もうひとつの団地の事件~高崎・小2女児殺害未遂事件~

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平成15年夏

終業式間近の7月15日夕方、学校を出るのが少し遅くなった少女は、自宅がある市営団地の階段を上っていた。
1階と2階の踊り場に差し掛かった時、不意に背後から左腕を掴まれ、少女は驚いて振り向いた。

「なにもしないから。おうちってどこ?団地の子?」

腕をつかんでいたのは、見知らぬ男だった。
無言で腕を振りほどこうとした少女は、突然足に痛みを感じ、悲鳴を上げた。

少女の太ももにはひっかき傷のようなものが出来ており、悲鳴に驚いた男はその場から逃げ、黒い自転車で逃走していったという。
幸い、傷は浅く出血もなかったが、警察では傷害事件として捜査を始めた。
警察の調べに、少女は「若い男の人」と話していた。
捜査は続けられていたものの、それ以降、手掛かりはつかめていなかった。

ふたたびの、事件

高崎市内の県営団地の一階で暮らす女性は、玄関の外で何やら声が聞こえることに気付いた。
立ち話でもしているのかと思った矢先、女性の耳にはっきりと
「助けてください……」
という言葉が飛び込んできた。しかも、その声の主は子供のようだった。
慌てて玄関ドアを開けると、そこには小学生くらいの女の子が、お腹を押さえて横向きに倒れていたという。
「どうしたの!!」
女性が抱き起そうとすると、その女の子のおなかには、ナイフが深々と突き刺さったままだった。

女性が119番通報し、駆け付けた救急隊員らが女の子を運ぶ際、お腹に刺さっていたナイフが抜け落ちた。
その刃渡りは10センチ。救命にあたった医師らによれば、傷口から刃物はまっすぐに差し込まれており、かなり深い傷だったという。出血の量もおびただしく、もう少し通報が遅れていれば、命にかかわったということだったが、幸い、女の子の命は取り留められた。

女の子は、高崎市立矢中小2年でこの県営団地に住む大石綾乃さん(仮名/当時8歳)。医療関係者の母と、5年生の兄との3人暮らしだった。
この日は塾へ行った帰りで、一人で団地へと戻ったところだったようだ。

救急隊員らが、刺した人物について「知らない人?おじさん?」と聞くと、綾乃さんは小さくうなずいた。その後、母親に対して「ここの団地の子?」と声をかけられた後、刺されたと話していた。

団地ではこの小学生の幼い女の子が被害者となったことで嫌でも「あの事件」を思い出さずにいられなかった。
ちょうど1年前、高崎市内の別の県営団地で起きた、隣人の男による小1女児殺害事件である。
団地、小学生の女の子、帰宅直前の犯行、犯人は男……。その手口こそ違えど、共通点は多かった。
しかも、あの事件の犯人・野木巨之はすでに逮捕されている。ということは、こんな恐ろしいことをしでかす人間が、野木以外にこの地域にいるということだ。

事件後、地域住民や行政、学校は一丸となって子供たちの安全を築いてきた。それが、またもやもろく崩れ去ってしまった。

そもそも野木の事件の前にも、別の市営団地で小学生女児が襲われる事件が起きて未解決だった。だからこそ、行政はうっそうと茂る団地敷地内の木を伐採し、見通しを確保し、犯罪が起きないような街づくりをしてきた。通学路には20軒以上の「子どもを守る店・家」があった。
学校も地域も、見守りパトロールや防犯意識の啓蒙など、あらゆる手段を講じてきたはずだった。

しかし、野木の事件も、その後の綾乃さん殺害未遂事件も、防ぐことは出来なかった。

逮捕

綾乃さんの事件は、なかなか解決に結びつかなかった。
当初、救急隊員らが「おじさん(に刺されたのか)?」と聞いたことに綾乃さんが頷いた、ということから、犯人像は中年男性かと思われたが、その後綾乃さんが、
「知らない若い男の人」
と証言していたのだ。

県警では延べ4000人に及ぶ捜査員を投入し、聞き込みや現場周辺での検問を行っていた。市民からの情報も100件以上寄せられてはいたが、直接的な目撃証言がなく、捜査は難航していた。

綾乃さんが通う矢中小学校では、年度が替わった4月以降も集団下校を続け、地域の人らの協力を得て見守りの大人もそれに付き添った。

公園で遊ぶ子供はめっきり減り、仕事を持つ親たちは放課後の子供たちのことを思い気が気ではない日々を過ごしていた。

春から夏、そして秋になっても、綾乃さんを襲った犯人はわかっていなかった。

しかし警察は地道な捜査をずっと続けていた。綾乃さんから得た犯人の着衣や特徴から、この時点では犯人は10代ではないか、とあたりをつけていた。
また、綾乃さんの話から得た犯人の人相や体格、着衣などと酷似する人物の目撃証言が複数あがっていたという。
そして、聞き込みを続ける中である少年の存在が浮上していた。
捜査員が、その少年の写真を綾乃さんに見せると、綾乃さんは「この人」と言って泣き出したのだった。

高崎署は12月8日、高崎市内のアルバイトの18歳の少年を綾乃さん殺人未遂で逮捕した。

少年は、職場でストレスを抱えていたといい、人を刺せばそのイライラが解消するのではないかと考え、綾乃さんを刺したと自供。
さらに少年は、平成15年の7月に別の市営団地で起きた小3女児に対する傷害事件についても、自分がやったと認めた。

少年

少年が綾乃さんを狙ったのは偶然だったという。
たまたま通りかかった際、目に留まったのが綾乃さんだった、ただそれだけの理由で綾乃さんをターゲットにしていた。

しかし、その際少年は果物ナイフを携帯しており、綾乃さんを最初から狙っていたわけではないにしても、その日「誰かを傷つける」予定だったはずだ。
9ヶ月もの間、自分を殺そうとした人間が捕まらず、綾乃さんはどれほど恐怖だったろうか。
学校に行けたとしても、友達らの同情や興味に満ちた視線に苦しんだこともあったかもしれない。
逮捕の報を受け、綾乃さんの母は、
「自分がこのようなことをされたらどう思うか、どんなに痛くて、苦しくて、怖かったかを考えてから、ああした地に謝っていただきたい。罪を償い、わたしたちの近くには住んでほしくありません。」
とコメントした。

少年ということで、彼の家族や詳細な住所などは明かされていないが、当然地元の人々は知っているだろうし、中には親や少年自身と顔見知り、幼い頃から知っているという人もいるだろう。
これも野木と同じだ。地域社会にずっと暮らしていたいわば隣人が、隣人を理不尽に襲ったわけだ。

しかも少年は、「5年前から数回、この近所で女児にいたずらした」とも供述していた。
県警では、平成12年と13年に、女児が一時的に行方不明になったり、抱きつかれるといった被害は把握していたが、幼い子供相手ゆえ、被害が表に出ていないケースもあったのかもしれない。

そんな中で、平成15年の事件を自白したのだった。

少年は中学を出た後、飲食店などで勤務し、事件当時は自動車整備会社で洗車などのアルバイトをしていた。
雨が降っても合羽を着て自転車で通勤していたといい、無遅刻無欠勤だった。
同僚や上司によれば、勤務態度はまじめだったというが、一方でストレスに弱い、そういう印象もあったという。
たとえば、ミスをすると食事ものどを通らなくなるほど落ち込んだり、ミスが起こった過程を問われると怖気づくのか返事もできなくなり、あげく、そのまま早退したこともあったという。

「人の輪に入ろうとせず、話しかけないと話さない」

少年の印象はこういったものだった。

誰しも他人に話して気が楽になったりするものだが、少年にはその術がなかったようだ。
ひとり胸に抱え込み、それがいつしか解消できなくなってしまったのか。
そんな中、少年は自分より幼い子供に抱きついたり触ったり、といった行為を繰り返すようになる。

中学生になっても、同級生ではなく、小学生ばかりを相手にしていたと話す人もいた。

同居していた家族や少年の親族らも、少年がそこまで悩みやストレスを抱え、自分ではどうすることもできなくなっていたことに気付かなかったという。

卑怯者

少年は逆送の措置が取られ、平成18年1月27日、前橋地裁高崎支部で裁判が行われた。

法廷で少年の母親は、息子の心の苦しみに気付いてやれなかったと涙ながらに証言し、少年も、「一日中事件のことを考えている。なぜあんなことをしたのか。できれば被害者に謝りに行きたい」と口にした。

一方で、綾乃さんのことは「口封じで殺すつもりだった」とも話した。ということは、市営団地の事件でも、刃物を持っていたことを考えれば少女を殺害してもしかたない、そう思っていた可能性もある。

さらに、綾乃さん殺害に失敗したその一か月後には、再びナイフを購入し、また同じことをしようと考えていたことも明らかになった。
考えようによっては、その「再犯」は、綾乃さんに対するものだったともいえる。口封じに失敗しているのだから。
しかも綾乃さんを刺したナイフを買う以前にもナイフを購入しておきながら、別のナイフで綾乃さんを刺したことについて、「最初に買った包丁は刃渡りが短く、これじゃ死なないと思った」とも話している。
一歩間違えたら、綾乃さんは殺害されていたのだ。というか、殺害するつもりだったのだ。

検察がこの裁判で明らかにした少年の犯行は、綾乃さん以外に、平成15年の市営団地での事件のほか、1月に幼稚園児に抱きつくという事件もあった。
全て女児を狙ったことについては、「自分より力がないと思った。」と話した。卑怯極まりない。

弁護側は「勉強ができない自分を恥じ、対人恐怖症なうえ職場ではいじめに遭っていた」とし、情状面に訴えた。

検察は再犯の可能性を視野に入れ、長期的な矯正が必要であるとし、懲役5年以上10年以下の不定期刑を求刑、これに対し、前橋地裁高崎支部は、懲役5年以上7年以下の判決を言い渡した。

他人を痛めつけてスッキリする人たち

少年の心理として、抑圧された感情を全く無関係の自分よりも明らかに弱い人間を痛めつけ、不快な思いをさせることで解消するというものがあった。
少年のように実際に人を刺す、といった、命を奪うようなことは極端だとしても、私たちの周囲にはそういった感情は蠢いている。

ネットで見ず知らずの人の、自分とは何の接点もない人のちょっとした落ち度をあげつらい、執拗に攻撃を繰り返す人、それに便乗する人、いいねをする人、みな、程度は違えども、他人を攻撃することで自分の中の不満を解消しているのではないか。断っておくが、ここでいうのは批判ではなく「反撃のしようのない、一方的な攻撃」についてだ。

私自身もそうだ。自分の心に余裕があったり、うれしいことがあればそんなことはしようとも思わない。が、日常のちょっとした軋轢で心がささくれているとき、他人の落ち度や普段なら笑って許せる間違いなどがやたらと目につく。時には幸せそうな人を見ただけでも「不謹慎だ」といういちゃもんが心に沸くこともある。

そういう時は危険だ。

少年は、危険だと気づく間もなく、ストレスや不満が次々と心にのしかかったのかもしれないし、少年ゆえに未熟さもあったと思う。が、その結果は重大であるし、決して謝って許されるようなことではない。

では、私たちのやっている「他人を間接的に攻撃する」ことは?もとは同じ心理ではないか。手段が違うだけで、私たちも他人の心をメッタ刺しにしていることがあるのだ。

高崎市内で未解決だったいくつかの幼い子供への卑劣な事件は解決したが、もしかしたらいまだに言い出せないまま、心に傷を抱えている人もいるかもしれない。
少年もすでに新しい人生をどこかで生きていると思うが、どうか二度と卑怯な自分に負けず、絶対に忘れないでしっかり生きてほしいと思う。

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参考文献
週刊朝日 性犯罪者に厳罰を!!「私はなぜ、少女を襲うのか」 平成17年12月23日
読売新聞社 平成17年3月16日、23日、12月8日、9日、平成18年1月14日、4月29日、5月20日、7月1日、9月23日東京朝刊
朝日新聞社 平成17年3月17日、4月15日、12月8日、平成18年1月28日東京地方版/群馬
中日新聞社 平成17年3月29日朝刊

僕は何も知らなかった~仙台市・女子大生死亡事件~

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平成191114

仙台市青葉区、午前410分ころのこと。
とある単身者向けアパートから110番通報が入った。
「彼女とケンカしたら、彼女が飛び出したまま帰ってこない」
寒さが厳しくなりつつあった11月の夜更けに、部屋着のままで飛び出していった彼女のことが心配になったという。

すぐに彼女の所在は判明した。
若林区の救急救命センターで、彼女はすでに死亡していた。

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🔓悪意~相模原・小3女児暴行死事件~

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平成11年2月26日午後4時30分

相模原市にある小学校の校庭で、少女が運動場のトラックを走っていた。
放課後の、人影もまばらな校庭を、もう、何週になるだろうか。時折、母親らしき女性や、同じ年頃の少女がその横を伴奏することはあったが、少女はひたすら走らされていた。

そのころ、帰宅した父親は家に家族が誰もいないことから、娘たちが通う小学校へと向かった。
時刻は午後6時、あたりはすっかり暗くなっていたが、少女はまだ、校庭を走っていた。
「またか。今度は何をやらかした?」
苦虫を噛み潰したような顔で父親は少女に近づいた。

事件概要

平成11年2月26日午後7時30分。相模原の消防署に119番通報が入った。相模原市横山台2丁目のその住宅では、畳の部屋に小学生くらいの女の子が仰向けに寝かされていたが、すでに呼吸をしていなかった。
救急搬送された先で懸命の治療が施されたが、翌27日の午後2時55分、女の子は息を引き取った。
死因は頭蓋内損傷。外からは大きな外傷が見当たらなかったが、急性硬膜下血腫、脳挫傷、くも膜下出血、びまん性脳腫脹、びまん性軸索損傷が発症していた。

警察は、対応した救急隊員らの話や、自宅にいた家族らの話から、女の子の父親で会社員の水野俊彦(仮名/当時36歳)を傷害致死の疑いで逮捕した。
亡くなったのは、俊彦の次女、永梨(えり)ちゃん(当時9歳)。
調べによると、日ごろから言うことを聞かないことがあった永梨ちゃんに対し、つねる、叩くなどの「しつけ」と称した体罰を与えていたといい、この日も反抗的な態度を示したことで俊彦が激高、永梨ちゃんを胸の高さまで抱き上げたところ、永梨ちゃんが暴れたために畳の上に落してしまったのだという。

永梨ちゃんはその時に頭を強く打ったとみられ、容体が急変、死亡した。

事件当時、家には母親と永梨ちゃんの一つ上の姉がいた。救急隊の質問に俊彦は答えることができず、母親が状況を説明していたという。
永梨ちゃんには、頭部の外傷のほかにも体にあざがあったことから、しつけと称する暴行は日常的に行われていた可能性もあった。
その一部始終を目撃していた母親と永梨ちゃんの一つ上の姉も、
「父親が永梨ちゃんを抱き上げ、そのまま手を離した」
という話をした。
さらに、一つ上の姉は、これまでにもしつけと称して抱き上げられては落とされるといったことを何十回もやられた、と話した。

家族らの証言や対応した救急隊員らの話から、父親である俊彦が永梨ちゃんと姉に行き過ぎた体罰を行った末の悲劇、そのような判断がなされたが、2か月後の4月20日、横浜地検は俊彦を処分保留で釈放する。

しかし、その1年後、横浜地検は俊彦を傷害致死容疑で起訴した。

【有料記事 目次】
・家族
・破られた連絡帳
・裁判
・懲役3年
・小さな悪意

迷い人~西宮・幼女連れ去り傷害事件①~

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平成18年6月26日

「すみません、そのお子さんは迷子の子ではないですか?」

阪神電鉄西宮駅にあるショッピングモール、「エビスタ西宮」内で、その警備員は迷子連絡を無線で受け、店内を巡回していた。
すると、迷子の特徴と一致する服装の女児を抱いた女性とすれ違い、そう声をかけた。
女性は「はい、そうです」と近づいてきて、保護した場所などを警備員に告げた。
「よかったね、ママに会えるよ。」
女性は優しく微笑みながら、迷子の女の子に語り掛け、警備員に女児を引き渡した。しかし、女児が泣き出したことから、警備員が女性に「母親が来るまで一緒に待ってもらませんか?」とお願いすると、女性も快諾、母親が来るまでの間、女児は女性に抱かれ穏やかにしていたという。

しばらくして、女児の母親が到着。警備員はやれやれ、と思ったが、当の母親は女性に礼を言うこともなく、ひったくるように女児を連れ、逃げるように去っていった。
警備員はあまりに不躾なその母親の対応に驚くと同時に、心の中に違和感を抱き、その母親を追った。

すると母親は、厳しい表情でこう警備員に話した。

「あの女が勝手に連れて行ったのよ。買い物しているとき、あの女がうろうろしているのを知っていた」

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迷い人~西宮・女児連れ去り傷害事件②~

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不可解な行動

全面否認とはいえ、理佐が語る一部始終は正直、どの点においても理解に苦しむ内容だった。
事件前の2度の迷子騒動の際の理佐の証言も同じく不自然さばかりが際立った。

どちらもすぐに店員に事情を話す、店内放送を要請するなどしておらず、迷子を見つけたというその状況自体もよくわからないものだった。

6月26日の迷子のケースでは、ベビーカーに乗っていた子供が落ちかけたのを抱き上げ、そのまま母親を捜すために20~30分広いショッピングモールを歩き回ったというのだ。
しかもベビーカーがあったのはスーパーで、にもかかわらず全く違う場所を理佐は歩き回っていた。

7月30日のケースはさらに理解に苦しむ。
エビスタ西宮内のトイレ付近で「ママ」と言いながら泣いている子を見つけ、抱き上げて警備員に託そうとこれまた店内を歩き回っていた。その際、子供が「おしっこ」と言い出し、理佐はなんと自宅で用を足させたというのだ。
確かに理佐のマンションは近かったが、我慢できないという子供を連れて店内のトイレに向かわずなぜ自宅なのか。
これらに対する理佐の答えは、「それ以外思いつかなかった」だった。

事件を起こした日の理佐の供述は先にも述べたが、実際には母親がすぐ近くにいたにもかかわらず、母親は見当たらなかったといい、普通ならばその場にいる人々に声をかけるところを、なぜか別の場所へ捜しに向かっていた。

そして、女児は尿意を催したためにまた自宅マンションへ連れて行ったと話した。
なぜそばにある公共のトイレを使わせなかったのかについては、
「公共のトイレは汚く狭いし、人の出入りがあると落ち着けない。自宅ならゆったりした気持ちでできるだろうと思った」
と供述。駅やショッピングモールにもきれいで広いトイレがあったわけだが、それについては「思い浮かばなかった」で通した。

その後自宅マンションへ女児を連れ帰り、そろそろママを捜しに戻ろう、と声をかけると突然女児が泣き出し、「眠い」などと言ってベッドに倒れこみ、直後に目が虚ろになってぐったりしてきたのだという。
救急車を呼んでも最低5分はかかると看護学生時代に学んでいたから、それなら自分で勤務先の西宮病院へ連れて行ったほうが早いと判断、自宅から女児を抱えて走った、というのだ。こんな看護師は嫌だ。

そういいながら、丁寧に長靴を履かせ、途中で病院へ行くのと母親に知らせるのとどっちが先かわからなくなったことから、病院へ向かう途中の公園で一旦女児を寝かせ、誰かあの子を助けてくださいと願いながら人を呼びに行ったという。
少し走って振り向くとすでに人だかりができていたこと、「迷子が見つかった、助かったみたい」という声も聞こえたことで安堵し、そのまま帰宅したというのだった。

その後、やはり誰かにこのことは話すべきだと考え、同僚看護師に連絡したと言ったが、実際には甲子園球場で行われるプロ野球観戦へ一緒に行く約束をメールしただけだった。
さらに、同日夜観戦の際にも同僚に対し一切の話をしておらず、その後翌日の勤務を休みたいと上司に連絡した際にも、その日の出来事は一切話していなかった。

とにかく理佐のはなしは一事が万事、

「私なりに最善の方法を考えて行動していた」
「(それが常識では考えつかない行動だったとしても)それ以外に思い浮かばなかった」
だった。
迷子を見つけて親を捜したという割に、周囲の人に一切声もかけず、トイレがしたいと訴えられればなぜか自宅へ連れて行く、さらには体調が悪くなった女児を一刻も早く助けたいと思ったと言いながら、救急車も呼ばず病院へも運ばず、公園のベンチに寝かせた……

何がしたいのか全く分からない、恐怖を感じるレベルの意味不明さだった。

争点

検察は、状況から女児に暴行を加えたのは理佐以外にあり得ないとし、母親らや周囲の状況からも理佐が悪意を持って女児を連れ去ったとして未成年者誘拐で起訴、その後、保護責任者遺棄容疑で追起訴し、さらに11月20日には傷害容疑でも追起訴した。

弁護側は、「母親を捜そうという一心で女児を連れていたもので、自宅へはトイレを使わせる目的で連れて行った。公園に横たえた後戻らなかったけれども、何度も振り返るなどして完全に保護下を離れたとは言えない」として無罪を主張していた。

争点は3つ、
①未成年者誘拐の故意について
②傷害罪の成否について
③保護責任者遺棄について
だった。

①の未成年者誘拐の故意について
理佐は当初、「かわいい子供を見て、自分の暗い気持ちを晴らすために連れ歩いた」という供述をしていた。
これには実は理佐の特殊な「病癖」が関係していた。
理佐はうつ病の治療にあたり、主治医に対し、かわいい子供をみるとつい抱き上げたり、連れ去りたいという衝動に駆られると話していて、カルテにも「理性でsaveできるようになった。子供を見てもそばに母親がいることが分かればかわいいなーという気持ちしかない。」といったことが書かれていた。
弁護人は、saveできるようになったのは万引きのことであり、子供については単に母親がそばにいるとみていて安心する、というだけのことだと反論したが、当の主治医は、「それ(saveできるという意味)は多分、こどもさんのことでしょうね。」と答えた。

これに照らせば、過去に理佐が関与した2回の迷子騒動も、自制が利かなかったが故の行動と考えられた。

次に、②の傷害が理佐によるものかどうかについては、当日の女児の行動や様子、母親や直前に通っていたスイミングスクールの講師らの証言で、エビスタ前公園で遊んでいるときまで女児がそこまで大きなケガを負っていないと検察は主張した。
エビスタ前公園においても、母親は別の母親らとともに子供たちが視界に入る状態で雑談するなどして見守っていたが、込み入った話をしていた時は目を離してしまった時間があったという。
しかし、エビスタ前公園には多くの子供や保護者、買い物客らがおり、もしもその公園内で女児が転倒するなどして頭部に外傷を負ったとすれば、相当な泣き声を上げたと思われるし、もしも声を上げられないほどのケガであったならば、理佐が言うように「所在なげに立っている」というのは不自然で、この時点でも女児はケガを負っていないとみるのが自然だと主張した。

女児を診察した医師らも、女児は硬膜下血腫が生じた状態で搬送されており、その状態から負傷時刻は手術開始の2~6時間前まで、と証言。
その上で、その負傷時刻が6時間前だったとすれば、搬送されるより前に女児は死亡しているとも証言した。
また、スイミングスクールでは異常がなかったことなどを考えると、負傷時刻は2~3時間前までに絞られ、必然的に理佐が連れ去った直後以降の出来事であるとした。
弁護側は、医師の中には女児の急性硬膜下血腫はさほど強い外力が加わらずとも発症する可能性のある架橋静脈破綻とみる医師もいるとし、また、理佐の自宅には女児が頭をぶつけるようなスペースもない、事件直後の捜索でも女児が頭をぶつけたような痕跡は発見されていないとして理佐の保護下でケガが生じたとは言えないと反論した。

③の保護責任者遺棄については、たとえ理佐が言うように理佐とは無関係の時に生じていたケガだったとしても、一刻も早く医療処置を施す必要があることが一目瞭然の状態の女児を、利用者も人通りも少ない公園に寝かせただけでその場を離れ、再び戻ることも自ら説明することもしなかったことを考えると、保護責任者遺棄が成立するのは明白、と検察は主張。
弁護側は、具合が悪くなった女児を見てパニックになり、母親に知らせるのが先か病院へ運ぶのが先かわからなくなり、とにかく女児を抱き上げてエビスタ西宮方面へ行ったが、13キロの女児を抱えることが限界になり、その公園に寝かせたと主張。
その後も気にしながら人を呼びに走ったが、すでに人が集まり始めたために自分が戻ると余計に面倒なことになると考えただけで、保護責任を遺棄したわけではなかったと主張した。

月イチの衝動

平成20年12月24日、神戸地方裁判所の東尾龍一裁判長は、未成年者誘拐、傷害、保護責任者遺棄についてすべてを認定し、懲役10年の求刑に対し懲役7年の判決を下した。
その中で、理佐には幼女をみるとかわいいと思うだけでなく、どうしても抱き上げたいという「病癖」があること、すべての罪状において、公判を通じ理解不能な供述に終始し反省の色がみられないこと、とりわけ、看護師という立場にありながら危機的な女児の状況を見てもなお、自己保身に走っている点は悪質で、犯行は誠に身勝手、かつ自己中心的で酌量の余地が全くない、と断じた。

女児は一命をとりとめたものの、左片麻痺、脳機能障害が残った。リハビリなどを続けていたというが、その後遺症は一生涯にわたるという。
両親らは理佐に対して1億4400万円の損害賠償請求も起こしており、平成22年7月にはそのほぼ全額にあたる額の支払いを命じている。
理佐はその後、最高裁まで上告するも棄却となり、平成23年5月24日付で県立西宮病院を失職した。これは県立病院に勤務していることで地方公務員法にのっとった扱いである。

理佐が悪意を持って女児を誘拐したこと、なんらかの形で女児にけがを負わせたこと、そして、保護すべき女児を遺棄したことは認定された。
が、結局「なにがあって、どうやって女児を傷つけたか」はわからないままだ。
女児のケガは頭がい骨骨折からの硬膜下血腫だが、その骨折は3方向から強い力が加わったものだという。
したがって、転倒したり、女児自ら頭を何かにぶつけたとか、そういうことではない。
しかも女児は見える範囲で出血していなかった。ただ、頭にはこぶができたように歪な形になっていた。

理佐はいったい、女児に何をしたのか。

理佐には暴力的な面は見られず、過去にも暴力的なトラブルは起こしていない。
しかし6月の万引き事件の際、心配して家にいた母親に対し、突如興奮状態となり、
「もうしんどくて、自分はいったい何なんだ。私はいったい何よ?!」
と目を吊り上げて喚き散らしたという。

これについては、薬の副作用の可能性も指摘されたものの、事件が起こるより一か月以上前に処方されなくなっている。
それでも理佐は、月イチで湧き上がるその衝動を抑えることができなかったようだ。

理佐は迷子を見つけたのではなく、自ら迷子に仕立て上げては、攫っていたのだ。自分のおさえきれないその欲求を満たすために。
そもそも、ベビーカーに乗っていた赤ん坊が迷子になるわけあるまい。

あの日、女児と二人でいたマンション内で本当は何があったのか。
彼女はもう、子供を見てもなんともないのだろうか。その手は、もう女児を抱こうとは思わないのだろうか。

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参考文献
朝日新聞社 平成18年9月7日、9月8日、9月26日大阪朝刊、平成20年5月22日大阪地方版/兵庫、12月24日夕刊
NHKニュース 平成18年9月7日
読売新聞社 平成18年9月7日大阪朝刊、夕刊、9月8日大阪夕刊、平成20年7月7日、9月19日大阪朝刊、12月24日大阪夕刊、平成23年6月25日大阪朝刊
毎日新聞社 平成18年9月7日大阪朝刊、9月9日大阪夕刊、平成18年9月13日朝刊/阪神版
産経新聞社 平成18年10月7日【ニュースを斬る】西宮の女児重傷事件 防犯か個人情報保護か 
大阪朝刊 平成19年11月20日大阪朝刊