絶対私は悪くない~福井県あわら市・義母逆恨み殺害事件②~

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救いようのない女

夫や子供たちが暮らす家に戻ることができた満智子だったが、気に入らないことがあればそれはすべて周りに問題があるからだと決めつけ、あからさまに不満を嫌がらせという形でぶつけていた。

たとえば、食事の際に長女と久栄さんが仲良く話していれば、「娘を取られる!」と憤慨し、夫が高齢の母を気遣えば、自分をのけ者にしているとして機嫌を悪くしていた。
満智子は15年で何も学んでおらず、久栄さんに対して目の前で強くドアを閉めたり、久栄さんの食器をわざと荒々しく扱うなど、それは誰の目から見てもひどいものだったという。

それを見た賢さんと長男は、すぐさま満智子に強い態度で臨んだ。特に、長男は母親である満智子に対し、厳しい態度を崩さなかった。
久栄さんは満智子の機嫌を損ねないように、なるべく母屋へは顔を出さず、離れの自室で一人過ごすようになる。それを気にして、長男が離れへ行って久栄さんを気遣うことも、満智子は我慢ならなかった。
久栄さんは自分用の小型冷蔵庫を買い、さらには母屋の電話を使わないでいいように携帯電話まで購入した。とにかく、満智子の気に障らないようにするには、自分だけが顔を見せなければいい、そんな思いで心を痛めていた。

また、長男が久栄さんを庇って満智子に強い口調で迫った際には、
「母親になんてことを言うんだ、そんなことを言ってはいけない」
と、長男をたしなめ、満智子の肩を持つなどしていた。

しかし、そんなことで変わるほど満智子はやわではなかったのだ。

このころすでに夫の賢さんは満智子にほとほと嫌気がさしており、ほとんどかかわらない、口も利かないような状況になっていた。代わりに長男が満智子を諫め、時には激しくなじり、そのたびに久栄さんはハラハラしながら成り行きを見守るしかなかった。

せっかく帰ってきたのに、夫も息子たちも誰も私をいたわろうとしない。どうしてこんなに薄情な子供たちなんだろう。

自分を省みることを一切しない満智子には、子供や夫の態度の原因がどこにあるのか、全くわかっていなかった。
そのため、自分以外の家族が久栄さんを気遣うことに勝手に嫉妬心を燃やし、何度も何度も久栄さんに嫌がらせを繰り返した。
そればかりか、「すべて自分以外の誰かが悪い」と思うたちの満智子は、母親代わりだった久栄さんの教育が悪かったから、こんな風になったのだと結論付けてしまう。

満智子の久栄さんへの嫉妬心は、すでに憎悪の焔に変わっていた。

名案

平成14年8月19日、満智子は庭先で長男に叱りつけられた。
近藤家では犬を飼っていたが、家族内でドッグフード以外の食べ物を与えない、というルールがあった。
にもかかわらず、満智子は勝手に人間の食べ物を与えていたため、長男はことあるごとにそれをやめるよう言ってきていた。
この日、満智子は禁止されているのにまた犬に人間の食べ物を与えようとしたところを長男に見つかってしまい、素直に謝ることもできないため、
「私が食べようとしただけや!」
とわけのわからない言い訳をかましてしまう。これに激怒した長男は、思わず満智子の腰や足を蹴った。そして、満智子を旧姓の「南さん」と呼び、満智子は近藤家にいらないのだと明確に告げられた。

他罰的な人ほど、自分がされたことをことさら強調するのはよくある話だが、満智子の場合もそうだった。
長男に絶縁ともとれる発言を受けたとショックを受け、深く深く傷ついたという。しかしこれもすべて、久栄さんの育て方が悪いせいであり、久栄さんが満智子のあることないことを子供たちに聞かせて育てたのだと思い込むことで、悪いのは自分じゃないと考えた。

翌日にも再度、長男から出て行けと言われた満智子は、賢さんと久栄さんとで夕食をとっているとき、久栄さんに嫌がらせをすることで自分の気持ちを伝えようという、ちょっと理解できない行動に出る。
賢さんが席を立った隙に、満智子は久栄さんにふきんを叩きつけ、さらには足元に落ちていた豆の皮を見つけて久栄さんがこぼした、汚いなどと難癖をつけ非難し始めた。
黙って耐えるしかなかった久栄さんの様子がおかしいことに気付いた長男が久栄さんに問いただし、夕食時の出来事を知るところとなり、我慢の限界を超えていた長男は満智子に対し、
「おめーはうちにはいらん。出て行ってしまえ。死んでしまえ。」
と怒鳴った。

満智子は被害者ぶって賢さんに愚痴をこぼしたというが、賢さんも全く相手にしなかった。
いつにも増して激しかった長男の怒りに、満智子はその夜眠れなかった。それまでのように、久栄さんの育て方が悪いんだと思いながら、あれこれと考えるうちに、久栄さんの存在自体が自分を苦しめているのだという答えを導き出す。
これは満智子にとって一筋の光のような、完璧な「答え」だった。

「ばあさんさえいなくなれば。そうしたら家族は私を大事にしてくれる!」

気が付けば、東の空が白み始めていた。

反省したら死ぬ人

警察の捜査では、事件後有力な情報は得られていないとされている。しかし、おそらくだが、家族はもとより周辺の住民らも、もしかしたら満智子が、という思いは抱いていたのではないだろうか。
もともと、いつ離婚となってもおかしくない状況だったうえに、満智子を一番気にかけていた久栄さんが死亡したことで、近藤家において満智子と家族でい続ける必要性がなくなってしまったため、その年の暮れには満智子は近藤家と完全に離縁となった。

春江町(現・坂井市)の実家へと戻された満智子は、逮捕されてもなお、全面否認だった。
2月5日に送検され、その後の検察での取り調べにおいて、しぶしぶ、久栄さん殺害を認めた。というよりも、久栄さんへの憎しみをぶちまけたというほうが正しいのだろう。
いかに自分がかわいそうで、いかに久栄さんが自分を虐げていたか、満智子は取り調べにおいても周りが、久栄さんが、ひいては夫の過去の仕事上のパートナーが悪いのだと、ただそれだけを訴えていた。
実際の犯行も、ひと思いに久栄さんを殺すのではなく、わざと苦しめるために胸を足で踏みつけ、肋骨を折り、そのうえで首を絞めて殺害した。

世の中には、絶対に自分の非を認めない、そういう人が存在する。どんなにわかりやすい加害行為であっても、何かしら言い訳や正当性を見出しては、まるで自分は被害者であるかのようなふるまいをする。
信号待ちで停車中の車に追突したにもかかわらず、その前方の車に対して「バックしてきただろう!」と言いがかりをつける人がたまにいるが、その絶対的な自信はどこから出てくるのか。
裁判で弁護側が申請した精神鑑定は却下されているが、じっくりと満智子のような他罰的思考の持ち主とはどういったものなのかを専門家に鑑定してほしかったなという思いは残る。

生まれついての性格、とも一概には言えないように思うが、ならばどのような出来事や要因がこのような思考を育てるのだろうか。

確かに、他人に対する妬みや嫉妬は、誰でもとらわれる感情であり、それ自体には問題はない。が、満智子のような思い込み、決めつけ、自分が信じる筋書きしか信じない、たとえそれが荒唐無稽で、自分にとってもつらい筋書きであったとしても、それ以外信じようとしないという頑なさは、結局、自分が絶対的に正しいという、究極の自己中心的思考なのだろうか。

こういった人が、もしも他人に対して「愛情」を持ったとしても、それは他者への愛ではなく、自分へのものなのだろう。

久栄さんは満智子を悪しざまに言うこともなく、むしろ満智子を嫌う家族を諫め、15年間心を痛めながらも満智子の子供たちを立派に育てた。それだけでなく、誰よりも満智子を気にかけ、また一緒に暮らそうとまで働きかけ、それを実現させた、普通で考えれば満智子にとっては唯一の味方であった。
なのに、よりにもよって満智子はその久栄さんを憎み、諸悪の根源だとして殺害してしまった。
今後久栄さんの冥福を祈っていきたいと話はしたものの、満智子は最後まで「私が間違っていた」とは認めなかった。
当然、元夫や実の子供らからの嘆願もなかった。

判決は懲役14年。すでに出所した満智子をふたたび家族は許しただろうか。

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参考文献

判決文(裁判所web上公開資料)
読売新聞 平成14年8月22日、8月25日、平成15年8月27日、11月14日大阪朝刊
産経新聞 平成14年8月22日、8月23日、平成15年2月3日、2月25日大阪地方版/福井
朝日新聞社 平成15年2月3日、2月5日大阪夕刊、4月18日、5月28日大阪朝刊

🔓だってあの子が悪いのに~鹿嶋市・女性リンチ生き埋め事件~

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平成13年6月9日

茨城県鹿嶋市。
北浦に面した県道18号線から東に1キロほど離れた場所で野良犬が数頭、群がっていた。

「なんであんなに犬がいるんだろう」

田んぼのわきのあぜ道で農作業をしていた男性(63歳)は、野良犬らの動きが気になった。なにか、動物の死骸でもあるのだろうか。
犬たちを追いやった男性が、犬たちが群がっていた地面を探ってみると、そこにはなにやら白いものが見えていた。
男性は知人を呼びに行き、その知人とともにもう一度その白いものを確認して驚愕する。
それは、人の頭蓋骨だった。 続きを読む 🔓だってあの子が悪いのに~鹿嶋市・女性リンチ生き埋め事件~

17歳の”漢気”~大牟田・男性殺害事件①~

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平成13年4月13日

福岡県大牟田市。
そのとある住宅で、一人黙々と身支度を整える少年の姿があった。
真新しい作業着に身を包み、足元は地下足袋。その腹には、さらし替わりの白いシーツが巻き付けられていた。
実家から持ち出したのは、叔父の形見の切り出しナイフ。

じっと見守る女に、少年はこう語りかけた。
「待っとかんや」
頷く女に微笑んで、少年は討つべき相手の元へ駆け出した。 続きを読む 17歳の”漢気”~大牟田・男性殺害事件①~

17歳の”漢気”~大牟田・男性殺害事件②~

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初の逆送

少年は殺人と銃刀法違反、住居侵入の罪で福岡家庭裁判所久留米支部に送られていたが、福岡地検久留米支部は、平成1351日、少年の審判への検察官立ち合いを申し立てた。
これは、それまでの少年審判は家庭裁判所で行われ、そこには検察官の立ち合いがなく、「事実認定が甘い」といった指摘があった。
そのため、検察官の申し立てが認められれば、家裁での審判に検察官が立ち会い、刑事い処分相当と判断されれば検察庁へ送られることが認められた。
またその年4月の法改正で、16歳以上の少年が殺人や強盗などの重大犯罪をやらかした場合、原則検察官送致、いわゆる逆送致とし、これを受けて、少年としては全国で初めて(この時点において。のちに水戸家裁の決定が先に行われたため、実際には全国2例目)成人同様刑事裁判を受けることになった。

そして、6週間の観護措置を経て、612日、少年は福岡地検久留米支部に逆送、620日には殺人罪などの罪で起訴された。

911日の初公判では、少年は殺意こそ認めたものの、丈志さん方を訪れたことは殺害目的ではなく、あくまでストーカー行為などをやめさせるための話し合いだったと主張した。
しかし現実には、少年は丈志さん方を訪れ、父親が不在であることを確認したのちに侵入、丈志さんに
「誰やお前、佳代子の旦那か」
と言われもみ合いとなり、そのまま話し合いもなく持っていた切り出しナイフで丈志さんの顔面、頭部、腹部、胸部、背中をメッタ刺しにしていた。
弁護人は、「丈志さん方へ赴いた際は、『示談になればいい、念書でも書いてもらえば』という思いだったものが、もみ合っている最中に丈志さんから『お前も佳代子も娘も殺す!お前たちの不幸が俺の幸せじゃ!』と罵られたことで最終的に殺そうと思った」と主張したが、裁判所はこれを認めなかった。

さらに裁判所は、事前に少年が腹にさらし替わりのシーツを巻き、ヘルメットや軍手、地下足袋で身を固めていることも、単なる話し合いに必要な服装ではないこと、もはやそれは、命のやり取りを想定したものであるとし、少年のあらかじめの殺意を認定した。

少年にはその後、懲役5年から10年の不定期刑が言い渡され、いったんは控訴したようだったが、その後確定した。

佳代子

一方の佳代子はというと、少年が逮捕されて2週間後に、殺人ほう助の疑いで逮捕された。
おそらく、佳代子にとっては「こんなはずではなかった」展開だったのだろう。佳代子は少年から「待っとかんや」と言われた際、明らかに自身の逮捕など露ほども想定していないとわかる言葉を残している。

佳代子は、この時妊娠していたのだ。
それは少年の子だという。そして、事件前に少年にもそれを伝えていたのだ。
冒頭にあるように、少年が丈志さん襲撃に向かう直前、「待っとかんや」と言ったのに対し、佳代子の返答は「子供産んで待っとく」だった。

しかし予想に反して、佳代子も逮捕となり、結果、殺人罪で起訴された。

佳代子は事件当日、少年が凶器を持参のうえ、丈志さんを襲撃することを知りながらその準備を手伝い、さらには丈志さん方へ車で少年を送り届けているのだ。
さらに、丈志さんを殺害したのちも少年を車に乗せ、血で汚れた作業着や軍手、凶器のナイフを捨てるために車で走行している。さらに、丈志さん宅の間取りを教えたり、丈志さんの予定や在宅確認なども行っていた。
検察は、殺人罪の共同正犯を適用した。

ところが、佳代子は全面否認。少年に対し、殺害を仕向けたり、示し合わせたりしていないとして無罪を主張する。
これはこのサイトでも取り上げた境町就寝中男性殺害事件と似た展開ではあるが、あちらはそもそも逮捕すらされていない。
佳代子の場合は、極道の妻よろしくカチコミ前の男の身支度を手伝い、切り火で送り出しているわけで、殺人罪は難しくてもほう助は免れないと素人目でも思う。

判決は、殺人罪で懲役5年。控訴したという報道が出ないので、おそらく確定したのだろう(追記:控訴したものの棄却、その後確定)

少年が不定期刑確定となったのちも、佳代子は自身の無罪を訴え続けていた。もちろん、少年はそう願ったろうけれども、私はこのあたりで佳代子の本性が見えた気がしていた。

「二度目はなかぜ」

若い男性が年上の女性にハマる、というのはありがち話なのだが、この事件の場合、佳代子の手練手管というより、少年のぶっちぎりの漢気というか、もっと言えば九州の、この大牟田の風土というか、そういうものが大いに盛り上げたのではなかろうかと思わずにいられない。

少年は特に親がやくざだとか、自身も身近にチャカがあるとかそんな荒くれた修羅の国の日常を送っていたわけではない。
前科もなく、一度窃盗で捕まったものの、それ自体不起訴処分になっている。かわいいものだ。

しかし、そんな少年の血にも、どうやら荒ぶる魂があったようだ。

少年は佳代子のおなかに自分の子供の命が宿っていることを聞き、佳代子と佳代子の娘、そして自分の子供の4人での生活を夢見たという。
しかし、そこには丈志さんの存在がどうしても消せずにいた。
警察に相談もした。しかし、そこはまだ少年の至らなさで、それまで佳代子が相談していた荒尾署ではなく、大牟田署に相談してしまい、継続の事案だということが伝わらなかった。
そんな中で、取り乱した佳代子が口走った、「私が我慢すれば」という言葉。

少年は佳代子にこう言い残した。

「俺がいっぺんだけお前のためにしてやる。二度目はなかぜ。一番わかってほしいのは、これだけお前を思っているということ。お前が一番悩んでいることを形に残して解決する。今までどの男もしてやり切らんやったことをする。」

「こげんかこと女のためにする男がいることを、よう覚えとかんか」

考えてほしい、自分が17歳の頃、こんなこと言えたか?
私は世界で最強の口説き文句は、四代目山口組組長・竹中正久氏が言った、「殺したいやつおったら殺したるで」だと思っている。

少年のそれは、まさにこれを地でいくものだ。
少年は、傲慢で高飛車、虚勢的な強がり、大言壮語、相手の気持ちに無頓着で共感性や思いやりの気持ちが薄く自己顕示欲が強いなどなど、散々な言われ方を裁判でしている。
しかし、世の17歳のほとんどはすべてではないにしろ、こんなもんじゃないのか。
もっと言えば、丈志さんが佳代子を追い込んでいたのも事実であるし、佳代子や少年が警察に相談していたのも事実だ。

結果を考えれば、少年を擁護できるものではないが、佳代子に出会わなければ彼の人生はまた違っていたのかなとは思う。
正直、少年の覚悟の言葉に私はしびれた。もしも母親の立場だったらば、よう言うた、と思うかもしれん。
佳代子はどうだっただろうか。

佳代子の裁判が途中中断していることを考えると、もしかしたら佳代子はそのまま出産しているのかもしれない。
お互いが出所した暁には、今度こそ一緒になったのだろうか。

平成23年、佳代子は破産宣告を受けているが、この時点での苗字は事件当時のままだ。
それまでに二度ほど苗字が変わっているが、出所後再婚したのかはわからない。
少年も、おそらく今は社会復帰し、どこかで暮らしているのだろう。

二度目はなかぜ。

少年と佳代子の、二度目の人生は続いたのだろうか。

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参考文献
判決文

朝日新聞社 平成13年4月14日、16日、17日、5月1日、6日、22日、26日、6月12日、21日、8月28日、平成14年5月9日、9月26日西部朝刊
NHKニュース 平成13年5月5日
中日新聞社 平成13年6月2日、9月11日朝刊

🔓通り魔になった男の悲しき弁当箱~イトーヨーカドー乳児刺殺事件~

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平成十七年二月四日正午

愛知県安城市。
嫌なニュースだった。近くのショッピングセンターで幼い子供が通り魔にあったというニュースを出がけに聞いたその主婦は、憂鬱な気分で歩いていた。
ふと、児童公園の入り口に、なにか置いてあるのが目に入った。青っぽい紫色のそれは、雨合羽のようだった。
手に取った主婦は、それに血がついているのを見て先ほどのニュースを思い出した。
「犯人は逃走中、白いキャップに紫色の上着……」
主婦はすぐさま110番通報した。

事件概要


「お客様が刺されました!犯人は一八〇センチくらいの男でまだ逃げています。一階におりてください」
イトーヨーカドー安城店は、とんでもない事態に陥っていた。
二階の洋服、寝具売り場の近くの通路で、ショッピングカートに乗っていた乳児が突然、男に刺されたのだ。
さらに、ちかくのちびっこ広場で遊んでいた女児も蹴られ、庇おうとした女性も殴る蹴るの暴行を加えられたのだ。

店内は悲鳴と怒号が飛び交い、刺された乳児を抱いた母親が泣き叫んでいた。
すぐさま救急車が到着、乳児は救急搬送されたが、搬送先の病院で死亡が確認された。
亡くなったのは、青山翔馬くん(当時一一か月)で、蹴られた女児は姉の陽菜ちゃん(仮名/当時三歳)だった。陽菜ちゃんを庇って暴行された女性(当時二十四歳)は、たまたまそばにいた買い物客だった。

翔馬くんは、母親と陽菜ちゃんと三人でイトーヨーカドーを訪れており、通路ですれ違った男に突然、無言で頭部を果物ナイフのようなもので刺されたのだ。
救急隊が到着した際、翔馬くんの頭部にはナイフが刺さったままで、その先端は、下顎まで到達するほど深く差し込まれていた。

逃走した男は背の高い、やせ型というほかに、白い野球帽のような帽子をかぶり、上着は青紫のカッパ(ウィンドブレーカー?)のような服装だった。
付近の警察にもすぐさま情報は流され、署員らはパトカー以外の自家用車にも分乗して犯人を追っていた。
現場から南東に一キロほど離れた場所で、捜査員らは前方から一人の男が歩いてくるのに気づく。両手をポケットに入れ、頭には逃走犯と同じ白色のキャップ姿。
しかし、男が来ていた上着はカーキ色だったため、不審に思いながらもその場はやり過ごした。
その直後、無線で冒頭の主婦によって発見された上着の情報が流れ、逃走犯が上着を脱ぎ棄てている可能性があるとの情報がもたらされたことで、署員らは先ほどの男を追った。

男性警察官が男を呼び止め、この近くで事件があったこと、犯人と思われる男が逃げていることなどを説明したうえで、職務質問を始めた。
男は素直に質問に応じていたが、両手はポケットに突っこんだまま。警察官が「手を出して」というと、男は両手を出した。

その手は、血塗れだった。

緊張が高まる中、若い警察官らは冷静に、その手はどうしたのか、と確認すると、男は「自分で切った」と話した。
が、所持品検査を行おうとした際、取り囲んでいた警察官のひとりを蹴り、男は逃走を図ろうとした。
「犯人なのか!?」
警察官らの怒号に、取り押さえられた男は「はい、私がやりました」と答えた。

男の名は、氏家克直(当時三十四歳)。
愛知県内で窃盗を働いた罪で有罪となり、つい先月の一月二十七日まで豊橋刑務支所で服役していた。出所後、数日での犯行だった。

男のそれまで

氏家は福島県伊達郡桑折町の生まれ。両親と祖父、幼い妹との暮らしだったが、四~五歳の頃、一家は福島市内の借家へと居を移す。
新たに弟も生まれたが、一家の暮らしは楽ではなかったという。

そもそも、桑折町で暮らしていた時から、一家の暮らしは厳しかった。が、それにはなるべくしてなった、という理由があった。
氏家の父親は、農業を営んでいたというが非常に酒好きで、母親はギャンブル、主に競馬にのめりこんでいた。
田畑を所有していたが、それらも借金のカタに切り売りされたという。
田畑を失い農業を営めなくなった後は、モーテルの管理人などの職を得て生活していた両親だったが、暮らしは上向かず、父親は近隣の倉庫に忍び込んで米を盗んだこともあった。

そういったことが重なってなのか、桑折町を後にした一家は、心機一転、新聞配達をしながら生活の立て直しを図った。
借家の家賃は当時で二万円。県営住宅などの家賃と比べるとまだ高いので、そこまでド底辺とは言えないにしても、家は荒れていた。
当時のことを知る人によれば、「母親が家事をしない人のようだった。家は中のほうが外よりも汚く、風呂に入る習慣がないのか、家族はいつも臭かった。」という。
母親が新聞の集金にくると、その家の子供たちはあからさまに「くさーい・・・」とこぼしていた。

そんな家庭環境で育った氏家少年だったが、成績は悪くなかった。おとなしく、口数の少ない少年だったそうだが、小学校卒業の際の文集にみる彼の字はとてもきれいで、書いてある内容も、小学生生活への別れに対する寂しさ、そして、中学生になる意気込みなどをしっかりと書いており、非常に頭の良い子、という印象だ。
将来の夢は国会議員、とも書いており、将来に夢を抱き、可能性に満ちた氏家少年の姿がそこにはあった。

しかし、彼は二十年後、取り返しのつかない罪を犯してしまうなど、この時点では本人も周りも、誰も思ってはいなかった。

【有料部分 目次】
高校中退から前科持ちへ
殴られた証人
夢と現実と責任能力
保護観察の実情
解明は不可能か
悲しみと憤怒
大きすぎる代償

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