🔓ダウト~練馬・3歳女児傷害致死事件~

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福岡篠栗町で起きた5歳男児虐待餓死事件。
逮捕起訴された母親の裁判はすでに一審判決が出たが、この事件にはもう一人の母親の存在がある。
被害男児の母親が涙ながらに罪を認め、自分の愚かさを今更ながらに深く後悔している一方で、もう一人の母親は自身の裁判のことしか頭になかった。

被害男児の母親の裁判で証言台に立ったものの、自身の裁判が控えているので何もしゃべりません、と言い放った。

彼女は、被害男児の母親のママ友だった。

逮捕起訴され、本人はどう思っているのか。
求刑を大きく下回る判決となった被害男児の母親。これはある意味ママ友からの洗脳、影響が大きく関係していると認定されたに等しい。
となると、ママ友の裁判は非常に厳しいものになるのでは、という予想もされる中、過去の事件を見ていくとなかなかママ友による唆しや洗脳といったことの証明の難しさも見えてくる。
ましてや、そのママ友が致命傷を与えたと言い切れなければ、傷害致死すら、危うい。

平成17年、練馬区で当時3歳の女の子が激しい虐待の末に意識を失い、病院に搬送されるもその18日後に死亡するという痛ましい事件があった。
当初、逮捕されたのは母親。しかしすぐに処分保留で釈放となり、代わりに逮捕されたのは、母親の女友達だった。
のちに二人とも傷害致死で起訴されたが、その顛末は何から何まで胸糞、そして、ママ友(というか女友達)、心理的な問題のある事件の難しさを突きつけるものとなった。

「八月の母」と伊予市団地内少女監禁暴行死事件

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先日Twitterで「八月の母」を読んで感想を書いてほしい、という話があった。
この、「八月の母」を書いたのは悲しきデブ猫ちゃんで愛媛新聞購読者にはお馴染みの、早見和真氏である。
早見氏のことは皆さん検索していただくとして、この「八月の母」という本は実に事件備忘録的な本であり、完全なフィクションではあるけれど、実際に起きた事件がベースとなっている。

平成26年八月のあの日、私は夫の実家のある久万高原町にいた。夕食の準備をしながら見ていたニュースに、全員が「これ、ちょっと……」と言ったきり言葉をなくした。
伊予市の市営団地の一室で、若い女性の遺体が発見されたというニュースだったが、その時点でそれが集団によるリンチの末の死であること、女性が監禁状態にあったことなども併せて報じられていたからだ。

年代的に私は綾瀬のコンクリ事件を思い出した。
被害者は松山市内の10代の女性で、逮捕されていたのが現場となった団地の一室の主である女と、その子供たちが含まれていたことも衝撃だった。
団地、家出少女、未成年者のたまり場、シングルマザー、もうこれだけでお腹いっぱい的な話ではあるが、私はこれが「伊予市」で起きたことにも実は重きを置いていた。
事件の全容は、未成年者がかかわることもあってかなり抑えめだったように思う。途中からは主犯とされた母親の名前さえ伏せられることもあった。
報道をつなぎ合わせれば、たまり場と化していたその団地の一室に、いつからか入り浸るようになった被害者が、家族の感情のはけ口にされ日常的に暴行されるようになり、歯止めが利かなくなった末に命を落とした、というもの。
殺人ではなく、傷害致死である。集団心理という言葉も取り上げられた。

その事件をもとに書かれたのが、「八月の母」である。

この本は、フィクションではあるものの作中には実在する町の名前がでてくる。地元の人間ならばどこなのか、どの店なのかまでわかるほど、場所を意識して書かれている。それが、事件備忘録でよく話題になる「場所と事件の関係性」を意識させ非常に興味深く読んだ。
内容的に結構なネタバレになることはあらかじめお断りするとして、実際の事件と私が生まれ育った愛媛を取り混ぜながら本の紹介と読書感想文を書いてみる。

以下、ネタバレOKな方のみお進みください。嫌な人はまず本を読もう。
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🔓逃げる女、追いかける男~3つのDVにまつわる事件~

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一度は愛した相手が肉体的、精神的、経済的、性的に暴力を振るうようになったら?
結婚前にはわからなかった、相手の本性はなぜか、そう簡単に別れることが難しいような状況になって初めて明かされることが多い。

たとえば結婚して、子供が出来るまでは、妻が仕事を辞めるまでは、家を妻の実家近くに建てるまでは……
男女問わず、相手の本性を知ったときにはすでに身動き取れない状況になってしまうこともある。

しかも厄介なことに、それらDVについて世間と被害者の受け止め方に大きなズレがいまだに存在するのだ。
束縛されるのは愛されているから、別れるなんて子供がかわいそう、専業主婦させてもらえるなんて羨ましい、女性からの暴力なんて可愛いもんだろう、そういうあなたにも悪い部分があるんじゃないの……

多くのDV加害者は非常に外面がよく、他人には良い夫、良い妻に見られがちである(人前でもやる奴はただのアホである)。だから被害者は相談しても周囲に理解してもらえず、そのうち相談すらできなくなり、自分が死ぬか相手を殺すかはたまた全員で死ぬかみたいな話に発展することもあるのだ。

配偶者ならば無理矢理SEXしたっていい、配偶者ならば子供の面前で罵倒したって良い、そんな勘違いをしている人は令和になっても山ほどいる。

配偶者であってもやっていいことと悪いことがあるという基本の事件、接近禁止命令下での凶行そして、邪魔した人を殺害した事件。
(以下の文章について無料部分有料部分にかかわらず、YouTubeその他への無断使用はお断りします) 続きを読む 🔓逃げる女、追いかける男~3つのDVにまつわる事件~

🔓あなたが、お前が、望むこと~大阪・長女三女殺害事件~

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「ありさ、泣いてるで」

また始まった。いつもこうだ。この子はあんたの子でもあるんや、なんで自分で抱いてやろうとかせぇへんのやろ。
「あんたが起きたらええやんか」
7月の蒸し暑さがまるで澱のように部屋に垂れ込める。
しばしの口論の後、夫はそれでも背中を向けたまま動こうとしない。

もう限界だった。全然かわいくない。
低い声で泣く娘の傍らに座りなおすと、女はおもむろに娘の顔面を拳で殴りつけた。それでも気がおさまらず、柔らかなその腹部にも拳を叩きつけた。泣き声ともうめき声ともつかない、その声は耳をふさぎたくなるほどだった。
女はそのまま娘の胸ぐらをつかみあげると、自分の肩の辺りまで娘を持ち上げ、そのまま布団の上に2~3回叩きつけた。
もう、娘は声をあげなくなっていた。

女は娘を抱き上げ、炬燵が置かれた部屋に移動、上半身をねじると背後で背を向けて寝たふりを決め込んだ夫にこう告げた。

「止めへんかったらどうなっても知らんから。」

夫は女を見た。しかし、一度目を合わせただけで、黙ったまま再び背を向けた。

女はそのまま、娘を炬燵の天板に叩きつけた。

【有料部分 目次】
平成9年7月21日
長女の不審な死
連続殺人
ふたりのそれまで
小さい娘
望まない子
保険金
地裁の判断
共同正犯
鬼となった女

疑惑の夫〜藤沢・とある損害賠償請求事件〜

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重過失事件についてまとめていた際、気になる損害賠償請求事件を見つけた。
これは原告が実子、被告は実父。原告が幼いため、実母が法定代理人となり起こした訴訟である。

要旨としては、父親の度重なる過失、重過失により後遺障害一級の後遺症を負った原告(子)が、両親の離婚後、取り決めされていた養育費を一方的に減額されるなどしたことから、父親に対して責任の所在を明確にし、改めて損害賠償を請求し認められた(一部)というものなのだが、この父親がやらかしたこと、そしてこの父親の人間性が非常に興味深かったのだ。

最初に断っておくが、夫は刑事事件として罪に問われていない。あくまでも、過失。
この損害賠償の裁判の中でも、それが過失であるとは言い難いと言及されているものの、故意であったと断定することもしていない。

のらりくらりと逃げおおせた事件とは。

事件まで

主な登場人物は、裁判の原告である当時9歳の男児、その法定代理人である実母、そして疑惑の夫である。
ここでは原告の男児を横山圭太くん(仮名)、母親を横山明日香さん(仮名)、父親を渡辺芳雄さん(仮名)とする。両親の苗字が違うのは、訴訟当時すでに離婚していたからである。

明日香さんと芳雄さんが婚姻したのは、昭和62年12月13日。平成元年には長男・圭太くんが生まれ、家族は神奈川県藤沢市内のアパートで生活していた。
本来、新婚で赤ちゃんも無事産まれ、大変ながらも充実した幸せな日々のはずだったが、明日香さんにはある悩みがあった。
それは、夫・芳雄さんの、圭太くんに対する接し方だった。

圭太くんが2ヶ月の頃、夜泣きがひどい時期があった。明日香さんはその都度両手で抱き上げ、落ち着くまで胸に抱くなどしていたが、芳雄さんはそんな時、抱き上げたりせずに泣いている圭太くんの口を手で押さえることがあったという。
理由は、「泣き声が耳に触る」というもので、声が漏れないようにかなり強く抑えることがしばしばあり、圭太くんの鼻の下は押さえられたことで赤く擦り切れることがあった。

気づいた明日香さんが驚いて、そんなことはしないでほしいと訴えても、芳雄さんは圭太くんが泣き止まないとまた口を押さえていたという。

芳雄さんは赤ちゃんの泣き声がことのほか嫌いだったようで、圭太くんを押し入れに閉じ込めることもあった。明日香さんのように、泣き止むまで抱いてやるどころか、普段から「重たい」と言って圭太くんを抱くことも嫌がった。
買い物に出ても、連れて歩くことを嫌い、圭太くんを車中に残していこうとすることも度々だったという。

夫のあまりに子供じみた性格に不安を覚えながらも、明日香さんは常識的な子育てをしていたこと、その両親らの手助けによって圭太くんは成長していった。

しかし、圭太くんが生後2か月の時、ある事件が起きた。

火傷事件

平成元年11月18日、その日は明日香さんの友人の結婚式の日だった。乳飲み子を抱えて出席は出来ず、かといって、普段から子育てが苦手な夫はまず圭太くんの面倒を見てなどくれないだろうと思って出席を躊躇していたが、芳雄さんは「圭太は俺が見ているから、結婚式に出て来いよ」と言ってくれた。

明日香さんは芳雄さんに頼み、結婚式に出席した後夕方頃帰宅した。

すると、自宅アパートには芳雄さんも圭太くんも姿が見えなかった。
実家にでも行ったのかな?そう考えて実家へ行ってみると、芳雄さんがいた。
明日香さんが口を開く前に、芳雄さんは「ごめんなさい」と謝ってきたという。なにがごめんなさいなの?そう聞いた明日香さんだったが、圭太くんの顔を見て仰天。
圭太くんの顔の左頬がガーゼで覆われていたのだ。広範囲のけがをしたのは一目瞭然で、慌ててガーゼをめくると、そこには左頬全体に火傷と思われる傷跡が、そして、鼻の下が切れていた。

明日香さんの両親が芳雄さんに「なぜこんなことに」と問うと、芳雄さんは説明を始めたのだがその説明はにわかに信じがたいものだった。

「左手で圭太を抱いたまま、右手にやかんをもってコーヒーを入れようとしたら圭太が暴れた。その拍子に圭太とやかんを落としてしまった」

状況が分かるだろうか。
明日香さんはその説明に不審なものを感じたという。というのも、つい一週間ほど前に明日香さんの両親があまりに抱き方が下手な芳雄さんに対し、「赤ちゃんを抱くときは片手ではなく、両手で抱き上げなさい」と指導していたばかりだったことや、圭太くんの鼻の下が切れていたことから、いつものようにうるさいからと口を押さえたことは間違いないとみたからだった。
ただこの時は、明日香さんも両親も今後気を付けるように、と諭し、明日香さんの父親は「絶対に片手で抱き上げてはいけない」と再度芳雄さんに注意した。

しかしその後も、明日香さんに何度注意されても芳雄さんが圭太くんの口をふさぐ行為はやまなかった。
さらに、芳雄さんと圭太くんが風呂に入っていた時、突然圭太ちゃんが静かになったので明日香さんが風呂を覗くと、芳雄さんが
「あんまり泣くからお湯に沈めてみた」
と話したという。明日香さんは信じられない思いで、そんな危険なことは絶対にしてはいけないと強く抗議した。

しかしまたもや事件は起きた。

傷害事件

圭太くんは生後三か月を過ぎ、ミルクもよく飲むようになって夜泣きもかなり減っていた。芳雄さんも、圭太くんの夜泣きが減ったことで以前ほどは乱暴なやり方で泣き止ませようとはしなくなっていた。

平成2年1月21日、その日は友人家族を自宅に招く予定になっていたため、準備を済ませた明日香さんは圭太ちゃんに十分ミルクを与えた後で、二時間ほど美容院へ出かけた。
この時も、芳雄さんが圭太くんをみているから行っておいで、と言ったという。

しかし明日香さんが美容院から帰宅すると、二人の姿はなかった。
また実家か?と思って明日香さんは自分の実家へと向かう。そこで、母親から
「芳雄さんが圭太を落としてしまって、今病院にいる」
と告げられた。母親の様子から、圭太くんの容態が安心できないと感じた明日香さんの予感は的中、その時点で圭太くんは意識不明の重体だった。

病院では激怒した明日香さんの父が、芳雄さんを問い詰めていた。
なんでまた落としたのかと聞かれた芳雄さんのいいわけは、他人の私でも殴りたくなるようなものだった。

「うつぶせにしていた圭太が泣き出したので、左手で抱き上げた。その時たまたま右手に掃除機を持っていたので、落としてしまった」

またか。またかお前。またお前は片手で反対の手にものを持った状態で赤ん坊を抱き上げたのか。

この時はさすがに明日香さんも芳雄さんを信じることができず、芳雄さんを問い詰めた。
そもそも抱くこと自体を嫌がっていた芳雄さんが、なんでわざわざ明日香さんがいないときに限って圭太くんを抱こうとするのか。抱くにしても右手にものを持っていたならそれをまずおいてから抱けばいい話である。

しかも一度大変なけがを負わせた経験があるにもかかわらず、また同じことをやったのだ。そして今回は、取り返しがつかない事態になっていた。

後遺障害一級

圭太くんのけがは相当に深刻だった。
搬送時、頭蓋内亢進は顕著で、硬膜下血腫、硝子体出血、両目網膜剥離、呼吸停止、無酸素血症または低酸素血症、外傷起因の脳挫傷、そして脳は委縮までしていた。

診察した医師によれば、これらはターソン症候群と呼ばれる状態であり、その症状は小児の外傷では稀なケースだという。

ターソン症候群は、自動車事故など相当強い衝撃を頭部に受けないと起きない症状で、ベッドから落ちた、手で殴られた程度では起こり得ず、子供の場合はまず起きないという。
しかも圭太くんは脳内出血がひどく、普通の衝撃では考えられない重傷だった。

圭太くんはこの時点で、両眼は失明状態。

医師は、両目と脳に同時に障害が起きている状態は珍しく、どうやればこんなことになるのか教えてほしいくらいだと述べ、芳雄さんがいう、「片手で抱きあげて落した」という説明は不可解だと述べた。
加えて、ほかにあざなどがあればすぐに「被虐待児症候群」を疑うとも話していた。

明日香さんや両親らの芳雄さんへの疑念は、どんどん膨らんでいく一方だった。

調停からの訴訟

二度目の事件後、明日香さんは芳雄さんに対し夫婦関係調整の調停を申し立てた。目的は、芳雄さんがこの事件(事故)について反省の度合いが浅く、かつ、息子に対して責任を果たそうとする気持ちが見られないことから、芳雄さんに法的に責任があるのだということを明らかにしたい、というものだった。

息子に後遺障害一級の後遺症を負わせておきながら、その責任を感じているように見られないというのはちょっとどういうことか想像が難しいのだが、明日香さんは調停ではなく、刑事告訴も検討していた。
しかし、芳雄さんの親戚に懇願されたことや、もしも刑事告訴して有罪になって服役することになれば、圭太くんにかかる介護費用の捻出が難しくなることなどを踏まえ、とにかく父親としての責任をしっかり自覚させたほうが良い、という判断があった。
もちろん、この調停を申し立てる以上、芳雄さんとの離婚は想定内だった。

この調停は平成4年12月に成立し、芳雄さんは明日香さんに対し2716万円の慰謝料を支払うこと(内容は離婚による財産分与も含まれる)、圭太くんの養育費を月額12万円支払うこととなった。

この調停をもって、明日香さんは芳雄さんと離婚、圭太くんとふたりで新しい人生を歩んでいく、はずだった。

しかし明日香さんは平成7年、芳雄さんを相手取り、圭太くんの法定代理人として損害賠償請求を起こした。いや、正しくはそこまでせねばならない事情が起きていた。

無責任男の面の皮

芳雄さんと明日香さんの夫婦関係調整の調停は、特にもめたりすることもなく成立していた。
ところが、決められたはずの養育費がきちんと支払われることはなかった。当初は支払われていたというが、次第にそれは滞るようになり、挙句、芳雄さんは養育費減額の調停を申し立てた。

それは、自身が再婚し、しかも新しい子供が生まれたからだった。

お前は子供が泣くことが嫌なんじゃないのか、抱くことも満足にできず二度も殺しかけたのではないのか。なのにまた子供作ってさらには自分のせいで一生に渡る後遺症に苦しむ羽目になった息子に対する養育費を減額ぅ!?
芳雄さんというのは言葉を選ばず言うとどこか欠陥があるのではないのかと言いたくなるほど、人としての社会的な常識、当たり前の感情、良心みたいなものが欠落しているとしか思えない。

これには明日香さんも堪忍袋の緒が切れた。明日香さんは調停の際、どんなに出来そこないの父親でも父親に変わりはなく、圭太くんに愛情を持っているはずと思っていた。だから、まさか将来、養育費の減額などという恥知らずなことをしでかすとは思いもよらなかったのだ。
さらには、一方的な申立で審判が下るということも、知らなかった。

常に介護が必要な圭太くんがいる以上、明日香さんは仕事に就くことも難しく、正直芳雄さんからの養育費に頼らざるを得ない部分があった。
それが減額となれば、もう生活は成り立たない。もっといえば、こんな無責任男が将来その減額された養育費すら払わなくなる可能性は非常に高かった。

考え抜いた挙句、明日香さんは圭太くんのために損害賠償請求を事故から5年たった時点で起こした。

争点

損害賠償請求では、当然ながらあの「事故」は①本当に事故だったのかということも争われた。
加えて、被告である芳雄さんが、②すでに消滅時効が完成していると主張したこと、そして、③明日香さんによる請求は権利の濫用に当たるということ、④原告の請求は調停時に生産されている、という主張もなされていた。

簡単に言うと、②については、時効の起算点がいつなのか、ということなのだが、芳雄さんは事故発生から5年目で消滅時効の援用をしているため、通常であれば消滅時効は完成していると思われた。
しかし、明日香さんの主張は離婚成立までは互いに親権者であり、その間損害賠償請求をするのは事実上不可能だったことなどをあげ、時効の起算点は明日香さんが事故を知った日ではなく、芳雄さんにその権利が発生する離婚成立時であるというものだった。

これについて裁判所は、明日香さん側の言い分を概ね認め、損害賠償に至った背景には芳雄さんの不義理が大きくかかわっていることにも言及、起算点は離婚成立時であり消滅時効は完成していないとした。

③については、芳雄さん曰く「愛情に基づく生活共同体を形成する親子間において、みだりに市民法による権利の主張としての損害賠償請求権の行使は権利の濫用である」、というのだ。
あきれてものが言えないのは裁判所も同じだったのか、そもそも芳雄さんと圭太くんの間に「愛情に基づく生活共同体を形成する」事実が認められないとして、その主張には理由がないとして退けた。

④について、芳雄さんの言い分は調停時に離婚に関する紛争はすべて解決していて、明日香さんと芳雄さんの間に債権債務は存在しない、と主張したが、これについても裁判所は、簡単に言うと、
「お前が養育費払わんからしかたなく起こした訴訟やぞ、しかも今回の訴訟はお前VS息子であって、元妻は息子の代理人でしかないんやから関係ない。息子との間に債権債務が存在してないとは、離婚調停で決まってないやろ」
として退けた。

そして①について。
あの事故はそもそも「事故」だったのかどうか、ということについても判断がなされた。

悔やまれる刑事告発見送り

芳雄さんの圭太くんに対するそれまでのかかわり方は、事故以外の面を見ても不適切どころか、愛情すら感じられないものだった。
また、自分の欲求を通すためには圭太くんが危険な目に遭っても気にしない、そんな一面があった。

ある時、夫婦げんかの延長で明日香さんが圭太くんを抱いて家を出ようとしたことがあった。
すると芳雄さんは、明日香さんに追いすがってあろうことか、腕に抱かれていた圭太くんの頭を持って室内に引き戻そうとしたという。
そのころまだ生後1~2か月であり、首も据わっていない時期だ。

常識的に考えてそのような行為に及べる人がどれほどいようか。

二回目の事故の際、明日香さんに対して芳雄さんはこうも発言している。
「泣いている圭太はかわいくない。圭太が泣くと、自分が責められているような気分になる」
これについては、わかるような気がするという人もいるだろう。しかし、芳雄さんの場合は度が過ぎていた。

思い通りにならない相手はとにかく気に入らない。これを育児に持ち出しては、事件が起きてしまう。

実際、芳雄さんの「過失」は裁判所としても不自然極まりないと結論付けた。
そもそも、普段から抱くことを嫌い、そんな芳雄さんが抱いても圭太くんが泣き止むことはそれまでになく、むしろ不自然な抱き方をされてさらに大泣きするといった具合で、なぜこの日、用事をしているにもかかわらず圭太くんを抱き上げようと思ったのか。

二度目の事故の際もその状況は不自然だった。
芳雄さんは掃除機をかけていたと話したが、実は明日香さんは外出する前に芳雄さんの部屋以外はすべて掃除を終わらせていたのだ。
友人の家族を招いていたことは事実だが、だからと言って芳雄さんがわざわざ掃除機を掛けなければならなかった理由はなかった。

明日香さんも当初から疑念を抱いており、この二度目の事故の際には、これは事故ではなく芳雄さんの故意によるものだと思ったという。

裁判所は芳雄さんの供述は不自然でにわかに信用できないとし、泣いている圭太くんに腹を立て、芳雄さんが発作的に圭太くんを落としたか、放り投げたのではないかとの疑念を払しょくしがたい、と述べた。
そのうえで、この証拠だけではそこに故意があったかどうかまでは判断できないとしたが、傷害事件の発生原因としては芳雄さんに重大な過失があると認定した。

そして、明日香さんが圭太くんの代理人として請求した賠償金額3000万円についても、逸失利益などを計算すれば約7000万円にのぼるとし、その中の3000万円の支払いを求めた請求には理由がある、として認めた。

民事裁判としては、圭太くんの事故は父親である芳雄さんの重大な過失が認定されたわけだが、正直これは事件だと思われる。
ケガの状態と、芳雄さんの説明はまったくかみ合っていないのがすべてだろう。大人の腰くらいの高さから落としたとしても、親ならば咄嗟に手も足も出るはず、少しでもショックを和らげようとするものだ。
であれば、たとえ床に頭から落ちたとしても、ここまでのけがに至るはずなど医学的に有り得ない。

にもかかわらず、時間が経過しすぎていたために事件とはならなかった。
明日香さんは当初刑事告発を考えていた。もしもあの時点で告発していれば、芳雄さんはどうなっていただろう。
明日香さんが芳雄さんの人間性に賭けた部分が大きいとは思うが、残念ながら踏みにじられた。こんなことなら、さっさと芳雄さんを虐待で刑務所にぶち込んでおけばよかったと、明日香さんもご両親も思わずにいられなかったろう。
しかも明日香さんの人を信用する気持ちが、逆に一つの虐待事件を闇に葬ってしまった感もある。

明日香さんはピアニストになる夢があった。圭太くんにも、無限に広がる素晴らしい未来があった。それらはすべて、夫で有父親である芳雄さんによってぶち壊された。

芳雄さんはその後どんな人生を送っているのだろう。
新しくもうけた子供は、もう落とさなかっただろうか。

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参考文献

平成9年9月25日/横花地方裁判所/第6民事部/判決/平成7年(ワ)2678号