🔓病める女~愛知・藤岡町男児せっかん死事件①~

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平成一二年一〇月一六日

愛知県豊田市。
とあるガソリンスタンドで、女性は昼休憩をとっていた。
昼と夜の寒暖差が激しくなってきてはいたが、ここ数日は晴れて、秋の気持ちよい日々が続いていた。

ふと、手にしていた携帯電話が震えた。
着信の相手は、以前から親しくしていたママ友だった。
「やっちゃった、もう硬くて冷たくなってる。死後硬直してる。」
にわかに理解できないママ友の言葉だったが、女性はとにかく「救急車を呼んで」と伝え、勤務先を飛び出すとママ友の自宅へと向かった。
道中、再度ママ友に連絡を取った女性は、「お願いだから、抱きしめてあげてて。」と頼んだという。

ママ友の自宅につくと、ママ友は放心状態で子供部屋に座り込んでおり、女性に対し、「もうやばい、これで刑務所だわ」と呟いた。

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🔓病める女~愛知・藤岡町男児せっかん死事件②~

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もうひとり

三月一二日に開かれた亮子の初公判において、弁護側は起訴内容を一部否認。亮子が単独で行ったとする検察に対し、亮子の知人である女性の名前を示して、その女性に言われるがままに行ったものだと主張した。
それはむしろ、その知人女性こそが、この事件の「主犯」であるかのような主張だった。

【有料部分 目次】
親友

暴走か、洗脳か
訴因変更
作られた「行動障害」
共同正犯
病める人々

🔓だってあの子が悪いのに~鹿嶋市・女性リンチ生き埋め事件~

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平成13年6月9日

茨城県鹿嶋市。
北浦に面した県道18号線から東に1キロほど離れた場所で野良犬が数頭、群がっていた。

「なんであんなに犬がいるんだろう」

田んぼのわきのあぜ道で農作業をしていた男性(63歳)は、野良犬らの動きが気になった。なにか、動物の死骸でもあるのだろうか。
犬たちを追いやった男性が、犬たちが群がっていた地面を探ってみると、そこにはなにやら白いものが見えていた。
男性は知人を呼びに行き、その知人とともにもう一度その白いものを確認して驚愕する。
それは、人の頭蓋骨だった。 続きを読む 🔓だってあの子が悪いのに~鹿嶋市・女性リンチ生き埋め事件~

🔓通り魔になった男の悲しき弁当箱~イトーヨーカドー乳児刺殺事件~

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平成十七年二月四日正午

愛知県安城市。
嫌なニュースだった。近くのショッピングセンターで幼い子供が通り魔にあったというニュースを出がけに聞いたその主婦は、憂鬱な気分で歩いていた。
ふと、児童公園の入り口に、なにか置いてあるのが目に入った。青っぽい紫色のそれは、雨合羽のようだった。
手に取った主婦は、それに血がついているのを見て先ほどのニュースを思い出した。
「犯人は逃走中、白いキャップに紫色の上着……」
主婦はすぐさま110番通報した。

事件概要


「お客様が刺されました!犯人は一八〇センチくらいの男でまだ逃げています。一階におりてください」
イトーヨーカドー安城店は、とんでもない事態に陥っていた。
二階の洋服、寝具売り場の近くの通路で、ショッピングカートに乗っていた乳児が突然、男に刺されたのだ。
さらに、ちかくのちびっこ広場で遊んでいた女児も蹴られ、庇おうとした女性も殴る蹴るの暴行を加えられたのだ。

店内は悲鳴と怒号が飛び交い、刺された乳児を抱いた母親が泣き叫んでいた。
すぐさま救急車が到着、乳児は救急搬送されたが、搬送先の病院で死亡が確認された。
亡くなったのは、青山翔馬くん(当時一一か月)で、蹴られた女児は姉の陽菜ちゃん(仮名/当時三歳)だった。陽菜ちゃんを庇って暴行された女性(当時二十四歳)は、たまたまそばにいた買い物客だった。

翔馬くんは、母親と陽菜ちゃんと三人でイトーヨーカドーを訪れており、通路ですれ違った男に突然、無言で頭部を果物ナイフのようなもので刺されたのだ。
救急隊が到着した際、翔馬くんの頭部にはナイフが刺さったままで、その先端は、下顎まで到達するほど深く差し込まれていた。

逃走した男は背の高い、やせ型というほかに、白い野球帽のような帽子をかぶり、上着は青紫のカッパ(ウィンドブレーカー?)のような服装だった。
付近の警察にもすぐさま情報は流され、署員らはパトカー以外の自家用車にも分乗して犯人を追っていた。
現場から南東に一キロほど離れた場所で、捜査員らは前方から一人の男が歩いてくるのに気づく。両手をポケットに入れ、頭には逃走犯と同じ白色のキャップ姿。
しかし、男が来ていた上着はカーキ色だったため、不審に思いながらもその場はやり過ごした。
その直後、無線で冒頭の主婦によって発見された上着の情報が流れ、逃走犯が上着を脱ぎ棄てている可能性があるとの情報がもたらされたことで、署員らは先ほどの男を追った。

男性警察官が男を呼び止め、この近くで事件があったこと、犯人と思われる男が逃げていることなどを説明したうえで、職務質問を始めた。
男は素直に質問に応じていたが、両手はポケットに突っこんだまま。警察官が「手を出して」というと、男は両手を出した。

その手は、血塗れだった。

緊張が高まる中、若い警察官らは冷静に、その手はどうしたのか、と確認すると、男は「自分で切った」と話した。
が、所持品検査を行おうとした際、取り囲んでいた警察官のひとりを蹴り、男は逃走を図ろうとした。
「犯人なのか!?」
警察官らの怒号に、取り押さえられた男は「はい、私がやりました」と答えた。

男の名は、氏家克直(当時三十四歳)。
愛知県内で窃盗を働いた罪で有罪となり、つい先月の一月二十七日まで豊橋刑務支所で服役していた。出所後、数日での犯行だった。

男のそれまで

氏家は福島県伊達郡桑折町の生まれ。両親と祖父、幼い妹との暮らしだったが、四~五歳の頃、一家は福島市内の借家へと居を移す。
新たに弟も生まれたが、一家の暮らしは楽ではなかったという。

そもそも、桑折町で暮らしていた時から、一家の暮らしは厳しかった。が、それにはなるべくしてなった、という理由があった。
氏家の父親は、農業を営んでいたというが非常に酒好きで、母親はギャンブル、主に競馬にのめりこんでいた。
田畑を所有していたが、それらも借金のカタに切り売りされたという。
田畑を失い農業を営めなくなった後は、モーテルの管理人などの職を得て生活していた両親だったが、暮らしは上向かず、父親は近隣の倉庫に忍び込んで米を盗んだこともあった。

そういったことが重なってなのか、桑折町を後にした一家は、心機一転、新聞配達をしながら生活の立て直しを図った。
借家の家賃は当時で二万円。県営住宅などの家賃と比べるとまだ高いので、そこまでド底辺とは言えないにしても、家は荒れていた。
当時のことを知る人によれば、「母親が家事をしない人のようだった。家は中のほうが外よりも汚く、風呂に入る習慣がないのか、家族はいつも臭かった。」という。
母親が新聞の集金にくると、その家の子供たちはあからさまに「くさーい・・・」とこぼしていた。

そんな家庭環境で育った氏家少年だったが、成績は悪くなかった。おとなしく、口数の少ない少年だったそうだが、小学校卒業の際の文集にみる彼の字はとてもきれいで、書いてある内容も、小学生生活への別れに対する寂しさ、そして、中学生になる意気込みなどをしっかりと書いており、非常に頭の良い子、という印象だ。
将来の夢は国会議員、とも書いており、将来に夢を抱き、可能性に満ちた氏家少年の姿がそこにはあった。

しかし、彼は二十年後、取り返しのつかない罪を犯してしまうなど、この時点では本人も周りも、誰も思ってはいなかった。

【有料部分 目次】
高校中退から前科持ちへ
殴られた証人
夢と現実と責任能力
保護観察の実情
解明は不可能か
悲しみと憤怒
大きすぎる代償

この記事は有料記事です

🔓腐る家~泉南市・一家5人餓死事件~

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平成13年8月16日午後6時

「玄関を開けてください」 泉南市樽井6丁目の民家の玄関先で、警察官らが家の中へ声をかけていた。
この日、この家に暮らす住民の親族から、 「何日も姿を見ていない、家の中から物音もしなくて心配だ」 という相談が泉南署に出ていた。
この住宅には、60代の男性とその妹、そしてその妹の子供5人の計7人が暮らしていたというが、7月頃から家族の姿は近所の人らの目から消えていたという。 警察官らの問いかけに、屋内から「(玄関は)開けません」と、弱弱しい声が聞こえてきた。
「子供がおらんやないか!どこ行った!」
そう叫ぶ警察官らに対し、さらに家の奥から、
「子供はここにおりません」
という答えが返ってきた。
しかし警察官らは、強引に玄関をこじ開け中に入らざるを得なかった。

玄関先には、明らかな死臭が漂っていたのだ。

5人の遺体

警察官らが屋内へ踏み込むと、凄まじい腐敗臭が鼻を衝いた。 家の中は雨戸が閉められ、光は差し込まない。それでも探りながら奥へ進むと、6畳と4畳の間があり、そこには布団が敷き詰められていた。

すべて頭や足は見えなかったが、明らかな人型がそこにはあり、その状況たるや警察官らを恐怖のどん底に叩き落すには十分すぎるものだった。
そして並んだ布団の横に、同じように並べて敷かれた布団の上に座り込んでいる年配の男女がいた。 二人は、この家に暮らす若狭良一さん(仮名/当時66歳)と、その妹のあつ子さん(仮名/当時64歳)とみられた。
警察官が声をかけたが、ふたりは衰弱しているのか立ち上がることができなかったという。 そして、二人の布団の並びにあった布団をめくると、そこには5体の腐乱死体が寝かされていた。

腐乱死体の身元は、行方不明の子供たちであると推測され、その後若狭さんらの口から、その遺体が妹・あつ子さんの5人の子供であると語られた。
「2か月ほど前から、子供たちが次々と死んだ」 そう二人は語ったが、近所の人らの話では、一家は7月の初めまでは以前と変わらぬ風に目撃されていたという。
あつ子さんの子供たちは、長女・すい子さん(当時41歳)、次女・薫さん(当時38歳)、三女・栄子さん(当時29歳)、四女・弘美さん(当時28歳)、そして、末っ子長男の実さん(当時27歳)。
遺体は腐敗が進んではいたが、外傷は見当たらず、いずれも普段着できちんと仰向けに並んで寝かされており、頭からすっぽりと布団が掛けられていた。 死後、1~2か月とみられたが、若狭さんが、「食べ物がなくなり次々と死んでいった」と話していることから、5人の死因は餓死とみられた。

その後の司法解剖では全員が予測通り餓死、6月30日に長女すい子さんが、その翌日に四女弘美さん、7月5日に三女栄子さん、7月10日に長男実さん、次女薫さんは8月1日に死亡したと推定された。
5人全員、消化管内に物がなく、薫さんは肺炎を起こしていた。

通報した若狭さんの弟のほかに、実は若狭家の隣にはあつ子さん以外の妹も住んでいた。 しかし、いずれも近くに住みながら、20~30年兄弟の付き合いはなかったと言い、あつ子さんの子供らの存在もよくは知らなかった。
発見時、若狭さん兄妹は、息もできぬほどの死臭の中で放心状態で座り込んでいたが、話によれば、子供たちが死んでからずっとこうして寄り添っていたのだという。 一方で、若狭さんは警察官に対し、 「この場所は汚れてしまったから清めなくてはならない」 「神さんに清めてもらった」 などと言っており、その精神状態が心配された。
これが年端も行かない子供であるならば、何をどう考えても保護責任者遺棄致死などの虐待を想定するのだろうが、この場合、亡くなっていたのは子供とはいえすでに全員が成人しており、食べ物がなくなったからと言って、年寄より先に若い人間が全員死ぬというのも、どこか腑に落ちなかった。
しかし若狭さん兄妹も極度の栄養失調状態に陥っているのも事実であり、また、家の中には冷蔵庫の中にもどこにも食べるものはなかった。 家族は2か月ほど前から食べ物がなくなり、若狭さんとあつ子さんは子供たちに水を飲ませて飢えをしのがせていたという。

一家は何年も前から仕事をしている人間はだれもおらず、かといって生活保護を申請した形跡もなかった。 また、土地や建物を担保に金融機関から借り入れをしている形跡もなかった。 家族はどうやってこれまで暮らしていたのだろうか。 調べるまでもなく、近隣や若狭さんの別の兄弟らから、一家のこれまでの歩みが語られた。

※この記事は令和4年8月30日まで無料で公開されていたものです。条件に合致する方は無料でお楽しみいただけます。
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【有料部分目次】
塩の家
母の教え
クソ味噌の中野「信念」
義姉の4000万円
不起訴
一家がすがった神さん