片隅の記録Part16~ある日の松山地裁・後編~

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目次

ぼんやりしていた男(60代 過失運転致傷)

実際に傍聴するまで、被告人というのはスーツなどのきちんとした身なりで法廷に来ると思っていた。
しかし実際には、ジャージの人もいれば作業着みたいな人もいる。もちろんスーツを着てくる人もいるが、元々スーツを普段から着用してる人か、まあまあなことをやっていて裁判所の心象をよくする必要のある人がスーツ率が高い気がする……

この日最初に傍聴したのは過失運転致傷。
被告人は既に入廷し、被告人席で足を投げ出すような姿勢で座っていた。
60代半ば。仕事は警備員だという。
被告人の身なりは、薄手のジャンパーに作業ズボン、そして農家のおじさんがよく被っているようなキャップを被っていた。

その日

被告人はその日、いわゆる早番だったそうで事件が起きた正午過ぎは帰宅途中だったという。
松山市北部には今治へ抜ける海沿いの道が続いている。被告人の勤務先は海沿いにあるため、帰宅するためにその海沿いの道を走っていた。
途中、右折して国道196号線と交差する信号機のある交差点に差し掛かった。被告人は漫然とその交差点に時速50キロ程度で進入したところ、左側から走行してきた被害者(男性・当時39歳)のオートバイと衝突した。
信号は、被告人の側が赤だった。

なぜ赤信号を見落としたのか、という問いに被告人は、
「早出で疲れていてぼーっとしていたため」
と答えた。

被害者側の証言もあった。
走行していた国道196号線の信号が赤になったため、被害者のオートバイは先頭で停車したという。時間にして1分半くらいだった。
その後、信号が青に変わったので交差点に進入したが、完全に停車していた状態からの進入だったため速度はゆっくりだった。
そこへ、左右から突如被告人が運転する軽四自動車が飛び出してきたため衝突、被害者は左肩を骨折し、8か月が経過した現在も左肩があがらないため、リハビリを続けているという。

被告人のそれまで

被告人は昭和36年の生まれ。両親や兄弟がいたかどうかは分からないが、独身だった。
高校を出たあとはアルバイトを転々とする日々で、警備の仕事には4年前から就いていた。
前科前歴としては平成3年にシートベルト違反、平成19年に罰金刑があったことが検察から明かされた。

ただ、ことさら規範意識が低い、というほどではなく、今回の事故も「ぼーっとしていた」「覚えてはいないがなにか考え事をしていた」と話しており、警備という仕事で気を張っていたことや疲労、睡眠不足などが重なったことが要因と思われた。
被告人に限らず、誰しも加害者の立場になりうる事故……
被害者の怪我は重傷だったが、それはバイクだったことも関係するだろう。

通常、これで起訴されるってあるんだろうか??とふと気になったが、直ぐに理由がわかった。

被害者がめちゃくちゃ怒っていたのだ。

怒れる被害者

被害者は被告人に対し、厳罰を望んでいた。
大怪我をさせられたから?それもあるだろうけれど、被害者が怒ったのは被告人の「言動」にあった。

突然の自分語りで恐縮だが、私も過去に事故を起こしたことがある。私の側にも過失があったのだが、ケガをして救急車で搬送されたのは私だった。ということは、一応被害者である。
後に警察で供述をとられた際、加害者に対する処分についての話があった。ただその際、幸いにもケガが大きくなかったこと、過失が私にもあることから、警察からも通常そういった場合では加害者に対して処罰を望まない、といった供述をするケースが多いと言われたし、私自身も自分にも非がある以上はお互い様でもあるためそのように供述し、結果加害者は不起訴となった。

というように、被害者の言い分というのは侮れない。
今回の場合はどうだったのか。

被告人は事故を起こした車が会社名義だったことから、上司と共に入院先の病院へ謝罪に出向いている。また、保険にはきちんと入っていたため金銭的な賠償は見込みがある状態だった。
通常、謝罪と慰謝が講じられていればよほどのことがない限り示談交渉は進んでいくものだが、被害者によると、とにかく被告人からは誠意が感じられないのだという。

事故後、被告人から謝罪に行きたいという連絡を受けた被害者は、治療とリハビリ、精神的苦痛などもあったがそれでも時間を作って謝罪に応じようとしたという。
ところが被告人はその約束の時間に遅れてきた。
さらに、その謝罪の場でなんと被害者に対して事故に関する愚痴を言い始めたというから恐れ入る。被害者は精神的な苦痛を味わう羽目になってしまった。

弁護人もその点について被告に問い質した。
しかし法廷でも被告人は、自分としては謝罪したつもりだったが被害者が怒っている以上、十分ではなかったかもしれないと言いつつ、約束の時間に遅れたことについてはどうも「そこまで言われるようなことか?」と思っているような印象があった。
遅れたのは駐車場がいっぱいでとか何とか言っていたが、普通はそういうことがあったとしても絶対に間に合うように出向くものなんだということが全く理解できない様子だった。駐車場がいっぱいだったのは自分のせいではない、と言いたいようだった。

弁護人から自身の責任について問われると、こう述べた。

「被害者には謝るしかない。まさかこんなおおごとになるとは思ってなかった」

あぁ。ダメだこりゃ。

「覚えてません」

検察官も続けた。

検察官「あなたなにか不満でもあるの、被害者に対して。」
被告人「ありません」
ありません、と言った被告人の態度は、正直私が見ても最初っから不満オーラがあふれていた。
それは被害者にも当然伝わっていて、どうも事故処理について被告人がいろいろと文句を言っていたようだった。

事故後、被害者は自身がいつも世話になっているバイク屋さんにレスキューを頼んだという。なんらおかしな話ではない。ところがどうも被告人はそれが気に入らなかったようだ。
被告人「事故のあと、第三者(バイク屋)がバイクを運んでいった。こっちとしては保証とか保険のこともあるからこっちのバイク屋で修理したほうがスムーズなのに、どこのバイク屋かも知らせてもらえなかった」

たしかに、ディーラーなどであればそのようなことは考えにくいものの、中には修理屋と結託して事故で損傷した部分以外も見積もりに入れてくる輩がいるのは事実。保険を使わない場合、ひどいのになると数十万上乗せしてくるケースもある。
おそらくだが、この被告人とその周囲にいる人間は、自分が被害者になったらそいういうズルいことを当たり前に考える人なのだろうな、と思った。だから他人もすると思い込んでいるのだ。
なんというか、あんまり言いたくないが民度の差というか被告人がどんな生活を送り、どんな人たちが周りにいるのかが見えたような気がしてしまった。

さらに検察官は続ける。
検察官「あなた、被害者に何か落ち度があると思ってない?」
唐突だな、と思ったがここで被告人は黙り込んでしまった。イコール、検察官の問いに対するアンサーは「イエス」である。
被告人「別に……ありません」いやあるやろその感じは。
検察官「100%自分が悪いと思ってる?」
被告人「……。」
長い沈黙。ドキドキする。こんなに被告人が何を言うかドキドキすることってあるんだろうかっていうくらい、ドキドキした。

検察官「どうですか。」

被告人「……状況的には。こちらが悪い」

すごいなこの人……

圧巻は検察官の次の質問だった。

検察官「あなた平成19年に罰金刑受けてますよね。」
被告人「覚えてません」

???

検察官「車検なし、保険なしで人身事故起こして43万円支払ってますけど」
被告人「(被せ気味に)覚えてません」

いやいやいやいや。覚えてないわけなかろうが。というか、覚えてなかったらヤバい。今回同様、人身事故を起こしておきながらそれを忘れてしまうような人間だと自分で言っているのだ。

当然検察官は、赤信号無視という状況は過失が大きく、被害者に落ち度はないこと、被害者は日常生活に支障をきたしていること、被告人は過去の人身事故を覚えていないと発言し、責任感の欠如が甚だしいとして禁固1年2月を求刑。
弁護人は、事実を認め反省し謝罪していること、慰謝も見込めること、後世の機会を与えてほしいと訴えた。

被告人は最後の最後まで、ふてくされていた。

裁判長は過失と被害者の負担が大きいことは認めながら、金銭的な弁償が見込めることから執行猶予をつけた。

被告人は、どこにでもいる普通のおじさんだ。仕事もしているし、特に危険な人とかそういう印象はない。今回も誰の身にも起こり得る交通事故であり、悪質さからいえば前編で登場した飲酒運転男のほうがよほど悪質だ。
仕事の疲れからぼーっとしてしまった。誰にだってある。なので事故を起こしたこと自体はことさらに責められるようなことでもない。私だって事故を起こしたことがある。

しかしだ。
それを事故を起こした本人が主張してはいけない。被告人は言っていいことと悪いことの区別が全くつかない人だった。
周りや被害者がどう思うか、よりも自分の都合が先に来てしまう。仕方ないという自分の側の理由を優先させてしまう。
そして、それが許されると思っているのだ。この被告人も、そして被告人を取り巻く人々も。
今回事故を起こしても、会社は会社の車を被告人に使わせているという。通勤のみならず、私用も認めていた。

被告人は反省しているとは言った。しかしそれは明らかに不満げで、起訴されたこと、被害者の怒りに納得できていないものだった。
自分が事故を起こしたことは「仕方ない」ことなのに、どうしてこんなに責められるのだろう?
被告人は本当に理解できていないのかもしれないと思った。

やめられない女(70代・常習累犯窃盗)

開廷表にはよほどの事情がない限り被告人の氏名が掲載されている。その日、ある裁判の被告人の名前を見てその名字が近所によくある(全国的には珍しい部類)名字だったことからその法廷を覗いてみた。

名前からしても高齢者かな?と思っていたが、被告人の女は昭和28年生まれ。私の両親より年下だったが、その風貌は10歳は上に見えた。
人定質問で本人が述べた住所は、やはり近所だった。まじかー。
伸ばしっぱなしの乱れ髪に、入れ歯が合っていないのかそもそも入れ歯もないのか、終始ふごふごと聞き取りにくかった。

被告人の名は、二神やよい(仮名)。
実はこの被告人、私の知り合いの古くからの知り合いだった。被告人は若いころから「やぁ子(仮称)」と呼ばれていて、ここではそれに倣って「やぁ子姐(やぁこねぇ)」と呼ぶ。

出所直後の犯行

実はやぁ子姐は過去に4回の服役経験があった。罪状はすべて窃盗。途中から累犯窃盗になったみたいだが、とにかく筋金入りの手癖の悪い女だった。

最近のものだけでも平成25年、平成28年、令和元年に大阪で逮捕⇒服役。令和5年に松山で逮捕⇒服役。どれも2年6月から3年の服役だが、細かい逮捕日をみると出所してすぐに逮捕されていることが分かった。
今回も仮釈放となって間もない時点での犯行だった。

犯行に至る経緯として、住む場所がなかったという要因が挙げられていた。
本人が何言ってるのかよくわからない部分が多かったが、弁護人の話をもとにまとめると、仮釈後に一時期入居していた賃貸(おそらく保護施設的な場所)を7月中には出る必要があったのに、必要な手続きが出来ておらず次に住む場所を確保できなかったという。
生活保護の申請も行ってはいたようだが、受給にはいたっていなかった。
新しい部屋は7月22日から住めるように手続きをしたものの、元の部屋の退去が18日だったことで、数日間やぁ子姐は住む場所を別に確保する必要があった。
友人から、ネットカフェの存在を知らされたやぁ子姐はとりあえず松山市福音寺にあるネットカフェ「バンビーズ」へ行ってみた。

そこで、あるブースを利用していた被害者の男性がトイレに立った隙に財布から1万円を抜いたところを、トイレから戻った男性に現認されたというもの。
やぁ子姐は逃走を図ったものの、あえなく逮捕となった。

考えない人

この時点で私の頭の中には???が点滅していた。
そもそも、刑務所でて帰る家もないようなしかも高齢者が、住む場所も確保できないまま放り出されるとかあるんだろうかということ。
やぁ子姐によれば、元のアパートから次のアパートへ移るのに4日の空白が出来たのは不動産業者の都合だったという。
普通で考えれば、そんなのは困ると伝えてなにか策を講じると思うが、やぁ子姐はどうしようかと思ったが、いざとなれば野宿すればいいかと思ったと話した。
7月17日、アパートを出た際のやぁ子姐の所持金は5千円程度。とりあえず1日は友人のところに泊めてもらったというが、それ以上は迷惑だと思って甘えられなかったという。

その友人から教えられたネットカフェで犯行に及んだわけだが、そもそもやぁ子姐は常習者であり、切羽詰まってというよりも「いつもの癖が出た」という印象が強い。
弁護人「どうしてやめられないの」
やぁ子姐「チャンスがあるところ、人混みへ行くとついやってしまう。捕まったら『しまった!』と思う」
弁護人「人混み関係ないよね。」
やぁ子姐「はい。」
弁護人「悪いことってわかってる?」
やぁ子姐「ついついやってしまう。考えが甘い」

弁護人は、あの新居浜の両親殺害、ヘリウム嘱託殺人でも弁護を担っていた愛称・ヒグマ弁護士だった。
ヒグマ先生はとにかく、殺人だろうと窃盗だろうと同じ熱量で弁護しているという印象が強い。やぁ子姐に対しても、その「甘い考え」について深堀するために質問を続けた。

弁護人「なんでそんなに甘いの、もう少し説明して。なんでそんな風になっちゃったの。刑務所はいりたいの?」
やぁ子姐「いいえ。これはイケると思うとやってしまう」「年も年やから棺桶に入って(刑務所を)出るようなことにならんようにと……」

どうすればいいと思うか、については
「まず出歩かない!」
と力強く言い放ったやぁ子姐だったが、ヒグマ先生は「無理でしょ」とばっさり。文字だと突き放したような、なんか冷たく感じるかもしれないが、そういう感じではなく言い聞かせるような言い方だった。

この受け答えをみても、やぁ子姐は考えて行動するということが全く身につかないまま、この年まできてしまったという印象が強かった。

被告人の矜持

弁護人の質問は時に叱るように、時に諭すように緩急のあるものだった。それが良かったのか、やぁ子姐は自分の中の譲れない部分について話し始めた。

やぁ子姐は常習窃盗犯だが、いわゆる万引き、物を盗むということはやっていない。質問の途中でも、「万引きはしてません!」とそこにはある種のプライドをもっているかのように強く反応する場面があった。
贅沢をするために詐欺を働くとか、そういうことでもない。やぁ子姐は日々生きるために財布から金を抜く、そんな感じだった。
それについては、「人様に頼らない」という謎のプライドとともに、「ええかっこしい」な部分がある、と認めていた。

アパートを退去することになり、4日間どこで寝泊まりするか。先にも述べたが普通はそこを考えるし、友人がいるのだからその間だけ泊めてもらうことがそこまで迷惑になるとも思えない。4日間と日をきっているのだから。
しかしやぁ子姐にそれを切り出すことはできなかった。

「わたしのええかっこしいの部分。自分の弱いところを見せられなかった」

真偽が不明だが、やぁ子姐によると本当は100万円程度の預金があったという。年金が振り込まれていたからだ。服役していたこともあって使うことがなかったのだろう。
ところが令和5年に逮捕服役した際、少しでも所持金を増やすために持ち物をリサイクルショップに売却?した際、通帳を預かる必要があると言われその後確認したところ残金が10万円になっていたという。
これについては今回の事件とは無関係だが、やぁ子姐にしてみれば納得できない出来事だったようでしきりに訴えていた。

このようなことも身近な人に相談することがやぁ子姐にはできなかった。相談することは、自身の弱味を見せることになるからだ。
だから、傍目には「考えて行動できない」と映っても、本人からすれば困っていることを知られたくないから、困っていない風を装ってしまう、というわけだ。
知り合いに数日泊めてほしいとお願いするよりも、見ず知らずの人の財布から金を抜いて凌ぐほうが、やぁ子姐にとってはその方がハードルが低いのだ。

それはやぁ子姐にとったら、ある種の美学だったのかもしれない。

そんなやぁ子姐に対し、最後に裁判長が少し厳しく問う場面があった。
20年近く服役してもやめることが出来ないことは、ある意味、刑罰を科すこと、服役することの意義すらわからなくなっているということだ。
なんどもなんども「自分が悪い、情けない」と繰り返すやぁ子姐。

そんなやぁ子姐を、最前列で見守る女性の姿があった。