一月四日の客~死刑と無期のはざまでpart4~新潟・一家殺傷事件

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「犯行の罪質,動機,態様ことに殺害の手段方法の執拗性・残虐性,結果の重大性ことに殺害された被害者の数,遺族の被害感情,社会的影響,犯人の年齢,前科,犯行後の情状等各般の情状を併せ考察したとき,(その罪責が誠に重大であって,罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむをえないと認められる場合には,死刑の選択も許される」(法務省より)

死刑には上記のようないわゆる永山基準というものが存在する。
具体的にいうと、死者が二人以上で落ち度がなく、動機が私利私欲によるもので、殺害方法も生きたまま焼き殺すとか被害者の苦痛が凄まじいものであって被害者遺族が極刑を望み、社会的にも大きな不安や議論を呼び起こし、かつ被告人に同様の前科があったり反省の色が一切見られない、年齢的にも未熟な若年とはいえないなどの事件の場合は死刑が「求刑」されることが多い。

しかし判決はどうかというと、必ずしもその永山基準に照らして画一的に死刑か否かが決まるわけではない。
被害者の数も同様の前科がない場合は二人以上でその可能性が高くなるとされてきたが、実際には同様の前科もなく被害者がひとりでも死刑判決が出ることもあるし、被害者との関係性などから二人以上を殺害しても死刑を免れることも少なくない。

シリーズ「死刑と無期のはざまで」
今回は被害者が二人以上、明確な殺意とその犯行の残虐さ、遺族の処罰感情の強さなどから死刑判決を受けたにもかかわらず、控訴審において無期懲役となって確定した事件を紹介する。 続きを読む 一月四日の客~死刑と無期のはざまでpart4~新潟・一家殺傷事件

🔓落城~知多市・一家6人無理心中事件~

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平成17年2月、岐阜県中津川市で高齢の母親に対する感情から、その母親と自分の娘とその夫、息子、孫2人の計6人を殺傷(うち5人死亡)したとして施設職員の男(当時57歳)が逮捕された。
生まれたばかりの孫まで手にかけるという残忍な犯行だったが、男も自殺を試みており一命を取り留めたが構図としては無理心中を図ったとされた。

家族といえども死亡者は5人。裁判では当然、死刑求刑がなされた。しかし判決は無期懲役。長年にわたる男の母親による妻への嫌がらせに悩んでいたことや、遺族が極刑を望んでいない、再犯の可能性もないとしての判決だった。
高裁、最高裁と進んだが、最高裁は上告棄却。男の無期懲役は確定した。
中津川一家6人(娘婿は生存)殺傷事件。

その事件からわずか2ヶ月後の愛知県知多市。
新学期を楽しみにしていた姉弟、その母親、祖父母とおじ。家族計6人が団地の一室で、またもや家族によって殺害された。

【目次】
発覚
その家族
落日まで
兄弟
間違った思いやり
家族という城

🔓非道退散~愛媛・女児誘拐殺人事件~

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愛媛県南部を流れる肱川。春になると鹿野川ダム湖畔沿いの国道に植えられた多くの桜が一斉に咲き誇り、それはそれは美しい風景を見せてくれた。
このあたりで育った私は、両親と松山へお買い物に行く時必ずこの道路を通ったのだが、覚えているのはグネグネ道で車酔いに悩まされたこととその美しい桜。
そして、その桜の木々に埋もれるようにあった一つの慰霊碑だ。
ここに、かつて8歳の女の子が殺されて埋められていた。その場所に立つ慰霊碑を見ながら、両親はいつも私に「知らん人の車に乗ったらいけんよ」となんどもなんども言って聞かせた。

昭和51年に大洲市で起きた、誘拐殺人事件。「さつきちゃん事件」である。

消えた女児

最初の報道は、女児が学校帰りに行方が分からなくなったというものだった。
昭和51年2月10日、愛媛県大洲市森山のタクシー運転手の男性宅から、8歳の長女が帰宅していないと大洲署に届けが出された。家族の話によると行方が分からなくなったのは出海英男さん(当時37歳)の長女で大成小学校3年のさつきちゃん。さつきちゃんは10日の午後3時45分頃に下校。途中までは自宅の方向が同じ男児といっしょだったが、男児と別れたその後の足取りが分からなくなっていた。
さつきちゃんは赤いランドセルに赤いジャンパー。灰色の千鳥格子のズボン、白地に花柄のズックを履いていた。山の中でも結構目立つ服装だったが、警察では事故と事件の両面で捜索を続けた。

しかし2日経っても手掛かりはなく、さつきちゃんの私物なども一切見つからず、まるで神隠しにでもあったかのようだった。
大洲署はヘリを飛ばし上空からの捜索、さらには警察犬も投入、地元消防団のみならず近隣住民や学校関係者も多数捜索に加わった。
学校からさつきちゃんの自宅までは4,5キロ。子供の足だと90分ほどかかる。しかし県道で通学路の指定もなされており、なによりも自宅までの通い慣れた道である。当時はその程度の距離を歩いて通う幼稚園児も普通にいた時代だ。
「知らない人の車に乗ってはいけない」当然、学校も親も子供にはそう教えていたが、知らない人でなければ乗ることはあった。さつきちゃんもこれまで、近所の顔見知りの人が家まで乗せてくれたことが何度もあったという。

当日の目撃情報もいくつかあった。
同級生の自宅前でひとりになったさつきちゃんが、県道を自宅方向へ歩いているのを目撃した人がいた。時刻は午後4時15分。ところがその十数分後に県道を通過した4~5台の車の運転手らは、一人で歩くランドセルをしょった女の子を見ていなかった。

一方で、気になる情報もあがって来ていた。
さつきちゃんを最後に目撃したであろう車がさつきちゃんを見た場所から学校へ100mほど戻ったあたりで、すれ違った車の助手席に女児が乗っていたという情報があがってきたのだ。もちろん、近所の人が家族を乗せていただけかもしれず、全く情報がない中で警察は慎重に情報を洗っていたが、この時点では事故の可能性も捨てきれずさつきちゃんの帰りを待つ家族には非常に辛い時間が過ぎていった。

空白の10分

2月3日、地元の愛媛新聞はさつきちゃん失踪について、「連れ去り濃厚に」という見出しをうった。
空陸両面からの捜索でも一切の遺留品、手掛かりが見つからないこと、事故の痕跡もないことなどから、何者かに連れ去られている可能性が高くなったのだ。
ただこれは、悲観的とは言い切れなかった。事故ならば放置されてすでに3日。2月の山の中は冷える。腹をすかせた野犬などもおりそのほうがさつきちゃんの命の危険が高いが、もしも誰かが連れ去ったのなら、生きている可能性は十分ある。両親にしてみればとにかく生きてさえいてくれれば、生きて帰ってくれればよいという思いだったろう。
母親の豊子さん(当時30歳)は心労で食事もできず、両親ともにほとんど眠れていない状態だった。
近所の人らが何とか支えている状態だったが、それはさつきちゃんの通う大成小学校でも同じだった。校長以下、教師は捜索活動にも参加しそのうえで日々の授業もこなしていた。さつきちゃんがいなくなったことで動揺する児童らのことを考え、より児童らの心のケアにも力を入れる必要があったろう。
岡崎政隆校長は、さつきちゃんは警察のおじさんたちが一生懸命捜してくれている、無事に帰ってくるからみんなは心配しないで勉強してください、と励ましたという。

警察では目撃情報の詳しいすり合わせが行われた。
先にも述べたが、最後にさつきちゃんを見かけたのは大洲市蔵川在住の農業の男性(当時43歳)。男性は小学校側から車で自宅方向へ走行していた。男性の住んでいる蔵川地区は、さつきちゃんが暮らした森山大駄馬地区よりも奥にあるため、男性はさつきちゃんの背後から追い越す形で目撃していた。
そして男性はその2.5キロ先で工事現場に出入りする生コン車とすれ違った。時間は4時20分。生コン車の進行方向は小学校方面であるため、本来ならばその後生コン車は自宅へ向かうさつきちゃんと向き合う形ですれ違うはずだった。
ところが、その生コン車はさつきちゃんと遭遇していなかった。
ふたりの話を総合すれば、約10分間の間にさつきちゃんは姿を消した、ということになった。

さらにこの目撃情報があったことで、事故であれ事件であれさつきちゃんの身に何かが起きたそのおおよその場所も範囲を絞れることとなった。
警察はそのあたりを慎重に入念に捜査したが、事故の痕跡は一切なかった。

そして翌13日には、愛媛県警と大洲署の合同捜査本部が設置され、さつきちゃんは誘拐されたとほぼ断定された。

途切れた報道

警察が事件と判断したものの、目撃情報以外の証拠が何もないことは変わらず、依然として捜査は難航していた。
これまではさつきちゃん本人の居所を探すために警察官を100人以上投入して聞き込みなどを行っても来たが、その捜査はいったん取りやめとなった。そのうえで、不審車両、不審者についての捜査を重点的に行うという方針となった。

事件発生時間に県道44号線を通行したのは20〜30台。そのうちの6割は確認が取れたというが、目撃情報にあった女児を乗せた車や、途中でUターンしたライトバン、まぁまぁの速度で降りて行った白い車など、妖しさ満載の目撃情報も複数あった。が、些細なことも疑心暗鬼になった人らの通報も含まれていたため全部怪しいみたいなことになってしまった感もあり、情報の真偽など慎重さが求められた。

家族、近隣住民のみならず多くの県民もその捜査の成り行きを見守っていたが、2月14日の朝刊を最後になぜかぱったりと報道がされなくなってしまった。
進展がないものを報道しようがないわけで、当時ロッキード事件に絡む大物政治家の脱税など大きな事件が連日報道されていたこともあって、とたんに事件は紙面から消えてしまった。

実はこの時、新聞各社報道機関には捜査本部よりある要請がなされていた。

14日午前の記者会見の際、勇英雄特捜本部長より報道各社に対し、
「さつきちゃんの生命に関係する事態になった。仮協定を結んでほしい」
そう告げられたのだ。
これは、日本新聞協会と警視庁との間で確認されている誘拐事件報道協定のことである。
いわゆる、警察に知らせたら殺す的な事態が起きた場合に要請されるものだと思っていいと思うが、ということは、犯人から何かしらの要求があったとみるのが自然だ。
愛媛県下ではこれまでこのような協定が結ばれたことはなかった。
報道各社はすぐさま仮協定を結び、後に本協定締結となって報道は中断された。14日の午前11時以降の新聞、テレビ、ラジオはさつきちゃん事件を一切報道しなくなったのにはこういった事情があった。

さつきちゃんは誘拐されていたのか。
しかし報道協定を結ぶということはさつきちゃんが無事である可能性も高く、報道各社は一日でも早く「さつきちゃん無事!」という見出しを掲げることを願っていた。

しかし、2月19日。
報道各社は無念の見出しを書くことになる。

【有料部分 目次】
神戸ナンバーのサニークーペ
泥人形
死刑求刑
生い立ち
人間性のかけら
観月純真童女
50年後

🔓小児性愛者~羽島市・小学2年女児殺害事件~

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父親は娘に必死の人工呼吸を続けた。生きて、何とか生きて帰って来てくれ。
両親の思いもむなしく、幼い娘は息を吹き返すことはなかった。

娘がいなくなってから36時間。

「なんでこんな……もっと早く返してよ!!!」

気丈にも娘の捜索に携わった人々へのお礼を伝えた父親だったが、その絶望と怒りと悲しみは絶叫となって響いた。

行方不明の女児

平成6年4月7日午後。岐阜県羽島市の福地海ちゃん(当時7歳)が、下校途中に忽然と姿を消した。
その日は4時からピアノのお稽古があり、いつもは学校から自宅に戻り、ランドセルを置いてお稽古へと出かけるはずが、この日は帰宅した様子も、お稽古へ出かけた様子もなかった。
両親は同級生や学校に問い合わせをしたが、海ちゃんの行方は分からず7日の夜7時過ぎに父親が小学校を通じて捜索願を出した。
しかし目撃情報はあやふやなものが多く、警察は誘拐などの可能性も視野に入れていたものの、海ちゃんの自宅に身代金の要求などの電話もないことから事故の可能性が高いとし、市の防災無線で呼びかける公開捜査を開始した。
報道各社に捜査協力の依頼があったのは、事件の翌日だった。

ところが4月9日、事件は突如動いた。
羽島市内の公園で、変わり果てた姿の海ちゃんが発見されたのだ。その後の司法解剖の結果、海ちゃんの胃の中にはその日の給食がほとんど消化されずに残存していたことから、行方不明になった日の夜もしくは翌日の未明に殺害されたと断定。
そうなると犯人は海ちゃんを拉致した後、さほど時間を置かずに殺害したことになる。この時点で、海ちゃんの自宅には誘拐をにおわせるような身代金要求の電話などはなく、なぜ海ちゃんが狙われたのか、そして何のために殺害されたのか全く分からなかった。
最近では未成年者、特に児童が被害者になる事件の場合はわいせつ目的がまず頭に浮かぶが、この時代は甲府信金の女性職員誘拐事件や北海道石狩の女子高生誘拐事件など、身代金目的の誘拐事件が起こっていたこともあり、捜査の手法なども現在とは違っていたと思われる。

ただ、この発見に至る経緯には不可解な一本の電話の存在があった。

気味の悪い電話

「なんですか?どこの公園ですか。知ってみえるんですか?」

遺体発見の約4時間前。海ちゃんの自宅に一本の電話がかかってきた。時刻は午前4時半ということで、明らかに電話をかけるには不自然な時間であり、自宅で両親らを支えていた友人が応対。すると、電話の相手は不可解な言葉を発した。

「公園。」

男はその声から、20代くらいの若者に思えた。小さな囁くような声で、「公園」「近く」と告げた。友人が「新生公園?」と問いかけると、それに対しても「そう」とだけ答えて電話は切れた。約30秒の通話だった。
その電話をもとに、警察が新生公園(正式には足近新田公園)を調べたところ、公園内のトイレから海ちゃんの遺体が発見されたのだった。
警察は、事件後に海ちゃんの自宅に録音設備を配置し、録音していた。電話の主が犯人もしくは何らかの関与をしているとしてその録音の公開、広く一般からの情報を求めた。
愛知県警科学捜査研究所によると、声の主は30代以下の男性で、背景に音がなかったことから公衆電話からかけられたものと断定。
また発見された当時の海ちゃんは衣服を身に着けていたが、それに土汚れなどがなく、また当日は雨が降っていたにもかかわらず雨水もついていなかった。そのことから、犯人は海ちゃんを拉致した後、車などに連れ込み殺害し、遺体を別の場所に移したりすることなく時間をおいて遺棄したとみた。
警察は不審車両などの割り出しを行ったが、犯人に結び付くような情報はなかなか得られないでいた。

さらに、当初寄せられていた目撃情報のほとんどにおいて、その信頼性が揺らぐという事態も起きていた。

錯綜

海ちゃんは7日の午後2時50分ころ、黄色の傘をさして学校の東門を出て行くところを同級生の男児に目撃されていた。
その後は通常ならピアノのお稽古のためにいったん帰宅してから再度出かける予定が、当初、学校を出た後の海ちゃんと、自宅の逆方向にあるコンビニの前で会った、という同級生女児の証言があったという。しかも、その後午後4時前にはそこから200m離れた稲荷神社まで一緒に行ってそこで別れたという具体的なものだった。
捜査本部はその情報をもとに午後4時以降の海ちゃんの足取りを追ったが、コンビニ周辺、稲荷神社周辺で海ちゃんを見かけたという目撃情報は皆無で、事件発生から5日目の12日にはその目撃情報自体を再度検証することとなった。

多くの目撃情報は、学校が土日だったこともあって学校側が聞き取りをしてまとめたものだったという。さらに、警察が重視していた稲荷神社まで一緒に歩いたという女児の証言は、間に女児の母親が介在しており、警察からの質問を母親から聞いてそれに対して返答しただけというものだった。
非日常な出来事が身近で起きると、子供は大人たちが求める答えを話そうとすることがある。ましてやそれが親や警察といった相手だと、力になることで褒められたいという気持ちもあろうし、事の重大さがわからなかったとしても不思議ではない。

しかし結果として、捜査は振出しに戻るどころか、1週間も経過してしまったことで人々の記憶がさらにあいまいになってしまった。
市民の間でも、「昨日聞いてきた場所と今日聞いてきた場所が反対方向だったりする。警察は何をしているのか」といった不信感を持つ人も増えていた。

犯人の目星がつかない中、報道でも警察の初動に対する批判もあった。
警察は、通常子供が行方不明になった際にはわいせつ目的の連れ去りや身代金目的の誘拐も視野に入れてしかるべきのはずが、海ちゃんの場合、警察は自宅に逆探知の装置を置いていなかったという。当初より、事故の可能性に重きを置いていたことの表れでもあり、結果として犯人とおぼしき男からの電話がかかってきた際にも、録音するにとどまり逆探知はできなかった。

そんな捜査を嘲笑うかのように、4月20日には岐阜市の路上で小学二年の女児が若い男にランドセルを掴まれるという事件が起きた。
幸い、女児が大声を出したのを近くにいた人が聞きつけ飛び出したことで男は逃走したという。
現場は海ちゃんの事件からは10キロほど離れた場所で、事件の関連性は分からなかったものの、同じ時間帯、同じ下校中の低学年女児が被害に遭っていることなどから警察は関連性も排除せずに捜査を続けた。

そして4月30日、捜査本部は同じ羽島市内に暮らす20歳の無職の男を発表した。

【有料部分 目次】
錯綜
それまで
雨の日の午後
快楽殺人者
判決
家族という地獄絵図

🔓愛のテーマ~兵庫・タクシー運転手強盗殺人事件~

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レッツ・シング・ア・ソング

「ここ、なんちゅうところ?」

平成12年12月27日午後7時、姫路市東夢前台3丁目の公衆電話。
店じまいをしていた酒店の店主は不意に若い男に声を掛けられた。
「なにしてるんや。」と聞くと、その男はタクシーを呼びたいと話した。
「店の名前言うたらすぐ来てくれる」と店主は答えた。

ふと、若者の背後にぼんやりと立っている若い女に気が付いた。全身黒づくめ。今時の流行の格好か。

店主はそれ以上話すこともなく、店を閉めた。

午後9時半。
御津(みつ)町室津の民家に、電話を貸してほしいという若い男女が現れた。
特に不審な様子は感じなかったものの、時間的なこともあってその家の住人は公衆電話の場所を教えたという。
ふたりは断られて不満げな様子もなく、ふたたび国道端へ出ると通りがかる車をヒッチハイクしていた。

午後10時。
姫路市内のタクシー会社に、「お宅のタクシーが空き地にずっととまっている」と連絡が入った。確認すると、その日7時ころに客からの依頼で向かったタクシーと連絡が取れない状況になっていた。
そのタクシーが最後に連絡してきた際、「室津まで延長になった」と話していたが、タクシーがとまったままだと連絡があった場所も、室津だった。

午後10時半。
タクシー会社の社員が現場へ到着したところ、たしかに非常灯をたいたままのタクシーが空き地に停車していた。
この間、ずっと無線で呼びかけていたが、反応はなかった。
中を覗くと、そこには運転手がハンドルを抱えて寝ているような、そんな様子が見えた。具合でも悪くなったのか?
しかしドアを開けると、車内は血の海だった。運転手は首から激しく出血しており、すでに意識のない状態。襲われたのは明らかだった。
救急搬送されたが、運転手は約1時間後に死亡が確認された。

【有料部分 目次】
16歳のふたり
それまで
ちゃんと出会えた
クリスマスの夜
この素晴らしい世界のために
終焉
ねぇあいしてるよ あいしてるよ