みじめな夫がやり過ぎた妻につけたおとしまえ・昭和版~日光市・不倫妻殺害事件~

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東京高裁にて

この日、ある殺人事件の控訴審判決が言い渡された。
控訴したのは検察側で、量刑不当が主訴だった。原審での判決は、殺人事件であるにもかかわらず、懲役3年しかも執行猶予がついたのだ。
検察は、こんなことでは世間一般の道義的観念を満足させられない、どれほど被告人の主観的心情に同情したとしても殺人という重罪を犯した者に対する刑罰が軽すぎるのでは治安を維持できないと主張。激おこだった。

しかもこの事件は、子供の面前で父親が無抵抗の母親を斧で頭部を滅多打ちにするという残虐非道なものだった。

それを踏まえての東京高裁の判断は、「控訴棄却」。
原審を支持する、というものだった。

裁判でも「みじめ」といわれた夫がつけた、やり過ぎた妻へのおとしまえ。

昭和39年、夏

男は子供たちを家の中に追いやると、玄関先で妻の帰りを待った。
家の中に入ってしまったら、子供たちにケンカしているところを見せてしまう。
一体、妻は何を考えているんだろう。何度言っても分かってくれない。
そんなことを考えていると、その妻が何食わぬ顔で帰宅した。男は妻を捕まえると、「どこへ行ってきたんだ」と聞いた。いたって、冷静に聞いたつもりだった。
「どこ行ったっていいじゃないか!」
対する妻の返答は、自分の立場や状況を分かっての態度とは思えぬほど、辛辣で捨て鉢な、開き直った態度だった。

そのまま男を無視して、子供たちのそばに座り込んだ妻との間で、口げんかが始まった。子供たちは不安そうな顔で押し黙っている。
「どこへ行ってたって、いいじゃないか。」
再び、妻は男に対して言い捨てた。

男の堪忍袋の緒が切れる音がした。

男は咄嗟に手近にあったものを掴むと、妻の頭部めがけて振り下ろした。意図してそれを選んだわけではなかった。しかし、振り下ろしたそれは、手斧だった。
1度殴ってしまった男は、もうどうにもそれを止められず、なんども妻の頭めがけて振り下ろす。
妻の顔はみるみる血に染まり、そして絶命した。

夫婦のそれまで

この事件で逮捕起訴されたのは、日光市在住の武田彰伸(仮名/年齢不詳、おそらく40歳前後)。殺害されたのは妻のキミイさん(当時36歳)。
彰伸は小学校卒業後、農家の子守や徴用工を経て招集され、現役の兵隊として軍隊に所属していたところ、終戦となって帰郷した。
農業を営んでいた昭和22年、キミイさんと見合いで結婚、二男一女にも恵まれた。
元々、言語障害があった彰伸だったが、温厚でまじめな性格、酒もたばこもやらないという実直な男だった。
昭和36年、日光市内の建設会社で働き始めた彰伸は、その真面目な人柄が評価され、同建設会社会長からも非常に信頼されていたという。
妻のキミイさんも、末っ子が5歳になったころから同じく日光市内のコンクリート会社で働くようになった。
口数の少ないおとなしい夫に対し、キミイさんは明るく勝気な性格だった。それが、バランスの取れた良い夫婦に見えていたし、実際年の離れた子供が出来たことからも、夫婦仲もよかった。
戦後の、決して裕福とは言えない生活だったが、夫婦で力を合わせて家庭を築き、周囲からも何の問題もないと思われていた。

が、昭和394月。突如家庭に暗雲が立ち込める。
キミイさんが働いていたのはコンクリート会社で、圧倒的に男性が多い職場だった。そこでキミイさんは、14歳年下の原田という男と不倫関係になってしまったのだ。
キミイさんの不倫はすぐに彰伸の知るところとなり、驚いた彰伸がキミイさんにそんなことはすぐにやめるよう言ったところ、キミイさんも謝罪し、もう原田とはそんな関係にはならないと約束した。

安堵した彰伸だったが、お察しの通りキミイさんと原田の関係はすぐに再燃した。

開き直る妻

一度バレたことでなのかなんなのか、キミイさんは次第に大胆になっていった。
彰伸に対しては、残業になったとか、休日出勤になったとか、様々な理由をつけて騙していたようだが、会社内での不倫はすでに周囲の噂になっていた。
それでもおかまいなしに、キミイさんは原田との逢瀬を楽しんでいたという。
そして彰伸も、キミイさんがいまだに不倫をしているという事実を知り、愕然とするとともに、14歳も年下の男にうつつを抜かしているということはことのほか世間体も悪く、なんとかキミイさんの不倫をやめさせなければと気をもんでいた。

叱ってもだめなら、諭すように話してみたこともあったが、元来口下手な男である。勝ち気で口達者なキミイさんに太刀打ちできるはずがなかった。
キミイさんは彰伸がその話を持ち出すたびに、「ならば離婚したっていいんだ!」と強気な態度に出る始末で、途方に暮れる彰伸の面前で原田から預かった汚れ物を甲斐甲斐しく洗濯してみせるなど、完全に彰伸を馬鹿にした態度に出ていた。

この頃彰伸は、そんなキミイさんに対して注意する回数を3回に1回くらいにしていたという。口うるさく言っても逆効果と思っていたのだろうか、しかしそれでもキミイさんの態度が改まることはなかった。

それどころか、14歳になっていた長女に対し、「今日は彼氏とデートだよ」などと臆面もなく話すなど、子供たちに対してもあからさまな態度を見せていた。

6月、あまりになめた態度に業を煮やした彰伸は、薪でキミイさんの頭を叩いたことがあったが、結局彰伸が謝罪するという羽目になってしまい、まったく意味をなさなかった。

そんなキミイさんの態度を知ってか、相手方の原田も相当な開き直りようだった。
会社で噂となり、同僚らから窘められても意に介さず、むしろ彰伸にバレているとわかってからはかえって積極的にキミイさんとの不倫を楽しんでいた。
それに呼応するように、キミイさんもまた、原田との不倫にのめり込んでいった。

彰伸はなんとか物理的にキミイさんと原田を遠ざけようと、キミイさんに対しコンクリート工場をやめ、自分と同じ建設会社で働かないかと持ち掛けた。
しかしキミイさんは頑として聞き入れないばかりか、「あそこで働くんならこんなところにいない」と口答えし、とりつくしまは全くなかった。
幼い子供らの世話もそっちのけで原田との情事に溺れるキミイさんに代わり、日々仕事と子供らの世話をしながら彰伸は、ある時会社の創業者でもある会長夫妻、専務に相談した。加えて、キミイさんの同僚女性らにも恥を忍んで夫婦の内情やキミイさんと原田のことを打ち明けた。
そこで、原田が実は過去に交際していた女性もキミイさん同様年上の女性で、しかもその女性を二度にわたって妊娠させていたことなどが判明。上司や同僚の女性らが原田に対して不倫をやめるよう注意されても原田は意に介さず、キミイさんもそれを知ってか、会長夫妻から直々に注意されてもそれを聞き入れることはなかった。

すでにキミイさんと原田の関係は、たとえそれがどんな立場の人であっても他人が注意してどうにかなるようなものではなくなっていた。

その日、キミイさんは日光市宝殿町の旅館で原田と会い、飲酒して帰宅していた。
そして先述の通り、彰伸との押し問答の末、子供らの面前で惨殺されてしまった。

納得しうる裁判

犯行の結果の重大性を考えれば、地裁の判決は意外といっていいものだった。
懲役3年、執行猶予5年というのはたしかにどれほど被害者に非があったとしても殺人であり、また過剰防衛や嘱託殺人、無理心中の類でもないわけでなんでこうなった、と検察がいうのもわかる。

控訴審判決では地裁の判断を支持した理由以外に、裁判とは、道義的観念を満足させるとはどういうことかをその判決文の中で示した。

たしかに、殺人という行為自体重大な犯罪であり、それに対して執行猶予を付けるなど世間一般の道義的観念を満足させられないという検察の主張はもっともだった。
ただ、一概に殺人と言っても諸外国のように謀殺と故殺、その殺人に等級をつけるなどしているものもあるが、日本の場合は殺人自体に重いも軽いもない。
が、そうである以上、その殺人を構成する動機や様態が千差万別であるのは当然であるため、裁判ではそれらをつぶさに吟味し、適正な、妥当な量刑を決めるのが望ましいとされている。

この事件では、彰伸の人柄や性格、それまでの社会生活、そして関係者(要因となったキミイさんと原田の不倫を知る人々)の証言が重視された。
関係者らは、当事者である原田を除く全員が異口同音にキミイさんを非難し、彰伸に対しては同情を隠さなかったという。
その中には、彰伸とキミイさんの実子(長女)のみならず、殺害されたキミイさんの両親まで含まれていた。
長女は調べに対し、
「わたくしは、お父さんとお母さんでどちらが悪いかわかりません。お母さんは死んでしまい、お父さんが警察に行っているのでわたくしたち子どもだけですから、早くお父さんを家に帰してください。お願いします。」
と話し、キミイさんの両親に至っては、
「娘の行状が悪かったことでもあり、今更死んだ娘が返ってくるわけのものでもないから、将来彰伸の家族が一緒に暮らしていけるよう切望する」
という供述を検察官に対して行っている。

これがいいとか悪いとかの話ではないのだが、裁判所は続けてこうも述べている。

本件自判の内情を知っている世間の人たち、幸いにも法網に触れずして済んだ当の相手方たる原田を含めて、被告人に今一度人の子の親としての更生と贖罪の機会を与えた原判決を聴いて、おそらくは、いずれも皆ほっと安堵の吐息を漏らしたことであろう。
事情を知る人々が真に納得しうる裁判にこそはじめてよく一般の道義的観念を満足させるものと言えるものであり、そしてまた、それは、一般予防と特別予防の調和を意図する刑政の目的にも合致するものと言わなければならない。

私も含め、判決によっては「こんなことでは抑止力にならない、被害者が浮かばれない、どんな理由があっても人を殺しておいて同情されるなんてありえない」と思うこともあるだろう。
たしかに、歴代の重大事件をみても、被害者に相当な落ち度があると思われるものはある。しかしだからと言って殊更に加害者に同情を寄せるべきではないのは、ひとえに亡くなった人はもうなにも言うことができないからに他ならない。殺されていい人などいるはずがないのは、その「殺されても仕方ない」という判断基準が人によって違うからである。そんなあてにならないもので判断されたらたまったものではない。

しかし一方で、この裁判が示したように、再犯の可能性がほぼないような状況や、関係者らが納得できるか否かは、一つの重要な判断基準でもあるのだろう。

ただやはり時代も大きく関係しているであろう印象は否めない。
今の時代だったら執行猶予などつくはずもないだろうし、弁護士に相談して離婚を考えるべきだったとかいろいろ言われてこんな判決は出せないだろうと思われる。
この時代は不倫、特に母親が家庭を顧みず情事に耽るなど……という時代だったろうし、そんな奔放な妻のあとを追うしかできないみじめな夫にはさぞかし同情が集まったのだろう。

このサイトでも取り上げた日立の妻子6人殺しの小松博文は死刑判決となった。人数からしても連れ子を含む子供5人を殺害した点でも再考の余地はなさそうだが、その動機としてはやりすぎた妻がいた。
もし、小松が妻だけを殺していれば、同情されたろうか。
大洗で娘二人を殺した父親も、開き直る妻の存在があった。この事件同様、年下の男にうつつをぬかす妻は、幼い娘に彼氏の存在を隠そうともしなかった。そして、妻の父親も孫を殺した夫に対して憎む気持ちはないと証言した。
この夫も、娘ではなく妻を、あきれ果てるほどフリーダムな妻を殺していれば、同情されたのだろうか。

そして、この事件の被害者、キミイさんは、言いたいことはなかったのだろうか。
自業自得と言われて、関係者は納得し安堵していると言われ、どう思ったろうか。

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参考文献
昭和40年6月30日/東京高等裁判所/第一刑事部/判決/昭和40年(う)304号

 

仁義なき戦い~嫁姑事件簿~

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嫁姑。
嫁は「嫁ぐ」というもう一つの読み方からも分かる通り、結婚し夫の家に入ること、姑は古くなった女と書く(本来の意味は年長者という意味らしい)。

この字面がすべてを物語っているように思えるが、完全同居が当たり前、嫁は一切姑に口答えならぬというのが当たり前だった時代は過ぎ、今では同居していても息子の家に姑舅が呼ばれるという形も多く、姑のほうが小さくなっている、そんな家庭も少なくない。
もちろん、時代関係なく理解のある姑舅に恵まれ、また、若夫婦も老親をいたわりうまくいっている家庭もたくさんあるし、増えているだろう。
ただそこには、親世帯の経済的余裕、子供世帯の夫婦仲の良さなど、うまくいく条件みたいなものもあるように思う。

永遠のテーマと言われる、嫁姑問題。
実の親でも大変なのに、赤の他人の女が二人、一つ屋根の下でいれば表面上うまくいっていても、胸にためるものの一つや二つはどちらにもある。
それに折り合いをつけ、時に夫や舅の仲介があり、友人や近所の人々にアドバイスをもらいながら多くの人は日々やり過ごしている。
それが出来なければ、離婚である。そして、折り合いもつけられず、我慢もできず、離婚もできなかったらどうなるか。

相手を抹殺することで解決しようとした人々の物語。 続きを読む 仁義なき戦い~嫁姑事件簿~

🔓逃げる女、追いかける男~3つのDVにまつわる事件~

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一度は愛した相手が肉体的、精神的、経済的、性的に暴力を振るうようになったら?
結婚前にはわからなかった、相手の本性はなぜか、そう簡単に別れることが難しいような状況になって初めて明かされることが多い。

たとえば結婚して、子供が出来るまでは、妻が仕事を辞めるまでは、家を妻の実家近くに建てるまでは……
男女問わず、相手の本性を知ったときにはすでに身動き取れない状況になってしまうこともある。

しかも厄介なことに、それらDVについて世間と被害者の受け止め方に大きなズレがいまだに存在するのだ。
束縛されるのは愛されているから、別れるなんて子供がかわいそう、専業主婦させてもらえるなんて羨ましい、女性からの暴力なんて可愛いもんだろう、そういうあなたにも悪い部分があるんじゃないの……

多くのDV加害者は非常に外面がよく、他人には良い夫、良い妻に見られがちである(人前でもやる奴はただのアホである)。だから被害者は相談しても周囲に理解してもらえず、そのうち相談すらできなくなり、自分が死ぬか相手を殺すかはたまた全員で死ぬかみたいな話に発展することもあるのだ。

配偶者ならば無理矢理SEXしたっていい、配偶者ならば子供の面前で罵倒したって良い、そんな勘違いをしている人は令和になっても山ほどいる。

配偶者であってもやっていいことと悪いことがあるという基本の事件、接近禁止命令下での凶行そして、邪魔した人を殺害した事件。
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ただそこにいただけ~新宿駅・OL突き落とし殺害事件~

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いつもの風景

JR新宿駅9番ホーム。総武線上りのこのホームに、三鷹発津田沼行きの十両編成の電車を待つ人の列があった。
時刻は午前9時25分。朝のラッシュが少し落ち着いた、いつもと変わらない新宿駅の風景。

女性は出勤のためにたまたまホームの最前列に立っていた。周囲に人はたくさんいたが、特に気にも留めないのもいつものこと。
ふと、背後でなにやら揉め事のような男女の声が聞こえた。なにを言っているのかわからなかったが、女性が足早にホームを移動していくのが見えた。
さぁ、今日も一日頑張らなくちゃ。
電車がホームに入ってくる。周囲で列を作る人たちが気持ち、足を一歩踏み出したような気がした。

次の瞬間、ホームには悲鳴が響き渡った。 続きを読む ただそこにいただけ~新宿駅・OL突き落とし殺害事件~

懺悔滅罪~一関市・曹洞宗遠應寺強盗殺人事件~

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寺の朝

薄曇りの、どことなくスッキリしない6月のその日の朝、山間の禅寺に二人の僧侶がやってきた。
この日、奥州市の寺で営まれる落慶法要(寺院などの修繕が終わった後に営まれる法要)に出るために、この寺の住職を迎えにきていたのだ。

寺の庫裡につながる玄関の灯りがついている。朝なのに、消し忘れたか。
僧侶らは声をかけたが、中から家人の返事はなかった。
「ごめんください」
玄関の戸は鍵がかかっていなかった。二人はそっと中を覗いて声をかける。しんと静まりかえった庫裡の中は、朝の光が入ってはいるものの電気はついておらず、寺の朝、しかも出かける用事がある朝の雰囲気としては違和感があった。

二人の僧侶は胸騒ぎを覚えた。そういえばここの住職は、2日前の奥州市の寺通夜にも来る予定だったのに来なかった。電話しても、本人はおろか、同居している母親も出なかった……

寺の本堂とつながる廊下を進むと、引き戸で区切られた居間。そっとその引き戸を開けた僧侶らの目に飛び込んできたのは、血の海の中で倒れている住職と、その母親の姿だった。

母親は割烹着姿でうつ伏せ、後頭部には明らかにひどい損傷が見て取れた。住職は仰向けでTシャツ姿、その胸は血に染まり、血溜まりは頭部の方まで広がっていたという。
僧侶のうちの一人が110番通報しようと携帯電話を取り出したが、この山間の寺は電波が不安定でつながらなかったという。そこで、寺の電話を使おうとしたが、なぜか電話がどこにも見当たらなかった。

一刻を争うと判断した僧侶の一人が寺を飛び出し、近くの檀家に駆け込んでそこから通報した。
警察が駆けつけたが、どう見ても二人ともすでに死亡していた。 続きを読む 懺悔滅罪~一関市・曹洞宗遠應寺強盗殺人事件~