強制執行の通知を行った。美花は焦り、電話で明け渡しの猶予を求めたが、決まったことだと告げられる。
しかし、美花としてはまだ何とかなると思っていたようだ。
千葉県側の主張によれば、その電話の際に「8月には退去する」という話が出たため、強制執行の申し立ては8月半ばまで待たれた。
しかし、8月20日を過ぎても退去の気配はなく、連絡もないため、9月24日に執行する旨、自宅の壁に公示書を貼り、テーブルの上に催告書を置いた。
その後も美花から連絡はなく、9月24日を迎えることとなった。
沸き起こる行政批判
事件が発覚してすぐ、13歳の少女が犠牲になったということもあって、社会の注目を集めた。
過去にも貧困を苦にした一家心中などがあり、近年では生活保護をなるべく申請させないような役所の存在なども浮かび上がっており、今回のケースでも銚子市役所は槍玉に挙げられた。
同じく、団地を管理していた千葉県に対しても、母子を救う手立てがあったはずだと、その行政のあり方に多くの批判が集まった。
そもそも母親が娘を殺した事件であるのに、いつしか心中事件であるというような報道がなされていった。裁判には市や県の担当者も出廷し、弁護人から厳しく追及される場面も見られた。
2015年には、この事件を調査し、再発防止に役立てようと、「千葉県銚子市・県営住宅追い出し母子心中事件現地調査団」(なげぇよ)なる団体が結成され、その調査報告は「なぜ母親は娘に手をかけたのか」と題して書籍化された。
この調査書では、母子が銚子へ来る前の話から元夫との関係、家賃を滞納した理由、転がり落ちるように破滅の道をたどったその背景に焦点が当てられている。
大学教授や弁護士、県議会議員などがそれぞれの専門的立場からこの事件の背景、問題点などをまとめているのだが、なんとも違和感だらけ、なぜそこまでこの松谷美花という娘を殺した母に同情し、擁護しまくるのか、甚だ疑問だらけの調査報告書であった。
確かに県や市の対応というのは機械的で、言葉足らずな面、面接時の空気の読めなさ、1人1人に対する細やかなケアがなされなかった点は批判されてしかるべきであろう。
保険料を滞納していることから、生活保護申請をすすめ、福祉課では丹念な聞き取りと相手の心を読むかのように生活保護申請手続きを行う、そこまで求められているのだとしたら、福祉課の窓口にはメンタリストみたいな人を置くしかない。
また、公営住宅においては、酌むべき事情がある場合は特別な計算に基づき、家賃減免措置というものがある。
美花の場合、それの最大減免対象に該当するのだから(なぜか断言)、家賃は2000円台にまでさがり、美花が支払った家賃を換算すれば10か月以上の賃料に相当する、したがって、役所がしっかり見極めていればこのような事件は起こらなかったというものも、この事件でよく言われることの一つである。
ただ、健康で仕事が出来、母子家庭といえども子供は一人で、さほど酌むべき事情があるとは言えない美花が、減免のしかも最大減免に該当したかどうかは怪しいところだ。
そもそも、この事件の本質は行政の対応や法律にあるのではない。断じて、ないのだ。しかも、母子心中だの、追い出しだの、おおよそ事実とは違う言葉を使ってセンセーショナルに報じ、世間をミスリードするかたちをとっているのは問題だ。
それを、調査したお偉い方々は徹底的な見て見ぬふりを貫いている。
女手一つで必死に娘を育て、働き、それでも収入が足らず誰にも相談できず、行政にも見放された可哀そうな母子・・・
しかし実態はそうではない。結論から言おう、これは金もないのに見栄をはって、やるべきことから目を背け、都合の良い言い訳ばかりを並べた悲劇のヒロイン気取りの頭の悪い女の話だ。
【有料部分 目次】
美花のそれまで
貧困の本当の理由
勘違いの自己犠牲
貧困などとは無縁の「調査団」
貧困のリアリティ
あえて言いたい、ふざけるな。